2009/11/09

山名康郎さんらに北海道文化賞

山名康郎さんらに北海道文化賞
 北海道教育委員会の2009年度の「北海道文化賞」贈呈式がこのほど(11月5日)札幌市内のホテルで開かれた。
 
 受賞したのは、鎌田俳捺子氏=「絵画の普及と芸術文化の振興」、萩中美枝氏=「アイヌ文化の研究と伝承」、山名康郎氏=「短歌の普及と芸術文化の振興」の3人である。同文化奨励賞には柿崎煕氏。
 
 式の参加者は50人ほどであったが、顔見知りの人びとも少なくなかった。受賞者の1人、歌人の山名康郎氏は先月初めに肺炎で倒れ、余病も起きて、病院から車いすでかけつけての参加であった。不自由な体であったが、右手でマイクを握り、一言ひとことに力を込めて、「ありがとう」と述べられた。晴れ姿であった。

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馬場昭さんの本を出版

馬場昭さんの本を出版
 さて、少し前になるが、旭川市の繁華街、三・六街のお座敷居酒屋「大舟(おおふね)」の名物マスターだった馬場昭さんの波乱の生涯と、本人の文章、追悼文、年表などをまとめた「三・六街『大舟』あり−馬場昭の歩んだ道」(道新マイブック、1800円)をこのほど出版した。
 
 馬場さんと親しかった人たちの呼びかけで、私(谷口孝男)が約1年近くかけて編集した。発行日は11月3日で、馬場さんの一周忌に当たる。当日は旭川で300人ほどが集まって、偲ぶ会も開かれた。
 
 内容については、いささか自信はないが、読んでみたいという方があれば、ご連絡いただきたい。

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2009/10/30

ジョルジュ・ルオー展

ジョルジュ・ルオー展

札幌の北海道立近代美術館で開催されている出光美術館所蔵「ジョルジュ・ルオー展」を29日に見た。

ルオー(1871〜1958)は20世紀フランスを代表する画家の一人である。宗教的題材を描いた作品が多いことで知られるが、実際に見て、そのインパクトに驚いた。

とはいえ「パッション(受難)」と「ミセレーレ(憐れみ)」の大洪水である。キリストも道化も娼婦も、なんだかみんな同じ顔に見えてしまうのは困ったものだ。しかも、数が多い。大作がない分、連作が山のように並んでいる。その点数の多さに圧倒される。だが、色調がものすごく暗い。北海道はこれから暗い季節に入るのに、「なんだか芯までしばれるね」みたいな印象なのだ。

ジョルジュ・ルオー展

神とか苦しみとかが好きな人はぜひ見るべきだろう。見ることでこの世の不条理と葛藤しながら生きていく人間の存在のきつさを知るだろう。

でも、現世で十分苦しんでいる人は、宗教が顔を出しているだけに、こんな程度じゃまだ甘いぞ、と思うから見なくてもいいと思う。希望というものは宗教の専売特許じゃないし、もっと楽天的だってかまわないんだぜ。

観覧料は1200円。図録は売っていないので、ミニガイド付きポストカードセットを800円で買おう。会期は11月29日まで。

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2009/10/26

慈徳院釈尼歓光

慈徳院釈尼歓光
母の葬儀はその意思に従い、近親者のみで執り行った。自宅に祭壇を設けたので、派手さは全くない。身の丈に合わせた式になったと思う。

近親者のみのつもりであったが、義理堅い地域の人が足を運んでくれた。申し訳ないが、有り難いことである。狭い家がにぎやかになる日はこれが最後であろう。

25日午後には火葬も終わった。箱に納められた遺骨はとっても軽かった。戻ってきて最後のお経をあげてもらい、家族を除いて散会となった。

慈徳院釈尼歓光

母は一時期、刺繍を趣味にしていた。初心者らしいシンプルなものだが、思い出深いものがある。
慈徳院釈尼歓光

戒名は「慈徳院釈尼歓光」をいただいた。私は唯物論者であるので、あまり興味はないが、少し贅沢な印象である。父は菩提寺の開基百年の記録を随分苦労してまとめたのであるが、そんなことも関係しているのかもしれない。

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2009/10/24

母、死ぬ

闘病中だった母が2009年10月22日午後11時30分、心不全で亡くなった。81歳だった。

苦労多き人生だっただけに、もう少し生きてもらいたかった。

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2009/10/12

三浦綾子さんを語る夕べ

三浦綾子さんを語る夕べ
10月12日は1999年に三浦綾子さんが亡くなってから10年目の命日である。

旭川のロワジールホテルで「三浦綾子さんを語る夕べ」が開かれるというので、参加する。

会では、献杯の後、ノンフィクション作家の合田一道さんと、HBCパーソナリティーの大川せい子さんの「泥流地帯」の執筆秘話と名場面の文章朗読が行われた。

合田さんは北海道新聞旭川報道部デスク時代に小説担当だったそうで、初めて聞く話も多く異色の展開だった。
三浦綾子さんを語る夕べ

参加者は約100人ほどだったが、内容の濃い催しで、三浦綾子さんの文学の魅力を再認識した。

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2009/10/03

将棋の聖地・陣屋に行く

将棋の聖地・陣屋に行く
仕事の関係で、将棋の名勝負が繰り広げられてきた神奈川県秦野市の旅館、陣屋に先月末に行ってきた。

将棋7大タイトル戦の1つ、王位戦の第50期七番勝負の最終戦第7局を見たのである。

三連覇を目指す深浦康市王位と、初タイトルに挑む木村一基八段のフルセットの死闘は勝負の素晴らしさを教えてくれた。本当に感動した。

結果は深浦康市王位のタイトル防衛となった。三連敗から四連勝というのはタイトル戦史上2度目である。その歴史的一瞬を目撃できたのは、大袈裟に言うと生きてきてよかったと思ったほどである。

私を見つけた深浦王位が、社交辞令とはいえ、とてもやさしい言葉をかけてくださったのも嬉しかった。この三年間、いろいろな困難があったが、深浦王位の誕生から密着して、たぶん世界で一番沢山のことを書いてきただけに、それが報われた気がした。

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2009/09/30

母、輸血をする

入院中の母親は貧血状態なので、29日から輸血をすることになった。

一回200ccを3日間する。治療の同意書には本人がサインを済ませていたが、家族の承諾も必要だということで、夕方、病院に行く。

最近は少ないようだが、やはり不適合があったり、肝炎などを併発することがあったり、危険はあるということのようだ。なんだか心もとないが、やむを得ない。

食欲はあるので、スーパーに買い物に行って、長芋をとろろにしてやる。
母、輸血をする

午後5時過ぎの空には上弦か、月が浮かんでいる。幸い1つしか見えないところをみると、ここは200Q年ではないらしい。

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2009/09/26

週末恒例、母の見舞い

週末恒例、母の見舞い
ウィークデーの仕事が終わった土曜、日曜日は白老の母親を見舞うのが恒例となった。

衰弱がひどかった母であるが、「お腹がすいた」「あれを食べたい」などと言い、心持ち元気になったように見える。

現在進めている本の出版の話などをすると、楽しみな様子で、どこかで勇気づけになるのかもしれない。

週末恒例、母の見舞い

兄が来ていたので、後を任せ、夕方の鈍行で苫小牧へ行き、少し待って特急に乗り継ぎ札幌に戻る。

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渡辺淳一さん直木賞40 年

渡辺淳一さん直木賞40<br />
 年
少し前のことであるが、9月17日に東京で開かれた作家、渡辺淳一さんの直木賞受賞40年パーティーに参加した。

全国から新聞社、出版社、編集者、作家、ファン、文壇バーのママさんなど700人が集まり、大盛況であった。

既知の仲の編集者とも再会し、渡辺淳一さんの仕事にそれぞれの立場から関わった日々を懐かしく思い出した。
渡辺淳一さん直木賞40<br />
 年

渡辺淳一さんは北海道から作家になるため上京した時、母親に大変な心配をかけたことを話され、大作家にとっても若き出発は重い決断であったことが印象深かった。

渡辺淳一さんもまもなく76歳。老いを自覚しつつ最前線を走り続けようとする姿勢は文句なしに素晴らしい作家魂である。

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2009/09/23

あべ弘士「動物交響楽-交差するいのちの詩(うた)」

あべ弘士動物交響楽
旭川市の常磐公園にある北海道立旭川美術館で開催中。入場料は一般900円。10月4日まで(24日と毎週月曜日は休館日)。

旭川市の旭山動物園は動物の生活や行動をなるべく自然に近い形で見せることで、日本中の注目を集めることになった。

96年に退職するまで旭山動物園の飼育係だったのが、あべさんだ。動物園の手づくり感は園内にあるあべさんの絵が醸し出しているものでもある。

本展はあべさんの絵の世界の魅力をまるごと伝えてくれる。大ヒットシリーズの「あらしのよるに」をはじめ、「ねぶた」絵も迫力満点。どうぶつさんたちと、一句詠む楽しみもある。
あべ弘士動物交響楽

入場券は100円でラミネート加工して、しおりにもしてくれるのも面白い。
あべ弘士動物交響楽

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2009/09/21

臼井儀人さんを悼む

臼井儀人さんを悼む
人気漫画「クレヨンしんちゃん」の作者である臼井儀人さんが51歳で亡くなった。謹んでご冥福をお祈りします。

クレヨンしんちゃんに対して、私は映画版のファンである。「嵐を呼ぶアッパレ戦国大合戦」「大人帝国の逆襲」など、本当にアニメにとどまらないレベルの作品群は1人の観客である私の人生の宝であると思っている。
臼井儀人さんを悼む

雑誌漫画とテレビ漫画とアニメ映画とは、それぞれにプロジェクトが違うだろうが、原作者の春日部の天然児、野原しんのすけというキャラクター創造がなければ、これほどの大ヒットはなかっただろう。

若すぎる死の誘因が何かは作者の私生活同様、謎のままである。
臼井儀人さんを悼む

私はどんなときも自由を求め、大人は子どもの未来を奪っちゃダメだ、と叫び戦い続ける野原しんのすけが大好きだ。その心、いただきました。臼井さん、お疲れ様でした。

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2009/09/20

馬市場の跡に母を見舞う

母を見舞う
母の様子を見に、白老に行く。

列車は連休のせいか、珍しく込んでいた。

母の入っている病院がある場所は、昔は馬市場だった。各地から農耕使役馬が集められては、売りに出されていた。私がまだ小学校に上がる前のころで、中央のステージで馬が売られているのが目に焼き付いている。

それはまだ自動車や耕耘機よりは馬そりや馬車が信頼されていた時代のことである。

馬市場が成り立たなくなってからは、野球のグラウンドになった。東町に住む子供たちは集まって、三角ベースで野球をした。ある時、兄がホームランを打って、近くの公営住宅のガラスを割り、父とみんなで謝りにいったこともある。その父も死んで久しい。

馬市場には大きな辛夷の木があり、春先には一番にぎやかに花を咲かせた。馬市場もグラウンドも父ももういないが、辛夷の木は今も残り花を付けている。

その木の下に、母の寝ている病院がある。元気と言うにはほど遠いが、頭はしっかりして、私が行くと喜んだ。まだらぼけが入っているらしいが、さすがに初対面というふうにはならないのがうれしい。

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「北の光をうたう 中野北溟の世界」

中野


10月18日まで、北海道立近代美術館で開催中である。

9月18日に開かれた前夜祭を覗く機会があったが、近代美術館には300人近い関係者が集まり、とてもにぎやかであった。

紹介文によると、「中野北溟は、1923(大正12)年、北海道北部の焼尻島生まれ。北海道第三師範学校(現・北海道教育大学旭川校)に学び、教鞭をとるかたわら、金子鴎亭に師事し研鑽を積みました。北海道書道界の指導的存在であり、国内外で高い評価を受けている書家のひとりといえるでしょう。」とのことで、北海道における第一人者の集大成の展覧会だけに注目を集めるのも当然だろう。

会場ではいろいろと知人にもご挨拶できて、楽しかった。もっとも、残念なことが一つ。肝腎の中野さんに挨拶したのだが、「誰でしたか?」と言われたことである。

私は大学時代に国語教員の免許を取るために中野さんに書道を習って2単位であるが、「優」をいただいている。もちろん、そんなことは忘れていて当然だろうから、2度目に社会人として会ったときに、その話をしてお礼を込めてご挨拶した。3度目には某地方の責任者として親しくご挨拶した。そして、今回が4度目であるが、やはり覚えていなかった。5回目のご挨拶はおそらくないだろうが、きっとまた初対面になるのだろう。

問題はこちらにあるのだろうが、面妖なことがあるものである。

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2009/09/13

嵐のような1日

12日は忙しい土曜日だった。

貧乏なので、マイカーを持っていない。だから、公共交通機関での移動が基本なのだが、家人がからだの具合が悪いというので、レンタカーで札幌から白老まで母の見舞いに行ってきた。

車の運転に慣れていないくせに、高速道路を走ったのでビクビクだった。最近は時速120キロくらいで走るのが普通らしく、次々と抜かれた。しかも結構込んでいるのに、驚いた。高速道路が無料となれば、もっと車が増えるが、暴走車は減るだろう。

入院中の母はなんとか頑張っている。死ぬ覚悟は受け止めているが、まだギブアップしちゃあダメだ。

帰り道で真駒内滝野霊園に真栄から向かい、義母の墓参りをしていく。彼岸じゃないから空いており、その広さに改めてびっくりした。

嵐のような1日

家に着いてひと休みしてから、今度は通夜である。全道展で活躍した画家の栃内忠男さんの葬儀で場所は豊平区である。面識は全くないが、勤務先の縁である。

最近の冠婚葬祭は仕事がらみが増えたが、面識なくとも私費での肩書き参列で、個人と組織の問題はいろんなところにあるものだ。

栃内さんは天が試練を与えた人生だったが、それを乗り越えて全道を代表する画家になったそうで、葬儀委員長の挨拶がとてもよかった。ハンディを持ちながら、邁進することは凡人にはできないことだ。僧侶の法話もよかったが、自分にはお経が長くて、いささか疲れる気がした。

すっかり冥界モードの1日だった。夜は飲酒で家人がハイテンションとなり、さらに一気に疲れが増した。

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2009/09/06

白老に母を見舞う

白老に母を見舞う
白老の病院に入院中の母の容態が悪くなったと姉から連絡があり、午後6時13分の函館行きで見舞いに行く。

田舎には夜間、適当な列車が走っておらず、苫小牧で降りて、車で駆けつけた。

6人部屋から1人部屋に移り、ナースステーションの前である。

姉の話では人工肛門や口から血の混じったものが出ているとのことで、ひどい状態だったというが、点滴などで落ち着いたという。

私が着いた時は寝ており、血色も戻っている。看護師はいるが、医者の姿はない。酸素もかけてないので、重篤ではないのかもしれない。

とりあえず、一旦帰ることにするが、特急列車はなく、各駅停車に乗る。順調にいけば、24時までには札幌の自宅に帰ることができそうだ。

なかなか大変である。

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2009/09/01

母が入院

母が入院
昨日、母から電話が来た。これから病院に行くと言う。午後、電話したら入院したと言う。こういうのを病院のプロというのだろうか。百病息災。ここ30年くらいは、何かあると入院して生き長らえている。

1人暮らしの老後というのは大変なことだ。子供はいても、家族がいない。子供がいても同居ができない。誰が悪いのか。最近はすぐ国が、と言いがちだが、果たして国家がそこまで至れり尽くせり、というのはどんなものか。つらいけど、何かを犠牲にするのが人生なのかもしれない。イマジンである。

根室の友人が亡くなったことを教えると、ずいぶんサケを送ってもらったねぇ、という。昔、そういうことがあった。ボケが心配だったが、頭はしっかりしている。もっとも、サケを送ったのは息子の私であり、友人ではない。

とりあえず、元気なことを確認して見舞いを終える。

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2009/08/31

友人帰らず 土に還る 

自民党が歴史的大敗をし民主党主導政権の誕生を決めることとなる8月30日朝、先日見舞いに行ってきた友人が亡くなった。58歳であった。

23日に非公式な話で聞いたところでは、あと一週間も持たないとのことであった。仮に医者の見立てがそうであるならば、亡くなる前に会っておかなければ夢見が悪いので、24日に万障繰り合わせて出向いたのである。私の来るのを待っていたかのように、すこぶる元気であった。「29日には退院するのだ」とボードに書いて、その日を待っているかのようであった。だが、医者の言葉では「29日まで持つかどうか」ということのようだった。

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案の定、29日朝、体調を壊し、退院が難しくなった。そして、30日朝に親族が見舞うと、亡くなったとのことである。1950年12月生まれで、59歳の誕生日までは届かなかった。

根室の高校を出て、首都圏の和光大学に進んだが、時は折しも70年安保闘争の正念場を迎えていた。ベ平連系の活動家となり、なんやかにやしているうちに混乱の中で帰郷した。稼業の漁網販売の仕事に就き、地域では名門の家系であったので、一時は羽振りも良かった。しかし、日ソ漁業が200海里時代を迎え衰退し、北洋から沿岸に漁業は縮小撤退、また大手漁網会社の攻勢の中で個人商店では太刀打ちできなくなり、何度か失敗を繰り返した。頼まれて、弁護士費用を知人と百万円ほど用立てでやったこともあったが、焼け石に水であった。商売がダメになってからはあちこち身体に不調を来すことになった。また、最愛の妻を20年ほど前に亡くしてしまったことも、本人にはかわいそうであった。酒が好きで、私が根室にいたころは、本町のアパートに訪ねてくるので、繁華街の梅ヶ枝町に繰り出した。居酒屋で食べ、スナックで飲み、立ち食い蕎麦か堅焼きラーメンを食べて帰る毎日であった。札幌に移ってもラグビーの用事の折に訪ねてくるので、家内が好きなだけ飲ませて遊ばせた。貧乏になってからも、地震の保険金が入ったので東京の小笠原諸島に行くのだと言って、旭川のマンションに訪ねてきたこともある。その時も家内が朝まで飲ませた。要は憎めない奴なのだ。舌ガンの末期とわかってから、家内とできるだけ手紙を書いて送った。励ましになったかどうかわからない。1年6ヵ月ほどの闘病の期間で1年は病院に入っていた。声を失ったことよりも、食べることの喜びを失ったことが一番堪えているようであった。

愛妻を失ってから、いつも妻のことを忘れずに生きていた。今ごろは「待たせてすまなかったな」と西方浄土で育子さんに謝っているかもしれない。そう思ってやりたい。合掌。

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2009/08/29

夏の終わりの宴-なぜ、北海道はミステリー作家の宝庫なのか?

夏の宴

「なぜ、北海道はミステリー作家の宝庫なのか?」(亜璃西社刊)の出版記念会が28日夜、札幌市内のホテルで開かれた。筆者の鷲田小彌太、井上美香さんをはじめ約100人が参加して、まずまずの盛況であった。

お祝いには北海道書店商業組合理事長の久住邦晴さんや北海道文学館名誉館長の木原直彦さん、それから北海道文化放送の新蔵博雅社長らも顔を見せていた。

参加者は「亜璃西社の和田由美社長が怖くて」などと楽しそうに話しており、和田さんの顔の広さがうかがえる。
「南極料理人」でブレーク中の西村淳さんもおり、司会はエアジーの中田美知子さんだった。メディアでは某公共放送も番組取材にきており、そこそこ「にぎやかである。

夏の宴

この本には北海道出身の40数人の作家が紹介されているが、視点を広げれば、安部公房や桐野夏生らにもウィングを広げられるし、もっと突っ込んだ研究もできそうだ。

鷲田さんは山ほど本を出しているが、井上さんはこれが初めてだという。小学生の子どもがいるのに、若々しい美人で、ちょっとうっとりして見ていたら、むくつけき男が近寄ってきたので何かと思ったら、旦那だという。なるほど、お似合いであるかな。

夏の宴

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2009/08/24

無事に見舞い終わる

無事に見舞い終わる
釧路空港からバスでしばらく行き、大曲というところで下車。そこから15分ほど歩いて労災病院に着いた。釧路の街は車は多いのだが、人間はほとんど歩いていない。自転車のおばあちゃんに遭遇しなければ、暑い中、迷子になるところだった。

友人は舌癌なので言葉は分かっても話せない。それでコミュニケーションには1枚のボードが必要となる。末期だなど言われて5回も手術しているが、持ち前の根性で1年半も頑張っている。

無事に見舞い終わる

今回は出血が止まらないので緊急入院した。大変そうなので訪ねてみたのだが、思ったより元気だった。もっとも、出血部位が広がれば命は危ないだろう。ハイデガーじゃないが、死を見つめられるから人間なのだ。

具合がよくないのに、70年安保のころの小田実や辻邦生らの生原稿が出てきただの、羅臼の浜に身内が開拓農家として入植したので手伝いたいだの、好きなことを言っている。おまえ小田実の原稿見るか、ったって、無理だって。

口から血が出て止まらなくて、最初は口内炎かと思ったが、おかしいので病院に行ったら、医者が難しい顔してだまっちゃて。インフォームドコンセントだとか言って、問いつめたら、舌癌だと白状したそうだ。なんで舌癌になったのか、わからない。だから、おまえだって人ごとじゃないぞ、と言う。わかってるって。自分が特別だなんて思わないさ。普通なのに、みんな重い荷を背負わされてしまうんだ。逃げられるなんて、思ってないから。

今はこちらが無傷のように見えるけど、命の長さを知ることなんて不可能だ。はっきりしているのは、みんな老いてきて、身体という入れ物にガタがきてしまっていることだ。生きているうちに会えるとは限らないので、携帯でツーショットを撮る。ちぇっ、案の定、ピンボケだぜ。

無事に見舞い終わる

お見舞いと普段必要な小銭を渡したら、何を想ったか寛永通宝と秤銭を寄越した。ポトラッチか。

午後4時17分の汽車で帰るので、頑張れよ、と言って別れた。エレベーターの前でグッバイだ。

無事に見舞い終わる
無事に見舞い終わる

昼飯を食べてなかったので、たらば寿司の駅弁と、北の勝、福司のワンカップを買った。4時間ほど揺られて、札幌に着くことになる。

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友人の見舞いで釧路に

友人の見舞いで釧路に
癌で闘病中の友人の見舞いで、釧路に行く。

突然のことなので、何の準備もしていない。大通から地下鉄の東豊線で栄町まで行き、タクシーでワンメーター。

午前11時45分、札幌・丘珠空港発たんちょう釧路空港12時30分着の全日本4873便。

客は十数人しかおらす゛、定刻より早い出発で天候も良いので早く着いた。

釧路空港ではヒグマとタンチョウの置物が正面でお迎えしてくれた。あとは中国語がにぎやかに飛び交っている。
友人の見舞いで釧路に
友人の見舞いで釧路に

阿寒バスに乗って釧路市内に行くことにするが、札幌・新千歳からの飛行機を待つので、なかなか出発しない。

良きことあれば悪しきことあり。人生とはそういうものだろう。

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2009/08/23

札幌で将棋の祭典

札幌で将棋の祭典

日本女子プロ将棋協会の「将棋ツアー2009イン札幌」が22日開かれたので、のぞいてみた。

アマ女子王位戦の予選もあるというので女の子がいっぱいかと思ったら、意外や意外、男の子やおじさんがいっぱいであった。

中井広恵さんや石橋幸緒女流王位などが顔をそろえ、指導対局をしたり、にぎやかであった。

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2009/08/19

「聖地チベット」を見る

「聖地チベット」を見る
道立近代美術館(札幌市中央区北1西17)で開かれている「聖地チベット−ポタラ宮と天空の至宝」。閉幕が8月23日に迫っているので、見納めに足を運んだ。

同展を見るのは今回が3回目だ。「合体」系はやはり密かな人気である。これは便利だな、と思ったのは「マニ車」である。これはお経を読んで霊験を授かるわけだが、いささか覚えるのも大変だし読むのも大変だし、という場合の簡易読経法である。この際、「オム・マニ・ペメ・フム」という呪文(真言)を唱えると、いいそうだ。

人間ってのは結局、安易な道に走るようだ。わが浄土真宗も「南無阿弥陀仏」だけで「善人なおもて往生とぐ、いわんや悪人をや」ということであるから、その典型である。

マニ車は会場に置いてあったので、当然功徳を積むつもりでやってみた。マニ車は時計回りで回すのがいいそうで、逆回しすると悪縁を呼んでしまうらしい。 それを知らなかったので、なんと間違ってしまった。

仕方がないので、お経が書いてあるみたいなネクタイを1000円で購入する。悪縁を絶ちきれればいいのだけれど。

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2009/08/17

花と修羅

花と修羅
真崎守選集(ブロンズ社)があったので、久しぶりに読む。

禅問答のような自己凝視の物語。キバ紋、ジロ、しのぶ、蛍など魅力的な登場人物が血を流すように、言葉を吐く。

欠落=疎外はひとつの修羅であるが、一輪の花にも修羅がある。だから、葛藤は続くのだ。

解説文を書いているのは斎藤次郎。「共犯幻想」の原作者である。

「盲目の河を渡る時は
だれもが一人きりだ
かつて
わたしもそしてキミも
そうやって今日へ辿り着いた
いつか一度は立ち向かわなくてはならぬ障害
一人でやるほかないのではないか」

双子の妹である蜻蛉亭の女将に、兄の真田が言う口上だ。なんとも実存的ではないか。

1960年代末から70年代初頭の漫画の前線はそのような場所にあった。

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2009/08/16

名機、TOSHIBA DynaBook ss433

名機、TOSHIBA DynaBook ss433
その昔は東芝のノートパソコンのファンだった。

ちょっと調べものでボロマンションをかき回したら、古いダイナブックがでてきた。

ダイナブックss433。世界初のFDD内蔵B5ファイルサイズPCである。CPUは80486/33、メモリー8M、HD250M、8インチSTN液晶、16色、重さ約1.95Kg。OSはMS-DOS6.2/Windows3.1。基本スペックはそんなところだ。

さすがに、それでは使えないので、1995年に出たWindows95を導入、HDは500Mに拡張、メモリーは12Mを加え20Mとしマグナラムというメモリーマネジャーでやりくりした。

今から思うと驚くほど貧弱なマシンだが、1995年にはまだ立派なモバイルPCだった。ソフトもまだ軽かったので、結構サクサクと動いた。

アップグレードやらなにやらで、総額30万円くらいかかっている。

懐かしいので立ち上げてみたら、いったんフリーズしたが、再起動したらきちんとメモリーチェックしてギリギリギリギリと音を立ててパピードッグが顔を出した。

まだ、動くのだ。たぶん10年くらいは寝たきりだったのに。もったいないと言いにくいが。壁紙用にパピードッグや花見模様をFDにコピーした。

それにしても東芝。ダイナブック、Librettoとモバイルの王道を歩んできたのに、どうしちゃったのだろう。アラン・ケイの夢をより身近にする傑作モバイルマシンを早くつくってほしいものだと待ちわびているのだが。

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2009/08/15

墓参りパート2

墓参りパート2
朝目が覚めたら、天気が好かった。

そうだ!墓参りに行こうと思った。

いつも使っているMレンタカーに電話したが、今日はトラックしかありません、とのこと。やむなくTレンタカーに電話したら、2件目でウ゛イッツが空いていた。

まず、義母の遺骨を納めてある札幌郊外のM霊園へ。心配したほど込んではおらず、40分ほどで到着した。だが、園内は徐行状態で、やはりお盆だ。

事務所で買い物をして、早速、墓掃除。それから合掌してお経をあげる。暑いが気持ちもいい。

天気もいいので、今度は同じ郊外のF霊園へと向かう。

こちらには、叔母とその夫、それから知人のご主人のお墓があるのだ。事務所で、墓のある区画を聞き、仏花を買ってからまわった。いずれも、あまり身寄りがなく心配したが、線香の跡にお花が残っていたので、なぜかホツとした。

義母の墓は個人向けの小さな墓のエリアだが、それだけに一族や家などの呪縛がない分、自由なモニュメントにしているお墓が多いので感心してしまう。

墓参りパート2

墓参りパート2


ジョン・レノンの「イマジン」の歌詞を刻んでいたり(最高!)、青く中日ドラゴンズのロゴを入れ、ビールで乾杯のイラスト付きのものもある(北海道でドラゴンズ・ファンとは珍しい)。それから「希望・幸福」もあれば、小粋に「旅」の一文字もある。「銀河」や「空」「ありがとう」の文字もある。

優しかった義母の墓には「慈愛」と刻んだが、百花繚乱の言葉の中ではちょっとおとなし過ぎたか。

墓参りパート2

墓参りパート2


いずれにせよ、バラエティーに富んだお墓の文字を見ていると、抹香臭さが吹っ飛ぶ人生の詩(うた)があるように思える。

みんな心の籠もった素晴らしいお墓である。個性的だ。

生きている人はもちろん亡くなった人にも、どんな人か、会いたくなる。

なんだか、楽しくなる墓参りであった。

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2009/08/14

白老に墓参り

白老に墓参り
お盆ということで、白老の実家に帰る。取り敢えず、菩提寺に寄って、墓参りする。

普通の墓は「何々家の墓」「南無阿弥陀仏」などと書いている縦長のものが多い。だが、実家の墓は横長で「無量寿」と記してある。筆は光照とある。

浄土真宗の教えは阿弥陀仏の本願を信じる=帰依するというものである。阿弥陀仏はアミターバーの音訳であり、その心は無限の命の光を授けるものである。それを言い換えれば、無量寿となる。エターナル・ライフ、エターナル・サンシャインである。如何にも有り難く、キリスト教的な選民思想に対し、すべての衆生を救わずにはいられない大乗の神髄なのだ。
白老に墓参り

ちなみに、墓碑にその文字を刻むアイデアは私が出した。今から25年ほど前には珍しく、伝統派には奇異に見られたが、現在では一般的になってきた。まあ、先見の明の自慢であるが。先祖伝来のなんたら、など、もうやめるといいのだ。

幸い良い天気で、墓掃除もつつがなく終わった。浄土の亡父も喜んでくれたか。ちなみに、仏教的には永遠の命を授かる場所は浄土であり、天国とは言わない、念のため。

いろいろ言ってきたが、私は過去はともかく、現在は無宗教の唯物論者である。難しいところだが、これも念のため。父母慰霊というのは宗教以前のものであろうか。

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14日から北海盆踊り

14日から北海盆踊り
大通公園の二丁目に櫓が組まれていた。

さっぽろ夏まつりのイベントとして、14日から20日まで、北海盆踊りが行われるためらしい。

夏なのか。夏が終わるのか。

どこか懐かしい光景である。。

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2009/08/08

旭川駅にて

旭川駅にて
旭川駅にて
渡世の義理が重いのか軽いのか。相変わらず旭川での野暮用に追われる。

レンタカーで南が丘で打ち合わせ一つ。終えて、次は東川にお祝いを持って行くが、見事に裏切られる。女性の言葉は鵜呑みにしないこと。これは万古不易の教訓。忘れたあたしが莫迦でした。

旭川は7月末から暑くなってきたとかで、今日もピーカン。美瑛、富良野方面行きのワンマンカーをみながら、齷齪する自分がアホらしくなりました。

取り敢えず、夏向きの優佳良織のネクタイを自分のご褒美に買ったのでした。

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ありがとうが言えなくて

こぼれた思いを掬いとる
言葉はすでに見当たらず
先人の歌をそらんじる。


ひたすらに異神を追いてゆくときに
あとふりかえれ わがおもう人   (吉本隆明)


意志表示せまり声なきこえをただ
掌の中にマッチ擦るのみ      (岸上大作)


愛と死のアンヴィバレンツ落下する花
恥じらいのヘルメット脱ぐ      (福島泰樹)

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2009/08/07

失踪と逃亡と陰謀のサンバ--200Q

へそ曲がりである。だから、時々、世の中の動きを斜めにみてしまう。

ちょっと、おかしくないか。酒井法子騒動。夫の逮捕から失踪、そして逃亡に変わり、大衆のアトモスフィアはどこかで悲劇的結末を期待している。おかげで、天下の国営放送までトップニュースである。しょせん、薬物依存者の常識はずれの行動である。この日本にはアホなジャンキーは小説の中でだって、いっぱいいる。

おかげで、何かが忘れられようとしている。そりゃ、同じ芸能人ネタの六本木の高級マンションで繰り広げられた一人の女性の謎の死と、浮かび上がった芸能人を中心とした薬物、売春ネットワークの腐臭だろう。それが酒井法子騒動の陰で過去のことのようになりつつあるのだ。

常識的に考えて、この高級マンションには権力とカネと女と、そして薬物の臭いがぷんぷんしているのに。ところが、女性の死は事件性なしと、簡単に幕が引かれて火葬されてしまう。なんだか、おかしい。と、そこに、のりピーが躍り出て、話はそちらに移ってしまう。何かが動いた、と考えるのは陰謀論か。プロダクションの異常な露出は誰のためにメッセージを流しているのか。何かが通底しているのか。わからん。わからん、としか言いようがない。

この騒ぎを喜んでいるのはだれか。筋書きなんてないのかもしれないが。リトル・ピープルがはやしたてている。月が2つ見えませんか?

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2009/08/05

「大地に接吻する日」

 8月5日は俳人、中村草田男の命日である。すぐ思い浮かべるのは次のような句であろうか。

 「降る雪や明治は遠くなりにけり」
 「万緑の中や吾子の歯生え初むる」

 いかにも淡々とした詠調の中に、しみじみとした哀感、あるいは殻を突き破ってくるような感動を押し込めている。

 人間探求派といわれた草田男には、先の作品とは異色の一句がある。

 「原爆忌いま地に接吻してはならぬ」

 大地への接吻と言えば文豪ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出す人も多いだろう。人をあやめた青年ラスコーリニコフは、神を信じる女性ソーニャと出会い、自分の罪の許しを請うために、大地にひれ伏す。

 この場合、人間を含めた生物を育む大地とは、世界の象徴であり、それに対する接吻とは世界との和解であろう。

 だが、この俳句の中で草田男は今はまだ大地に接吻してはならないと強く言い切っている。静謐であるだけに、その思いは重い。

 草田男には「全能母に縋れど天燃え原爆忌」という句も残している。こちらも祈りにも似た思いを込めつつ、蛮行を許せぬ心が伝わってくる。

 現在も、核兵器の危機は消えていない。だが、オバマ米大統領も「核なき世界を」と語るまでの変化が生まれつつある。許せる日は近いのか。

 6日は広島、9日は長崎原爆忌。
 

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2009/08/02

沖縄からの贈り物

沖縄からの贈り物

沖縄から情熱の贈り物が届いた。

「マンゴー」である。

送ってくれたのは、島唄の名人である<沖縄・那覇の唄って踊れる民謡ライブハウス~大城美佐子の店「島思い」(しまうむい)>の大城美佐子さんだ。

「島思い」とは1年ちょっと前に沖縄に行って通って以来のおつきあいだ。

大城先生と弟子の堀内加奈子ちゃんがサッポロに来たときは、一緒に飲ませてもらたこともある。

そんなこんなで時々、季節の沖縄名物を送って下さる。うれしいことだ。

マンゴー。名前は聞いたことはあるが、しっかりと食べたという思い出はない。高そうでもあるし。

南の地方の太陽の恵みの果物。うまいらしい。早速、一個いただいたら、甘くて甘くて、いきなりパワーが出そうな気がした。

ありがとう、大城先生。
お返しに、北海道のメロンを送りますね。

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2009/08/01

「没後10年…三浦綾子/いのちへの愛」展が始まる

札幌・中島公園にある道立文学館展示室で特別企画展「没後10年…三浦綾子/いのちへの愛」が8月1日からスタートした。

三浦綾子

午前9時20分からオープニングセレモニーがあるというので、覗いてみた。会場の地階ロビーには旭川から三浦綾子記念文学館の斉藤傑副館長、旭川大学の山内亮史学長、ロシア文学者の工藤正広さん、ノンフィクションライターの合田一道さんらの姿があった。セレモニーでは北海道文学館の神谷忠孝理事長が「銃口」のきっかけとなった綴方連盟事件との私的な関わりを述べられていた。
 
三浦綾子

場内には三浦綾子さんの「氷点」「塩狩峠」「天北原野」「泥流地帯」など代表作の展示があり、直筆原稿も並んでいる。

「泥流地帯」執筆当時の担当者だった合田一道さんは「毎週、三浦さんのお宅にお邪魔して原稿をもらっていました。上富良野では十勝岳噴火災害に遭遇した人々に集まってもらい綾子さんに取材していただきました。犠牲者の出た橋のところで祈りを捧げる姿を見て、後ろからシャッターを押したこともありました」と、懐かしんでいた。

短歌研究者の田中綾さんもいらっしており、「最近、街中でよく似た人を見るのですが…」と話したら、「きっと私です」とのことであった。どうでもいいことではあるけれど、よかった。

三浦綾子展は9月27日まで。入場料は一般600円。高校生・大学生は350円。

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2009/07/20

丸井今井旭川店が閉店

丸井今井旭川店が閉店
民事再生手続き中の丸井今井(札幌)の旭川店が、2009年7月20日をもって閉店する。

旭川店は明治30年(1897年)に当時の上川郡旭川町8丁目に呉服店として開業、以来112年にわたり旭川を中心とした道北一円の一番店として親しまれてきた。しかし、流通業界をめぐる競争環境の変化に適応できなかったことなどにより失速、三越伊勢丹の配下で出直しを迫られている。旭川店の閉鎖はその一環の措置である。

閉店前日の19日夕方、旭川店に行ってみると、押すな押すなの大盛況であった。

閉店セールにだけ人が集まるというのは皮肉なことだ。五割引きは当たり前というが意外に高い。丸井今井旭川店での最後の記念にネクタイを一本買う。値段は1050円だった。

丸井今井旭川店が閉店

閉店後は従業員の雇用問題、テナントやパート労働者への支援、中核店舗を失う旭川駅前・平和通買物公園の再生などの課題が山積している。

2009年7月20日は旭川をはじめとした北海道に大きな転換の日となった。

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2009/07/18

JT将棋日本シリーズ

JT将棋日本シリーズ

二日酔いであるが、豊平公園にある北海道立総合体育センター「きたえーる」に行く。

18日はJT将棋日本シリーズ北海道大会が開かれているからだ。

朝からまず、こども大会が始まっている。会場のメインアリーナには、たくさんの将棋好きの良い子たちが、盤上の熱戦を繰り広げている。

JT将棋日本シリーズ

お腹が空いたので、レストランいち押しの五目あんかけ焼きそば890円をいただく。焼きそばといいながら、いささか汁が多い。札幌はスープカレーなるものの発祥地だけに、スープ焼きそばというところか。味については論評しない。

JT将棋日本シリーズ


午後2時25分からはプロ公式戦、深浦康市王位と佐藤康光九段の好対局も組まれている。なかなか豪華なイベントである。

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2009/07/15

聖地チベット展

聖地チベット展
聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝展。北海道立近代美術館で8月23日まで。

二回目の鑑賞である。チベットの持つ魅力にひたる。仏教文化としては少し外れているのだろうが、それゆえにこそ、不思議なエネルギーがあふれている。

千手観音やら父母立像などを、ご婦人たちと一緒に覗きこむのは意外と緊張することだ。

聖地チベット展
聖地チベット展


守り神のくじを引いたら、愛と慈悲の女神「白傘蓋仏母=びゃくさんがいぶつも」が出た。慈愛をもって災いから守ってくれる女神で、いざという時に頼れる守り神だそうだ。本当なら、嬉しいことだ。

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2009/07/12

ノウイング

アレックス・プロヤス監督。ニコラス・ケイジ。ローズ・バーン。チャンドラー・カンタベリー。

ノウイング

大学で宇宙物理学を教えているジョンは、ある日、小学生の息子ケレイブが持ち帰った紙に書かれた数字に目を留める。そこには過去に起きた大惨事の日付と犠牲者の数が書かれていたのだ。しかもそれは、50年前に小学校に埋められたタイムカプセルから出てきたものだった。やがて数字に予告された日付に大事故が起きる。さらに数字の最後には、人類がかつて遭遇したことがない大惨事が待っていた…。

“アカデミー賞受賞俳優”という功績を忘れ去ったかのように、このところひたすらB級作品やSF映画に出演し続けるニコラス・ケイジ。きっと彼自身、心底、そのジャンル映画が好きなのだろう。そのニコラス・ケイジがカルトSF『ダーク・シティ』のアレックス・プロヤス監督とタッグを組んだ新作は、“歴史上の大事件はすでに予言されていた”という有名なトンデモ話を、派手なCGを駆使して描いたもの。小さな息子と二人暮らしの大学教授が、やがて地球規模の大惨事が来ることを知った時、彼はどう行動するか。「エゼキエル書(旧約聖書の中の預言書)」をはじめ、聖書の引用が散りばめられているのもトンデモ話的で、ミステリーだと思ってみていると、後々の展開に驚くだろう。(goo映画より)

ノウイング

アレックス・プロヤスというと「ダーク・シティ」を思い出します。あの時間のゆがんだ世界を作り出して、なおかつ解放のイメージを表現した監督には注目しておりました。

されども、本作ですが、災害シーンのすさまじさには目を奪われるのですが、話のほうはスケールが大きい尻すぼみのような展開で、「おいおい、それでいいのかよ」みたいな不思議な結末に唖然といたします。キリスト教の世界観には審判の日と再生みたいなものが必ずあるようで、神様も方舟(はこぶね)も今回はしっかりと宇宙人であることを教えてくれます。

宇宙には400万個くらい地球と同じ環境の星があるそうですから、地球が環境汚染やなんやかやで駄目になったら、選ばれた人間をどこかの違う宇宙の疑似地球につれていけば、再生は図れるというわけです。その発想って、良いときは獲物をがっつりいただいて、駄目になればさっさと逃亡するグローバリゼーションのハゲタカ外資のように思えるのは私だけでしょうか。

ノウイング

ニコラス・ケイジの独演ショーのような映画、その他のキャストはあまり関係ありません。一応、参加することに意義あり、みたいな登場ぶりです。その宇宙論を研究している大学教授のニコラス・ケイジですが、夜のお楽しみはウィスキーを飲むことで、毎日深酒しては、翌日、苦労するようです。なんだか気の毒です。「宇宙戦争」でもそうですが、最後は「家族愛」にたどりつくのは、いつもどおりです。でも、監督は感傷にひたる余裕もなくすべてを破壊し焼き尽くします。昔の永井豪の漫画のような破滅衝動があるのでしょうか。

見応えあったよ、と感想を述べることはできますが、それはまさしく映像に対する賛辞に留まります。

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2009/07/11

聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝展

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展
聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展
11日から、北海道立近代美術館で、チベット美術の展覧会が始まる。

早起きして、午前9時からのオープニングセレモニーをのぞく。会場にはチベットらしい色布が飾られている。

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展

チベット仏教文化はインドの仏教と民俗的なヒンズー文化を混淆した密教文化である。それゆえに禁欲的なそれではなく、官能的な豊饒さをエネルギッシュに表現している。仏像も最後は怒るのであろうが、とりあえずは優美に腰をくねらせたり、激しく交接している。観音様、弥勒様、文珠様、そしてお釈迦様までエロチックである。

実物を見るのは初めてであるが、ケタ違いの感動を覚える。すごいぞ、チベット。必見か。観覧料は1200円で、8月23日まで開催だ。

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展


売店でチベットグッズを買ってから、事業局の喜多さんと喫茶店で雑談。グランベリーとユズのソーダというハイカラなドリンクをごちそうになる。

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2009/07/07

浅草など訪問

浅草など訪問
7月から職場が変わった。業務連絡などあり、久しぶりに東京に出張する。初日は友好関係にある三社の担当部長に挨拶まわりやら打ち合わせやら。夜は将棋関係者らのパーティーに出席する。盛況。


私を含め同じ事務局に出向していた局長、部長がそれぞれ4人ずつ集まった。だいたい20年間くらいの長さで、なんだか大同窓会である。


翌日は上野の山に美術展でも見に行くつもりだったが、乗り過ごし浅草に着いてしまった。引き返す気力があまりの暑さに失せ、飛行機の時間まで浅草寺界隈を散策する。
浅草など訪問
浅草など訪問

おみくじを引いたら、見事に「凶」だった。やはり、運気は下降しているようだ。厄除けの御守りなど購入する。


20年ほど前、2年ほど隅田川を挟んで向かいの墨田区吾妻橋に住んでいて、会社までは浅草始発駅の地下鉄を使い、週末は家族で浅草で遊んだものだ。なんだか遠い昔のことのようだ。いろいろな変化がある。一番変わったのは、雷門の前にあった北海道拓殖銀行の支店が消えたことか。食べ物屋は立ち食いそば屋を含め、結構しぶとく頑張っている。

浅草など訪問

東京は12日まで都議選の真っ最中というが、思ったより静かだった。新橋駅のSL広場の車両に横断幕がかけられていたが、なんだか似合わない。

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2009/07/05

また白老の実家に

また白老の実家に

母親の具合があまり良くないというので、また白老の実家へと行く。

特急すずらんは、相変わらず乗客が少ない。私の車両には最大時3名、降車時2人という乗車状況であった。白老に止まる特急は極めて限られているのだが、この調子では室蘭行きが減らされると、いささか困ったことになる。

母はだんだん起きられなくなってきたという。もしかしたら入院することになりそう、ということだったが、会ってみると思ったより元気であった。とりあえずほっとする。

昨日から幾つかの頼まれ仕事の一つをこなしているのだが、頭痛が襲ってきて、体があまり動かない。頭痛薬がないので鎮痛剤やら救心やら葛根湯やらを飲みまくっている。なんだか、マイケル・ジャクソン状態だ。それでも治らない。

母には明日からは上京する用事もあるので、申し訳ないが、早めに引き上げる。

帰りの列車は30%程度の乗車率で、ずいぶん乗っているなあ、と驚く。

家に戻ってから、また頼まれ仕事の続きをする。2日間で約14時間の拘束である。「ギャラが出ますから」と言われたけれど、結構しんどい。

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2009/06/26

第20回伊藤整文学賞贈呈式

第20回伊藤整文学賞贈呈式
第20回伊藤整文学賞贈呈式
夕方、札幌から小樽に向かう。6月26日は伊藤整文学賞の贈呈式がグランドパーク小樽で開かれるからだ。これまで、何度か伊藤整文学賞には関わってきたが、贈呈式に出席するのは初めてである。

小説部門はリービ英雄さんの「仮の水」、評論部門は安藤礼二さんの「光の曼荼羅」が受賞した。

記念スピーチでリービ英雄さんは「これまで受賞挨拶は2分以内にと言われたてきたので30分というのはちょっと」などと笑わせてから話し始めた。

あらすじは「1人の旅行者がシルクロードの端の名所に行く。そこのレストランでミネラルウォーターを飲むが、腹をこわす。それだけの話です。頭でっかちな小説を書いてきたが、今度は身体的感覚を書いた」と紹介。「中国語でジャーシューと聞き仮水という言葉が浮かび、次に仮の水となった。そして、かりそめという別の意味が生まれた。仮の票、仮のワイン、仮の日本人、仮のベストセラー。中国の奥で最先端の資本主義に出会っている。仮の小説で本物の文学賞をいただいてありがとうございました」と締めくくった。

続いて講演した安藤礼二さんは「折口信夫の多彩な仕事はそっくりそのまま伊藤整に当てはまる。今回の受賞は文学の系譜をつなげてくれた」とリスペクト。

さらに「一つの作品しか残せなかった作家たちを取り上げたが、そこには個人的な言葉、違った響きが発せられている。稲垣足穂をはじめ、その存在は貴重だ」と語った。

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2009/06/07

また実家もうで

また実家もうで
母親の様子を見に、実家に日帰り旅行をした。

なんだか、人間というものは自分のためだけには生きられないように出来ているようだ。誠にここ数年はそのように感じる。

家の周りには、ヤマブキの花がまだ咲いている。

「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」という歌にまつわる太田道灌のエピソードがある。

あれは、「実の」を「簑」と読み替えたものだが、こちらは文脈が今ひとつ違うが、「身の」と読み替えたい気持ちである。

おかげでこのところ不義理ばかりである。

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2009/05/28

「がんばれ銀太クン」出版記念祝賀会

「がんばれ銀太クン」出版記念会

会社の同僚というよりも「馬はともだち」人間の代表である守谷久さんの最新刊「がんばれ銀太クン 札幌幌馬車ものがたり」の出版記念祝賀会が27日夜、札幌市中央区のKKR札幌で開かれた。

こぢんまりとした会場であるが、見知った顔を含め多くの守谷ファン、馬ファンが集まり、とてもアットホームな温かい催しになった。

「がんばれ銀太クン」出版記念会

札幌の観光幌馬車については、2008年8月21日に「窓の外行く銀太君」という記事
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2008/08/post_7d59.html
を、このブログに書いているので、そちらもご覧頂きたい。

もっとも守谷君の本はその担い手であった故土屋光男さんへの粘り強いインタビューと北海道の馬文化に対する愛情から生まれたものである。

出版記念会で印象的だったのは2点ほど。

1つは司会者のT君の場慣れした名調子にいささか感動したことである。現在の仕事も一生懸命やっているようだが、ホテルの司会業でも十分食って行けそうである。お開きになる時には「お帰りの際には足元のご注意され」とかなんとか加えるあたりは、素人ではない。才能というのはいろいろとあるものだ。

2つは大先輩が飛び入りで、秋田民謡を披露してくださっていた。「では、一曲」と言ってから、本編ならぬ民謡に入るまでのMCの長いこと長いこと。さすが、軽薄短小な時流に流されない反骨精神に感動した。もちろん、個人的には「早く歌って!」と思ったが、大局観としては素晴らしいものがある。しかも、歌い始めると簡単に終わらないというのも二重の面白さがあった。新聞記者の揺らがぬこだわりを感じた。

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2009/05/17

また実家に行く

また実家に行く
母親の様子見に、先週に引き続き、実家に行く。

室蘭行きの特急は相変わらず、乗客が少ない。たぶん5両編成で、ひとつの車両に10人前後しか乗っていない。先週から往復四回、そんな感じである。地域が寂れ、人的物的交流が減ったにしても、寂しすぎる。あるいは、乗用車などのモータリーゼーションのほうに移動手段がシフトしているのかもしれないが、なんともわびしい。

母親はなんとか1人でやっている。デイサービスにも行っており、早めに連れて帰った。

また実家に行く


両足に湿疹ができていて、かゆいと訴えている。デイサービスの看護士は医者に診せろと言うので、町立病院で良いかと聞くと、地元に皮膚科はないとおっしゃる。地方医療の現実かもしれないが、人口二万の町でも、皮膚病になったら、おしまいということらしい。政治の貧困が、社会的弱者を見捨てている。

雨漏りがするというので、屋根に上がって防水テープを貼ったり、部屋の掃除をしたり、ちょっとだけ親孝行する。もしもの時に使えるように買ってやった発信先固定のPHSが充電されているか確認する。

また実家に行く


家の周りは相変わらず花盛りで、のどかである。子育てはしなかったが、親の介護だけは避けられないのだろうか。

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2009/05/09

春だねえ

春だねえ

実家のそばの道路ぎわには、タンポポやフキがいっぱいでした。

春だねえ

マンション暮らしの身には、なんだか新鮮でした。

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実家の桜とVILLA SPICA

実家の桜とVILLA SPICA

千葉から母親が生きて帰ってきたので、2カ月ぶりに実家に行く。

札幌の円山公園の桜はすでに散っているが、実家は花盛りであった。

昔はもっとにぎやかだったが、老木となったので、大半を伐ってしまったが、生命力はたいしたもので、切り株から花が咲いている。

外食をすることになり、以前は厚生年金系だった温泉施設に行く。

実家の桜とVILLA SPICA
実家の桜とVILLA SPICA

一周年&リニューアル特別企画。感謝割サンキューランチ¥390(ドリンクバー付)。

親子丼or薬膳フォーor薬膳カレー
+ハンバーグシチューorレバーの辛味炒めorチキンガーリックソテー
+スープ・サラダ・惣菜食べ放題
+手づくりデザート。

生薬だしなど医食同源食だそう。ふだんは650円のところをドンとディスカウントしているようだ。食べ過ぎちゃいました。

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2009/05/05

こどもの日

そうか。今日は「こどもの日」であったか。

そういう行事には全く縁がないのだが、お年寄りが寂しくないように-と買ったら、いつのまにか子ども同然になってしまったぬいぐるみのプリモプエルたちが新しい初夏のファッションで勢揃いしていた。

子どもの日


鯉のぼりや五月人形には比べようがないが、一応、元気なちびっこファミリーの記念写真をパチリ。「こいのぼり、大好き」とか「ゴールデンウィーク、何して遊ぶ?」などと、プリモプエルたちは季節の言葉をちりばめながら、叫んでいる。

癒し系というのか、この種の言葉をしゃべるぬいぐるみは、痛いところを突いて、なかなか芸達者である。

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ただただクタクタの連休7Days

今年のゴールデンウィークは4月29日から休みを取らせていただいたので、5月6日までで8連休である。こんな時節にぜいたくすぎる気がして少し申し訳ない。

もっとも休みといっても、まったく自分の時間がなかった。

29日、30日はボランティアで旭川に行って、あれこれ取材。
1日、2日でそのまとめ原稿を執筆。気分転換に一本だけ映画を見る。
3日、4日は義母が亡くなってから片付けないままに1年以上も放置してきたマンションの片付け作業である。大型の家具やら食器類が山のようにでる。便利屋さんを頼んだりして、かなり進むがまだ多くを積み残しており、全面解決にはほど遠い。
5日は旭川取材の第2弾。レンタカーを使って、慣れない運転でかけずりまわって終わった。戻ってきてからはリポートのまとめである。

連休は6日で最後であるが、まあ、残務整理をしたら、映画でも見たい。

旭川の常磐公園に行ったら、エゾヤマザクラが満開だった。

Konnodr_2


池のまわりでは家族連れなどの花見で大にぎわいであった。中央図書館側からまわると、今野大力や小熊秀雄といったプロレタリア系の作家の文学碑が目立つ。その文学碑にも桜が舞い散り、おだやかである。

Ogumasakura_2


少し移動範囲を広げて車を走らせていると、忠別橋の橋上には「月に飛ぶ」(Fly to the Moon)という加藤昭男の彫刻が目立つ。青い空に映えて、爽快な気分にさせてくれた。

Tukinitobu_2


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2009/04/27

CRエヴァシリーズ第5 弾

CRエヴァシリーズ第5<br />
 弾
新世紀エヴァンゲリヲン新劇場版・破が6月27日公開となる。「序」が比較的オーソドックスに、アニメ版の第6話「決戦、第3新東京市」あたりまでを再現していたのに対して、「破」ではどうようにサブストーリーを含めて新展開するのか楽しみである。

その前哨戦というわけではないが、パチンコ「CR新世紀エヴァンゲリオン −最後のシ者−」もこの4月から導入され稼働している。パチンコ「エヴァ」シリーズとしては、「CR新世紀エヴァンゲリオン」「CR新世紀エヴァンゲリオン・セカンドインパクト」「CR新世紀エヴァンゲリオン −奇跡の価値は−」「CR新世紀エヴァンゲリオン −使徒、再び−」とあり、第5作となる。

しばらく、その方面は自粛していたが、ちょっぴり連休モードになりつつあるので、挑戦してみた。画像がテレビアニメ時代に比べると、映画っぽくなってしまったなあ、と思った。その分、印象が少し変わってしまう。ひんぱんにセリフ付きで登場する葛城ミサトの「目標を確認して」と叫ぶ姿は、ぜんぜん他のアニメのようでイカしてない。それから、普通は確率変動と通常当たりがわかるのだが、ずいぶん過渡的なモードがあるようで、そこはなじめなかった。

爆発力は依然としてあるが、それに至らない場合の単調さが痛い。「逃げちゃダメだ」と思いつつ、原資が厳しい場合には、もっと甘い機種に移らざるを得ないだろう。

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2009/04/24

田中綾さんの短歌月評終わる

北海道新聞夕刊文化面に掲載されていた田中綾さんの道内文学「短歌」月評が4月23日掲載分で最終回となった。田中綾さんの短歌月評は1997年1月スタートで、途中2年ほどの中断をはさんでいるが、約12年間で幕を閉じたことになる。

田中綾さんは、もともと「アジアにおける戦争と短歌」で、1995年の現代短歌評論賞を受賞しており、スケールの大きなパースペクティブを持つ評論家である。道内で同賞は「敗北の抒情」で恩師、菱川善夫が第1回授賞以来の快挙であり、稀少気鋭の俊才である。

その文章には女性らしい細やかな感性が光っているのはもちろんであるが、アジアやアイヌ民族や、さらには看過したり光当たらぬ存在領域に目配りをしつつ、漂流する日本人の根基を探ろうとする批評意識にあふれていた。そうした大きな土俵の上で、実にしっかりと道内作家の収穫を論じていたのである。

連載中にも、評論活動は続けられており、2003年には道銀文化財団が道内のすぐれた若手芸術家に贈る道銀芸術文化奨励賞に選ばれている。一方で、2007年12月には恩師である菱川善夫さんを失うという哀しい出来事もあった。だが、仄聞する限り、恩師の死を見事に弔ったのも、愛弟子であったことは間違いないと思っている。

私的なことを言えば、「新札幌市史」第5巻(通史5・下)にて、小生の過去のつたない評論活動を書き留めてくださったのも、田中綾さんである。誠に感謝に堪えないが、ストライクゾーンに入っていれば、もっとファンになっていたなあと思う馬鹿者である。

田中綾さんは東京紙にも執筆の場を持っているはずだし、恩師の後を継いでの大学教員の仕事も忙しいことであろうが、連載がひとつ減ったのを機に少しはゆっくりとされるといい。女性に齢のことを言うと叱られるが、評論家としてさらに飛躍する転換点(チェンジオブペース)として、胆力を蓄えるのもまた善きかな、と思うのである。

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2009/04/23

サ、サ、サ、サクラかな

サ、サ、サ、サクラかな
北海道に桜前線が上陸するのは、もう少し先らしい。

このところ、結構寒い日も続くし、札幌は連休あたりかな。

と、思って歩いていたら、なにやら街路灯の下が妖しく美しい。

サ、サ、サ、サクラかな

近づいてみると、花が見える。ピンクの花びらじゃありませんか。

もしや。ま、まさか。

とりあえず、スクープ撮として、不詳なれど、夜空のキャンパスに浮かべてみました。

迅きサクラ
遅るるサクラも
散るサクラ

サ、サ、サ、サクラかな

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2009/04/20

クレしんグッズ

クレしんグッズ
全然、クレヨンしんちゃんの応援にはならんけど、またしてもオリジナルグッズを映画館で大人買いしてしまった。

しんちゃん下敷き300円、ノート300円、クリアファイルセット500円、トーチライトペン700円など。

とりわけ、いつも重宝しているのはキーチェーン500円で、数は内緒だけど保存用に複数買ってしまいました。

クレしんグッズ
あっ、それからパンフレットは必須ですね。お値段はたぶん500円だったかな。絵本としても楽しめます。

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2009/04/19

義母の墓参り

義母の墓参り
札幌郊外も雪が解けてきれいになったということで、レンタカーで滝野にある霊園まで、義母の墓参りに行ってきた。

まだ寒かったが、墓地は冬の厳しさに荒れた様子もなく、冷たい水での掃除も存外に楽なことであった。

風が強くて、カバーを立てても、ろうそくはすぐ消えてしまう。やむなく、線香だけはたっぷりと、くゆらせる。

一時間ほどで引き揚げたが、なんだかひと安心である。

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岡さんという文芸編集者

東京の小娘さんから「週刊読書人」に吉川英治文学賞の記事が載っていると、勝手にコピーが送られてきた。

吉川英治文学新人賞には、朝倉かすみ「田村はまだか」、柳広司「ジョーカー・ゲーム」が選ばれているが、本賞は奥田英朗「オリンピックの身代金」である。

奥田さんは4月10日の受賞挨拶のなかで、デビューしたのは1997年8月で、その力になったのが、講談社の編集者で「亡くなった岡さんという方だった」と述べ、「岡さんのことを知っている皆さんは、今夜は彼のことを思い出して欲しい」と語ったそうだ。

コピーが届いた理由はそこにある。私もまた「岡さん」を少し知っているからだ。岡さんとは、2005年11月、くも膜下出血で53歳で急逝した岡圭介さんのことであろう。最後は講談社の文庫出版局長だったそうだが、編集者時代に、何度かお会いしている。

2001年の如月、作家なかにし礼さんの小説担当の話があり、準備の段階で岡さんと打ち合わせをしたのだ。結局、岡さんと話した件は作家の構想も変わり、講談社からの出版の話はなくなり、岡さんとも会わなくなった。

岡さんは坊主頭で、スポーツマンタイプの美男子だった。ずいぶんモテるだろうと羨ましく思ったものだ。作家は編集者と二人三脚。岡さんは幸せな編集者だったと再認識した。

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2009/04/09

義母の一周忌

義母の一周忌

きょうは義理の母の一周忌である。といっても、無宗教の人間であるから、殊更のことはなにもしない。義理の母の好きだったアイスクリームやお菓子や花を供えて、朝から礼拝である。

坊さんを呼ぼうかと思ったが、どうもぴったりと来ないので、昔とったなんとやらで、自分で読経することにした。中村元のインド原始仏教の本などを読んだことがあるが、「犀の角のように、ただ一人歩め」というフレーズがいつまでも心の奥に厳しい教えとなって残っている。仏教者の道は、葬式のそれとは違って、まことに単独者の真摯な歩みであった。

そんなことを思い出しながら、般若心経を臨終の12時32分までに、数度、読み上げた。礼拝。

昨年も天気がよく、青い空に吸い込まれるように、義母は87年お世話になった肉体の桎梏から自由になって旅立っていったのだった。

同行衆を付けられなかったが、一周忌には義母の好きだったぬいぐるみファミリーにも加わってもらった。

一年が過ぎるのは早くもあり短くもある。ただ、なかなか欠落を埋めることはできない。

合掌。

義母の一周忌

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2009/04/08

生まれたところを遠く離れて

最近は長い原稿をほとんど書いていない。ちょっと忘れていたが、【週刊・読書北海道メール版】というメディアに「パソコンをを読む」という連載原稿を書いていたことがある。

筆力のなさでは定評のある私であるが、復刊第82号(通巻213号)=2000/09/12発行に書いた原稿をリバイバルで掲載してみる。笑っていただければ幸いである。

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●パソコンを読む13(谷口 孝男)    生まれたところを遠く離れて

       村上龍著『希望の国のエクソダス』(文藝春秋、1571円)
       町田康著『きれぎれ』(文藝春秋、1143円)
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 §1《希望という名のあなたを訪ねて》

 「69年」を激走して文壇に登場し、ドラッグ&ファックの世代として埴谷雄高をも驚かした村上龍はここ数年、総括の季節に入ったのか一段と何かに憑かれているかのように見える。日本経済のバブル崩壊による経済的損失・精神的荒廃という「失われた10年」を論じる時の姿をNHKテレビで見たが、使い回したマックのノートパソコンを背に、ひとつひとつの事象に触れていくスタイルにマテリアリズムというよりフェティシズム的なものをも感じた。正直なところそんなくだらないことにこだわらなくてもいいのになあ、というレベルの場所に、村上はあえて踏み込んでいるように思えた。
 
 パソコン少年たちを描いた最近の話題作『希望の国のエクソダス』(文藝春秋、1571円)を読んでみた。僕の印象は変わらなかったというべきか。
 『希望の国のエクソダス』は素材的には、なかなか挑発的である。近未来の日本。パキスタン国境で日本の少年が負傷する事件が起きる。少年は「あの国には何もない、もはや死んだ国だ、日本のことを考えることはない」と語り、「ナマムギ・ナマゴメ・ナマタマゴ」と言い残して消える。これに影響を受け、中学生の日本脱出が相次ぐ。それが沈静化したかと思うと、全国で80万人もの中学生が学校を拒否し不登校する事態が生まれていた。彼らの中からはパソコンとインターネットに通じた「ナマムギ」なるグループが形成され、着実に影響力を強め、ひとつの物質力となっていく。少年たちは豊富なパソコンやソフトウェアの知識を生かし、ネットビジネスを成功させる。そして国会への革命的登場を果たし、世界的なチャンネルを獲得するに至るのだ。さらには円-アジア通貨危機を招来させるのだ。
 その後、どうするか。

「ASUNAROは現在約45万人の組織になっていて、全国に散らばっているんですが、その約半分でですね、つまり約30万人くらいで、北海道に集団移住しようと思っているんです」
 どうして?
「別にこれといった理由はないんだけど、土地が広くて気分がいいんじゃないかと思ったんです。(略)」(同書354頁)

 すなわち、このニューエイジたちは、北海道に集団移住し、自らが命名した「野幌市」を立ち上げ警察力と独自の通貨「イクス」を持つに至るのだ。当然のことながら、これは擬似国家への過渡である。民族が解放を求め国家を形成してきた近代の歴史は、歯車を進めてきた。すなわち国家はだんだん敷居を低くし、開かれ消えていくという方向に--。にもかかわらず、国家からの解放を求め、それを超えようとしている人間たちが新たな国家を形成してしまうという逆説を、僕らはこの小説で見せられていることになる。これは新世紀の悪夢というべきか。だが、決定的に発想が古いように思える。だれのか? もちろん作者たる村上の発想が、である。国家をいかに開くか、という方向にある現代の最前線の課題を、たかだかニュー・フロンティア思想のレベルに押し戻してはならないはずだろう、というのがこの話題作への僕の批判である。

 §2《ニューエイジたちの夢》

 先を急ぐまい。興味深く思ったのは、北海道に国家を作るというアイデアだが、もちろん村上はここで、北海道は土地が広くて気分がいいということを語っているわけではない。北海道が外部からどう見られているかについて好個な認識を示してくれているのだ。

 5年前に拓銀が潰れて以来、北海道は日本経済の縮図のような状況が続いていた。そしていつの頃からかメディアは当たり前のことのように取り上げなくなった。北海道の失業率はすでに10パーセントを超え、苫小牧東開発公社が2001年に倒産すると、それまで全国平均の倍近くあった国家支援による公共事業はその規模が急速に減った。北海道は見殺しにされつつあった。国に頼る姿勢を改めないと北海道みたいになってしまう、というような他の自治体に対する一種の見せしめにもなっていた。      (同書210頁)

 こうした北海道論はおそらく間違ってはいまい。確かに北海道はこの数年、この国の政治・経済システムから手ひどい措置を受け続けている。このことを的確に村上が指摘しているのは評価してよい。北海道独立論がニューエイジたちの夢とシンクロするのかどうか。この小説については、そうした視点からの議論もあり得るだろう。 村上の探求心と博識がこの小説の持ち味であるが、実はそれが弱点でもある。村上は小説の中で、日本社会の陥っている状況やら経済論を、レクチャーでもするように延々と繰り返すのだが、その部分がリポートを読まされているような印象を与えることが少なくないのだ。昔、町内のオヤジが散髪をしてもらいながら、「最近の政治はなってないやねぇ」などとやるのを「床屋政談」と言った。村上の主人公は恋人と懐石料理などを食いながら状況論をあれこれやるのだ。「これからどうなるんだ?」「国が破産するのよ」などと。さしずめ「めしや政談」と言うべきか。もっとも昔のグルメ漫画が食材に固執して、あれこれとウンチクを披露し合うのに対し、村上は軽やかにそのレベルを自明としているところが、時代の歯車が一歩動いたあらわれだろうか。
 
 さて村上がこの小説でこだわっているのは社会のコミュニケーション不全ということである。建前ではもう話が通じない、常識なんてとっくに崩壊しているという当たり前の場所に人々=少年がいるにもかかわらず、そのことを隠蔽しようとしているメディア=大人たちへの不信である。だが、その少年たちが擬制を次々と終焉せしめた果てに、たどりつくむき出しの世界が果たして、心休まる場所なのか。村上は懐疑的姿勢を崩してはいない。

 「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」と中学生たちのリーダーは語る。そのために彼らが作った擬似的な国家を訪ねて主人公は「この快適で人工的な町に希望はあるのだろうか、と考えた。もし希望があるとしても、実現に向けてドライブしていく動力となるのは欲望だろう」と思うのである。そこに村上の世代的な判断があるといえる。
 
 閉塞的な日本の状況に愛想を尽かした少年たちがパソコンに走る。そこで勝ち得た透明な物質力によって、希望を夢見る--。
 
 この構図から、僕らがまず思い浮かべるのはオウム真理教だろう。彼らもまた閉塞的な社会に見切りをつけ、自らの内面に向かい、そこから反転して擬似共産主義的な宗派へと形成していった。その際、ヨガとパソコンは解脱のために欠かせぬアイテムであった。ヨガは自我を解体し、パソコンはニュートラルなコミュニケーション装置であった。そうした脱中心化したはずの平穏な組織の中心に、強力なリーダーが居座る時、その組織は容易に前近代的な家父長集団、そして擬似国家へと変質していくことを、オウム真理教の経験は教えた。この小説の「ナマムギ」(ASUNARO)グループもまた、そうした雰囲気を漂わせているのはいうまでもない。
 
 主人公の恋人は「パソコンさえあればどこでも仕事ができるから」という理由で野幌市への移住を考えている。本当にそうだろうか。パソコンさえあれば、仕事ができるというのは、中学生グループ同様の錯誤でないのか。パソコンなど、ただの道具でしかない。「精神的交通手段」の技術的発展の成果でしかない。中心には生産力にして労働力たる人間が位置せざるを得ないのである。
 
 コミニュケーション不全の時代に希望をつくる集団を形成すること。そこには時代錯誤な国家顔貌と透明なファシズムの臭いが漂っている。そのことを十分承知の上で村上がどこまで進むのか。実際の社会ではなく、小説という想像力の世界で、どこまで描ききれるのか。良くも悪くも大変刺激的な作品ではある。
 
 (ちなみに、『希望の国のエクソダス』にはオフィシャルサイトが開設されている。URLは http://www.Ryu-Exodus.com 。こちらは小説としてはいささか場違いな印象を与えたリポート作品の舞台裏をしらせる力作だ。)

 §3《何もない場所から》

 ついでながら村上龍が選考委員に加わった第123 回芥川賞に町田康「きれぎれ」と松浦寿輝「花腐(くた)し」が決まった。村上は選評で面白いことを書いている。

 候補作を読んでの感想を一言で言うと、何もない、ということだった。英語で言うと nothing ということになる。(中略)『きれぎれ』には nothing 以外にはモチーフがない。『きれぎれ』の文体は、作者の「ちょっとした工夫」「ちょっとした思いつき」のレベルにとどまっている。(月刊『文藝春秋』9月号)

 確かに、松浦の作品には擬古的なほのめかし以外に、ほとんど動かされるものがなかった。これに対して町田康の作品『きれぎれ』(文藝春秋、1143円)には「ちょっとした工夫」以上のものを感じた。だが、村上龍は町田康には文体のアレンジしかなく、切実なリアリティのようなものがない、と見ているのだろう。確かに今の村上には「現代を巡る絶望と希望を書き尽くす」というモチーフが漲っている。しかし、町田にはそれがないと言えるのだろうか。
 
 町田の小説を読んで僕は、野坂昭如を思いだした。あの焼け跡闇市派には語ろうとすれば黙すか、饒舌を押さえきれず吃音者的にならざるを得ない切実さがあった。町田にはそれを感じた。
 
 町田のその破天荒な文体は生活破綻者特有のリズムを持っている。吉本隆明的に言えば、<話体>となろう。この手の文体は、世の中を捨てたり、そうした場所から世の中を照射する力を持っている。現代に於ける<話体>とは広がりすぎた高度資本主義社会のもたらすものを周縁から捉え返そうとしているものだ。
 
 町田が撃とうとしている時代は、『希望の国のエクソダス』の少年たちが見ている場所とそう違わない。落ちこぼれの道楽息子。ほんとうに落ちぶれて。人一倍の劣等感。それゆえの逸脱行動。反権威を装いながら世渡り上手に成功していく友人への鬱屈した思い。それらが、感覚の断片を積み重ねたような文体で記されていく。
 
 自分の場所がない。それを希望がないと言い換えてもいい。町田の主人公のいる場所は、そういう場所だ。
 
 少年たちがパソコンネットワークでそこから逸脱しようとしているのに対して、町田の主人公はランパブを這い回るようにして社会への異和を表現しているわけだ。そして彼は小賢しくないから「この国には希望だけがない」などというセリフを吐かないだけだ。

 新田富子はうつろな表情で窓の外を眺め始め、新田富子の母親は気が狂ったような目で仲人を睨みつけ、仲人は周章狼狽の挙げ句、おほほほ、と笑って場を取り繕おうとして失敗し、母親はひゅうひゅう死にそうな息をした。俺はとどめだとばかりに、「やはり鰻はこうやってちゅるちゅる吸って食うのがいちばん旨いですね」と云い、膳の上にあった鰻重に顔を伏せ、鰻の蒲焼きをちゅるちゅる吸った。    (『きれぎれ』33頁)

 こうした<話体>に村上が反応しないのは判るが、町田の感性が届いていてもおかしくはない。村上がちょっとデコレーションしすぎの場所にいることの反動があるように僕には思える。文学の裾野は村上が考えている以上に広いのではないか、というのが逸脱者への密かなシンパシーを抱き続けている僕の感想である。

 §4《旅のつれづれに》

 7月に仕事が変わって、全国各地を放浪することが多くなった。東芝リブレットはますます必須になった。PHSカードも「どこでもインターネット」に役立っている。もっともパソコンなんてなくてもやっていけるぜ、っていう気分も相変わらずである。
 
 旅先に携行するにはやはり「小さな本=リブレット」がいい。そこでオススメが『吉本隆明資料集』である。これは高知の吉本主義者の若頭をやっている松岡祥男が猫々堂(〒780-0921 高知市井口町45 松岡方)という発行所をつくり、散逸している吉本隆明の対談・討論記録を発掘整理している気の長い仕事である。9月10日付けで第6集(1000円)まで漕ぎ着けた。1960年に行われた「トロツキストと云われても-共産主義者同盟に聴く」(島成郎・葉山岳夫・吉本隆明)など懐かしい座談記録が収録されている。80頁程度の冊子なので気軽に持ち歩け、結構、読み応えがある。ニャンコのシンボル・マークは第6集からハルノ宵子さんが描いている。ばななほどメジャーじゃないが、こちらも吉本隆明の娘さんである。巻末には試行出版部のコピー広告もあり、いわば吉本隆明公認の資料集となりつつあるようだ。
 
 第7集では60年安保闘争渦中のものを収載すると予告されている。いずれ、まとめられれば最もラディカルな吉本隆明発言集となるだろう。そんな期待を抱きながら1集1集読んでいくのは楽しい。吉本嫌いの人にはどうでもいいだろう。嫌いな時もあるが、気になるという人にはぜひ読んでもらいたい。とりあえず宣伝ではあるが、言うまでもないが、僕も身銭を払って予約購読している。読者の支持だけが支えという『試行』の原則がここでも味わうことができるというわけだ。


 --執筆時点から約10年、すべては変わっている。それでも、妙に懐かしい文章である。

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動画配信事業も淘汰の時代

8日の新聞各紙に、ヤフーがUSENの動画配信事業「Gyao(ギャオ)」の経営権を握ることが報道されている。USENはここ数年、不採算事業の整理を続けてきており、多角的にネット界のチャンピオンを目指していたが、結局は有線放送以外のコンテンツ系事業は実らなかったと言えるようだ。

ヤフーは4月30日にUSENが全額出資しているGyaoの株式の51%を5億3000間年で買い取り、今秋をメドにGyaoと「ヤフー!動画」を統合したサイトに移行するようだ。

Gyaoは2005年に無料動画配信事業に乗り出し、日本では草分け的存在だった。しかし、その後はご存じのように「Youtube」(ユーチューブ)が動画サイトを一気に制覇してしまった。質量ともにユーチューブに敗れて、残ったのは08年8月期には28億円の営業損失だった。

公称でヤフー!動画が1100万人、Gyaoが650万人(たぶん、私もこのうちの1人か)の利用者がいるそうだ。これに対して、Googleのユーチューブは1800万人。その他、ニコニコ動画1200万人、NHKオンデマンドやフジテレビ・オンデマンド、アクトビラなどがあるが、いわば論外というか圏外である。(数字は日経新聞を参照した)

広告モデルでの無料配信、課金制での有料配信にしても、利益を生み出すビジネスモデルは確立されていない。なんとも、頼りないことだ。その惨状を見ると、免許制のテレビが広告モデルで独占的な利益を上げているのは驚くべき事かもしれない。

今や猫も杓子も、動画、動画、の時代である。動画は訴求力があるし、技術的にも簡単になったからだ。しかし、ネットの世界は思うようにはもうからない。コンテンツ栄えて、業者枯れるという恐ろしい状況になっている。

そして、本当に恐ろしいのは大独占企業が最後のおいしいところを持っていくように企業の合従連衡は進み、小さなベンチャーはその寡占化の嵐の中に飲み込まれていくことだ。現在の世界同時不況はネットの世界にも貫徹されている。大手家電メーカーのリストラが言われているが、ITベンチャーはさらに「仕事がない」「稼ぎがない」という厳しい状況に置かれている。今ごろになって、マルクスやレーニンの亡霊が歩き出しそうだ。

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2009/04/03

レトロなラディカリズムのスタイル

レトロなラディカリズム
少し前に「風のたより」第18号という雑誌が届いた。なんでも2年ぶりの発行だそうで、こちらもなぜ届いたのか、はっきり覚えていないほどである。

発行者は「風のポスト」というグループだ。執筆リストには、松本孝幸「〈潔さ〉としての大島弓子」、柏木みな「うみの向こう」3・4、伊川龍郎「近況備考欄」の3本がならんでいる。

詳しいことは知らないが、吉本主義者の自立派系の執筆者たちである。松本孝幸は昔、『やわらかな未知のものがたり』(大和書房)『吉本ばなな論』(JICC出版)などの本を書いている。しなやかな感性で、音楽やマンガ論を展開していた。伊川龍郎の単行本は読んでいないが、ハードな吉本的分析者という印象がある。

久しぶりに届いた雑誌は「風のたより」であったが、私の記憶では「風のポスト」がもともとのタイトルだったような気がする。人生いろいろなことがあるから、雑誌名の変わることも仕方あるまい。

そんなことより何より「風のたより」がすごいのは、いまだにわら半紙で作られていることだ。印刷こそパソコンで打ち出した文字を使っているが、実質的にはガリ版でつくったような雑誌である。

自立雑誌は吉本隆明の「試行」を頂点に「あんかるわ」とかいろいろあったが、そうした立派な活版雑誌は稀で、私達のようなチンピラ自立小僧はみんなガリ版でわら半紙に印刷して、自己メディアをつくったものだ。

この「風のたより」には六〇、七〇年代の自立派雑誌の雰囲気とガイストを今に伝えている。レトロなラディカリズムのスタイルがまだ生き残っている。内容が新たな一歩を踏み出しているかどうかは別に、インターネット時代になお崩さぬ手作りの発信スタイルに少し頭が下がる。

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くぅちゃんクッキー

くぅちゃんクッキー
くぅちゃんクッキー
勤め先で、実家のある釧路に帰ってきたので、お土産です、とお菓子をいただいた。

パッケージを見ると、「くぅちゃんクッキー釧路川」とあるではないか。ご丁寧に、「2月12日に釧路川に来ちゃいました!」と自己紹介まで付いている。

早速、中味を見たら、くぅちゃんがホタテ貝をお腹に載せている。正面から見た構図では、いささか太りすぎではある。

釧路川に野生ラッコが現れたのは、正しくは2月11日。川にちなんでつけられた愛称も、クーちゃん、で微妙に違うのはご愛嬌か。ちなみに、お菓子も裏をみると、小樽市でつくられていた。

でも、一匹のラッコが一躍、釧路を全国区の注目スポットに変えてしまうのだから、動物の存在はあなどれない。

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移りゆく季節の中で

移りゆく季節の中で
あっという間に3月が終わり、4月が駆け足で走っていく。冬から春へ季節はめぐる。

思うこと、考えることがいっぱいあるが、なかなか為すべきことが為せないままである。駄文録であるブログもすっかり開店休業だ。

強いて今の状態を言語化すれば、不快、である。もう少しカッコをつけて言えば、「自同律の不快」というやつだ。埴谷雄高の「死霊」なら、ぷふぃ、と言うところだ。

親鸞の言葉を借りれば、「わが心のよくて殺さぬにはあらず。害せじと思うとも百人千人を殺すこともあるべし」という関係への不快である。

ずーっと、和而不同、戦術的野合の身すぎ世すぎでやってきたが、時折、むしょうに腹が立つ。異議あり、と叫びたい瞬間がある。どうも居心地が悪い。

世の中にも、個の倫理にも越えてはならぬ価値観の喫水線というものがあるはずだ。それを曖昧化する人々がおり、自分がいる。自同律の不快。良心なんて犬にくれてやったというのなら別であるが。

自分の価値観の根底には、戦後世代として擬制を打ち破る真制民主への希求があった。言葉と行いの乖離を批判した者こそ私たちであったのに!投げた石つぶては今ごろおのれ自身に飛んでくる。

「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公、碇シンジは成長できない少年である。「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」と言いながら、素直に運命を受け入れられない弱虫だ。だが、それでも、使徒たちとの戦いに赴く。

自分は、碇シンジ以下のままである。

北村透谷が山路愛山と繰り広げた人生相渉論争というやつがある。近代的自我が必死で切り開いた精神の豊かさを私たちは残念ながら防衛しきれていない。

今年の春はそんな小児病的惑いの中を、こともなげに移ろっていく。4月もまた残酷な季節であると知らされる。

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2009/03/24

小説を書きませんか、たって

1年ほど前の話である。

大先輩のOさん。礼儀正しく温和で親切だ。

 「どぅお、体の具合は?元気にしているかい?」

そんな優しい言葉、最近ついぞ聞いていない。ありがたや。「やはり、冬場は風邪気味で苦労しました。ぐしゅん」なんて甘えたい気分になる。だが、次の瞬間わが耳を疑った。

 「今度、文集を作ることになっちゃって。50枚ほど小説を書いてください。五月まででいいよ」

いいよ、たって。

 「大丈夫、たまには君の小説を読んでみたいという声もあって」

全然大丈夫じゃない。

雑文書きは本業兼趣味。だが、小説執筆など遠い空の向こうの世界だ。

だいたい小説を書く人は特別と思っている。昔の私小説家は仕事を失い、妻には逃げられ、愛人との自殺は失敗、陋巷をさまよう。ぶざまな姿を文章にするのだから普通じゃない。

小樽出身の文学理論家、伊藤整は「逃亡奴隷と仮面紳士」と、私小説家を評した。作家は自由を得ようとしながら、現世の壁に激突し、もがいているのだ。

こちら小市民に満足の日々。とても、そんな根性ありません。無理無理。

 「でも、作家だよ…」と悪魔のささやき。確かに、「作家」は魅力的な言葉である。でも、どうすれば、作家になれるのか。政治から文学に転進した大衆作家のKさんは言う。

 「ペンと紙さえあればいい。あとは時間と根気」

それで、小説が書ければ苦労はないぞ。

それから、1年。

結局、50枚の原稿は書いたものの、内容に自信なしで、ボツとなった。

 「また、やるかい」

悪魔のささやきが時々聞こえる。どんなものか。

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2009/03/23

辰巳泰子さんのライブのご案内

東京は三鷹市に住む美女歌人の辰巳泰子さんから、「大阪弁訳 へいけのうたあかり(平家歌灯)」第3弾の案内状をいただいたので、紹介しておきます。

「平家歌灯」は自分の子を戦場へ送りたくない女の歌語りだそうです。

作・演出は辰巳泰子さん。合戦曲は加藤尚彦さんだそうです。開催日時は2009年4月19日(日曜日)午後4時半から午後6時まで。場所は東京都新宿区新宿3-35-5 守ビル5階(JR新宿駅東南口徒歩高架沿いすぐ)のJazzBarサムライ(電話03・3341・0383)。料金は1500円(ワンドリンク付き)。余興として、投稿作品朗読もあるそうです。

辰巳泰子さんは1966年大阪生まれ。90年第一歌集「紅い花」で歌壇の芥川賞と言われる現代歌人協会賞を最年少で受賞しているそうです。

私は「恐山からの手紙」という歌集をいただいて読みました。なんだか異界にさまよい込んだような感覚にとらわれました。まさしく歌人はイタコなのだと思いました。お酒は一度だけ一緒に飲みました。その後、朗読実演ライブを新宿のどこかに見に行ったりしたこともありますが、良い意味で魔女です。

辰巳泰子さんのホームページを右サイドにリンクしておきますので、一度ご覧ください。ある意味、波瀾万丈かな、と勝手に思っています。


大阪弁訳の平家物語は「自分で訳しています。大変なことを始めてしまいましたが、やりとげます」と決意を述べられています。

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2009/03/22

旭川市中央図書館

旭川市立中央図書館
ガンもどき騒動で検査があったり、母親の体調不良・転居などがあったりで落ち着かず、しばらくストップしていたアルバイト原稿というか、ボランティア原稿を再開する。

どんどん分からないことが出てくるので、調べ直すために、旭川に行く。例によって、市立図書館にお世話になる。旭川の地域新聞のバックナンバーを調べる。本紙は5年前までしか残っておらず、どうなるかと思ったが、マイクロフィルムがあるので助かった。

半年分くらいを早送りで見ていたら、頭が痛くなった。年のせいか、疲れやすくなった。困ったことだ。

幸い探し物は見つかり、一部をコピーしてもらう。

札幌ではほとんど行かない図書館だが、今ごろ旭川でお世話になるのだから、分からないものだ。

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2009/03/18

人生楽なく苦ばかり-姓名判断で開運祈願

占いブームだそうだ。

血液型占いの本がベストセラーになっている。

新聞も朝刊には生まれ月の「きょうの運勢」、日曜版には「星占い」。いずれも生活の心覚えとして根強い人気だ。

手相や顔相は街角での占いの主流だし、気の流れで建物や間取りを決める風水もある。

私は科学的思考を優先するから信用しない。

だが、気になる。

身内に不幸があり、一息つくまもなく知人が舌がんで入院した。低迷が続くので、姓名判断に初挑戦してみた。

その結果は結構、衝撃的。同姓同名の方は聞き流してもらいたい。

天格10。大凶。多難。チャンスを逃す。

 地格14。大凶。不遇。努力家だが意志薄弱。

 人格10。大凶。多難。むら気で凝り性。

 外格14。大凶。孤立。控えめ、人見知り。

どの流派で試しても五十歩百歩。いまさら名字が凶と言うのも困る。

http://mei.longseller.org/?m=div&fam=%E8%B0%B7%E5%8F%A3&fir=%E5%AD%9D%E7%94%B7

ここまでひどいと気が引けるのか全体は悪くないとの助け舟も付く。

総格24。大吉。愛情に恵まれる。財運強く切望せずとも手に入る。晩年は運勢上向く。

当然、総格の大吉を信じる。もっとも、もう十分晩年なのだが…。

一つすると、次が気になるのが占い。幸せな言葉探しは癖になる。なるほど、ブームになる。

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2009/03/17

麻生さんの横顔

 人生を斜に構えたい中年おやじの星のようで、期待を裏切り続けてくれている麻生さん。

 あらためて、プロフィルを読み直してみた。

 趣味は「漫画」と「クレー射撃」が有名だ。

 週十冊以上の最新コミック誌を移動の車中で読み、「ゴルゴ13」は全巻所持。(読書家?)

 好きな歌は地元・北九州を舞台にした任侠(にんきょう)賛歌の「花と竜」。

 嗜好(しこう)品は「キューバ産の葉巻」。(これにラム酒があればヘミングウェーのよう)

 一九八四年、女性誌の特集「男はすこしワルがいい」に登場。「元祖ちょいワル」である。(当時の広告)


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 肩で風を切り、狙った獲物は逃がさないスナイパー(狙撃手)。べらんめえ。オレの背中に立つと命がないぜ。紫煙を残しハンフリー・ボガートのように去っていく。

 そんな感じが伝わる。 でも、一発必中どころか、誤爆誤射の連続なのはどうしたことか。ボタンの掛け違いや誤解に足を引っ張られことはよくあるが。ゴルゴ13よりずっこけマンガ風だ。

 座右の銘は「天下をもって公となす」。これは中国の古典「礼記」にある言葉だそうだ。

 天下は独り善がりの為政者のものではなく、人々のものである、という意味だろう。

 ここは初心を大切にしてもらいたいところだ。

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2009/03/10

ニュースショーという夜郎自大

ニュースショーという夜郎自大
朝起きて、テレビをつけると、みのもんたが出ている。もう、いい歳なのだから、頑張っているのは立派だ、と言いたいところだが、うるさいので困る。

みのはいつから国民の代表になったのだ。しかも、自分の趣味嗜好で事象を論評するのは、いささか公共の電波を使うには相応しくない。

まあ、昔から大橋巨泉のように好き放題で番組をやってきた人間はいた。だが、巨泉にはあくまでも娯楽番組の中で演じているという自覚が感じられた。

報道番組では田原総一朗の独善的進行、たとえば「共産党はいつも同じことを言っているから」と、議論に参加させないケースなど、があるが、それでも、自分の意見は相手の意見を聞くための挑発であるとの戦術的限定への理解があった。久米宏も基本的には同じだ。

ところが、みのもんたにはそうした自己否定が全くない。単純に怒り、自分が大衆や正義の代弁者だと信じて疑わない。単純莫迦ならいいが、自分のジャーナリズム的側面を露悪的に利用して恥じない。泣き芸の徳光和夫にさえも莫迦になるのはジャイアンツの時に、という分別があるのだが。

ジャーナリストの謙虚さも物事に補助線を引いてみるという複眼的発想が著しく欠如しているのではないか。ニュースは事実を冷静に伝え、報道のみでは判らない背後の問題点を整理、掘り下げるべきなのだ。亡くなった筑紫哲也には抑制しながらも本質を手放さない凄みがあった。

ほっとけな〜い、と国民の代弁者を気取っての大芝居はとても恥ずかしい。天気予報のお姉ちゃんを「根本くーん」と呼んでからかっているあたりが、似合っている。

報道をいつまでもエンターテイメントにしていては、国民を愚弄するばかりである。もちろんネットの世界にはエキセントリックやファナチックな人が山ほどいる。だが、彼らはせいぜい自主メディア空間で叫んでいるだけだ。テレビは影響力の規模が違う。

権力を持っている人ほど自分に謙虚であらねばならないということは、この場合でも同じである。

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ジャーナリズムの現況へのいくつかの指摘

3月10日の産経新聞1面コラム「産経抄」。
http://sankei.jp.msn.com/column/1221/clm1221-t.htm
先に、このブログ3月7日「訳わからん新聞記事」
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2009/03/post-598f.html
で紹介した朝日新聞の3月7日の「政府高官」記事が皮肉たっぷりに紹介されていた。

「朝日新聞には、ときどき不思議な記事が載る」との書き出しで、「朝日としては、高官の名前を出していない」が、民主党が漆間巌内閣官房副長官とみて追及することを同じ記事で載せており、「同業者としては、うまいやり方だと感心もするが、首をひねった読者も少なくないだろう」と指摘している。

こんなふうに皮肉らなくても、「おかしい」と、すっぱり書いたほうがいいのだと思う。

朝日・読売・日経の共同サイト「あらたにす」のコラム「新聞案内人」で、栗田亘(コラムニスト、元朝日新聞「天声人語」執筆者)という人が「『もの言わぬ記者』と評されては…」と題して書いている。
http://allatanys.jp/B001/index.html

最近の記者が政治家から暴言を吐かれても、あるいは常軌を逸した行動を見ても、何も言えない実情を嘆いたものだ。まあ、それはそうだろうな、というレベルの話だが、最後に、<メディアにも談合らしきものが見え>という選外という川柳を一句添えているのが効いていた。

実は私も、オフレコ懇談の曖昧さを見ていて、少し(本当はものすごく)腹が立っていた。だって、オフレコ懇談は役に立つようなことを新聞・テレビのメディアは言っているが、どう見てもそれは排他的な空間での懇談だろう。むしろ、どこまで報道するか、内容をメモ合わせしたりと、とても「談合」によく似ている。

栗田さんの引用した川柳もそういうことを言っているに違いない。政治家に政治献金があれば、メディアには情報リークがある。もちろん、どちらも崇高な目的のために、そうした危ない橋を渡っているのだが、外形的には非常によく似ている。反省と自戒を込めて言うのだが、現在の政治のていたらくぶりは、政治家や政治体制だけが問われているのではなく、メディアの姿勢もまた問われていることは明白ではないか。

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2009/03/08

母を送る

母を送る
母を送る
体力の衰えた白老の母が姉のところに預けられることになり、新千歳空港に見送りにいく。

日ごろの行いがいいのか、快晴だ。

車椅子の母はきちんとした格好はしているが、やはり元気がない。また北海道に戻ってくる日があればいいが。

10時45分のJAL508便が無事離陸するのをレストランで見届ける。

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2009/03/07

また白老に帰る

また白老に帰る
老いた母の調子が悪いので、また実家のある白老に帰る。

母は疲れるのか、寝てばかり。体重も一週間で3キロも痩せたという。

姉が犬を連れてきており、背中をなでたらなついて寝てしまった。

人も犬もよく寝る家である。

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訳わからん新聞記事

最近、ネットが盛んになったこともあるが、新聞記事の生煮えぶりと、その一方のメディアスクラム的な過剰報道には腹が立つ。

たとえば、2009年3月7日の朝日新聞一面。例の「自民党には捜査が及ばない」発言の政府高官。この国策捜査を自白した人物を、民主党が警察官僚トップから内閣官房副長官に入り込んだ漆間巌氏とみて国会追及の方針と書いている。では正体がまだ不明かとおもえば、朝日新聞はその政府高官に取材して「発言は一般論」などとあしらわれているのだ。正体が分かっているなら、真実を伝えるのが、ジャーナリスト宣言の魂だろうが。

本当は分かっている事実を権力に腰が引けて曖昧にしている。その一方で、またぞろ正体不明のニュースソースで小沢一郎や自民党議員に捜査が及ぶようなことを書いている。

訳わからん新聞記事


「模様だ」だの「ようだ」「みられる」の乱発で、推測を既成事実であるかのように錯覚させ、ミスリードさせるのではないか。冤罪は権力と阿吽の呼吸でマスコミがつくってきたのではないか、という良識や冷静な判断はどこに行ったのだ。たまたま愛読する日本を代表する良識紙の朝日新聞を例に挙げたが、これは朝日新聞だけではなく、ほとんどの新聞、テレビ、雑誌に見られる重大な問題だ。

おもえば、この国の政治記者はかずかぎりない誤報と判断ミスをしながら反省をしない。もう何十年も前だが、本当は安倍政権が生まれたはずなのに、土壇場で逆転しちゃって、などと言う人がいた。そうかもしれないが、読者への責任を忘れていないか。もちろん、憶測の捜査情報を流す社会部記者も同じだ。まさか、松本サリン事件を忘れたのではあるまいな。

日本の政治は遅れているなぞとほざくマスコミ人の諸業こそ天に唾する愚論と言うべきだろう。

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2009/03/06

秘書逮捕事件では小沢一郎を支持する

春の嵐というのか。民主党代表で次期総理大臣候補ナンバーワンであった小沢一郎議員の秘書が逮捕された。

本件に関して、私は民主党などというふやけた政党の支持者ではないが、「違法なことはしていない」という小沢一郎氏の主張を支持する。この間、明らかになりつつある状況証拠から、小沢一郎氏が不公正な形で捜査対象になったことは小沢氏の指摘どおりだと思うからだ。

自民党議員多数が関与していながら小沢氏のみがターゲットにされたこと、政府内部の高官から捜査は自民党に及ばないことが明言されていること、もっぱら小沢氏に対してのみ利害関係にある人物が証言していること、などから極めて不自然であると判断する。

政治家がゼネコンなどの企業から意図ある金をもらうことは問題である。それでも、小沢一郎氏のみが犯罪者を使っていた非道の政治家であるというのは正しくないと思う。理想論に依拠して、既得権益を打破し、米国主導の冨の再分配を阻止せんとする政治情況を流産させようとする立場は取らないこととする。民主党が内部の短絡主義者の妄動に振り回されないように期待する。

この事件によって、政治の閉塞感は打開されたか。失点続きの内閣の起死回生策たり得るのか。いずれも否である。なんとも憂鬱になるだけの事態である。

なお、本件については右サイドのお気に入りリストの下方にあるブログを参考にしていただきたい。

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2009/03/05

苫小牧の森さん来た−農民文学賞

「田村はまだか」と言っていたら、森さんが来た。

吉川英治賞の話を書いたが、苫小牧市の作家、森厚さんの「TAKARA」が第52回農民文学賞(日本農民文学会主催)に4日決まったそうだ。

教えてくれたのは童話作家はま・こはま、こと大島宣博さんだ。

「TAKARA」は酪農家の四世代の家族の物語とのことだ。森さんは「苫小牧文学の会」所属であるが、少し昔の話で恐縮であるが、大島さんと私も参加していた「黎」文学会の会員としても活躍されていた。おめでとうございます。

かつて藤堂志津子さんも熊谷政江として参加していた「黎」は亡き井上彪を主宰者として、道内文学界の才能を集めていた。沖藤典子もその一人。同じ会員で十勝管内芽室町在住の鳥井綾子さんは1988年に「坂の向こうに」で第31回農民文学賞を受けており、森さんとの縁もあって、苫小牧文学の会員となっている。文のつながりと人のつながりは不思議である。

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朝倉かすみさんと吉川英治賞

講談社が勧進元になっている「財団法人吉川英治国民文化振興会」による2009年度「吉川英治賞」が、4日発表された。

第30回吉川英治文学新人賞には、道産子・小樽市出身の朝倉かすみさんが「田村はまだか」で選ばれた。おめでたいことである。「田村はまだか」(光文社)はマンガのようなおもしろさでいかにも同賞にふさわしい。

Asakura_2

吉川英治文学新人賞は、これまで北海道からは今野敏「隠蔽捜査」(三笠市、第27回=2006年)、大崎善生「パイロットフィッシュ」(札幌市、第23回=2002年)、宇江佐真理「深川恋物語」(函館市、第21回=2000年)、馳星周「不夜城」(浦河町、第18回=1997年)の4人が受賞している。

また、本賞ともいうべき吉川英治文学賞は、渡辺淳一「遠き落日」「長崎ロシア遊女館」(上砂川町、第14回=1980年)、原田康子「海霧」(釧路市、第37回=2003年)の2人が受賞している。

私も長く生きてきたので、今野敏さんだけには会っていないが、残る作家の方々には一見挨拶に近いものもあるが、何度かお会いしている。馳星周さんには夕張国際映画祭の時にインタビュー、大崎善生さんには将棋の原稿を頼んだこともある。宇江佐真理さん、渡辺淳一さん、原田康子さんは連載小説の担当者をやったものだ。

そうか、すごい人々と働かせていただいたものだ、と「遠い目」になってしまう。朝倉さんは北海道新聞文学賞の会場で会っただけなので、きっと覚えていないだろうな。でも、大衆文学の世界では吉川英治賞は大きな看板だ。どどどどどっ、とこれからの大飛躍が一読者としては楽しみである。

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2009/03/04

「北海道 シネマの風景」出版記念パーティー

「シネマの風景」出版パーティー
北海道を舞台に、あるいは撮影場所にしてつくられた映画76作品にまつわる物語を紹介した「北海道 シネマの風景」(北海道新聞社、本体価格2300円)の出版記念パーティーが3月3日夜、札幌市内のすみれホテルで開かれた。

NPO法人「北の映像ミュージアム推進協議会」の主催だ。参加者は多からず少なからず、そこそこという感じだ。

同協議会の理事長は作家の小檜山博さんだ。冒頭の挨拶では「カサブランカ」やら「駅馬車」などにまつわる話をしていた。久しぶりにお会いしたが元気そうで、柔らかい手で握手された。

このほか北海道文化財団理事長の磯田憲一さんが「鉄道員(ぽっぽや)」にまつわる話をされていた。少し長いが良くまとまってはいた。北海道新聞出版局からは同書がいかに力作であるか強調されていた。

「シネマの風景」出版パーティー


ひげのおじさんが、もう一度見てみたい映画を発表していたが、少し酔いがまわってしまい忘れた。「白痴」と「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員」かなにかだったような気がする。

会場では旧知のジローさんと遭遇。なんだかんだ言いながら、それじゃあ、と久しぶりに南4西4の酒庵「きらく」に流れる。女性ライターさんやら、昔風に言えば押しの強い「総会屋」さん的なおじさんなどと、なんやかんや。にぎやか。

「きらく」では小檜山博さんと2度目の遭遇。「原稿しっかり書けよ」的なことを言われ、またしても熱く握手されてしまった。

ジローさんを残し、おじさんが「もう一軒」というので、付いていったら、アラサーなのかアラフォーなのかよくわからないオネエサンたちが、おじさんと仲良くしている。なんじゃ、こりゃあ、と思いつつ、午前様になる前に支払いを済ませて帰った。

映画の話で言えば、わが北野武監督は沖縄ばっかりで「北野ブルー」の世界を繰り広げているので、北海道を舞台に(テレビで主演した「兄弟」のような)作品を撮ってもらいたいものだ。

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2009/03/01

白老に行く

白老に行く
白老に行く
白老に行く
白老の実家の母親が弱っているので見てこい、と姉から電話があり、白老に行くことにした。

しかし、なにぶん田舎なので都合よく汽車はない。12時22分の函館行きの特急を苫小牧で普通列車に乗り継いで行くことにする。函館行き特急は自由席が二両しかないので、遅れて行ったら満席で立つことになった。なんだかついてない。


13時03分苫小牧着。13時23分苫小牧発。白老には13時49分着となる。

母親はあまり食欲がなく、昔のような元気がない。仕方がないことだ。ただ、頭のほうは明晰だ。汚れた家の中を片づける。まあ、近所の人が来てくれており、少しは安心である。

白老駅で幕の内弁当「白老味の散歩道」を売り出していたので購入する。一個千円。

白老牛の煮込みハンバーグ、虎杖浜産のうす塩たら子、白老産シイタケの甘醤油煮、大根の入った鮭ぐるぐる巻、鮭チャンチャン焼き風、イナキビとチーズを加えたイモ団子。なかなか強力ではないか。

帰路も鈍行と特急の乗り継ぎだ。文句を言っても仕方がないが、またも立たされ坊主である。

樽前山が残雪に映えて美しい。

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「月刊現代」休刊でシンポジウム

「月刊現代」休刊でシンポジウム
3月30日(月)午後6時から東京・千代田区の内幸町ホールで

「月刊現代」休刊とジャーナリズムの未来を考えるシンポジウム

が開かれるそうだ。

第一部は田原総一朗司会で鎌田慧、魚住昭、佐藤優による「いまそこにあるジャーナリズムの危機」、第二部が重松清司会で佐野眞一、高山文彦、青木理、城戸久枝による「ノンフィクションの過去、現在、そして未来」。

冊子代込みで参加費三千円。定員は約200人。関心のある人は名前、電話番号かメールアドレスを書いて、
FAX03-5281-7611
までか、
E-Mail:gendai.symposium@gmail.com
まで事前に申し込みをしてほしいとのこと。

チラシをいただいたので紹介しておく。

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2009/02/28

空港で考える

空港で考える

私よりも4歳年上なのだが、義理のような妹が癌の闘病を続けている。しばらく会っていないうちに、転移が進んでいるらしいとのことで、札幌に戻る前に時間があったので横浜の家を訪ねた。

乳ガンになってから6年、「乳ガンは全身の病気よ」と言われたとのことで、あちこちに病気が出ている。現在は毎日、娘に送ってもらい、少し離れた病院で放射線照射の治療を受けている。痛みがひどいので、座薬を入れたり、睡眠薬などを使っているらしい。「最後はモルヒネを使えばいいのだけれど、あれをやると心臓に悪いから寿命が縮んじゃうから」と、ちょっと前で踏みとどまっている。

明るいのだけれど、それだけに少し気が重くなる。高齢化社会とは命の重さをあらためて見つめさせられる。「おくりびと」ブームだが、なんだかずれている。「何か栄養になるものでも食べて下さい」とお見舞いを渡して失礼する。こちらも「がんもどき」人間だったので、みんなそう簡単に負けていられない。

近くの駅までタクシーに乗ったら、運転手さんは青森県の五所川原出身だった。「うちも青森の稲垣村が母方のルーツなんだ」と言うと、「そうか、稲垣村のどこだ?」となんだか急に同郷人になって、話し込んでしまった。「おらも遠くまで来てしまった」と言うので、「がんばってね」と無内容な励ましをして別れた。

羽田空港に早めに行き、遅い昼飯をいただきながら、飛行機を見ていた。最近は世界で飛行機事故が起きているだけに、一瞬不安がよぎる。

人間の死なんて、自分の思うようにはならないものだ。生きているうちに、やれることを少しでもやらなければダメだ。

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あの人やら、あのアーティストやら

出張の仕事がすべて終わり、27日の午後10時過ぎから、知り合いの店に足を運んだ。

神田神保町の会員制和風バー「人魚の嘆き」に行くと、超満員だった。

サイコちゃんが女手一つで頑張って始めた店だ。その美貌と人柄にほれて、出版関係者を中心に客層を広げているらしい。

手前の端の席で大声でアジっているメガネのおじさんがいた。どこかで見たよな、とじっくり見ると、毎日新聞を代表するコラムニストの鈴木琢磨さんだった。「北海道では朝刊で読んでます」と言うと、「半日早く出るのか」などと訳のわからないことを言う。名刺を交換すると夕刊担当の編集委員となっていた。食通らしく日本一うまい店がポンポン飛び出て、圧倒していた。

そのほか、寡黙ながら一言が厳しい産経新聞の人や、京大文学部卒の出版人(私の勤め先で4年大先輩だったHさんと同級生だったそうだ)、落語関係の女性ライターさん、かの有名なコラムニストのコータリさんも奥でギョロメを光らせている。さらに週刊ポストさんまでいる。

あの人や、このアーティストや


さながら文化人やらライターのサロンである。レベルの高い会話とオヤジ色の濃厚なコミュニケーション空間に圧倒される。

サイコちゃんは「太っちゃって」というが、相変わらず全然問題なしの美人である。惚れ惚れ。

外に出ると、やはり氷雨が降っている。東京は変な天気だ。

もう一軒、以前、銀座に勤め先があった縁で、仕事が深夜の午前2時に終わった後でもやっていたので気分転換のためにお世話になっていた「アイリーン・アドラー」が新しい場所に引っ越したというので顔を出す。

かつては新宿ゴールデン街にありそうな怪しい店だったが、明るく普通っぽくなっていた。

壁に人間曼荼羅だという絵が飾ってあった。偶然にも作者の金子國義さんが息子さんとやって来たので、紹介していただいた。エロスに溢れたすごい絵を描く人だけに、オーラもすごかった。

帰りがけに、コータリさん一行と、またしても遭遇した。

ママの智ちゃんはたぶん、かなりの年増であるが捨て身の芸みたいなものがただ者ではない美人である。

東京はなかなか刺激的である。

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京品ホテルの廃墟

京品ホテルの廃墟
京品ホテルの廃墟
東京出張での宿は品川だった。2000年から3年近く品川駅港南口にある勤め先に通ったのを思い出す。

27日の東京は雨だった。午前中には雪も降ったそうで、北海道以上に寒い感じだった。

宿は港南口ではなく、山の手側の高輪口から歩いて5分ほどのホテルだ。

高輪口の交差点の先をみると、廃墟のような建物があった。壁などには「since 1871 KEIHIN HOTEL」と書かれている。

例の結構繁盛していながら、経営サイドの突然の廃業・売却となった京品ホテルだった。

京品ホテルの廃墟
京品ホテルの廃墟

解雇された従業員やテナントの関係者らが自主的に営業を続けていたが、東京地裁が明け渡しを求め、1月下旬に強制的に排除されたのが、記憶に新しい。

ひどい話である。
強制執行を告げる文書や、張り紙などを禁ずる通告書などが権力的でぶざまである。だが、これが資本の現実ということか。なんだか暗澹となる。

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久しぶりに東京へ

久しぶりに東京へ
仕事で東京に出張することになった。

27日午前9時40分札幌発の快速エアポートで新千歳空港に向かう。
明るい日差しの朝で、なんだか北海道も春めいてきた。

普通運賃は1040円であるが、300円多く支払い指定席のUシートにする。特急に乗っても普通席なのに、わずか30数分の空港行きを指定席にするのは、飛行機が怖いからで、緊張をほぐす狙いもある。
それは建て前で、ホントは空港行きは異常に混むからである。大きなバッグが我が物顔で通路を占拠しているのはすこぶる腹立たしい。

300円で席探しの心配をせず、ゆっくり眠れるのなら、安いものだ。しかも、車掌がひっきりなしに来るので、安心なのだ。

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2009/02/25

沖縄から2度目のタンカン

沖縄から2度目のタンカン
沖縄から2度目のタンカン
沖縄県那覇市に住む知り合いの沖縄民謡奏者の加奈ちゃんから、「タンカン」が1箱送られてきた。前に1回、加奈ちゃんの勤め先の師匠の大城ママからもいただいており、今度が2回目である。

タンカンはミカンとオレンジの中間のような柑橘類で、見た目は今ひとつだが、糖度が高く、とてもおいしい。

今回は沖縄県本部町の伊豆味産のタンカンだった、同町のホームページを見ると、
「毎年実りの秋になると、伊豆味の各みかん農園でみかん狩りが楽しめます。時期に応じてクガニー、カーブチー、オートー、タンカンなどが収穫できます。見かけはまあまあでも、どれも糖度が高く絶品ばかり。」と書かれている。ビタミン補給にぴったりだ。

沖縄はもう暑いらしく、「地元の人はそうでもないが、外国の人なんか泳いでいたりして」とのことだ。

大城先生と加奈ちゃんの島唄コンビで、全国で地道に演奏活動を続けているようだ。7月には札幌にも来るらしいので、楽しみである。

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2009/02/24

推定無罪 あるいは 灰色無罪

推定無罪 あるいは 灰色無罪
ここ1ヵ月余り、「がんもどき人間」として、検査責め(団鬼六センセーなら緊縛責めかしら)の奈落でもがいていたが、本日2月24日を持って全行程が終了した。

午前9時にK病院に予約しており、10分ほど待って、診察を受けた。I医師は頭髪は薄いが、中身は濃い。大腸内視鏡の写真をかざしながら、「特別に悪いところはありませんね」と言う。「ポリープは2ミリくらいのが一個ありますが、消えることもありますし、まあ1、2年後にまたカメラをやればいいでしょう」とのことである。

すでに胃カメラで、きれいな胃と十二指腸の持ち主であることが女医さんから告げられている。さらに、造影剤をぶちこんでの下半身CT検査で、腎臓(のうほう1個あり)から下の体内の清浄さは比較すべくもない。そして、「痛いのよ」と言われて男性器もどきから、シュルシュルウウウと尿道、膀胱を周遊した内視鏡でもガンは見つからなかった。血液からも異状は見つからなかった。そんなわけで、「調べた限りでは問題ありません」という無罪判決が出た。

でもね。潜血反応は便と尿に出ていたわけで、その原因は不明のままだ。「まあ、悪くなったら、また調べればいいべさ」という北海道的な解決である。とほほほ。

自分としては潔白を証明したかったのだが、やはり、大きな垂れ幕を掲げて病院前でマスコミの前にかざして「完全無罪!」というほどの勝利には至らなかった。

仕方がない。でも、ひと安心である。今回の教訓は、頭で知っていることとと実際に自分の体で知ることは天地ほど違うということだ。人間=自分は相当、弱虫である。

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2009/02/23

「中川番」記者はどうしたのか

全国紙3社の共通サイト「あらたにす」を見たら、林香里さんという東京大学大学院情報学環准教授が<新聞案内人>という新聞の読み方指南コラムに2月23日付で「『中川番』記者からも説明がほしい」という記事を書いていた。

そのタイトルとおりの内容である。
http://allatanys.jp/B001/UGC020005420090222COK00236.html

すでに、このブログでも「中川大臣と同行記者団」というタイトルで、一緒にいた記者はしっかり事実を伝えてよ、と指摘しておいた。林さんが書いていることも同じである。

まず、日頃の取材姿勢の問題を指摘する。

「『夜討ち朝駆け』をしながら中川氏にぶら下がってきた記者たちなら、彼の行状を知らないはずはない。権力監視をするはずの記者たちによる日ごろからの『お目こぼし』が、あのような会見を招く遠因となったのではあるまいか」

次に番記者取材への疑問を提示する。

「こうした経過を見ていると、普段、大臣のまわりには大勢の記者たちがぞろぞろと付いて回っている(少なくともテレビなどで見るとそう見える)にもかかわらず、いったい彼(女)たちはどのような方針で何を取材しているのか、国民が知るべきことを知らせていないのではないか、そんな不安が募ってくる。」

最後に、「今回の記者会見事件については、メディア側にも、国民に対していくばくかの説明をしてほしいと思うのだが、いかがだろうか」と締めくくっている。

経歴を見ると、林さんは「1963年名古屋市生まれ。ロイター通信東京支局記者」を経て、アカデミズムの世界に移っている。それほどではないにしろ、取材の現場は経験しているから、日本の番記者体制のもろさを体感しているのかもしれない。

「新聞案内人」は朝日、読売、日経の3紙の読み比べのために書かれているのだろう。だが、林さんの言うようにはそうも3紙ともきちんと伝えていない。特に、なんども中川大臣との会食懇談に顔を出している女性記者は、さらに詳しいことを知っているはずだろう。肝心の場面を見ていない、という公式コメントではない記者らしい真実を聞きたい。

中川大臣の醜態をどうして外国メディアから教えられねばならないのか。問題点はどこにあったのかを伝えねば、同じことは繰り返される。あまりに怠慢ではないか。

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2009/02/21

白い悪魔

白い悪魔
夜なべ仕事が終わって起きると、相変わらず暴風雪だった。

普通、雪は天から降ってくる。だが、時々、足元からつむじを巻いて舞い上がってくる。これが、地吹雪である。

マンションから外を見ると、視界がほとんどきかない時もある。歩くのは大変だが、車を運転している人も事故が大変だろう。

今夜も呼び出されると、ちょっと辛い。

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北海道は暴風雪

北海道は暴風雪
台風並みに発達した低気圧の影響で、北海道は20日から荒れ模様の天気になっている。

新千歳空港では午後の便は軒並み欠航となり、全部で154便に及んだ。

道路も道北方面を中心に乱れた。

勤め先から呼び出しの電話があり、午前2時30分に会社へ行く。暴風雪対策の文書を3つほど作り、関係先にファクスする。別に周知のメールを送る。それから電話連絡だ。午前3時30分までに一段落した。

前後3回13年ほど籍を置いた元の職場に行くと、一日の反省会をしているので、ちょっと参加する。毎日、朝まで働いていたころが懐かしい。

午前4時30分に帰る。地吹雪の中を青年が自転車で新聞を配達している。頭が下がる。

家で一服をして、芋焼酎を水割りで飲む。仕事は終わり、これから記者会見やバチカン見物の予定もないので、気が楽だ。

午前6時前には寝たいところだ。

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2009/02/18

中川大臣と同行記者団

中川昭一財務・金融担当相が17日辞任した。ローマG7終了後の14日午後の「もうろう会見」で世界に恥をさらしたのだから、当然である。こんな大変な金融危機、しらふで出られるか、と思う気持ちは庶民としてはわからない訳ではないが、一国の財務責任者が自国の金利すらまともに言えないのだから、終わっている。

いまさら、中川大臣のことを言っても仕方がない。ちょっと気になったのは忙しい日程の中で、よく泥酔するまで酒を飲む時間があったなあ、ということだ。そのわけを18日の毎日新聞が解き明かしてくれていて、参考になった。

「不適切な」(昔、クリントンさんの時に流行りました)酒はいつ飲んだのか。一つは13日の夕方、初日の日程を無難にこなした後、親しい男性新聞記者らとジントニックを3〜4杯飲んだ。このとき、睡眠薬を服用した。

その「酒+睡眠薬」で14日に体調が悪化する。G7の本番なのに、困ったモードである。だけど、昼食会でワインが出た。飲んだのか飲んでないのかは定かでない。しかし、昼食会を50分も早く抜け出している。みんな大あわて。ホテル1階のレストランで日本から一緒に行った女性記者らとグラスワインを飲んだ。女性記者を集めての飲食会は中川さんの海外でのお楽しみの定番となっていたらしい。
 
その後、ロシア財務相との会談で「麻生大臣」と言ってしまっているから、だいぶん泥酔が進んできている。そして、午後3時45分からの内外記者会見でラリッパッパである。

中川大臣が主犯ではあるが、従犯に一部の「お気に入り」の男性記者や女性記者が存在しているのはビックリだ。普通、居酒屋に行っても車を運転する(会議で話をする)人には飲ませないのが常識だろう。テレビや新聞の記者は中川大臣が酔っぱらっているのをみんな知っていたのではないか。なのに、それを放置したのだから、あきれる。もっとも、記者諸氏諸嬢を弁護すれば、中川大臣の酔っぱらい会見は日常のありふれた光景だったのだろう。ただ、時差ぼけ、風邪薬、日本を離れた開放感がひどい泥酔の恥さらしとなるとは、記者諸嬢と大臣には「百年に一度」のトラブルだったのだろう。
 
事実を知っていながら、当該のテレビや新聞の記者諸氏諸嬢はなぜ本当のことを言わないのだろうか。大臣辞任はともかく、同じ箱舟に乗った人たちに責任なしとは思えない。

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2009/02/15

生キャラに接近

生キャラに接近

十勝の花畑牧場の直営店が1月末に札幌・大通西5丁目にできたというので、
半月遅れでのぞいてみた。南大通5丁目の4丁目寄りの角ビルの大通公園側一階に入り口がある。

生キャラメルが大人気だというが、食べたことはない。見るのも初めてだ。丸い木目ケースというの珍しい。で、お値段は12粒入りで850円ですと? たかああ。それでも評判らしく、11時だの13時だの時間制限して、売っている。いやはや。

新製品は2種類の生キャラをあわせたとかで、6粒入りで980円! 北野武の装丁画だそうだが、キャラメルというよりも、チャコレートの高級品のようだ。

生キャラに接近

とてもじゃないが、よほど贈り物か何かに使うのじゃなければ、手が出ない。仕方がないので、ソフトクリームを買ってたべる。キャラメル入りは高いので、普通のソフト300円にする。うまい。

用事が終わって、もう一度寄ってみると、売れ行きはともかく、やはり客足は途絶えていない。商品は山のように並べるのではなく、すぐなくなる分量を定期的に追加しているようだ。なかなかのアイデアだ。

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2009/02/12

大腸カメラ

きょうは大腸検査の日だ。絶食で準備だ。

大腸カメラ

午前5時50分起床。ゴミを投げてから、薬液をつくる。下剤のニフレックを1リットルの水で溶かす。そこでよく振って固形剤が残らないようにする。それからガスコンドロップを加える。こちらは胃腸などの消化管内部のガスを取り除く効果があるという。ガスコンを加えたところで、さらに1リットルの水を加えて、2リットルの溶液となる。これをコップ1杯を15分程度で飲んでいくのだ。午前6時から8時まで2時間で飲み干せとの指示だ。

ニフレック液を飲みながら、便意があろうとなかろうと15分おきにトイレに行くようにする。薬液を飲むと、気分が悪い、吐き気がする、おなかが痛い、めまいがする、などの症状も出ることがあるらしいが、幸い眠いだけだ。便も最初は反応が遅かったが、固形から液状へと進んでいく。最後は透明になるのが理想らしい。

検査は午後2時20分からだが、2時前にk病院に行く。消化器科受け付けで尋ねると、直接、内視鏡検査の窓口に行けとのこと。予約表を渡して、しばし待つ。呼ばれて中に入る。靴をスリッパにはきかえ、検査衣に着替える。下半身はすっぽんぽん。最近はこればっかだ。血圧はどうか、眼圧はどうか、など看護師の問診にこたえて、待合室で5分ほど。

大腸カメラ

診察台にあがって、まず麻酔薬だの胃腸の働きを止める薬などを投入する。血管が細いので少し痛い。左向きに寝て、お尻を突き出していると、先生が来て、ヨーイドン。カメラが肛門から大腸内をぐるぐると廻る。なんとも不思議な感覚だだ。エイリアンが体の中に入ると、ああなるのかな、などと思う。

10分ほどでカメラは終わる。「きれいでしたよ」と検査担当の先生が言う。すかさず、「ポリープや憩室はどうですか?」と聞き返す。「ポリープはないことはないが、心配ないですよ」という。「組織採取などは」と重ねて聞くと、「してません」との答え。最終的な結果は担当医に後日聞くことになるが、当面は緊急を要する状態ではないことだけはわかる。

ひと安心だ。

検査の後は、安楽イスに寝て、1時間近く様子を見る。咳をしてもひとり。という名句があるが、大腸検査後の休憩ルームは、屁をしてもひとり。という静けさである。

会計の手続きをしていると、からくり時計が午後4時を告げている。
大腸カメラ

今回の潜血騒動は前も後ろも原因不明のままで一件落着となりそうだ。胃、十二指腸はきれい、腎臓、膀胱、大腸も異常なし。とりあえずうれしい。根本的には何も変わっていないけれど。

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2009/02/10

春が来るのか来ないのか

春が来るのか来ないのか

人間ドックで尿に潜血ありと出て、その後も検尿のたびに同じ反応が出ている。かかりつけの医者が「こりゃ、ガンだ」と(おそらく)心配して(推測です)、それらの患者がよく行くK病院行きの紹介状を書いてくれた。

一週間前にまず、泌尿器科で下半身のCT検査をした。造影剤を血管から入れられて、15分くらい輪切り撮影した。体がかあっと熱くなる。造影剤の流れてきたところの状態でガンがわかるらしい。

それから1週間後の10日に結果を聞きに行った。その結果、腎臓はのうほうがあれどもきれい。尿管部分も特に異常なく膀胱もまたきれいであるとのことだった。自分の輪切り写真を見ていると、なんだか人ごとのようだ。

「うーん、わかりませんね」。尿からガンを調べる細胞診でもそのようなものは見あたらないという。「困ったな」。そういうものなのかどうか疑問だが、K病院の泌尿器科医は、それではですね、と私の顔を楽しげに(イメージですが)のぞき込んだ。そして言った。

「ここまで来たのですから、いっそ、膀胱の中を見てみましょう」。そして、「すぐできますが、時間いいですよね」。

気の弱い私は当然ながら「痛いのいやだな」と言うと、「それを言うとみんな逃げちゃうしなあ」などと答えつつ、痛くないとは言わないのが怖い。「麻酔しますよね」。すると、間髪を入れず「麻酔をすると、傷ついちゃって返って痛いんですよ」とのたまう。

10分後に私はあられもない姿で施療台の上に仰臥していた。もっとも下半身はカーテン越しで見えない。女性の看護師さんが一回軽くしごいてくださったので、これは極楽(のはずはない)。個人的には発情してもよさそうなのだが、それどころではない。

「5分ぐらいで終わりますから」。そう言って、尿道から内視鏡が突入モードになった。痛いです。重ねて言います。痛い!!!!!!です。事前に排尿しておいたのですが、膀胱の中にカメラが入ると、尿意がひどくなります。「オシッコしたいのですが」と言うと、「器物が入っているからで、尿はでませんよ」などと答える。

足を立てているので、なんだか、尿道の先から赤ちゃんが生まれないかなどと妄想する。

痛みにもだえているうちに終了。チンチンの先のガーゼは血に染まっている。あっ、恥ずかしい。下着をはく時なんて、すっかりおかまモードのあたしなんです。(ここだけ宇野鴻一郎センセのマネ)

しばらくして診察室に入ると、「膀胱の中を見ても、特に悪いところはありませんね」との診断。「じゃあ、潜血は?」と聞くと、「調べても分からないことも結構あるんですよ」。あっ、そう。頭の中に井上陽水が流れた。「さがし物はなんですか?……さがしたけれど見つからないのに、まだまださがす気ですか」「さがすのをやめたとき、見つかることもよくある話で」とかなんとか。夢の中へ。

トイレに行くと、尿道がやけるようだった。力むと特にひどい。潜血ならぬ鮮血が出た。なるべく排尿したほうがいい。というが、やっぱり痛い。少しずつピンクになるが、痛い。感染症が危ないので薬(クラビット錠、1回3錠2日分)をもらって飲む。この原稿を書いている今もトイレが怖い。

原因不明だから、と言って腎臓を調べるには、針を刺して組織を取って調べる方法もあるらしい。だが、腎臓は血液の塊だ。結構、危険らしい。そこまで深追いする必要なし、ということで、灰色決着、「まあ、このまま様子みましょう」ということになった。いかにも自分らしい不透明な人生だ。

泌尿器科とは別に、近く大腸カメラ検査をする。年を取るのは鬱陶しいことだ。

先日、ガンで危篤と書いたお世話になったガソリンスタンドの会長は翌日、静かに息を引き取った。68歳だった。きれいな顔だったという。病院の検査があって葬儀に行けず香典を送った。弔電を打とうかと思ったが、だしそびれた。下書きを載せさせてもらう。

<Jさん、突然の悲報に心が痛んでなりません。あなたは若輩者の私にも本当に優しく接してくれました。ダンディで、気取らない人でした。おいしいワインごちそうさまでした。闘病中も私のコラムを気にかけてくださっていたとも聞きました。なんのお返しもできなかったことが悔やまれてなりません。あなたの「おれっちさあ」と言いながら、はにかむ笑顔が今も昨日のように目に浮かびます。本当にお疲れ様でした。さようなら。ありがとうございました。>

外に出ると、雪まつり真っ最中の大通公園では横断歩道で氷割りや雪割りをしていた。春が一瞬顔をのぞかせている。

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2009/02/06

札幌雪まつり2日目の夜

札幌雪まつり2日目の夜
札幌雪まつり2日目の夜
ライトアップされた雪像や氷像が幻想的な雰囲気を醸し出している。

昼間はなんだか心もとなかったオブジェの印象が一変する。闇が光を力づけている。死が命を映し出すように。

午後6時すぎの大通公園は日中に負けない人出だ。いかにも祭りらしい賑わいだ。

お世話になったガソリンスタンド会社の社長が面会謝絶になったという。リンパ節のガンが猛威を振るっている。モルヒネも効かなくなったという。このところ、生命の重さをいきなり突きつけられてばかりだ。

そして、それは他人事ではなく、我が身のこととなるのである。

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札幌雪まつり2日目

札幌雪まつり二日目
札幌雪まつり二日目
札幌雪まつり二日目
朝から雪だ。道を歩くと、20センチは積もっている。

大通公園の一丁目にはすでにゼッケンをつけた小学校の児童集団の姿があったが、雪まみれである。

隣にはロシア人らしき男女のグループが歩いている。やはり国際的だ。

売店は開いていたが、まだあまり客はいない。

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2009/02/05

気がつけばエロサイト

気がつけばエロサイト
あまり訪問者の少ない「たかお=うどイズム」ブログであるが、いつの間にかエロサイトになっていた。

トラックバックをみると、そちら系ばかりのタイトルが並んでいる。沖縄のタンカンはわかるが、おどろおどろしいやつがゾロゾロと増えている。なんでそうなるのかわからないが、困ったものだ。そのうち、一斉に削除するが、変な客しか見にこないのだろうか。

札幌雪まつりはいかにも冬らしく、雪が休みなく舞っている。夜は大変だ。

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今日から札幌雪まつり

今日から札幌雪まつり
今日から札幌雪まつり
今日から札幌雪まつり
朝、大通公園を歩いていると、観光客らしき人波ができていた。

みんな携帯電話のカメラで、なにやらアリバイ写真を取っている。とりあえずの世界か。こちらもカチャカチャ。海の動物や北海道日本ハムの氷像が並んでいる。似ているかどうかは、よくわからんが。

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2009/02/04

あすから札幌雪まつり

あすから札幌雪まつり
あすから札幌雪まつり
あす5日から第60回さっぽろ雪まつりが始まる。前日の4日夜には、メーン会場の大通公園一帯はライトアップされていた。

もちろん地元・札幌の人が多いのだろうが、近くのコンビニなどには中国系と思われる観光客が集まっていた。さすが国際的なまつりである。

第60回というと還暦だ。まあ、札幌の中学生が始めたとかいう「伝説」があるが、よく続いたものだ。

ちなみに、開催は11日まで。全部で3会場に大小約290基の雪氷像が造られている。目玉となるのは韓国の国宝第1号「南大門」(正式名・崇礼門)。高さ15メートル、幅27メートル、奥行き20メートルで、大通公園の7丁目にある。

もっとも、私としては、観客が多すぎてあまり関心がわかないというのも事実なのだが。

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2009/02/01

炭労の旗と高橋揆一郎

炭労の旗と高橋揆一郎
炭労の旗と高橋揆一郎
炭労の旗と高橋揆一郎
炭労の旗と高橋揆一郎

ゆめつむぎの中は異空間だ。中央には、歌志内ゆかりのさまざまな展示があるのだが、一番気になったのは、炭労に属しただろう歌志内の労働組合の深紅の「歌労」旗だ。なんだか、北海道の歴史をおもいおこさせられる。

もう一つは文学関係だ。旭川の作家、三浦綾子は1939年旭川市立高等女学校卒業後、4月に歌志内公立神威尋常高等小学校教諭となる。1941年4月には神威尋常高等小学校文珠分教場へ転任、9月に旭川市立啓明国民学校へ転勤している。

そして、高橋揆一郎だ。彼は歌志内に生まれ、自己形成した歌志内っ子だ。1978年に「伸予」で芥川賞を得ている。その展示がにぎやかだ。

午後3時から「高橋揆一郎文学忌命名式」が開かれた。小さいけれど、良い会だった。

午後6時1分のバスで、砂川へ。午後7時5分のJRで札幌へ。頭痛は少しおさまった。

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初めての歌志内

初めての歌志内

1月31日続き。午後2時1分のバスは休日のせいか、思ったほど混んでいなかった。

砂川市内で数人が降り、ところどころで、少し人が乗ってきた。しばらく行くと、上砂川町である。役場の前を通ってからまた戻ってくる。住民の足らしい走り方だ。

そこから右に折れて、歌志内に向かう。一本道だ。アップダウンはあるが、右にも左にも住宅や商店、廃屋が続く。家並みはとぎれることなく、市街地は十分、町ではなく市である。だが、日本一のミニ市として知られる。

歌志内市のホームページによると、「明治30年代、歌志内市の人口は7千人余りでしたが、明治40年代に1万人、大正時代には2万人を突破し、空知管内でも有数の一大炭鉱都市を形成しました。昭和になってからも人口増加はめざましく、戦後の昭和23年に本市最多の4万6千人を記録しました。
 その後、昭和36年ころまで4万人前後の人口を保っていましたが、昭和40年代に入ると、石炭産業の不振から閉山が相次ぎ、まちは過疎化の一途をたどり、昭和56年にはついに1万人を割りました。さらに、平成7年3月の空知炭鉱閉山が人口減少に拍車をかけ、平成19年には5千人を下回り、現在も減少傾向が続いています。 」とのことだ。
 
いくつかの中心街を経て、「歌志内市街」という停留所で降りる。炭鉱の街だけに、炭鉱のヤマがあるところ、会社のあるところに、それぞれ中心地ができたのだろう。砂川から約40分である。大きな郵便局やスーパーが目立つ。その隣にあるこぎれいな建物が目指す場所だ。

歌志内市郷土館ゆめつむぎ。再び市のHPから。

「炭都として栄えた歌志内の歴史や文化を、立体映像やパソコン検索などの最新技術を駆使して紹介する郷土資料館です。 立体ハイビジョンによるシアターや大型採炭機械の実物展示があり、娯楽感覚で炭鉱のマチを体感することができます。 また、収蔵展示室には古い時代の家財や電化製品などを数多く展示しており、昭和の時代にタイムスリップしたかのような懐かしい光景を再現しています。」

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砂川駅から中央バス

砂川駅から中央バス
砂川駅から中央バス

「20世紀少年」を見たのは2月1日である。その前日の1月31日。12時30分の列車スーパーカムイ21号で札幌駅から砂川へ向かう。13時14分が定時到着だが、発車が数分遅れたので、到着も同じだ。

おなかが空いていたので、駅で立ち食い蕎麦でも食べたかったが、質素というかそういうお店は見あたらない。駅前にもタクシーはいない。(たまにはいそうだが、この日はそうだった)なんだか、静かだ。

駅前からテクテク歩いて道銀を見ながら国道12号線を渡り、ちょっと行くと、中央バスターミナルがあった。

砂川は上砂川や歌志内から函館本線に出る玄関口だ。汽車のない現在はバスが住民の足だろう。大きなターミナルで、壁には張り紙がいっぱいだ。オウム真理教や革労協の活動家の手配写真が目立つ。オウム真理教のの爆弾娘や道内出身の青年は今どこにいるのだろうか。

自動販売機で530円を支払って乗車券を買う。おなかが空いているので、持参した沖縄のタンカンを食べる。売店が開いたので、130円のリンゴジャムの入ったパンを買って、水を飲みながら、いただく。

貧しいけれど仕方がない。朝、鼻血が出たし、頭痛がするのだ。ロキソニンやセルベックス、アリナミンなどの錠剤を飲んで、横になる。なんだかつらい旅だ。

午後2時少し前に5番乗り場にバスが入った。トイレで用を足してから、外にである。午後2時1分発である。行き先は歌志内。初めてである。


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2009/01/21

タンカンどっさり

タンカンどっさり
巷ではインフルエンザが流行しつつある。そんなときはビタミンCを取ると、いいらしい。

厳寒の北海道を気遣ってか、南国から嬉しい贈り物が届いた。

タンカンだ。

初耳なので、ネットで調べる。

タンカン(短桶、桶柑、学名:Citrus tankan Hayata)は、ミカン科の常緑樹。ポンカンとネーブルオレンジの自然交配種のタンゴール (tangor) の一種とされる。
中国の広東省が原産地で、奄美大島を始めとする南西諸島へ1896年(明治39年)頃に台湾から移植された。1929年(昭和9年)頃に本格的な栽培が始まった。タンカンには「短桶」(タンカン)の字があてられており、中国で行商人の持ち歩いた桶がこの由来とされる。また「桶柑」とも表記される。現在の主な産地は沖縄県と鹿児島県の屋久島、奄美大島である。
高温を好む亜熱帯性柑橘類で、夏期多湿で年平均気温が19 - 22度が良いとされる。花期は4月頃、収穫時期は1月で冬の果物である。
果皮の厚さは3 - 4mm。皮と果肉が離れにくいことが欠点であるが、果肉はオレンジ色で柔らかく多汁、酸味は少なく甘味に富み風味が良い。独特の濃厚な甘さが後をひくといわれている。(wikipediaより)

土でもついているかのように、見た目は悪い。しかも、皮は厚く固い。なんか食べづらそうだが、確かに果肉はぎっちり詰まっている。

送ってくれたのは、沖縄の那覇の民謡音楽家の大城美佐子さんだ。昨年、沖縄に初めて行って、居酒屋の「島思い」にお邪魔して以来、親しくしてもらっている。ありがたいことだ。

早速、いただく。あっさりして、うまい。これで風邪を吹き飛ばしてしまえば、嬉しいのだが。

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2009/01/17

旭川市中央図書館

旭川市立中央図書館
旭川市立中央図書館
午前11時の汽車で旭川へ行く。風邪で体調が優れないのだが、資料収集をしなければならないので、無理をすることになった。汽車は12時20分到着。タクシーでロータリーの傍らの旭川市中央図書館へ行く。

雑誌のバックナンバー約二百号分を調べ、必要な部分をやはり約二百個所コピーしなければならない。

一人でやるとなんだか気が遠くなってしまいそうだ。幸い資料室のスタッフが全面協力してくれたので、結果的には2時間もかからないで終了した。みなさん、ありがとうございました。

コピーは一枚10円で、結構な出費だ。それを取り戻すべく、パチンコ・ボンボンに寄る。千円で二回も大当たり。苦労はしょうもないことで報われるものだ。

ラッキーである。帰りの汽車でコピー原稿を早速パソコンで打ち直し作業を開始する。やはり楽じゃない。まだまだ、この仕事、先が長い。

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2009/01/16

芥川賞と直木賞 決まる 如是我聞

東京で15日夜行われた芥川賞と直木賞の選考会(日本文学振興会主催)について、現地から情報が入電したので転載する。あくまでも間接情報なので、厳密ではないことをあらためてお断りしておきます。

以下、リアルタイムのリポート。

まず、第140回芥川賞は「ポトスライムの舟」の津村記久子さん1人だった。

選考委員の宮本輝さんによる選評。

<最初に墨谷渉、山崎ナオコーラ、吉原清隆が落ちた。次に鹿島田真希が落ち、田中慎弥と津村になり両方強く押す人がいたが「ある差」をもって津村記久子になった。
女性たちの何でもない慎ましやかな生活やその中で生まれる縁を書いている。今の時代に合わせたわけでもないだろうがあえてドラマを書かずある意味文学的に普遍なものを書いた 作家として成長した 文学、小説の組立ともに文句なし>

田中さんが届かなかった理由。
<しかけをたくさん用意したにもかかわらず文学としては玉砕した>

ナオコーラさん。
<前のほうが良かった 今回のっぺりしていた>

墨谷さん。
<こういうフェチの話を書いても、扱った以上はそこから派生してくる人間のミステリアスさを書かないといけない。これは文学になってない>

鹿島田さん。
<これまでの作品の中で一番良く推してもいいとも思ったが、ある時は正気なのか、ある時は狂気なのか、その恐さが書けてない?この女に概念はあっても肉体が伴ってない 途中から繰り返しで退屈>

吉原さん。
<この主人公、その同級生がある一つの類型から出てない。よくある小説になっちゃってる 一番点が低かった>

宮本輝委員の総括。
<今回の傾向。これまで「そこそこ小説」 が多かった。
そこそこの大学を出てそこそこのいい仕事に就いて付き合って…というような。
今度はもっと何か派遣、契約の人たちを登場させて何らかの新しい形を呈示している
「ポトスライム」のような何の変哲もない観葉植物の舟に乗って生きるよるべない人たちを書いているいい小説を選べて大変良かった、と私は思っています>

第140回直木賞は天童荒太さん「悼む人」、山本兼一さん「利休にたずねよ」の2人。

選考委員の井上ひさしさんによる選評。
<3回投票した。天童荒太、道尾秀介、山本兼一の三人が残った>

天童さん。
<この作品ほど書いている作家の姿勢と作品が重なっているものはない。いまは心の時代で、亡くなった人の数ではなく、人間の一番大事な、生と死と愛を前にして「文学は何が出来るか」という芸術のいちばんのテーマに挑戦した。作品としては多少破綻があったけれども>

山本さん。
<現代にも通じる日本人の美意識を創った利休の秘密をえぐり出したのではないかという評価>

道尾さん。
< たいへんな怪作。一人では生きたことにならない、人の罪は許される、お互いに信頼しあわないと生きていけない>

井上ひさしによる総括。
<直木は候補の中から一本を選ぶという慣例がある。だから二本出す時はかなり議論する。最初の投票では山本が一番良かった。
まず天童が決まったが、それだけでは芥川っぽくなって狭いかなと思った。
天童-八年もかけて頼まれもしないのにちゃんとした成果を出している-と、エンタメの山本、この二作で直木の幅が深まったり広まったりするのがいいのでは、と思った。天童さんはよくがんばりましたね>

恩田陸さん。
<こういうコンクールに出てはいけない小説(笑)二人称であるとか。すごく面白いさすが恩田。でも締め括りが弱い。恩田さんは実力から言ってももう直木は三回くらい獲っていてもいいんだけど(笑)>

重ねて井上ひさし委員の分析。
<時代物が書かれる時というのは二つある。世の中が分からない時と、世の中がいっせいに動いてるとき。今は前者。
現代は「個」の時代。他人が何と言おうと自分で判断しなければ。受賞作にも出てる どんなつらくても選んだ人生を生きていく>

津村記久子さんの記者会見。
Q 作家と会社員の二足のわらじですが?
A 今後もできるかぎり正社員として働きたいです。働いてることは創作上でも大事なこと。今回の作品も働いてるからこそ書けた、ということがあるので。

天童荒太さんの記者会見。
<悼む人は賞を「獲った」のではなく「授かり」ました。
これからも痛みを感じているような人、辛い立場にある人にどういう視線を寄せることが共生ということになりうるのかを問うような小説を書きたい>

山本兼一さんの記者会見。
<「強く生きる」ことの大切さ。
「志の高さ」と「自己犠牲(人の為に何ができるか)」つまり「良く生きる」ということ。私は人には貴賎があると思っています。つまり貴い人と賎しい人。最近はそういうことを言わない傾向があるが、ちゃんと言ったほうがいいと思う「人の為に何かできる人はえらい人だ」と。
若いころ、インドやら外国旅行をして帰ってきたら、日本て粘っこくてイヤな国だなと思った。でも私にとっては日本しか帰る所はないし、日本しか見つめ直す所はない。素晴らしい考え方、物が埋まっている。それを探りあてていきたい>

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2009/01/15

雪の三浦綾子記念文学館

三浦綾子記念文学館
三浦綾子記念文学館
仕事と趣味の中間の案件を、新しい年は背負ってしまった。

旭川に行き、いろいろと調べる生活が当分続くことになる。

神楽の三浦綾子記念文学館に寄る。雪の中で静かだ。見学者はポツポツというところか。中を少し見せてもらったが、展示がだいぶん変わっている。

外の景色はロマンチックだ。

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2009/01/06

再度のアピール=イスラエルは直ちに軍事行動を停止せよ

イスラエル軍のガザ地区侵攻の暴挙は拡大の様相を見せている。現地からの報道によると、パレスチナ人民の犠牲者は582人に達し、そのうち159人が子どもだという。(asahi.comから引用)

3日からの地上作戦で、130人のパレスチナ人戦闘員を殺害したとしている。パレスチナの救急車が現場に向かえず、戦闘員の死者数は確認されていないが、これを合わせるとパレスチナ人の死者数は計700人近くに達する可能性もあるという。(47NEWSから引用)

ガザ地区で、空爆や砲撃によって自宅を失った一般市民4000人が難民化し、戦火の中をさまよい歩いている。(MSN産経ニュースから引用)

にもかかわらず、イスラエル軍は停戦の姿勢を示さず、米国もイスラエルを後押しするという誤った態度を続けている。

なぜ悲劇を拡大させるのか。世界を悲しませるのか。

重ねて訴える。

イスラエルは軍事行動を即時停止せよ。
パレスチナ人民の生存を保障せよ。
人道的救援を妨害するな。

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深浦王位の就位式

深浦王位の就位式
昨年7月から9月まで全国の将棋ファンを沸かせた第四十九期王位戦七番勝負で初防衛に成功した深浦康市王位の就位式が1月5日午後4時から、東京・日比谷公園の「松本楼」で開かれた。

日比谷公園では直前まで派遣切りで追い詰められた労働者を無事に越年させるためのテント村がつくられていただけに、晴れの催しも、いささか落ち着かなかったかもしれない。

仕事の関係で案内状をいただいていたこともあるし、ぜひ出席したかったが、札幌に野暮用があり、やむなく欠席した。

北海道新聞によると、深浦王位は「故郷の佐世保(長崎県)で勝つなど、思い出に残る七番勝負でした。二期連続で羽生名人に勝てたことで、将棋の神様に王位と認められた気がした」と喜びを語った、という。

関係者からの情報では、立川流の落語家さんが小咄を一席披露したとのこと。

「深浦王位とかけまして大人気連載中の小説とときます。まもなくもう一巻(冠→1月17日からはじまる羽生名人との第58期王将戦七番勝負で勝つことで)増えるでしょう」

羽生さんは竜王戦で痛い敗北をしているだけに、対局が注目されるところだ。

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2009/01/04

イスラエルのガザ侵攻糾弾

2008年12月27日から続いているイスラエルによるパレスチナ人民=ガザ地区への空爆は、ついに地上戦に突入した。

公表されているだけでも、パレスチナ人民の死亡者は500人に迫らんとしている。いかに政治軍事施設に標的を絞った攻撃と強弁しようと、無差別な殺戮を目指す非人道的蛮行であることは明らかだ。

地上戦はパレスチナ人民を追い詰め根絶やしにする国家テロリズムである。軍事行動は長期化泥沼化し、尊い血がいたずらに流されることになるだろう。

すでに世界中の良識ある人々からイスラエル糾弾の声が挙がっている。イスラエルは直ちに空爆と地上部隊による軍事行動を停止すべきだ。

ハマスによるロケット攻撃を口実としたガザ地区侵略は強者の傲慢である。自らの蛮行でイスラム原理主義のテロリズムを世界に拡散させる愚行である。

米国、イギリス、フランスなど中東紛争に責任ある諸国は直ちにイスラエルの国家テロリズムを停止させるべきである。超大国アメリカの新しい指導者・権力者となる、フセインの名を持つオバマ氏はこのリトマス試験紙から逃げてはなるまい。

日本政府も非戦憲法の精神にのっとり、イスラエルに侵略中止を働きかけるべきである。

米国に端を発した世界不況が中東情勢の不安定化を誘発し、新たな戦争を待望しないことを求めたい。

日本国内で相次いだ無差別殺人事件を憂えたコメンテーターは今こそ、イスラエルの無差別殺人行動を掣肘する言論を発すべきではあるまいか。

2009年を希望に満ちた明るい年とするためにも、自己メディアを持つすべてのネチズンは声を挙げるべきである。

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2009/01/03

野村義一さんの死

野村義一さんの死
アイヌ民族の権利拡充のために尽力した。

2008年12月28日午前8時30分、肺炎のため登別の病院で死去した。

1914年(大正3年)10月20日、一男二女の長男として白老町にて出生。1936年白老漁業会就職。49年−74年、白老漁協専務理事。55年−83年、白老町議会議員。76年−02年、白老町遺族会会長。

94歳。戒名は永幸院法徳日義居士。通夜は平成20年12月30日午後6時、告別式は31日午前9時から白老斎場で執り行われた。

北海道ウタリ協会理事長(1964−96)。以後、顧問。アイヌ無形文化伝承保存会会長(87−2008)。

84年、中曽根首相の懇談会と皇居赤坂御苑の園遊会に招待される。92年、国連本部で先住民族代表として演説した。

83年白老町町政功労賞。94年北海道開発功労賞。97年勲五等双光旭日章、北海道新聞文化賞。05年アイヌ文化賞。

新聞などでは、アイヌ民族の代表的リーダーとして功績が紹介されているが、葬儀のしおりでは叙勲受章者と町政功労者ということが見出しになっていた。

そうした大局的な部分とは異なる私的感想を言えば、野村義一さんは白老小学校のPTA会長として、私たちの前に現れた。それから、町の政治を主導する町議会議員、しかも、会派は覚えていないが、自民党系政治家であったと思う。

もちろん、その後の社会的活躍に異論はない。だが、労働者の子として権力批判に向けて自己形成をしていた若いころの私には国家権力と野村さんの位相がよく理解できなかった。階級闘争と民族問題はいまだに苦手である。

野村さんの経歴(表彰)の中に、私の想像の及ばない骨太の、しかし葛藤を抱えた人生の一端を知ることができる気がする。合掌。

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少雪地帯

少雪地帯
少雪地帯
少雪地帯
少雪地帯
札幌から千歳までは雪景色だ。しかし、苫小牧あたりから少し変わってくる。

沼ノ端は千歳線と室蘭本線が切り替わる駅だ。ここまでは雪が目立つ。苫小牧も雪だ。しかし、太平洋に沿って走り始めると一変する。樽前山が美しく見え始める錦岡になると、雪よりも枯れた原っぱの茶色が多くなる。

日本でも有数の馬産地の社台。今日は意外に雪があった。白老も同じだ。年末に雪が降ったのが残っているらしい。新年に雪があるのは珍しいことだ。どうせ少し暖かくなれば、ゴルフでも始めることだろう。

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実家に里帰り

実家に里帰り
久しぶりに雪がちらついている。午前9時52分札幌発のL特急すずらん2号で、実家のある白老に向かう。到着時間は10時49分の予定だ。

まだ土曜日ということもあって、列車はガラガラ状態である。バラバラに座ればいいのに、なぜか、一番前に座ったら、すぐ後ろに風邪なのか咳込んでいる男性が座ってきた。不思議なことだ。

手土産は昨日、丸井今井や三越、ラルズで仕入れた新春初売り品である。両手に4個紙袋やら梱包包みなどを持っているので、なんだか田舎から出てきたようで恥ずかしい。というか、いかにも田舎に里帰りするおじさんらしい。

出発時間には雪も止み、列車も定時運行のようだ。少し眠くなる。

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2009/01/02

デパートの初売り

デパートの初売り
デパートの初売り
1月2日からデパートは初売りである。昼から札幌市内中心部の丸井今井、三越、ラルズを回る。

勢いで、菓子類を中心に福袋を幾つか買う。たしかに、お買い得ではあるが、買った後に何か損した気分になるのは不思議である。

狸小路を歩いていたら、お屠蘇サービスに遭遇した。ぬる燗を一杯ご馳走になる。デジャブである。そういえば、以前にもご馳走になっている。奇遇である。

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2009/01/01

堀野収君の死

堀野収君の死
堀野収君の死
闘病中だった会社の同僚の堀野収君が12月28日に亡くなった。58歳だった。

29日午後6時から通夜、30日午前9時から告別式が大谷地のベルコで。式は無宗教で執り行われた。

胃ガンに冒されているのがわかって、手術を受けてから1年あまりのことである。胃を全摘したが、ガン細胞の転移のスピードは予想以上に速く、他の臓器をも蝕んでいた。自ら調べて、最新の治療法を積極的に取り入れようとしていたが、間に合わなかった。

悲しい。だが、私にとっては他人事ではない。

永訣の 微笑み映し 雪華舞う

新聞を 書きたいという せつなくも

鋭角の ペンを握りて 友逝けり

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2008/12/26

冬将軍、猛攻の日

冬将軍、猛攻の日
冬将軍、猛攻の日
冬将軍、猛攻の日
急速に発達した低気圧の影響で、暴風雪が襲いかかってきた。新千歳空港は83便が欠航するなど陸路を含め、交通機関が大幅に乱れている。

25日夜はみぞれ模様だったが、26日には激しい吹雪となった。時折収まっては、また吹き荒れる。

なにもかにも雪化粧だ。年末まで、雪がないほうがどうかしていると言えば、それまでだが。これから正月旅行をする人には大変である。

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2008/12/24

人間どつく

人間どつく
ここしばらく体調が優れない。風邪は抜けない、腹は痛い。酒は飲めない、吐き気もする。そんなわけで、クリスマス・プレゼントをもらいに、人間ドックに入った。

案の定、血糖値は高いし、潜血あり蛋白あり、脂肪ありで、めちゃくちゃだ。でも、それは想定の範囲で、不調の解決にはならない。

腹が痛い時にバリウムを飲むと腸閉塞の危険ありと脅かされる始末。仕方がないので、胃カメラを飲むことにした。

徹底的に調べられて、泣いた。でも、女医さんがびっくりするほど、胃も十二指腸もすこぶるきれいだった。

さすがに、あなたの心のように、とは言わなかったけれど。記念の4枚1組の写真をくれたが、プリクラほどはうれしくない。しかも、アップにすると、ちょっとエロっぽい。

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2008/12/20

狸小路にHUG マート

狸小路にHUG<br />
 マート
狸小路にHUG<br />
 マート
狸小路五丁目にある札幌東宝プラザ一階に「道産食彩HUGマート」が19日にオープンした。

以前はゲームセンターがあったと思うが、あまり流行らず閉鎖されていた場所だ。

今回は、道産食材の直売マーケットということだ。HUGとはまさにハグするのHUGであり、北海道の食を「育む」という意味だそうだ。

主な産品は旭川の谷口牧場産のゼリー「スイーツトマト」、興部町の冨田ファーム「純生キャラメル」、石狩の善盛園の「梅干し」などなど。顔が見える生産者のものしか取り扱わない、というのがポリシーだそうだ。

開店早々ということもあって、大にぎわいだった。例によって、テレビ局がカメラ取材中だったが、どうも演出が感じられた。

帰り道、場外馬券場のウィンズの前で札幌競馬場から、かわいいボニーが愛想を振りまいていた。動物も年を越すのは大変なことだ。

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2008/12/19

ジュンク堂で本屋街になったかも

ジュンク堂で本屋街になったかも
ジュンク堂で本屋街になったかも
ジュンク堂で本屋街になったかも
札幌市中央区の丸井今井南館にジュンク堂書店がプレオープンした。

帰り道で、また寄り道したが、すでに一般客が仕事帰りにぶらっと寄っており、結構なにぎわいだった。

二度目の今回は、文庫本用のオリジナル・ブックカバーをゲットした。

二丁目通りを南下すると、アニメ・コミックの書店とブックオフが同じ区画の中に並んでいる。

ちょっと、便利である。

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札幌にジュンク堂書店

札幌にジュンク堂書店
札幌にジュンク堂書店
札幌にジュンク堂書店
日本最大級の在庫を誇る書店「ジュンク堂」が札幌中央区の丸井今井南館にオープンした。

正式な売り出し開始は20日であるが、19日午前10時から業界関係者と丸井今井のカードユーザーのための内覧会が開かれたので、のぞいてみた。

もちろん、来場者には「オリジナルブックカバー」をくれるというし、2000円以上の購入者には神戸ボックサンのカシミヤケーキ2個をくれるという。

欲にかられて、午前9時55分から並び、開店の段階ではベスト10入りを果たした。(自慢にはならないが)。

店内は地下2フロア、そして1階から4階までが売り場である。文学書は1階。一番上の4階にコミックがある。全体にゆったりとして、本を探すのが楽しくなりそうだ。

先日来、探している「日本語」の本を検索端末で調べたが、わからず、店員に聞いたら、品切れ中だという。大型店でも入手が難しいのか。

この日は、いろいろと応援というか外人部隊も多くて、店員や案内も今ひとつ不慣れである。客の中には「どうせ聞いてもわからないっしょ」と怒る人もいた。売り場では工事音も残っており、なかなか大変である。

結局、2800円ほどの本を一冊買い、ケーキをもらって帰ってきた。近隣には紀伊国屋の地下街店などあるが、影響は出るだろうと思った。

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2008/12/13

菱川善夫を偲ぶ会

菱川善夫を偲ぶ会
昨年亡くなった短歌批評の菱川善夫を偲ぶ会が札幌市中央区のホテルで開かれた。

案内状をいただいていたので、一万円の会費を払って参加する。

北海道の短歌関係者をはじめ、大学、文学、生け花など各分野から多くの人が参加して、盛況であった。

ながながと大学での制度的貢献をしゃべったり、例によって、参加者を挑発し、菱川善夫は死んでいない、という空疎なアジテーションをする勘違いスピーチもあったが、同志の千葉宣一氏の感動的な挨拶もあり、なかなか良い会であった。

今を去る三十数年前にお世話になった大学のおばさん(教授かなにからしい)にも再会した。生きていることは、悪いことばかりではないようだ。

「作品を書くということは、ある価値を否定することである。その否定の行為によって、無人称の私は、はじめて強固な一人称の私に凝縮されるのだ」

批評精神を維持するのは大変なことだ。

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滝川から砂川

滝川から砂川
滝川から砂川
空知地方は雪が深い。

上川地方の旭川から空知の深川に入る。さらに、滝川から砂川にかけては、列車の窓の向こうを雪模様が飛んでいく。

いかにも北海道である。

後ろの席では、女の子が「同じ日本じゃないみたい」などと、話している。むべなるかな、と言いたいところだが、日本は広い。

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旭川駅

旭川駅
旭川駅
さんろく街の父ともいうべき大舟の馬場昭さんを偲ぶ会があって、12日夜、旭川に入る。17人ほどが集まり、大舟の二階で思い出話を語り合った。

なかなかそろわない顔ぶれが一堂に会す。馬場昭さんの力である。

一夜明けて、旭川駅。人気の旭山動物園のペンギンやシロクマ君がホームで待ち受けているのに気づいた。

のどかである。

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2008/12/12

産経新聞iphone 版

産経新聞iphone<br />
 版
産経新聞iphone<br />
 版
産経新聞が12月12日から「iphone」で紙面イメージが自由に見られるサービスをスタートさせた。

同社のアナウンスによると、「新聞配達−ビューワーを起動すると、自動的に最新の紙面の取得を始めます。あなたの iPhone及びiPod touchに、その日の新聞を“配達”するというわけです。最新紙面は毎日午前5時にご用意します。」

とのことだ。

同社は新聞を300円で見せる「産経NetView」をやっているが、あまり成功していないと聞いていた。

これを一気に無料で(ただし、アイフォーンだけだが)見せる方向に踏み切るとは、何が狙いなのか。

よくわからないが、なんだか、ぐるりと何かが動いた気がする。

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2008/12/11

暑かったり寒かったり

Yukikuruma

Tokeidai

10日の札幌は暖かかった。最高気温が9.6度、最低気温が5.0度。平年に比べ7、8度は高い。

おかげで、道路の雪もきれいに消えてしまった。日差しを浴びて長く伸びる影は秋の終わりのようだ。

夜には雨が降り、雪に映えるはずのホワイトイルミネーションが雨に煙ってしまった。なんとも奇妙な光景である。

一転して、今日11日は最高気温が1度。曇りのち雪の予想だ。

歩いていると、なにか違う場所にいる感じがする。どうも、おかしい。午後からは案の定、激しい雪だ。

暑かったり寒かったり
暑かったり寒かったり

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2008/12/08

風邪だ

風邪だ
なんだか関節が痛いし、喉も痛い。早めに寝たのだが、安定剤も鎮痛剤も効かない。貼り薬は気持ちいいが、痛みは取らない。

12月8日は、太平洋戦争の開戦日だ。伊藤整の太平洋戦争日記を読めばわかるが、67年前、控えめな戦争協力者までもが、真珠湾の戦いを興奮の中で迎えている。

勝ち戦は人間を熱狂させるのだ。これが悲劇の始まりとは知らず。閉塞した時代に戦争は熱狂を通じて風穴を開けるのだ。

時折、この希望の少ない世の中は、そろそろ戦争を欲しているのではないか、と思う時がある。

バカな軍人の日本の戦争は正しいという亡国論文も、どこかで時代のニューマと通底しているのだろう。麻生のような低レベルな首相では、とてもトリックスターにはなり得ないのが救いであるが。

日本の戦後は、戦争をしなくても生活は豊かになり、夢は叶うという希望の上に成り立ってきた。だが、そのいずれも疑わしく思われる場所に私たちは逢着しているのではないか。

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2008/12/04

幻のシネマ「家畜人ヤプー」

幻のシネマ「家畜人ヤプー」
4日の新聞各紙に「天野哲夫さん死去」の記事が載っている。

天野さんは11月30日午前7時7分、肺炎のため東京都内の自宅で死去したそうだ。82歳だった。出版社に勤務していたが、戦後最大の奇書とされる覆面作家・沼正三の小説「家畜人ヤプー」について、82年に自分が著者であると名乗り出た。ただ、その後は「沼正三の代理人」と語っている。

「家畜人ヤプー」は1970年に出版され、宇宙帝国で日本人・瀬部麟一郎が恋人だった白人女性クララに、家畜として使役されるというSF小説。

この戦後最大の問題作の版権を有するKさんとは銀座の飲み屋で遭遇したことがある。

Kさんからは「谷口君、ヤプーを映画にするぞ。君も出資したまえ」と誘われてしまった。

Kさんについては、いずれ何かの機会に書くことになると思うが、戦後最大のアクロバティックな興行師である。なにしろネス湖にネッシーを探しに行ったり、人間か猿かわからないなぞの生物を連れてきたり。「ホラ」とは違う、ちょっとスケールの大きな人物なのだ。

それで、私も1口5万円のところ、2口10万円を「家畜人ヤプー」制作委員会事務局に送金してしまった。あれは何年前だったか忘れたが、いまだに映画にはなっていない。

それでも本当に映画化されるなら、エキストラで出演する夢を買ったようなものだと思っている。

天野さんとは全く面識はない。Kさんに「ヤプーの本当の作者を教えてよ」と頼んだが、「それはダメ」と断られている。残念。

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街の灯りキラキラ

街の灯りキラキラ
大通公園のホワイトイルミネーションに合わせるように、目抜き通りにも光の花が咲いている。

街路樹につけられた多数の電球は闇を照らして、きれいではある。

だが、いかにも作りものだ。最近は全国各地、東京や仙台などでも同様の催しをするはずだ。オリジナルとは何だろう?

木の葉が落ちたら、あれやこれやいじられて、街路樹も気の毒なことだ。

ちなみに、繁華街から道路一本またいだだけの二条市場などのある東側は、真っ暗である。

もっと、光を、とは思わないが、資本主義社会のある種の特徴を伝えてくれてはいるだろう。

比喩的にいえば、光の都市と闇の都市は、歴然とせめぎ合っている。

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2008/12/02

詩と創作「黎」の終刊

「詩と創作」の同人誌「黎」の第103号が発刊された。

いろいろな意味で感慨深いものがある。しかも、編集人の大島さんのあとがきを見れば、終刊号とのことだ。北海道の文学状況をリードしていきただけに、まことに一つの時代が終わった印象がある。

Photo_2


第103号は主宰者の井上彪七回忌、ならびに詩人の畠山十九朗追悼号である。井上さんが亡くなって、もうそんなに経つのかと思うと、時の速さを感じてしまう。

この号に私は座談会で参加している。少し言い過ぎたかな、というのが反省点である。本当は小説を書くことになっていた。それを掲載できなかったことが残念である。

もちろん、律儀な私であるから、小説を書かなかったわけではない。書いたのだけれど、思うところあって、というよりも、作品のレベルが低いので、出稿しなかった。申し訳なく思っている。

この「黎」の終刊に過大な意味はもとめなくていいが、さすがに残念な気持ちが残る。それでも、時代は変わっているのだから、やむを得ないのかもしれないが。

さて、時間があれば、明日からは営業だ。志ある方にはよろしくお願いしたい。

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2008/12/01

アン・ハッピー・バースデー

アン・ハッピー・バースデー
今日は愛ちゃん(愛子さま)の誕生日であるが、私の誕生日でもある。

五十歳違いの五十七歳である。思えば、ずいぶん生きてしまったことだ。

三島由紀夫に心酔していたころは、二十歳までには死ぬのだと思っていた。だが、学生騒乱のなかで二十歳を過ぎてからは坂道を転がり落ちるように、いたずらに馬齢を重ねてきた。

そりゃあ、悪いことばかりあったわけではない。泣かしてくださったタクランケのほうが圧倒的に多いが、稀に優しく接してくれた天女のような方もいらっした。

友人知己には亡くなった者も出始め、全身がガンでむしばまれ、闘病生活を送っている者もいる。そろそろ、こちらの世界での人生に落とし前をつける時が近づいているのだ。

悔しいのは、世の中は豊かになったが、大切な生き方の根っこが腐り始めていることだ。

やさしさと耐えること。それが空語となってしまった。それがもどかしい。

家に帰るとデパートからの割引カードが来ていた。それがちょっと嬉しい自分が情けなく思えた。


ネットを見たら、JALからバースデーメールが届いていた。親切なことではある。

Jalmail_3

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2008/11/26

チロの仇を討って、どうする

新聞各紙の報道によると、元厚生次官ら連続殺傷事件の容疑者の小泉毅容疑者が、出頭前に山口県柳井市の父親に送った手紙の中で、「1974年4月5日(金)に、飼い犬の『チロ』が保健所に殺された。その仇をとった」と書かれていたという。

なんだかよくわからない事件だが、ますますわからないうえに、少し困惑している。別に珍しい話ではないだろうが、私もその昔、「チロ」という北海道犬の雑種を飼っていたことがあるからだ。

Photo_3


うちのチロは生まれてまもなく、友達の家からもらってきた。私が小学4年生の時だった。小さいのでネコが親代わりになって育てた。外に出してからは、私が毎日散歩に連れて行った。夕日の大好きな犬で、一緒に胆振の山々に落ちていく太陽を何百回となく眺めたものだ。

ずっと長生きしたが、私が社会人になってまもなく、失踪して、そのまま帰って来なかった。少し前から、おそらくガンを患い、ずいぶん痩せてきていた。きっと、鎖で拘束されて生活している自分に耐えられなくなって、自由を求めて旅に出たのだろうと思った。オンボロの犬小屋は数年間はそのまま残してあったが、いつしか壊れてしまった。

チロは死んだのだろうと思いつつ、でも、いつか、やっぱり家がいいな、と戻ってくる気がしていた。それは空しい願望だった。

忘れていたチロが、ひょんなことから蘇った。小泉容疑者はおかしいところが多すぎるが、でも、チロという犬を本当に好きだったのかもしれないと思う。だからと言って、人間を殺傷して、本当に仇を討ったことになるのか。父と子の関係の奈落を含め、飛躍しすぎている。成長の止まった心の氷点が痛ましい。

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21歳の新鋭作家、そして官能小説家が…

25日の夜、北海道新聞の文学賞の授賞式があり、門外漢であるが、少しのぞかせてもらった。

なにしろ、今回の文学賞の受賞者は釧路に住む21歳の青年、窪田貴さんである。「焚き火端会議」という作品は読んでいないが、なかなかの力作との評である。窪田さんに「不退転で作品を書いているというのはすごいね」と声をかけると、「自分の人生から小説のない世界は考えられません」という。ちょっと、強烈だ。好きな作家は三島由紀夫だそうだ。そこで、「今日は三島の命日だよ」と言うと、「あっそうですか」と反応は今ひとつだったのが残念である。

毎日夜中に数時間、小説を書いているそうだ。「1日に5、6枚ですね」と言う。「それなら、新聞の連載小説が書けるよ」と、どうもオヤジは気の利かないフォローをしてしまうからいかん、イカン。

そこに、美女が3人現れた。2人までは今や売れっ子の朝倉かすみさん、それから昨年の受賞者、まさきとしかさんだ。窪田青年に、おネエさんたちがエールを送っている。青年はこれから美女たちの間を進むのだから、大変である。東京に移り住んだと言っていたまさきさんは北海道に戻ったという。そりゃ、北海道的にはうれしいことだ。

さて、美女の3人目である。これが聞いてびっくり。官能小説家だそうだ。その名は、蛭田亜紗子さん、という。ヒルタアサコ。タが濁れば、昼だ朝子か。すごいな。で、蛭田さんは新潮社の「第7回女による女のためのR-18文学賞」で「自縛自縄の二乗」という作品で大賞を受賞しているそうだ。

略歴を見ると、「1979年11月28日生まれ。札幌市出身・札幌市在住。広告会社勤務。好きな作家はトルーマン・カポーティ、安部公房、谷崎潤一郎ほか。好きな香りはローズマリー、フランキンスセンス、春の匂い、飼い猫の匂い。」とある。29歳だね。

作品のさわりを。

<紐を指定の長さに切断したあと、パソコンの前で服をすべて脱いだ。裸の肌は警戒してすくんでいるようだった。「菱縄縛りのつくり方」と題されたページを見ながら紐を首にとおし、鎖骨のしたで結び目をつくる。紐が肌を滑ると、かすかに鳥肌のさざなみが起こった。さらに結び目を増やし、足のつけ根にくぐらせる。秘められた部分がそっとくすぐられ、とたんに罪悪感で胸がつまる。やめようか、と逡巡したが、窓のカーテンがぴたりと閉まっていることを確認してから、再び手を動かした。うなじにとおし、胸もとに持っていき結び目と結び目のあわいに入れて背へ。乳房がくびり出される。なんだか胸だけ外気にさらされているようで心もとない。… >

あわわわわわわああ。

「どんな抱擁より、愛よりも私の躰と心を抱きとめるのは、縄。緊縛の快楽があれば、独りで生きていける」。

どうしましょう。緊縛です。団せんせい。

ちなみにR-18には2作応募したそうで、「半年間で短い小説を3作書いて、そのうちの2作です。もう1作は文學界新人賞に応募しました。」という。ということは、純文学作家でもあるのだ。

詳しくは新潮社のページ。
http://www.shinchosha.co.jp/r18/jyushosaku/no7_hiruta.html

スポンサーのページ。
http://www.aruze.com/company/support/r18/7th/index.html

写真をみると、昨日は気づきませんでしたが、なかなか魅力的な美女ですね。(そう言えば、同じ美女・官能つながりの釧路発の、しのさまにはなかなか会えませんね)

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2008/11/25

三島由紀夫の命日に思う

忘れていたが、きょうは三島由紀夫の命日、右翼的に言えば「憂国忌」である。

1970年11月25日、三島由紀夫は楯の会の同志諸君と、東京・市ヶ谷の自衛隊に押し入り、隊員を前にバルコニーから、国軍たる自衛隊の武装決起を呼びかけた。しかし、自衛隊員からは嘲笑を浴びるだけで、その志は通じず、配下の隊員に介錯を頼み、切腹、自死した。

そうか。あれから38年か。と、遠い目になる。

ちょうど、1日前の70年11月24日。自分は大好きだった「Yさん」と北大生協2階の喫茶店でデートしていた。それは初めてのことだった。僕はYさんに世の中のことをどう思うか、聞いていた。政治はどうなのか、社会はどうなるのか、など。そりゃあ、デートには不向きな話だわな。

結局、振られるわけだが、その時、自分は三島由紀夫のことを少し話した。自分はニーチェや三島由紀夫に影響されてきた。だが、三島的な生き方や思想は早晩だめになる。限界だろうというようなことを述べた。そして、自分の中には吉本隆明の自立思想というものに強い関心が生まれている。三島やニーチェの強者の論理ではなく、社会を必死で生きている大衆の可能性を思想的に追求していくのだ、などと話していた。大人のYさんは、つまりは自分などを相手にしておらず、「あなたはあなたの道を行けばいいわ」と言ったように思う。

そして、そんなことを話した翌日、三島は自衛隊クーデターを目論見、自害するのである。自分の暗い予感は1日をおかず、実現していた。ショックだった。あえて後日談を語れば、Yさんとはその後、音信不通となる。他大学に移ったとも、某過激派集団の中に姿を見たという噂も聞くが、真相は不明である。一方の自分はその後、いくつかの彷徨が続くが、吉本主義者として今日まで基本的には変わっていない。

もし、三島やニーチェ的な強者の論理へ没入していれば、自分は違った道を歩んでいただろうと思う。三島の「文化防衛論」などをもう読むことはないが、文学と政治の不思議な魅惑がなかったと言ったら嘘になる。

人は「寸前」のところで、違う道を歩む。尊大な言い方かも知れないが、それは偶然ではなく必然である。自分が三島や右翼のほうに行かなかったのは、自分の中の大衆的なものが少なくとも戦後的な価値の中にあったからだと思っている。その意味で、自分は戦後社会に批判的であるが、それでも戦後的価値を最高の部分で承継したいと考えている。そのことは、いささかも揺らいではいない、と対岸にある憂国忌の日に確認しておきたい。

ちなみに、11月25日は吉本隆明の84回目の誕生日である。

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2008/11/23

帰省

帰省
帰省
連休なので実家に帰省である。あまり雪の降らない所であるが、先日の寒波の影響か、少し白いものが見えた。

頼まれて、歩いて近くのCO-OPまで昼ご飯を買いに行く。以前のスーパーは閑古鳥が鳴いていたレジに人の列ができている。

こんなに人がいるかと驚いた。なにしろ道を歩いても人とすれ違うことはめったにないのだ。もっとも、たいていは自動車を使っているせいもある。逆にいえば、田舎は車社会なのだ。

午後に自転車で本と花を買いに行ったら、賑わいは収まっていた。どうやら、セールがあったようだ。

以前の店はプラザなんとか、と言った。甥に「おじさん、プラダじゃないよ」と莫迦にされたので、勝手にプラダと呼んでいた。好きな店だったが、品揃えでライバル店に負けてしまった。やはり、生協のネットワークはすごいものだ。

夕方になると、もう歩いている人はほとんどいない。駅前も実家の前も変わらない。

ストーブの前で、母親が嘆いている。まもなく、長い冬が来る。

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2008/11/22

ラブファイト

ラブファイト
成島出監督。北乃きい。林遣都。大沢たかお。桜井幸子。

いじめられっ子の稔は、ケンカがめっぽう強い幼なじみ・亜紀に幼い頃から助けられてきた。高校生になり、容姿端麗・成績優秀な亜紀が学校のアイドルとなった今も、その関係は変わらない。亜紀にバカにされ続けてきた稔は、彼女より強くなって劣等感を克服しようと決心し、ボクシングジムの門を叩く。ジムを経営する元日本チャンピオンの大木は、稔を熱心に指導する。だが稔のボクシング修行は、ほどなく亜紀の知るところとなり…!?(goo映画より)

スターとは星である。暗い夜空に輝く存在だ。本作は若い2人が主演であるが、文句なしに、北乃きいがいい。なにがって、きいちゃんが出てくると、画面はたちまちキラキラしてくるのだ。すごいね。オーラ出てるよ。

北乃きいちゃん。高校の制服がよく似合う。そこから、男子に強烈なパンチとパンチラの回し蹴りを繰り出すのだから、そりゃあ、みんなノックアウトだわさ。もっとも、ラスト前のパンツはごわごわして、若い女の子仕様じゃないので×。

ボクシングもいい。けんかに強いだけに、ファイタースタイルが様になっている。体がしなやかに動くのは若さの特権だ。縄跳びの特訓シーンは迫力満点だ。びしばしと打ち込むパンチは快感〜だ。ミシェル・ロドリゲスやヒラリー・スワンクに負けていないな。

ストーリーは甘いけど、青春映画、スター映画と割り切りたい。北乃きいちゃん。これからがすごく楽しみだ。(きいちゃんの父親はまだ三十代というのがちょっとショックだけど)

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イーアス札幌

イーアス札幌
イーアス札幌
イーアス札幌
札幌・白石区東札幌の複合型ショッピングセンター、イーアス札幌に出掛けた。

昔は国鉄の貨物車両のヤードがあった場所だ。そういえば、学生時代に世論調査の仕事で、このあたりの国鉄官舎を回って映画の研究をされていたお宅で親切にされたことを思い出す。

21日がオープン、今日は開店二日目の土曜日ということで、初物見たさの市民で大混雑だった。家族連れが目立った。

どこもイオンの時代だなあーと思う。マックスバリュをメーンに各種専門店、スポーツクラブ、FMラジオのスタジオまでが揃っている。

たぶん、見ていて飽きない構成にはなっている。パッケージされた消費喚起装置。よくできている。でも、既視感に襲われる。

いろいろサービス品を買った。だが、二条市場と狸小路で暮らしていると、敢えて行くほどの理由が見当たらない感じがしたことであった。

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2008/11/21

歯痛い気持ちはままあならぬ(小樽のひとよ、かよ)

20日は午後9時前には爆睡し、21日は午前6時に起きた。よく寝た。シャワーを浴びてから、朝飯を食い、家を出る。

行き先は近くの歯医者である。先日、神経を抜いたところがようやく収まったので、そこを埋める。まあ、それで長かった治療もジ・エンドである。

早速、口の中で道路工事が始まり、ぎゅるぎゅるぎゅる。くうぇくうぇ。そんな感じで突貫作業が進み、「それでは、これでオシマイ」となった。次に来るのは3カ月後でいい、とのことである。

歯科医院を出たら、まだ歯が痛い気がした。終わったつもりでいることに限って終わっていないことは、よくある話だ。

「これでオシマイ」というのは結構、怪しい。

交差点でタクシーが走っているのを見て、そういえば、あそこまでなら970円とか思って1000円札を用意している時に限って、なぜか止まる瞬間にメーターが1050円に上がることがあることを思い出した。なんか似ている。

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雪の天元戦

雪の天元戦
囲碁の第34期天元戦五番勝負第2局が札幌で開かれるため、19日、20日とネット中継の仕事を担当した。このブログではあまり触れていないが、まあ、本職に近い仕事である。

とにかく、2日間寝る間を惜しんで働いた。囲碁の仕事なんて、飲んで喰って遊んでいるんだろうと思う向きもあるらしいが、それは一部の有閑階級のみ。(今でもいるけど)。私たち現場主義者は働くことが第一である。それでなきゃ、武装蜂起はできません、と昔の過激派なら言いますね。きっと。
 
写真を撮り、原稿を書き、人の話を聞き、原稿を書き、図面をつくり、原稿を書き、すぐネットにアップする。そして、気づけば、夜となる。いいね、昔懐かしい。
 
20日は午前2時に起きて、準備をした。外を見ると、雪である。いいぞ。戦い舞台は雪景色が似合うと忠臣蔵の昔から決まっている。
 
充実感。それはある。でも、囲碁を本当に普及するための視点があるのか。と、疑わしく思う時もある。現場は頑張っているのだが。碁石と碁盤が自宅にある人はどのくらいいるのか。

仕事が終わった時には猛烈な睡魔に襲われた。そうだ、寝るのを忘れていた。

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2008/11/18

イルミネーション大通

イルミネーション大通
イルミネーション大通
大通公園を歩いていたら、テレビ塔や街路樹がやたらキラキラしている。

ホワイト・イルミネーションだ。

商売っ気がちらついている。だから、近くに寄ると今ひとつであるが、ちょっと見には、なかなかきれいである。

なんだか、冬囲いに似ている。

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クリスタルガイザー。うっ異臭!って、ダイゴか

クリスタルガイザー
クリスタルガイザー
クリスタルガイザー
大塚ベバレジがミネラルウォーターのクリスタルガイザーに異臭があるとして、製品の自主回収を明らかにした。

だいたい食品偽装や異物混入やらのトラブルは他人事と思ってきたが、今度ばかりは珍しく大当たりである。

なにしろミネラルウォーター好きだ。クリスタルガイザーはいつも大量に箱買いしていた。格別うまいわけではないが、値段が安いことと、ペットボトルの素材が薄くて潰しやすいことが、その理由である。

問題の製品は2010年の6月から8月が賞味期限のものだ。ボトルや箱を見ると、ズバリだ。

まだ、40本近く残っている。ちなみに、すでに飲んじゃったのはその数倍だろう。

とりあえず、臭いだけだそうだが、汚物が入っていたら大変だった。

自主回収というが、こちらから送りかえさねばならないようだ。面倒なことだ。

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2008/11/17

墓参り

墓参り
15日の土曜日にはレンタカーで墓参りに行ってきた。

冬を前に納骨をする家族の姿もあって、墓参はそれなりに賑やかだった。

名物のモアイ像は面白いが、どうも場違いである。

雪が積もれば、実質的には閉鎖となるそうだ。今年はあと一回くらい来れればいいところか。ようやく、死者とのお付き合いもひと段落する。

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2008/11/07

歯、痛たたたー

5日、6日と葬式が続いた。最近はもう、そっちばっかり。

2日とも真宗系の坊さんがお経を読み、法話をした。お経はともかく、トークのほうはレベルが低い。私は親鸞の思想が極めてラディカルな人間論だと思っているが、法話はとてもその本質には迫っていない。親鸞は弟子ひとり持たず候、とは有名な言葉だが、葬式を見ると泣けてくる。

そんなことより、歯が痛い。痛くて昨日は寝れなくて、明け方ロキソニンを飲んだら、少し楽になった。朝一番に歯医者に行ったら、じゃあ神経抜きましょう。チクッと麻酔を打たれ、すぐさまモーター音も勇ましく道路工事。泣きました。

通夜の後、酒場に寄ったら口開けで、次に来た客も歯が痛いと言っていた。歯痛な叫びが飛び交うとは珍しい店だ。

まあ、問題は店ではなく、歯、痛たたたーと言いながら、固いお通しはダメよ、冷たすぎると知覚過敏で沁みるんだわ、などと注文つけて酒を飲んでるほうだ。

歯が痛い時は我慢しろよ、おっさん! って、自分のことか。

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2008/10/28

少年事件と実名・匿名

少年法がある。責任能力の未熟な子どもたちが罪を犯しても、更正の可能性などを考慮して、匿名にするのが新聞の原則である。そのことに格別の異議はない。
 
だが、一方で未成年の子どもたちがスターとなり、人気を博し、大金を稼いでいる。特に、「じゃりたれ」と思っていたら、サラリーマンなど足下にも高給取りだったりする。大人もびっくりするような人生体験を語ったりする。それは十分に責任能力ありと思うのだが、どうなんだろう。
 
そんな「じゃりたれ」が事件を起こすと、たちまち匿名となる。つまり、タレントのA少年、B少女だ。でも、普通はだれなのかすぐわかる。何よりも、お金をかせぎ、有名になっていることの対局に事件があるのにだ。それはその人間が早熟であるが故に負わなければならない人生の業ではないか。
 
最近も未成年の相撲取りが大麻を吸って捕まるという事件があった。その時は未成年だったが、結果的には実名で報道された。「ロシア出身の大相撲幕内力士が大麻所持容疑で逮捕された事件は、力士が事件当時十九歳だったため少年法の精神を