2009/10/24

母、死ぬ

闘病中だった母が2009年10月22日午後11時30分、心不全で亡くなった。81歳だった。

苦労多き人生だっただけに、もう少し生きてもらいたかった。

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2009/08/29

世界は分けてもわからない

世界は分けてもわからない
福岡伸一著「世界は分けてもわからない」(講談社現代新書、819円)。

「生物と無生物のあいだ」でユニークかつ文学的美しさに満ちた生命論を展開した福岡ハカセ。

今度は膵臓の中にある世界最小の島・ランゲルハンス島からベネチアの水路、アメリカの巨大美術館を経巡り、インクラビリ=治すすべのない人間の病の物語を綴る。

どこから読んでも印象的な考察があふれている。部分と全体という区分けの難しさ。世界は分割しなければわからないが、分割してもわからないとのこと。

ガン細胞とES細胞の類似性、臓器移植の持つ矛盾、ランゲルハンス島の海が作り出す消化酵素のメカニズムや毒と薬など、まさしくマージナルでスリリングな言説に圧倒される。

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2009/08/22

遅ればせに直木賞「鷺と雪」を読む

鷺と雪

さて、第141回の直木賞をようやく獲った北村薫著「鷺と雪」(文藝春秋刊、本体価格1400円)を読んだ。候補作になった時に、買ったのであるが、万城目学著「プリンセス・トヨトミ」でいいじゃない、美人の西川美和さんの「きのうの神さま」も悪くないし、北村さんはさすがに受賞するはずはないと放っておいた。見事にはずれた。世の中そういうもんである、だいたいは。

それにしても、北村薫さんには「スキップ」とか「ターン」とか面白い作品はいっぱいあるし、それなのに、今更受賞というのも、素晴らしいというより、びっくり。

で、「鷺と雪」。昭和前期のレトロ・ロマンである。上流階級のお嬢さん、花村英子とお抱え運転手のベッキーさんこと別宮みつ子コンビによる少女探偵団(というにはいささか年を食いすぎているが)の活躍を描いた連作作品である。帝都に起こる不可思議な事態を次々と明らかにしていくのだが、最後の表題作「鷺と雪」は昭和11年2月の「二・二六事件」へとつながっていく。明るさは滅びの姿であろうか、と太宰治なら言うかな。

この上流階級から見た「戦前」の水圧の増大への測定はどうなんだろうか。いささか物足りない。

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2009/08/06

「SECT6+大正闘争資料集」を読む

セクト
神津陽編著「SECT6+大正闘争資料集<増補決定版>」(JCA出版、3000円)。

「SECT6」(SECT NO.6とも呼ばれた)は60年安保闘争後に出現した幻の学生運動組織である。前衛主義に対して自立大衆主義、あるいは反前衛主義を主張し、どちらかと言えば、共産主義と言うよりもアナーキーな香りの漂う組織(しかも反組織)である。

その幻の組織の言説集を集め、さらに、その一部が積極的に取り組んだ九州・筑豊での「大正炭鉱闘争」の記録集が本書だ。

この2つの運動の周縁には、大衆の自立と反前衛コミュニケーションを提示した吉本隆明や、「東京へ行くな、ふるさとをつくれ」とアジテーションを発した谷川雁や森崎和枝らの単独思想者を思い浮かべることもできる。

最初資料集は1973年に発刊されているが、今回は「SECT6」のリーダーである福地茂樹議長へのインタビューを詳しくしている。福地氏がラテン語読みで「セクト セックス」からつけたとか、「名前は記号だから、どうでもよい」と言っているのが、いかにも脱力的である。機関誌の創刊号の表紙写真はマイルス・デイビスというのも面白い。

確かに、この内発的な発想力を見れば、その後の「全共闘」の原点だというのも、むべなるかな、である。硬軟両様の自在さ。教えられるところ大である。

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2009/08/04

「ジャーナリズムの可能性」を読む

ジャーナリズム

原寿雄著「ジャーナリズムの可能性」(岩波新書、本体価格700円)。

著者は元共同通信社編集局長。「デスク日記」の伝説のライターでもある。

ネット時代を迎える中で、あらためて新聞ジャーナリズムの未来への期待を込めた渾身の一冊である。もちろん、内容的には部外者ならではの「甘い」というか現場の苦労とは無縁の空論を語っているところもないではないが、それでも総論・原則論としては鋭い。

「デジタル時代がこのまま進めば、人びとは自分の個人的な利害や趣味、関係する仕事に直接かかわる情報以外に関心をもたず、公共的な情報は不要視され、権力監視や社会正義の追求に不可欠なジャーナリズムは、滅びてしまいそうな情勢である。情報栄えてジャーナリズム滅び、ジャーナリズム滅びて民主主義滅ぶ--そうなってはならない、ジャーナリズムにはなお期待できる、というのが私の総括の結論である」

個人的な知り合いも幾人か登場しており、自省させられる点も多かった。

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「差別と日本人」を読む

「差別と日本人」を読む
野中広務&辛淑玉著「差別と日本人」(角川oneテーマ21、本体価格724円)

話題作を読む。

野中広務さんという老練な政治家の姿を知らされる。リベラルなのかそうでないのか、よくわからない。戦争が嫌いなことだけはよくわかった。

差別問題の厳しい世界を生き抜いてきたことはよくわかるが、それと実際の政治権力とはまた別のことがらに属するからだ。差別はあらゆる場所から解体しなければならない。

いずれにしろ麻生太郎という人物の品性に関しては下劣このうえないことだけは明らにされている。

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2009/08/03

村上春樹著「1Q84 BOOK2<7月-9月>(新潮社刊、本体価格1800円)。

ようやくまわってきた村上春樹の話題作の「下巻」を一気読みした。あいかわらず思わせぶりな物語であるが、ずいぶんわかりやすく進んでいく。それにしても、「下巻」と口走ってしまったものの、これじゃ続編ありに決まっているじゃないか、という代物である。当然、あと2巻、起承転結となる。どうしてか? そりゃあ、本作で「月が2つ」見えるのだし、「マザ」と「ドウタ」がセットなのだし、「パシヴァ」と「レシヴァ」が最強のコンビなのだから、対(ペア)で動くのは必然だからだ。

1Q84

そして、「天吾」と「青豆」もまた動かしがたい運命の2人なのだ。この2巻で「青豆」は死んでいくように仮構されているのであるが、しかし、それが実在か虚体か定かでないが、「青豆」は「天吾」と離れたまま死ぬことはありえないはずである。そうでなければおかしい。というのが私の直感である。

「1Q84」とは「書き換え」の物語である。リニアな形で世界は存在しているのではなく、無数の迷路の中の1つを選び取っている結果に対し、オルタナティブな潜勢力を定立しうる源基を求める「愛」の物語なのだ。崩れた愛の世界は回復され(癒され)ねばならない。

「リトル・ピープル」をオカルト的に解釈したい者はそうするがいいさ。現世に浸潤してくる「悪意」の通路と契機をイメージしてみるがいい。それに対して、「反リトル・ピープル」は常に同じ大いさで形成される。その「反リトル・ピープル」を通じて、現実という「物語」を「書き換え」ようとしているのだ。

おそらく村上春樹の中には、何かを「書き換え」たいという情念のようなものが渦巻いているのだろう。この場合、一応、「何か」としておくが、彼の中では、オンリー・イエスタデイだろう。

それにしても、満州もそうであったが、北海道の山の中の孤児院やら函館やら歌志内の郊外やら、さらには朝鮮人やらが登場人物の心の陰翳を示す装置として使われている。オウム真理教やら麻原彰晃やらも同様である。それらの事件を文学的に超克しているかどうか、未だ答えるには値しないだろう。

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2009/07/29

なぜ、北海道は-謎が謎呼ぶ不思議なミステリー

鷲田小彌太、井上美香著「なぜ、北海道はミステリー作家の宝庫なのか?」(亜璃西社、1680円)。

なぜ、北海道は

北海道にはミステリー作家が多い、と感じているとしたら、その実態はいかに。てなわけで、北海道ゆかりの作家・評論家たちが一堂に集められる。そして、作家の特徴と代表作の分析がコンパクトに行われ、それぞれ参考文献が示される。まことにハンディな本である。わかりやすい。

一応、北海道文学に関心は払ってきたものの、正直に言うと、エンタメ系は詳しくない。膨大なリストに圧倒された。古い作家の文章がずいぶん巧みなのにも驚かされた。既知であるが、函館の作家群像にもあらてめて感心した。

もちろん、これがミステリー作家なのか?という人もいないではないが、そんなことは小さいことだ。謎のない小説なんてないことだし。五木寛之や黒木瞳やお茶でおなじみの「八女」に「やつめ」とルビがあっても目くじらはたてるまい。

荒れた青春を送っているので、大学にはほとんど行ってないも同然なので、想像するだけなのだが、大学院のゼミあたりで指導教官と院生の間で本を作るとこんな感じになるのかな、と思った。「君、誰それの本を最低10冊読んで、10枚以内のリポートを書くように」「がんばります」みたいな演習を続けている感じだ。

松本清張を論じて曰く、<清張の人間「発掘」や「探索」熱は、彼が抱くステレオタイプの人間観や社会観を常に裏切り、乗り越えていった。いってみれば清張の作品からは、人間の本性に内在する犯罪や悪に対する、どんな力によっても押し留めることのできない、暗い情熱や快楽がおのずと伝わってくるのだ>(同書90頁)という言葉が本書をも撃っている。

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2009/07/26

村上春樹著「1Q84 BOOK1 <4月-6月>」

村上春樹著「1Q84 BOOK1<br />
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村上春樹著「1Q84 BOOK1<4月-6月>」。新潮社刊、1890円。

世評によれば、バカ売れしている作家の本をようやく借りることができて、手にした上巻を速攻で読んだ。

なんじゃこりゃ、なんだかわかりやすい。中国文革派の学者から世界最終革命を標榜する農業コミューン団体に長征(移行)した新島淳良らしき人物、オウム真理教らしきカルト宗教、エホバの証人らしきキリスト教宗派などが続々登場する。それから、必殺仕事人らしき女殺し屋、フカキョンや深津絵里ならぬ美少女ふかえり…。

「空気さなぎ」や「ビッグ・ブラザー」ならぬ「リトル・ピープル」といった悪意のメタファーはまだ顔を出したばかりだが、満州国の奥深くから羊に取り憑いて現れる亡霊魂を思い出す。印象としては、新左翼からオウム真理教へ至る世界に対する怨念のようなものとの対決のモチーフが感じられる。

「世の中の大半の人間は、小説の値打ちなんてほとんどわからん。しかし世の中の流れから取り残されたくないと思っている。だから賞を取って話題になった本があれば、買って読む」といった自虐風の言葉もなるほど。

ハッピーにはならないにしても、男の都合の良いように女性たちを配置して、時折、「いじる」感じはちょっと気になるのだが。

いずれにしても、ストーリーは天吾と青豆ともに快調に進み、早く下巻が回ってきてほしいし、読みたくなる。

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2009/07/20

広瀬隆著『資本主義崩壊の首謀者たち』(集英社新書、本体720円)

誰が何を仕組んできたのか!?
ソ連共産主義崩壊から20年、今度はアメリカ資本主義が瓦解!
欲望を全開にし、一握りの人間達が世界中の富を貪る!そんなシステムを容認してきた結果、世界経済は破綻した… (本の帯より)

 一九八九年にベルリンの壁が崩壊して、ソ連の共産主義は崩れ去った。そして二十年が経ち、今度はアメリカの資本主義が大崩壊を始めた。AIG、シティグループなどの実質的な国有化からもそのことは明らかであり、国家による一連の救済策は資本主義のルールではなく、社会主義、共産主義のルールに則っている。
 本書は、この重大な歴史認識を持つことから説き起こして、グローバリズム~金融腐敗という未曾有の大混乱を誰が招いたのか、ことの真相を明らかにし、さらに国民の資産を守るために、日本がとるべき新しい進路を指し示す。(本のカバーより)

資本主義崩壊の首謀者たち

著書紹介によると、広瀬隆(ひろせ・たかし)とは「一九四三年東京生まれ。作家。早稲田大学卒業。近年、アメリカ合衆国の権力構造を政財界の人脈調査から精力的に分析・研究。『アメリカの経済支配者たち』『アメリカの巨大軍需産業』『アメリカの保守本流』(以上集英社新書)、『赤い楯』(集英社文庫)、『世界金融戦争』『世界石油戦争』(以上NHK出版)、『パンドラの箱の悪魔』(文春文庫)、『一本の鎖』(ダイヤモンド社)など著書多数。」とある。
 
ご存じ広瀬隆さんの現代世界論です。「ユダヤ陰謀論」とは一線を画すと言いつつ、やっぱり、そこが問題なのかな、と提起してくれます。
 
今回の著書よりも大作「赤い楯」を読むほうが、ずーっと面白かったように思います。本質論じゃなく、現状分析ですので、若干、くどくどしい語りになっているからでしょうか。
 
それにしても、資本主義国家の現在が資本主義のルールを守っておらず、資本主義という制度の崩壊を体現しているという指摘はまったくそのとおりのように思います。そこには腐敗があることもそのとおりのように思います。それをわかっていながらそうした経済行為を否定できない政治とはしょせん幻想だと思いますね。ついでに言えば、結局、資本主義は自己矛盾を抱えており、最終的には社会主義的にならざるを得ないということかもしれません。
 
今回の著書で印象に残ったのは、広瀬さんが紹介してくれたアメリカの新聞の批評マンガのレベルの高さです。資本家の掣肘はあるはずなのに、堂々と政治屋、経済屋の愚行を鋭く批判しているのには感心した。

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2009/07/14

万城目学著「プリンセス・トヨトミ」

プリンセス

万城目学著「プリンセス・トヨトミ」(文藝春秋、本体1571円)

第141回直木賞候補作シリーズも気がつけば、第3弾になっている。とりあえず、読書モードである。

作者は万城目学(まきめ・まなぶ)と読む。

資料によれば、「1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。化学繊維メーカーに勤務ののち、『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。〈作品〉『鴨川ホルモー』2006年産業編集センター刊。『鹿男あをによし』07年幻冬舎刊=第137回直木賞候補。『ホルモー六景』07年角川書店刊。『ザ・万歩計』08年産業編集センター刊。「悟浄出立」09年2月yomyom10号。「バベル九朔」09年4月野性時代66号。」だそうだ。

本の奥付によれば「いまもっとも活躍が期待される気鋭の新人である」とのことだ。見そびれたけれど、「鴨川ホルモー」はおもしろそうな映画だった。

さて、本作。なんちゅうか大阪の物語である。大阪と言えば商人のマチ。豊臣秀吉の栄光が徳川家によって潰されましたが、その地下水脈が大阪の心のふるさとに生きているとしたら。という、ファンタジー小説です。あるいは「父が子に語る大阪国」と言うべきか。奇想天外な物語は、グンと盛り上がっていきます。

松平、鳥居、旭・ゲーンズブールという会計検査院のでこぼこトリオ。なかなかキャラも立つので、十分シリーズとしてやっていけそうです。

で、直木賞。うーん、あると思います。

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2009/07/13

貫井徳郎著「乱反射」(朝日新聞出版、本体価格1800円)

乱反射
これも第141回直木賞候補作と言うことで、読んでみる。

2歳の子どもの死をめぐる藪の中というか、バンティージ・ポイントの物語といところか。子どもの事故死の真相を探れば、すべての人が自分は関係ないと言い、だが、しかし、歯車のどこかで「加担」しているという恐ろしさを描き出す。

人間のエゴというものはいかに醜いものであろうか。

さて、エンタメ小説というが、視点というか目線が変わるので、いきつもどりつの物語はなかなかリズムに乗りきれず、その転調がなんだか面白くない。

そんなわけで、期待値は高かったが、今ひとつであった。

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2009/07/12

西川美和著「きのうの神さま」

西川美和著「きのうの神さま」。ぽぷら社刊、本体価格1400円。

15日に第141回芥川賞と直木賞の選考会があるので、少し候補作を読む。昼間は会社に出て、芥川賞の候補作の掲載された文芸誌を読む。

とりあえず候補作は以下のとおりである。
磯崎憲一郎「終の住処」(新潮6月号)
戌井昭人「まずいスープ」(新潮3月号)
シリン・ネザマフィ「白い紙」(文學界6月号)
藤野可織「いけにえ」(すばる3月号)
松波太郎「よもぎ学園高等学校蹴球部」(文學界5月号)
本谷有希子「あの子の考えることは変」(群像6月号)

第6感で「腑抜けども!」でおなじみの本谷有希子の「あの子の考えることは変」を熟読する。腐れ縁のように一緒に暮らす若い女の子の日常が描かれているのだが、「あの子」だけではなく主人公までが変なのがしみじみとおかしい。まだ人生に対して踏み出していない2人の煙突女がいつか幸せになってほしいな、と親心のように思ったことであった。

シリン・ネザマフィさんの「白い紙」も悪くなかった。もちろん、この程度の日本語作品は多くの人が書いているような気がするが、それでもどこかで悲しみを超えて生きてよ、みたいな気持ちになったことである。

ちなみに直木賞は次のとおりだ。
北村 薫「鷺と雪(さぎとゆき)」(文藝春秋)
西川美和「きのうの神さま」(ポプラ社)
貫井徳郎「乱反射」(朝日新聞出版)
葉室 麟「秋月記(あきづきき)」(角川書店)
万城目学「プリンセス・トヨトミ」(文藝春秋)
道尾秀介「鬼の跫音(おにのあしおと)」(角川書店)

きのうの神さま

帰りにジュンク堂に寄って、西川美和「きのうの神さま」を購入する。先日見たばかりの映画「ディア・ドクター」の原案であるが、映画とは直接地続きではない短編集である。

日本であるが、どうも日本らしくない場所が舞台である。そこで、繰り広げられる小さな人間ドラマがひしひしと染みこんでくる。

私的には本谷有希子、西川美和の華やかな女性2人のワンツーフィニッシュを期待してみたのだが、どうも難しいようにも思えた。

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2009/01/27

「ゲバルト時代 SINCE1966-1973 あるヘタレ過激派活動家の青春」

ゲバルト時代
中野正夫著。バジリコ刊。本体価格1800円。

こんな時代がありまして・・・
うなる警棒、飛び交うガス弾、突っ込むゲバ棒。

全共闘の熱狂、機動隊とのバトル、官僚化する党派幹部、男女活動家の制御されざる下半身、刑務所の中。1970年前後、羽田闘争から東大安田講堂の攻防、三里塚闘争、連合赤軍リンチ殺人事件まで、熱い季節を駆け抜けた末端運動家のホロ苦い記憶。革命幻想と現実の間に揺れる活動家の心理とその実生活、過激派セクトの内実を、自らの体験を通して赤裸々に描いたノンフィクション。(以上、amazonの紹介文より)

過激な人生を送ったものの、今はガンで苦しんでいる友人のためにアマゾンで買ったのだが、おもしろそうなのでサラッと読ませていただいた。懐かしさいっぱいの本だった。

なにしろ、「ヘタレ活動家」を自称する著者の6年間の青春物語だ。革命幻想に振り回され、どんどん走り抜けて気が付けば、「なんじゃ、こりゃあ」という落差。それを楽しく回想している。

いろいろ違うけれど、まあ、アラカン世代の一つの青春像を描き出している。著者は「革命ごっこ」の親玉たちを批判しているが、-それは正しいが、しかし-それに附いていったのも事実だから、結果的総括はちょっとフェアじゃないと思う。

あの当時のイケイケどんどん、の発想は大衆運動から見るとトンデモなかった。そのことを原則的に批判しうる勢力もあったのに、最近の「連合赤軍」論にしろちょっとひどすぎる。党派ではなく「全共闘」のアモルファスなエナジーをとらえかえし、あらためて大衆叛乱の可能性を見いだす側に六〇-七〇年代の価値軸があったろうと思う。

いずれにしろ、全国津々浦々のヘタレ・アラカンたちの真価が問われるのはこれからである。たぶん。


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2008/12/23

吉本隆明の時代

吉本隆明の時代
すが(糸ヘんに圭)秀実著。作品社刊、本体価格2800円。

力作である。吉本隆明がいかにして、「普遍的」知識人となったかを戦後の「論争」を通じて明らかにしていく。

文学批評の正系として小林秀雄を継ぐ者となり、「文学者の戦争責任」論の展開、60年安保全学連との随伴、そして疎外論をめぐる異端の知識人として黒田寛一を超える教祖となり、市民社会に安住する学者・丸山真男を根底からうちのめし、そして、昼寝の季節を超えてなお、岩田危機論や広松物象化論、津村差別論を超えて、なお影響力を行使していることを明らかにする。

もちろん、スガは吉本を強く支持しているのではない。結果的にそうなった、その理由を示しているだけだ。

スガはむしろ花田清輝(「砂のペルソナ」論はスガの初期評論であった)や武井昭夫の系譜から、吉本を眺めている。吉本は自分を根底的な、あるいは呪われた場所に、あるいは疎外された場所に追い込み、対抗者を超えていくとされる。花田と吉本の政治と文学論争など、実質は花田が勝っているにもかかわらず、吉本の勝利のように流布され、定着したというわけだ。

本書の立場については、とりあえず批評しない。スガは本書を彼の友人であった在日の李兄弟へのレクイエムとして書いているからだ。若き日のスガは学習院大学にあって醜悪な党派が跋扈する中で、全共闘派として戦い抜いた。その同志が李青年であった。党派との争いのために前歯を折られたという伝説もあるスガの同志・李は激烈な吉本派であり、その思想を支持する運動体にいた。つまり、スガもまた吉本隆明の若き支持者だったはずだ。そして、悲運の同志の死をその故郷まで赴いて、鄭重に見送った律儀さを私は伝え聞いて知っている。そのスガの優しさを本稿では最大限に尊重する。

吉本隆明にまつわる近年の大衆性(エンゲルス化)を私は憂えているが、しかし、吉本のラディカリズムは多くの誤りがあっても変わらない、という立場を私はとり続けている。「国家はまぼろしだ」という吉本の情況への発言により、組織論の桎梏から私どもはどれだけ励まされたことだろうか。そのことを否定してはならない。

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2008/12/17

「芸術言語論」への覚書

「芸術言語論」への覚書
吉本隆明著。李白社発行。本体価格1700円。

「日本語」の本を買いに行ったが、売っておらず。ひょんなことから、吉本隆明さんの新著を買うことになった。

未発表原稿の「神話と歌謡」論を中心に雑誌になどに近年書いている原稿を収めた論文というよりエッセー集である。

初期歌謡論では相変わらず、神話的伝承と古謡との継ぎ目を分析して、権力と歌謡の成立の現場を想像力豊かに提示している。また、アイヌ語が初期歌謡の世界に含まれているという(村山七郎の研究を援用?)部分などは、古代日本人を考えるうえで興味深い。

第2部は「情況との対話」というエッセー集だ。ここは、はっきり言って玉石混交である。思想家・吉本隆明の射程の長さと拡がりを感じさせる一方、各論に入ると誤りや乱暴な意見も多く、論としてのレベルは必ずしも維持できていない。

これは、もちろん、吉本隆明の責任ではなく、出版する側が、配慮すべき事柄に属する。吉本をおもちゃのブランドのように使ってはならないだろう。この雑文集に「芸術言語論」などというタイトルを付けるのは、少なくとも吉本隆明の幻想論、文学論、心的構造論、さらに情況論の透徹したラジカリズムというものを学んできた者には許せないことである。吉本の言うことなら、なんでも思想論というようなたわけた態度はアジア的な絶対君主制(たとえば北朝鮮の金王朝)の恥ずべきカリカチュアであるだろう。

田中角栄についての評価、民主党の可能性論、さらには舛添厚生労働大臣への期待などなどは、床屋政談以外のものではない。なるほどという、ところもあるが、事実関係ですべて間違っているだろう(と思う)。靖国問題にしても、ちょっと違う。

かつてエンゲルスがマルクス亡き後に、つまらぬ俗流唯物論的なあれやこれやを書いていることを、なにかの文章で吉本がとがめていたと思う。そういう事態である。

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2008/10/13

桜木紫乃「風葬」を読む

桜木紫乃「風葬」を読む
桜木紫乃「風葬」を読む
桜木紫乃「風葬」(文藝春秋社、本体価格1238円)。

「氷平線」の桜木さんの第二作である。帯に「書下ろし新感覚官能ミステ リー」とある。個人的には濃厚な情愛の世界を期待したが、どちらかと言えばミステリーになっていた。

物語は、釧路で書道の先生をしている篠塚夏紀が母親の口から出た「ルイ カミサキ」という言葉に導かれて、国境のマチ、根室に来たことから、元教師親子が三十年前に根室で起きた出来事の謎と直面していく。夏紀の出生の秘密、米ソ冷戦下でのスパイ合戦、レポ船の暗躍、漁船拿捕と密漁、漁師親娘の不審死、花街と闇人脈など過去の亡霊たちが蘇る。

読み進む間は大好きな官能描写に浸る余裕はない。次々に襲ってくる事件に追われてしまうのだ。なんだかフィルム・ノワールの世界に紛れ込んだような感じに襲われる。

物語の背後には詳細を触れていない多くの愛情物語が潜んでいる。詳しくは書けないが、夏紀の母、春江の恋、あるいは若くして諜報員となった男の純愛など。もちろん、そこまで書くと、一冊には当然収まらない。とはいえ、ミステリーとして読むか恋愛ものとして読むか。少し迷うところである。

作者は第1作同様、北海道を舞台に、北の大地と海で生きている人間像を描き出そうとしていることは、道産子の身びいきではなく、強い意志というものを感じさせてくれる。「現場」を手放さず、さらに第3作、4作へと息をもつかさず進んで欲しい。

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2008/09/09

奥平忠志マイ・ウェイ

奥平忠志マイ・ウェイ
奥平忠志遺文集「マイ・ウェイ」。自費出版。

昨年8月24日に、71歳で亡くなった奥平忠志さん(道教育大名誉教授、地理学)の遺文集(自費出版)をいただいた。
 
奥平さんは東北大理学部卒。北海道教育大函館分校講師、助教授などを経て1981年から99年まで教授を務めた。99年から2004年まで札幌国際大教授。この間、90年から02年まで北海道新聞文化面のコラム「魚眼図」を執筆している。

本書はその「魚眼図」の文章を中心に、月刊北海道自治研究に書いた「鋭角鈍角」などの論文などが収められている。また、実兄の東大名誉教授、奥平康弘さんの寄稿も添えられている。

「道南の名伯楽であり、行動派学者という多面性をもつ巨星を描ききることは難しい」と編者の萩本和之さんは書いている。

また、道新の紹介記事によると、「奥平さんは道教大函館校教授時代、函館の歴史的風土を守る会の会員として古い街並み保存に力を注いだ。一九九九年には、札幌国際大の初代観光学部長に就任。観光の検定制度の創設を通じ『自然一流、施設二流、人間三流』とやゆされる北海道観光を改革した。」そうだ。

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2008/06/17

松崎明秘録

松崎明秘録
語り・松崎明。聞き・宮崎学。同時代社、本体価格1400円。

松崎氏は元・動労委員長、元・JR東労組会長。宮崎はキツネ目顔のジャーナリスト。政治的には松崎氏が革マル派、宮崎が日共派の流れを引く。

帯には「革マル派の創設に参加、副議長だった……組織温存のため屈服し、国鉄民営化に賛成した……」というのはホントなの?と、いうようなことが書いてある。

結局、よくわからない。言っていることは、革マルを作ったのはクロカン氏や途中で抜けたホンダ氏を除けば松崎氏だということ。労働現場で場所的実践を探求してきたのは松崎氏だということ。全学連あがりの解放社官僚(あるいは知識人工作をしていた某)の方針はしょうもなく、その空論を物質力で突破してきたのが松崎氏だということ。戦闘的労働運動派として知られ対立関係にある動労千葉の中野氏をオルグしたのは松崎氏だということ。

そんなことを言っている。だから、革マルをやめたのやめないのなんてことはどうでもいい。クロカンなきあと、松崎氏がすなわち革共運動であり、後からきて指導者づらする全学連あがりの連中なんて関係ない。真面目にやるなら、若い者の面倒くらいは見てやる。

意訳すれば、そういうことを述べている。そして、人間の解放のために、新しい労働運動の萌芽や世界の様々な場所で戦う人びとと手を携え、われらのインターナショナルを実践できるのが松崎氏だということだ。

宮崎にはよく聞いたというべきか、あんた何やっているの、と言うべきか。氏とせずに尊師と書きたくなる一種、教祖のお言葉本である。

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2008/05/01

老人力

老人力
赤瀬川原平著。筑摩書房、本体価格1500円。

どうも、読んだことのあるような、いやないような。

頭の中が真っ白になって、思い出せへん。なんだか、それも聞いたことがあるな。それって、吉兆というより不吉兆だ。

それにしても、赤瀬川原平。おもしろい。

素直にボケたと言えばいいものを、しぶとい。

でもね。後期高齢者医療制度なんて、どうみても老人力なんて気取って知的ゲームにはまっているうちに、為政者のほうはしっかり足枷をはめてきたわけだ。

老人力のアナザーパワーを引き出すべく、もうひとひねりが今は必要だろう。

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2008/03/18

郷土誌あさひかわ504 号

郷土誌あさひかわ504<br />
 号
渡辺三子発行人、田中スエコ編集人。あさひかわ社発行。定価250円。

「体の具合がよくなくて、発行が遅れちゃって」。電話の向こう側で三子さんがすまなそうに話している。いやいやとんでもない。もう80歳を超えているというのに、元気に走り回って、写真を撮り、広告を手配し、割り付けを指示し、雑誌の配送をしている人がそんなにいるとは思えない。創刊からもう48年くらいのはず。「最近は三六街にも行ってないの」などとのたまいながらも、しっかり大舟さんあたりには出没しているらしい。

2008年3月号の本誌の特集は「シーズンイン!’08ゴルフ場めぐり」。旭川近郊には絶好のゴルフ場がいっぱいで、その今年のコース紹介が並んでいる。トップ・エッセーは「あるた出版」会長の山崎いわお「作家の<メモ>」。札幌はススキノ方面で雑誌を出していたと思うが、山崎氏が旭川で会社つとめをしながら、この郷土誌「あさひかわ」でアルバイトをしていたのを初めて知った。

「昔は元気いっぱいでアルバイトにきてくれた若い人がずいぶんいたのに、最近はだめなのよ」と三子さん。そうなのだ。この雑誌の一番の悩みは後継者難だ。なんとか世代交代したいのだが、「これはと思った人に限ってノイローゼになったりして」新しい担い手がみつからないのだという。

名物居酒屋「大舟」のおやじ、馬場昭さんのエッセー「おじたりあんノート」は連載192回に達している。今回は「ヨダレカケ」なる珍魚にまつわるお話が展開されていた。

いつものことではあるけれど、「そのうち原稿書いてくださいよ」という社交辞令に、「がんばります」と答えたことであった。

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2008/03/17

間食★無問題★8

間食★無問題★8
張師傳餅店の鳳梨酥(フォン・リー・スー)。

台湾の九イ分(きゅうふん)は、台湾北部の港町基隆の近郊の町である。観光地として有名らしい。「千と千尋の神隠し」の舞台であり、侯孝賢=ホウ・シャオシェン監督の映画「悲情城市(A City of Sadness)」のロケ地として観光客に人気なのだそうだ。

職場関係の女性が「台湾のお土産です」と1個くれたので、早速いただいた。

パイナップルケーキ(Pケーキ)は台湾では人気があるらしく、ずいぶんたくさんの種類が出ているらしい。

だいたい12個入り110元(396円)なので1個30円くらい。高いものだと90円になるという。

味は個人の好みがあるが、土産物としてはまずまずか。

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2008/03/12

とむらい師たち

とむらい師たち
岩波現代文庫、本体価格1000円。

相も変わらず体調がよろしくない。能力以上のことをしているからだ。そんなふうに言われるが、どんなものか。

川上未映子「乳と卵」のどっぷり大阪弁の語り口小説を読ませてもらって、そのとき感じた野坂昭如を久しぶりに読んでみたくなった。びっくりすることに、最近は岩波が「野坂昭如ルネサンス」と称して、かつての名作を復刻しているのだな。びっくり。本屋では心情三派と自称していた野坂昭如らしい「騒動師たち」にも目を引かれたが、本書のほうを選んでしまった。野坂文学の核心である「死(生)とエロス」が横溢しているのではないかという期待からだ。「ベトナム姐ちゃん」「あゝ水銀大軟膏」など5編が収められているが、もちろんメーンは表題作「とむらい師たち」である。

主人公は隠亡の息子ガンめんである。「わし(=ジャッカン)区役所の死亡係、ラッキョは葬儀自動車、先生は医者で、あんた(=ガンめん)がデスマスク師と、こら役者もそろとるやないか、4人で団結して、葬儀業界になぐりこみかけるわけや、こら金なる思うわ」と燃える4人組が<葬儀>をめぐり繰り広げる大冒険の物語だ。水子供養で大もうけしたことから、雑誌発行、葬儀のレジャー産業化で金もうけに走る全学連あがりのジャッカン組、一方、「あの死顔がもってる威厳」にこだわり万国博の向こうを張る葬儀博をめざすガンめん組に二分裂する。だが、葬儀への情熱にあふれる双方とも大成功、遅れを取っていたガンめん組は「死顔様」で新興宗教を開く。

この物語のすごいところは繰り返し出てくるガンめんの土葬体験で、いつも穴を思い浮かべる。そして、復活の儀式を企て、再生まで穴にこもるが、出てくると世界は水爆投下でみな死んでしまっている。ガンめんも母胎に還るように穴に落ちていく。その穴は隠亡だった父親が掘った死者のための穴であると同時に、自分を産み落としながら入れ替わるように亡くなった母親の陰部でもある。生と死が絡み合った人間世界を描いてきた野坂らしいテーマである。

とにかく言葉が過剰だ。どんどんどんどん沸いてくる。「あやしゅうこそものぐるおしけれ」ではないが、言葉と言葉が次々に爆発を起こして、右に左に天に地に連想が広がっていく。混沌としている。それでいて、どこかに倫理が残っている。戦中派のニヒリズムとアナーキズムを超えるエチカというわけか。野坂の持つエネルギーにあらためて驚く。

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2008/03/11

日本の財政を考える

日本の財政を考える
平成19年9月、財務省刊行リーフレット。無料。

さて、自分の人生の持ち時間も少なくなった。できれば、あと少し会社勤めをした後は、静かに自由に生きたいと思っている。そのときの原資になるのが、年金だ。だがそのシステムに刮目して見れば、崩壊しつつあるのは間違いない。

リーフレット「日本の財政を考える」を読みながら、なんだか気分は一層重くなった。「国の財政は、私たち国民一人ひとりの暮らしと深く関わっています。財政を考えることは、私たちの未来を考えることです」というが、なに言ってるんだかだ。

この国の一般歳出は83兆円である。一番多いのが社会保障費で21兆円(26%)。次いで国債費が21兆円弱(25%)、さらに地方交付税交付金15兆円(18%)で、この3つで70%を占める。残ったわずかな金で公共事業やら学校教育やら防衛などの諸事業が行われている。ちなみに、歳入も83兆円だが、その30%が公債金収入となっている。

これを家計にたとえると、月収は40万円だが、いなかへの仕送りに10万円、ローン元利払いに15万円を使っている。しかし、病院代や学校などには33万円が必要なので、新たに18万円の借金をしている。まさしく借金漬け。ローン残高は4600万円にのぼる。普通の家庭では暮らしていけない。それが日本の現実だ。その借金まみれの状態は隣近所やどこと比べても最悪である。しかもお年寄りが多いのに、働き手は少なく、しかも「働けど働けど我が暮らし楽にならざり」という諦念は若い人にほど過酷である。なぜなら、彼らは自分が働きに見合ったサービスを受けられるという保証がないのだ。

私見では、もう単純な施策での活路はない。新自由主義的な格差による経済活性化論では、このひずみを解消することはできない。あえて言えば、新自由主義に対する反対派は社会民主主義しかない。この国の国民負担率は潜在的なものを含め43%である。北欧的な70%がいいかどうかは別にして、まず老後に不安のない制度を作らねばならない。それを確約したうえで、国民負担率を上げる。自由に使える金は減るが、生活に惑うことはないようにする。新自由主義に変えて、社会民主主義革命しかないのである。富の公平な配分を通じて、社会を組み替えるのだ。一方で、特別会計175兆円という不透明な無駄遣いを徹底的に再配分する。官僚に好きに使わせてはいけないのだ。

特別会計と言えば、このリーフレットには「道路財源の見直し」が明記されている。曰く「国の道路特定財源全体については、税収の全額を、毎年度の予算で道路整備に充てることを義務付けている現状の仕組みは改め、20年度の通常国会において所要の法改正(をする)」とされていたのに、暫定税率をめぐる道路族の公然たる跳梁を見ると、開いた口がしまらない。平成18年12月8日の閣議決定とはなんだったのか。官製リーフレットはこの国の政治の貧困も浮かび上がらせている。

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2008/03/06

日本のすがた2008

日本のすがた2008
矢野恒太記念会編集・発行。定価1000円。

風邪で頭痛がとまらない。こうなれば、勉強でもするしかない。

本書は日本をもっと知るための社会科資料集だそうだ。別名「にほん国勢図会」ジュニア版。矢野恒太は日本の保険業界の基礎を築いた人物で、第一生命の創始者だとか。

日本の地形で川を見る。日本一長いのは信濃川367キロ。2位利根川322キロ。3位石狩川268キロ。4位天塩川256キロ。これには入っていないが十勝川も道内では大きな川だ。その源を見ると、いずれも大雪山系である。北海道の尾根から主要河川は日本海と太平洋へと流れ出している。大雪山の母なる大いさをあらためて知る。

日本農業は絶滅危機にある。いわゆる農家は50年前の半分以下の285万戸。うち販売農家は181万戸。ただし、農業が主という農家はわずか39万戸で全体の5分の1。基幹農業従事者は202万人。このうち39歳以下はわずか5%、10万人。逆に65歳以上が58%である。恐ろしいほど高齢化産業だ。跡継ぎのいる農家は7%にすぎない。新たに農業に就いた人は2006年において39歳以下は1万5000人。日本の就業者が6400万とすれば、農業従事者は働いている者の30人に1人たらずとなる。しかも、じいちゃんばあちゃん中心だ。自給率の向上やら農業自由化・国際競争力の強化を言っているが、この高齢化した足下を考えると、その失地回復の道は至難に覚える。その中でも頑張っているのが北海道だ。酪農、米作、畑作でも群を抜いている。先に述べた豊かな河川に恵まれていることを思えば、もっともっと可能性のある大地である。

一方、工業を見ると、北海道は心許ない。京浜、中京、阪神の3大工業地帯の集積力、工芸品生産の伝統もない。これは北海道にとどまらず、東北以北の特徴である。図によっては北海道は省かれていたり、載せられている東北には何もマークが付いていないことも多い。東北北海道開発はいぜんとして重要であると思える。さらに、日本は貿易立国と言われるが、主な港の貿易額の地図には北海道の姿は最初からなく、東北はからっぽだ。

世界にある国の数は昨年末で193カ国。総面積は1億3613万平方キロ。総人口は66億7100万人。日本は37万8000平方キロに1億2700万人。人口上位は中国13億2900万人、インド11億6900万人、アメリカ3億600万人だ。

以下は私の試算である。
世界が100人の村なら20人は中国人、18人はインド人である。その間を5人足らずのアメリカ人が資本主義万歳だのグローバリゼーションだの人権だの言ってまわっているわけだ。ちなみに日本人は男と女1人ずついるだけだ。

面積上位はロシアが1710万平方キロ、カナダ997万平方キロ、アメリカ963万平方キロ、中国960万平方キロだ。

世界が100平方メートルの村だったら、ロシアは約13平米でゆったり。カナダ、アメリカ、中国は7平米なので4畳半生活というところか。日本は50センチ四方の板一枚の上に立っている状態だ。立っているのは男と女なのでラブラブかもしれないが。

ラブラブといえば、社会生活基本調査によると、10歳以上の人は平均睡眠7時間42分、仕事3時間44分、テレビなど2時間24分、家事関連2時間8分、食事1時間39分、趣味・娯楽45分だそうだ。無内容な調査に文句をつけても仕方がないが、ここには恋愛の時間は入っていない。いささかつまらないことだ。

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2008/03/04

オキナワ、イメージの縁( エッジ)

オキナワ、イメージの縁(<br />
 エッジ)
仲里効著。未来社、本体価格2200円。

例によって体調悪い。風邪なのか頭痛もする。仕方がないので、自堕落な生活に変化をつけ、本を読む。

著者は1947年、沖縄南大東島生まれ。中学まで島で育ち、高校は那覇、大学はアメリカ占領下の沖縄からパスポートを持ち東京に「留学」。法政大学卒。1995年に雑誌「EDGE」(APO)創刊に加わり、編集長。山形国際ドキュメンタリー映画祭2003・沖縄特集<琉球電影列伝>コーディネーター。

そんなわけで、本書は沖縄映画について論じた本である。とはいえ、それ以上に力が入れられているのは、沖縄がたどってきた現代史、70年前後の復帰をめぐるさまざまな思潮の噴出をその発言者を含め、あらためて拾い直していることである。

森敦、北一輝、沖縄青年同盟、屋良朝苗、上原安隆、森口豁、桐山襲、謝花昇、新川明、フランツ・ファノン、川満信一、島尾敏雄、中里友豪、中屋幸吉、深作欣二、笠原和夫、新城喜史、中島貞夫、竹中労、大島渚、友利雅人、長部日出雄、東松照明、今村昌平、磯見忠彦、唐十郎、岡本恵徳、勝連繁雄、寺山修司、東陽一、川田洋、伊礼孝、中野好夫、中上健次、松田政男、島成郎、高嶺剛、中平卓馬……。

知らない人も少なくないが、70年前後に青春期を過ごした人間にとっては懐かしい名前ばかりだ。とりわけ、新川明さんはジャーナリストでありながら、思想家として俗流の復帰論を超えたオキナワ論を提示してみせた。

著者の仲里氏の沖縄復帰に対する視点は明快だ。少し短絡的かもしれないが、「反復帰・沖縄自立」である。この旗印にかけた青春のラジカリズムは変わっていない。ゆえに、後書きに言う。

「沖縄の日本復帰とその後の35年、そして今、私たちが目にしている光景は、日本への一体化幻想をグラフト(接木)化した、アメリカナイゼーションの日本的変態によって沖縄の時間と空間が浸食されていく姿である」

仲里氏の思想には明らかに吉本隆明の影響が見て取れる。彼は戦前の皇民化教育による共同体の極限を複眼を持って見つつ、戦後の、とりわけ復帰後の国民=日本人教育の責任を問うのである。

30数年前、沖縄は近くにあった。ベトナムへの侵略前線基地化を阻止し、沖縄返還協定は粉砕すべきであり、「第3次琉球処分」などは断じて認められなかった。だが、今は遠い。若者たちの南島観光や馬鹿な団塊世代の移住がブームなどと聞くと、虫酸が走るだけだ。米軍基地の問題には怒りは覚えれども、米軍ではなくニッポン政府の問題のはずだ。それでも、復帰問題が問われた時に沖縄で煮詰められた、沖縄と日本と世界を問い返すこうした持続した志を見聞するにつけ、心揺さぶられるものがある。

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2008/02/27

川上未映子「乳と卵」2

第138回芥川賞受賞記念の単行本「乳と卵」には「文学界」2008年3月号掲載小説「あなたたちの恋愛は瀕死」も収載されている。いわば、芥川賞受賞後の第1作ということだろう。わずか24ページの短編を読んだ素直な感想を言わせてもらうと、「なんじゃ、こりゃあ」というレベルのものである。

物語は新宿で、まったく無関係の女と男が一瞬出会うが、結局は悲惨な結果に終わってしまうまでの心象風景を乾いた文章で描いている。ただ、失敗作の文体はつらい。

「女はまったく知らない男と出会って、そのままいい感じで性交をしてみる、ということに関しては実は毎晩のように想像を重ねて、それがいったいどういうものなのかということを想像してはその想像が果たしてうまくいっているのか、それとも途方もなく馬鹿げたことになっているのかの境目が決してわからないので、それなりに苦しい夜を過ごすのだった」

「男はティッシュを受け取らない女のぼんやりした反応と、ありがとうなどというまるっこい響きがこの場所でもつ意味が理解できないので少しだけいらつき、取るのか取らないのだ、何度もすばやく空気を切るようにティッシュを女の目の前にさし出しても女はぼんやりして、それを受け取ろうとはしなかったので、なんだこの女、と男はさらにいらっとした」

こうした内面を組み込んだ文章が続くが、その乾いた印象はいかにもつくりもののデッサンみたいで、うそくさい。「性交を夢みる女」と「ティッシュを配る自分の姿にいらつき続ける男」の出会いがハッピーに終わるはずがない。その点描が読む者を落ち着かせない。なんだか不安と緊張の読後感をもたらす。

正直に言わせてもらえば、「乳と卵」では成功したぬめぬめ文体は早くも破綻の兆しを見せているように思われる。純文学の方向に進めば、なんだかどうしょうもなく独善的だ。うわさによると、ミュージシャンの彼女はほとんど売れなかったと聞く。その理由がわかるような文章だ。これでは、どこにでもいる(私たちのような)へたっぴー純文学派の自己表出の迷宮に紛れ込んだも同然だ。彼女は大衆小説家としてしか、針路をみいだせないじゃないか、とあらためて思った。

川上未映子さん、樋口一葉だのなんやらの褒め殺しと、芥川賞など忘れるのが一番。もっとえげつなく、もっと心を大切に! 自分の宿命に素直に! 時代をなめ尽くせ!どうせ聞こえないだろうけど、言うべきことは言っておこう。

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川上未映子「乳と卵」

川上未映子「父と卵」
ひどく疲れている。いつもらったのかもさだかでない泡盛を水割りで飲んだら、倒れてしまった。体がぼろぼろだ。いつか、死ぬぞ。そんなことを思っているうちに眠りに落ちた。1時間半くらい寝たところで目が覚めた。体が熱い。仕方がないので、本を読む。

川上未映子「乳と卵」。文藝春秋刊、本体価格1143円。

第138回芥川賞受賞作だ。本屋には平積みされている。おまけに新聞や雑誌広告には、ほおづえポーズでパンツ丸見えそうな写真(それは期待値で、実際はミニスカートでなんだか訳ありのポーズをしているだけだけど)。そんなふうに、なんだかものすいごい売り出され方で、メジャーデビューした作者って、なんなんだろう。これは文学じゃなく、音楽っつうかミュージシャン系のプロモーションじゃんと思ってしまう。いやはや。

1976年大阪府生まれ。歌手らしい。「夢みる機械」「頭の中と世界の結婚」などのアルバムを出しているらしい。もちろん、知らん。随筆集「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」。タイトルで圧勝だわ。初めての中編小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が第137回芥川賞候補になる。2008年1月に本作は第138回同賞受賞だ。

物語は大阪から東京に妹の夏子のところに姉で母の巻子、娘の緑子がやってくる。巻子は豊胸手術をするのだという。緑子は言葉をしゃべることを拒んでおり、ノートで筆談をしている。妹は下町・三ノ輪のアパートでぼちぼちと暮らしている。そんな3人の夏の3日間の人生模様だ。

なによりも大阪弁をたんのうできますねん。作者は若いが大阪のおばちゃんの語り口が饒舌に展開するんだす。そりゃあんたな、考えてもみなはれ、大阪弁だすよ、一を聞いたら十を返すかなんぼか知らんけど、とまりませんわ。しかも、女ですよ、それが3人も。女3人かしましゅう。暑苦しゅうならんほうがどないかしてまっせ。みな、不幸なんですよ。いや、それは紋切り型言うもんかもしれまへん。人生をなんちゅうか、ねめまわすというのか。いい根性(ガッツ石松)してまっせ。

「胸おおきくしたいわあ、とある女の子が云って、わたしじゃなくてそこにはもうひとり別の女の子がおって、その女の子がそれに対してネガティブな物言いをしたんやった、え、でもそれってさ、結局男のために大きくしたいっていうそういうことなんじゃないの、とかなんとか。男を楽しませるために自分の体を改造するのは違うよね的なことを冷っとした口調で云ったのだったかして、すると胸大きくしたい女の子は、そういうことじゃなくて胸は自分の胸なんだし、男は関係なしに胸ってこの自分の体についているわけでこれは自分自身の問題なのよね、もちろん体に異物を入れることはちゃんと考えなきゃいけないとは思うけれど、とかなんとか答えて、………」

野坂昭如って、昔、こんな感じじゃなかったけ。つまり、ねめねめ。言語の理論的に言うと、これは<話体>ですね。この文体の特徴は限りなく指示表出の世界に流れていくわけ。いわば大衆小説の文章です。つまり感性ではなく、物性の方向、地べたをはっていくわけです。これが、幾分か昇華した感じを与えるのが作者の表現力というものでしょう。私的には、この作者はしばらく純文学しますが、この文体のほうが圧倒的になじみやすいとすれば、ストーリーテリングの大衆小説、直木賞の世界へ移行するのではないかと思います。場末の人情話なんかきっと面白いですよ、きっと。

物語の最後。3人バラバラなのに、ある出来事をきっかけに心が通じ合います。でもその前に作者は次のように書くのです。

「ああ、巻子も緑子もいま現在、言葉が足りん、ほいでこれをここで見てるわたしにも言葉が足りん、云えることが何もない、そして台所が暗い、そして生ゴミの臭いもする、などを思い、緑子の緊張した様子を見ながらに、しかしこんなこと、………」

言葉が足りん!よう言うわ。でも、この後、緑子にスイッチが入り、母子は雪崩を打って大合戦を繰り広げます。いろんなものが過剰に溢れ溢れ溢れ。

ちちとらん。これはおっぱいのことを考えているお母さんと、初潮を迎え卵子と受精のことを考えている子ども(娘)の和解の物語です。不幸だけれど、すべてをさらしたらもっともっと強く生きられるかもしらへん。そんな気がしました。

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2008/02/24

わたしを離さないで

わたしを離さないで
カズオ・イシグロ著。土屋政雄訳。早川書房、本体価格1800円。

柴田元幸氏の解説が帯に付されている。「著者のどの作品をも超えた鬼気迫る凄味をこの小説は獲得している。現時点での、イシグロの最高傑作だと思う」。

毎日新聞2006年7月2日の書評で若島正はこの作品が「わたしたち読者をしっかりとつかまえて離さない」と言い、「あらかじめ決められた運命を背負わされながらも、その運命に抵抗しようと必死にもがく(中略)きわめて『人間的』な物語なのだ 」と評価している。

この物語が「人間的」というのは的確な指摘だ。

主人公のキャシー・Hは介護人だ。「提供者」と呼ばれる人々を11年以上も世話している。介護人は機械ではないから疲れてしまうということを知っている。彼女はヘールシャムという施設の出身で、扱っている提供者たちも同じだ。親友のルースとトミーもいた。だが、みんなもういない。ヘールシャム出身者とは何か。
「あなた方は教わっているようで、実は教わっていません。それが問題です。(中略)あなた方は誰もアメリカには行きません。映画スターにもなりません。先日、誰かがスーパーで働きたいと言っていましたが、スーパーで働くこともありません。あなた方の人生はもう決まっています」

そんな運命にいる者たちの物語だから。
最終的に種明かしを知れば、その決められた運命に驚くことはない。その意味で、誰もが言うように、非常に高ぶることのない抑制された文体が貫かれているのが作者のすごいところだろう。物語の全体よりも、部分に着目すれば。これは子どもたちの物語だ。自由でありたいと思いながら、ついに<管理>され<教育>されている存在。そして、まったくありもしない未来を夢見、なによりもさまざまな<可能性>を簒奪されていく魂。「かわいそうな子たち」は果たしてヘールシャムだけの世界だと誰が言えようか。

「ネバーレットミーゴー、ベイビー、ベイビー、わたしを離さないで」というジュディ・ブリッジウォーターの「夜に聞く歌」。そこに11歳のキャシー・Hは「死ぬほど赤ちゃんが欲しいのに」産めない女性に奇蹟が起き赤ちゃんが生まれたものの、一抹の不安を抱いている姿を歌ったものと感じている。なんという比喩だろうか。

本書はずいぶん前にいただいた。読まないでいたのは不覚であるが、良い本にめぐり逢うのに遅すぎるということはない、ということで許していただこう。

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2008/02/20

詩集 登高

詩集登高
長光太著。北海道文学館、本体価格2400円。

詩集「登高」は1948年に刊行されるはずだったものを、あらためて北海道文学館(平原一良編)の尽力で上梓されたものである。

長は1907年広島生まれ。「夏の花」の原民喜と関わりが深かった。プロレタリア系の文学者。映画の仕事で北海道に移り住んだ。しばらくして東京に赴いたが、晩年は子息のいた帯広に身を寄せた。1999年92歳で死去。生涯にわたって無神論者だったので、その意志に従い、墓所は設けられなかったという。同じ北海道在住の詩人、江原光太は自分の名前は長光太の名前から借りたものだと言う。

原民喜が未刊に終わった本書のために跋を寄せている。「長光太は、人類の巨きな歴史の扉にほんの爪のかすり跡だけでもいいから己の存在していたことを残したいと云っていた。その光太の詩の片仮名の一字一字は、そういう祈願にふるえる鋭い爪か何かのようにおもえた」。

長光太の詩はまさにカタカナと若干の漢字で構成されているので、きわめて読みにくい。私も正直、一回の読書では飲み込めていない。いずれの日か再読が必要であろうと思っている。以下に表題作の一部を記す。

ナニユエオロカニ登ルノダロオカ
ナニユエ足サキノメラシ
イタダキノ雲アオギ
イドミタカブリ
ヒタスラ登ラズニオレナイ
ヒタスラ登レバイイノデアロオカ
ソラノ淵ニフカクアル頂
ナカナカヨジノボラズニワオカナイ
ムラサキノシタタリ咥エズニワオカナイ

読んでいると、呪言のようでもあり寿歌のようでもある。変わった詩だ。

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2008/02/19

中国を知る

中国を知る
遊川和郎(ゆかわ・かずお)著。日本経済新聞出版社、本体価格860円。

著者は北海道大学大学院の准教授。東京外語大を出て、上海復旦大学留学。外務省専門調査員などを経て、大学で研究を続けている。

本書は「ビジネスマンのための新しい常識」とサブタイトルにあるように、増大する中国駐在ビジネスマン予備軍に対する啓蒙書である。

いろいろ書いてあるが、要するに、中国は均一ではないということだ。たとえば、貧富の差は想像以上に大きい。日本的な物差しで考えるととんでもないことになる。情報もしかり。中国は膨大なインターネット人口がいるが、まったく文明の利器にも縁がない層も膨大だ。新聞などのメディアが多数あるが、当局が情報統制をしているのが常識だ。それゆえ、口コミや不正確な情報、デマの方を大衆は信じやすい。中国は世界の工場であるが、技術は借り物のため利益は極めて薄い。

それでも、中国は外すことができない。それゆえ、情報を的確に入手し、判断することが問われる。

「日本人は何であれプロセスに凝るのでパチンコ必勝法といった類までありますが、中国人ならば、パチンコはマネージャーと通じて出る台を教えてもらい、上がりは山分けしようとするのではないでしょうか。日本人では『出る台を聞いて』などとは思いもよらないでしょうが、中国人ならば出る台を教えてくれる人、即ちキーパーソンを探すのがポイントと考えるのが普通です」

なるほど。

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小林賢太郎戯曲集 椿 鯨 雀

小林賢太郎戯曲集椿鯨雀
小林賢太郎著。幻冬舎文庫、本体価格533円。

先日に続き、ラーメンズの小林賢太郎の第2コント集である。書き言葉でコントを読むと、小林の言語感覚の鋭さが、よく分かる。

「ドラマチックカウント」の10カウントのアホらしさ。ナンセンスな「高橋」、言葉を変異させてしまう「日本語学校アメリカン」など、アホらしいほどの冴えを見せている。

小林は作家だね。

実際のコントを見ていないので、このスピード感にお客がついて行くというのは、すごいことだ。

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2008/02/18

女性の品格

女性の品格
坂東真理子著。PHP新書、本体価格720円。

いうまでもなく、2007年最大の売れ筋本である。購入時点で240万部突破!と帯にある。奥付を見ると、第1版55刷とある。すごいね。サブタイトルには「装いから生き方まで」とある。帯には「強く、優しく、美しい女性になるための66の法則」とも記されている。

なんと言おうか。こんなに売れているのだから、内容的に凡庸だとか、そういうことは失礼だろうし。さて、上品な女性は「礼状が書ける」「約束をきちんと守る」「型どおりの挨拶ができる」「長い人間関係を大切にする」「流行に飛びつかない」「姿勢を正しく保つ」「贅肉をつけない」「花の名前を知っている」……。

いやはや。

なぜ贅肉のある太っている人はだめか。「贅肉をつけない暮らしというのは、食欲という強い欲望に振り回されず、自分を甘やかさず、運動を継続できるといった強い精神をもった生活です。そうした自己節制を心がける生活態度には品格があります」。うーん。そんなに簡単に決めつけて良いのか。ちょっと驚くほどのレベルです。

たとえば品格第一でありながら、「勝負服をもつ」などと流行の性的決断の比喩を平気で使うのはどうかしら、と思ってしまいました。「不遇な人にも礼を尽くすの」のは何故かというと、「直接には役に立たない礼儀正しさが、実は本当の人脈をもたらし、職場や社会の成功にも繋がります」と極めて狡猾な理由なのには驚きます。そんな打算でなく、優れた人物であれば、役職に関係なく品格のある人なら、付き合うのではないでしょうか。

そして、介護保険を受けなかった母親をたたえ「権利を振り回さない」のが品格のある行為だというのです。もちろん、権利は乱用してはならないが、権利は権利として行使することを品格の問題というのは勘違いも甚だしいでしょう。ちなみに、筆者はキャリアの役人経験者で、内閣府初代男女共同参画局長だったそうです。上級公務員=官僚の品格って、なんだろう。

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2008/02/14

小林賢太郎戯曲集 home FLAT news

小林賢太郎戯曲集
小林賢太郎著。幻冬舎文庫、本体価格495円。

小林賢太郎は1973年4月生まれ。多摩美術大学卒。
ラーメンズ、ソロコントライブ「POTSUNEN」、KKP(演劇プロジェクト)で、すべての脚本・演出を担当しているそうだ。

と、ここまで書いてもさっぱりわからん。
知り合いの小娘さんからもらったが、「コントと演劇を足して2で割ったカンジ」だそうで、「DVDとかも出てると思いますが、戯曲集(台本)でも十分すごいです。爆笑ご注意!」とのことだ。なになに、はははあ、「マック」のPCとマックのかけあいコントCMの2人組がラーメンズねえ。少しわかりました。

「home」「FLAT」「news」というテーマの3回の公演作品のコント集がまとめられている。言語感覚に独特のものがあるのはわかるのだが、いささか理に走りすぎていて、おもしろいのかと聞かれると、「別に~」と言ってしまいたい部分がある。そrでも、一見まともなことをやっていて、だんだん一種の狂気の世界に入っていくのは不思議な才能である。

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2008/02/06

金子勝の仕事道!

金子勝の仕事道!
金子勝著。岩波書店、本体価格1500円。

金子勝さんは破天荒な経済学者である。小泉政権・竹中平蔵の新自由主義政策に異を唱え続けてきた。おもしろい。なぜなのかな?と思っていたが、その本音が本書に記されている。

金子さんは1952年生まれ。意外にも私よりも年下である。頭髪の量と年齢は正比例しない。東京の庶民の子として生まれ、東大に進む。秀才だ。そして、駒場の自治会委員長になり学費値上げ反対闘争を闘う。それって、私が学生だった時とまったく同じだ。こちらも授業料の大幅値上げに反対していたことを思い出した。そして、大学院に進むが、一匹狼のため、アカデミズムの象牙の塔には容れられない。要するに就職には苦労したのだ。それでも慶応の教授になったのだから、才能のレベルが違うわ。

金子さんは言う。「日本が貧しくなったのは所得が減ったからではない。誰もが生きる価値を見失ってしまったからだ、と思う」と。それならば、生きる価値を見失わず、自分の仕事に徹している人間に話を聞くことから始めようというわけだ。

本書は本間輝夫(寿司職人)、林家正蔵(噺家)、門倉有希(歌手)、岡本敏子(元岡本太郎記念館館長)、色平哲郎(医師)、天木直人(元レバノン大使)、串岡弘昭(会社員)、長村中(日放労委員長)、市川次郎(ボクサー)、林葉直子(元棋士)、難波和彦(建築家)、辻井喬(作家)という12人との対談集だ。

「どんな職業でもその職を極めようとすると、必ずこの社会とどこかで対立してしまう」と金子さんは言う。本書があありがちな有名人対談集を遠く超え、「職から社会を考え、社会から職を考える」という試みが成功しているかどうかは難しい。それでも、個々の人間の格闘の果てに、少しでも仕事を通じて生きている者のみが持つ、ある幸福感が伝わってくるのも事実だろう。

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メディア社会

メディア社会
佐藤卓巳著。岩波新書、本体価格740円。副題は「現代を読み解く視点」。
筆者は「八月十五日の神話」(ちくま新書)で玉音放送を聞く民衆の写真がヤラセであったことを詳細に明らかにしたメディア史研究者。
本書は新聞連載コラムを中心に、現代メディアの状況を概観したものである。印象に残ったのは次のような一節である。

「私たちはふつう、メディアは『ニュースを伝達してくれる装置』だと考えている。しかし、実際にはメディアは『情報を過剰に伝えないための装置』である。正確にいえば、情報を選別し、『不必要な』ニュースを排除するために報道機関は存在している。たとえば、新聞の場合、通信社や支局から日々膨大なニュースが送られてくるが、実際の紙面に掲載されるニュースはその一部に過ぎない。つまり、新聞編集の過程とは、多くのニュースをボツにする作業からなる」

当たっているかいないか。微妙である。

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2008/02/05

4コマちびまる子ちゃん1

4コマちびまる子ちゃん1
さくらももこ著。小学館、本体価格552円。
「かわいくて、おかしくて、ちょっぴりするどい。もはや全国民のアイドル=ちびまる子ちゃんが、4コマ漫画になってコミックス初登場! 」「●本巻の特徴/全国11紙の新聞で大反響の『4コマ ちびまる子ちゃん』が、ついに単行本化! ヒロシ、たまちゃん、友蔵など、おなじみの面々がおりなす悲喜こもごも。漫画やアニメとはひと味違った、全く新しいまる子に出会えるよ!! 」とのこと。

新聞138日分いっき読みというが、書き下ろし(ボツネタ?)もあり。その一つを。

1:
おばあちゃん「まる子のてぶくろができたよ、ハイ」
まる子「わーい、どうもありがとう!!」
2:
まる子「見てーっ おばあちゃんが、てぶくろ作ってくれたよーっ」
ヒロシ「よかったなあ」
3:
くんくん。
まる子「なんだか おばあちゃんのにおいがするよ」
4:
ヒロシ「そりゃババ臭えだろうよ」

ちびまる子ちゃんは決して良識の内側にいるのではなく、ガキなのにとんでもないところがあるのがおもしろいのですね。ちなみに、その問題性格は明らかに、ヒロシの遺伝と思われます。

「下着泥棒」のネタもありますが、ここではとても言えません。オチは「ドロボーもけっこう気の毒かもな」というヒロシのせりふです。いやあ、わかる、って言っちゃまずいか。

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2008/02/04

星の王子さま

星の王子さま
サン=テグジュベリ作。内藤濯訳。岩波書店、本体価格1000円。
僕がプチ・プランスを初めて読んだのは18歳の時だ。もちろん、不純な動機からだ。それから不純になると、思い出しては時々読む。
若いという字はばかいという字には似ていないが、若気の至りで英語版やフランス語版やらドイツ語版を丸善で買ったこともある。もちろん、アッパラパーなのでちんぷんかんぷん。でも、英語版で、WHAT IS ESSENTIAL, IS INVISIBLE TO EYEとかなんとか書かれていたのを覚えている。違うかな。でも、大切なものは目に見えない、という言い方にひどく同感したものだ。
この作品は心でしか見れぬ大切なもの、かんじんなものがあるのだ、という一つのテーマを繰り返し語っている。それはトシをとるに従い効いてくる。困ったものだ。
今回読んで気づいたのは「ぼくは、この本を、寝そべったりなんかして、読んでもらいたくない」と書いてあったことだ。我が身を振り返ると、まったりと布団の中に潜り込んでいるではないか。
ごめんね。王子さま。

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2008/02/03

まんがさっぽろ雪の絵本

まんがさっぽろ雪の絵本
札幌市建設局管理部雪対策室計画課発行。無料。
札幌市役所に行ったら立派な冊子で、ロビーに置いてあったので、いただいてきた。
「雪は天からの贈り物」という名言を引き、「みんなで知恵を出し合い、工夫しながら、冬をより豊かに暮らしていきませんか」と、まず呼びかけている。
基本的には、除雪・排雪に不満があるかもしれないが、役所も一生懸命やっているので、市民も理解と協力よろしく、という内容だ。
札幌市内で一斉に出動した場合の一晩の除雪仕事は除雪機械約1000台、作業員約3000人、費用は約1億2000万円、距離は約5200キロ、札幌市と石垣島を往復するくらいになるという。そんな豆知識もあるが、立派な弁明の書というべきだろう。これは皮肉ではなく、確かに雪対策に名案がなにのが現実なのだから。

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2008/01/31

新左翼とは何だったのか

新左翼とは何だったのか
荒岱介著。幻冬舎新書、本体価格740円。
著者は「悪魔の第3次ブント」などと叫びつつ、近年はNPOとか称して環境市民運動をしている共産同戦旗派のトップだった。輝かしい新左翼党派官僚の経歴の持ち主である。
本書は若い世代に向けて書いた新左翼入門書だ。正直、現在45歳以上の人間にはいささか冗長でかったるい内容である。通史をわかりやすく書いているつもりだろうが、何かパッションのようなものが足りない。自治会の利権構造を批評してみても、中大や明大などの自治会や大衆運動をまともにやったわけではなく、早大を離れてからは党派指導者に転身したためか、大衆運動の内部の苦闘が見えない。同じ学生運動活動家でも、その現場にこだわり続けていた島泰三「東大安田講堂1968-1969」(中公新書)や神津陽「極私的全共闘史 中大1965-68」(彩流社)に遠く及ばない。パラダイムチェンジ。軽いから姿を変えられる。当然であるが。
誤解のないように言っておけば、「破天荒伝」などの人物ものはおもしろいので、その方面の秘話をどんどん書いてもらいたい。

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2008/01/30

いきもののすべて

いきもののすべて
いきもののすべて
フジモトマサル著。文藝春秋社、本体価格1238円。
ずいぶん前にもらった漫画本だ。作者がどんな経歴なのかは全く知らない。
動物による人間の批評漫画だ。よくあると言えば身も蓋もない。ちなみに、私のプロフィルの写真にレッサーパンダのタイソン君が載っているが、深い意味はない。
第二部の主人公マガオ君はデザイナーのウサギた゛。小市民だけど、心の底にラジカルでシニカルなものを持っている。ジオラマの前に立つと、核のボタンを押しちゃうウサギだ。穏やかなタッチの絵だが、結構激しい。
四コマ漫画の言葉とセリフを1つだけ紹介する。

「そんな気分」
1.あの入道雲のそばまで行ってみたい。
2.夢中で泳いでふとふり返ると岸はあんなに遠くに。
3.もうひき返せない。
沖の水は冷たく潮流は早い。
4.(バースデー・ケーキの前で、マガオと夢子)
「歳をとるってそんな感じじゃありませんか?」
「祝福の言葉をありがとう。」

フジモトマサルの仕事
http://www.fujimotomasaru.jp/

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2008/01/29

渡辺えり子1 光る時間/ 月夜の道化師

光る時間/<br />
 月夜の道化師
渡辺えり子著。ハヤカワ演劇文庫。本体価格820円。
オフィス300のホームページによると、渡辺えり子は山形県出身。舞台芸術学院、青俳演出部を経て、1978年から「劇団3○○」を20年間主催。劇作家、演出家、女優として、また歌手として舞台、映像、マスコミのジャンルを問わず活躍する。2007年9月26日、渡辺えり子から、「渡辺えり」と改名した、そうだ。
劇作家としては1983年「ゲゲゲのげ」で岸田戯曲賞、1987年「瞼の女 まだ見ぬ海からの手紙」で紀伊国屋演劇賞、女優としては1996年「shall weダンス?」で報知映画賞助演女優賞、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞など、数々の受賞歴がある。劇団活動の傍ら、「非戦を選ぶ演劇人の会」に参加。「反戦リーディング」という演劇人独特のアプローチで反戦を訴え続け、さらに、劇団外部の舞台も活躍が目覚ましい。
この2つの脚本から染み出しているのは、戦争に彩られた日本の近現代史を生きてきた者たちとの対話である。あるいは、学生運動を生き延びた世代への正対である。

「タンジョー日に、どうしてローソクの火を消すんだろう」
「生きたという軌跡、過ぎた年月を確認するのさ。そして燃えつきる前に吹き消す。その時々をその時々のままにとどめられるように。そして、また明日が来るように」

肉太ではなく骨太の演劇人である。

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日本の10大新宗教

日本の10大新宗教
島田裕巳著。幻冬舎新書、本体価格、720円。
本書で取り上げられているのは、天理教、大本、生長の家、天照皇大神宮教と爾宇、立正佼成会と霊友会、創価学会、世界救世教、神慈秀明会と真光系教団、PL教団、真如苑、GLA。オウム真理教や疑似キリスト教系のカルト教団は含まれていない。
とはいえ、10大とは言いつつ関連宗教とセットの項目もあり、いかに宗派=セクトが離合集散を繰り返してきたかがわかる。昔の新左翼が共産同系、革共同系、旧日共系と三大潮流で整理できたように、新宗教も神道系、仏教系、キリスト教系の三大潮流に整理できる。
新宗教の基盤は人間の不幸である。すなわち、「貧病争」であり、それをいささかの行と神仏の力で解決しようというものである。これは唯物論たるマルクス主義運動と対立するのは当然であったろうと思われる。ただ、宗教が民衆運動としての蓄積を持ってきたとすれば、教義的には誤謬だらけであっても、現実運動としての力は無視しえない。
著者はオウム真理教問題のころ、いろいろあって謹慎していたはずだが、新聞に五段ぶち抜きの広告が載るほど華麗に復活したようだ。確かに、死と再生は宗教の世界にはつきものの光景である。

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2008/01/28

田中将大ヒーローのすべて

田中将大ヒーローのすべて
黒田伸著。北海道新聞社、本体価格1333円。
著者は北海道新聞記者。もともと、東京の地方紙にいたが、道新スポーツを経て本紙に移った。北海道出身の横綱だった大乃国の婚約をスクープしたのをはじめ、アイスホッケー、サッカー、江差追分、ワインなど芸域は広い。
本書は「マー君、神の子、不思議な子」と野村克也監督も驚くプロ野球楽天のエースで、駒沢大学苫小牧高校のエースとして甲子園を沸かせたヒーローの物語。生い立ちから少年野球時代、そして甲子園、プロ野球で活躍する現在までを多彩な取材と新しいエピソードを加えて紹介する。
著者によれば、午前3時ころまで、亡くなった稲尾投手のことを思って原稿を書いていたら、なるはずのない電話が急に鳴りだしたこともあったという。天国の野球の神様に見守られた本ということかもしれない。
私が編集者ならもう少し文章を整理したり、活字組みやレイアウトに変化をつけたかった。ただいま、ベストセラー街道をばく進中。

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2008/01/27

深谷雄大の世界

深谷雄大の世界
大西岩夫著。北溟社、本体価格2500円。

深谷雄大さんは立派な指導者で俳人で、今年74歳である。旭川時代に、お世話になったが、俳句の世界には詳しくないので未だに本当のところはよくわからない。「雪の雄大」と呼ばれているとのこと。文学者の最大のアポリアは作品と実生活の落差である。作品の価値を守るためには作家存在のトリビアルや権力感覚などは邪魔なのかどうか、なかなか難しい。
本書は「雪華」を主宰する深谷さんの30冊(!)を超える著作をていねいに読み解き、紹介する本である。著者は「雪華」編集長。
作品を5句孫引きしてみる。

孤影わが飢餓まぼろしの雪を積む
北溟の真闇は雪のこだまなす
雪の華首おく夜の地獄変
侏儒傀儡踊る苦悶の汗の闇
貧しければ雪が飾らん遺書なき死

凄い。

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2008/01/26

2週間で小説を書く!

2週間で小説を書く!
清水良典著。幻冬舎新書、本体価格740円。
清水良典読書シリーズの第2弾である。小説家になるための14のレッスンを紹介しているが、それで小説が書けるとは限らない。まあ、懲りずに書き続けること、そのためにはいろいろなシチュエーションでドリルをしようということだ。
 それはともかく印象に残った部分を紹介しておく。

■書くことと読むことの関係は深い。いうまでもなく読んだほうがいいのは当たり前である。はっきり断言してもよいが、その人の書けるレベルは読んだ経験のレベルとほぼ等しいのである。

■村上春樹は、完全に書き下ろしを自分の意志どおりに書いていますが、彼の場合は特権的な立場だと考えたほうがいいでしょう。

■「才能」とは書き続けることである。五年十年たって、「なんだ、まだ書いているの」と言われるような持続する力が才能だと信じている。ちょっと試しに書いてみて諦める人は「自分には才能がない」とよく言う。書けるか書けないかではなくて、その諦め方に才能がないのである。志を持つ人は、どうか書き続けてほしい。/十年二十年書き続ければ、どんな人だってプロレベルの小説は書ける。ただし、それがそんな小説であるかは、別問題である。

遅いけど、作家も悪くない。すぐ飽きてしまう性格を治さないとだめだけど。


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2008/01/24

村上春樹はくせになる

村上春樹はくせになる
清水良典著。朝日新書、本体価格720円。
清水さんはとっても優れた文芸批評家である。この人の書くものはだいたい当たっているというか、むしろ鋭く本質を突いている。本書も素晴らしいが、帯に「近し!ノーベル文学賞 世界中の読者をなぜ魅了したのか」とあるのは、いささか時局便乗のそしりを免れない。
「村上春樹の長編小説は、暗い過去を抱えながら悲観的に生きている『僕』が不思議な事件に巻き込まれていくという作風が多い。だから同じような小説ばかり書いているように思えるのだが、よく読むと一作ごとに必ず文体や方法が変化していることがわかる」
「そんな村上春樹がこれまでの作家生活で最も大きな変化を示したのが、他でもない九五年に起こった地下鉄サリン事件の被害者たちに取材したルポルタージュ『アンダーグラウンド』である」
エグザイル・リターンとはかつて近代主義者たちが日本に戻ってくる呼び方であったが、村上春樹にもそのような「冒険」があった。そして、「僕」の呪縛を超えた文学の実験が始まろうとしているという予言の書でもある。
おもしろかった。また、作品分析はとっても説得力があったと思う。
同時に、春樹の世界がなぜ圧倒的大衆的支持を受けながら、売れたものが勝ちというふうにはならなかったのかも、そうとは書かれていないが整理することができた。

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2008/01/22

臨床の夏

臨床の夏
嵩文彦(だけ・ふみひこ)著。「句集百韻 臨床の夏」。ぽえとりくす社、定価1200円。
著者は医師で詩人。1938年、網走生まれ。最近は俳句をつくられている。古い知り合いだが、いろいろあって疎遠であったが、この句集をいただいた。

液体となりて男の花野かな
人妻にかそけき秋の耳小骨
炎天に這って逃げたる奇静脈
臨床の夏は来にけり脈搏(う)ちて
地図帖に見つける卍春の雪
哲学ををさむる薬缶に春の猫
天気図に嬢美しく触るる春

医学用語をダシにエロスがうねうねしている。
おもしろい作品集だ。

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2008/01/20

鷲田小弥太さん

鷲田小弥太さん
「哲学者は知っている 自分で考えることができる人、できない人」。鷲田小弥太著。PHP研究所、本体価格1100円。
サブタイトルは「頭を鍛える思考トレーニング77題」とある。
さて、鷲田さん。ずいぶんお世話になったので批判はしないことにしている。天才である。その能力で次々と問題作を発表し続けている。本書もヘーゲル哲学をしたじきに感性、想像性、理性を駆使して正しく考える方法のドリルとなっている。若い人が読んで損はない。
タイトルがいささか長すぎるのが気になる。それも、いかにも奇をてらうタイトルで本を売り、最近は経営危機となった出版社の本と似ている。これは編集者がアホなだけとは思うが。そこでずいぶん損をしている。
本書は自分で考える方法のマニュアルだが、それゆえ筆者の結論からも自由である。大切なのは弁証法を上手に使うこと。それが自分の考えをまとめる近道であり、俗流進歩主義や愛国主義に対する批判の武器となるだろう。

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2008/01/19

村上春樹にご用心

村上春樹にご用心

内田樹著。アルテスパブリッシング、本体価格1600円。

帯に「ウチダ先生、村上春樹はなぜ世界中で読まれるんですか? それはね、雪かき仕事の大切さを知っているからだよ」とある。そんな内容である。

ただ、気になったことがあった。村上春樹が安原顕のことを書いた文章をウチダ先生も「村上春樹恐怖症」として触れている。一つは、安原顕が中央公論を口汚くののしりながら、サラリーマンをなかなか辞めなかったことについて「それなりの含羞がというものがあってしかるべきではないか?」と村上春樹が書いたことを紹介している。そして安原が小説家になりたかったにもかかわらず、「しかし、何故かはわからないのだが、実際には『これくらいのもの』が書けなかったのだ」と村上春樹が書いているともいう。こうした書き方の中に、安原顕が村上春樹に抱く敵意が逆光の中に浮かんでいる気がする。それにたいして、ウチダは村上春樹がある種の批評家からこれほど深い憎しみを向けられるのかと問いながら、「この日記に何度も記したトピックだが、私にはいまだにその理由がわからない」と答えるのである。

吉本隆明さんは先の「真贋」で同じことに触れている。
吉本さんは安原顕の小説が下手なのは「編集者の毒」だと言う。そして、「編集者が用済みとはいえ原稿を許可もなく第三者に渡すというのは、いいことではありませんが、村上春樹ほどの人がわざわざ雑誌上で告発すること自体もおかしなことです」と指摘する。生きるためには泥棒をするのが人間ではないか。窮地の安原顕が生きるためにやることへのおもいやりが伝わる。さらに、村上春樹が吉本さんらしき批評家が安原顕の小説を褒めたと書いていることに対して、別に褒めてはいないが、「そのくらいの誇張や嘘は人間らしくて、別に構わないのではないかと思います」と述べている。

村上春樹や内田樹という人たちの態度は、吉本さんのやさしさにも安原顕の絶望的な切なさにも、すなわち文学の発生する熱源に届いていないと思わざるを得ない。

追伸:吉本さんは意識的に大家(おおやではない)に近づこうとしている作家がいるとすれば、村上春樹だとおもうという。日本にノーベル文学賞がまわってくることがあったら、村上春樹がもらうのではないでしょうか、と言っている。さすがである。ちなみに村上龍について「彼は天才的なところがあり、そのために調和性を破って、ときどきとんでもないことを書いて驚かせることがあります。ノーベル賞というのは、そういう作品はあまり好きでありません」と書いている。さすがさすがである。

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真贋

真贋
吉本隆明著。講談社インターナショナル、本体価格1600円。

吉本さんの本を最近は読まない。たぶん、書くことが減り、語ることが多くなっているからか。もちろん語ることはしっかりしているが、だが、基本的には書かれた本の中で論じられたことのほうが多い。要するに既視感があるのだ。
それでも、たまに吉本さんの声が聞きたくて、話本でも買ってしまうことがある。
本書で吉本さんが言っていることは「善悪二元論」じゃ限界だよ、ということにつきる。良いことが良い人が全部いいわけじゃないし、悪いことや悪い人が全部悪いわけじゃないということだ。
正義の戦争も悪の戦争もインチキだということだ。
そして、それぞれの存在には毒があるとうことだ。編集者は作家になろうとしても職業の毒が、目が高いが手が低いというふうに染みだす。安原顕の不幸もそんなところにあったというわけだ。そう言いながら、返す刀で村上春樹の唐変木ぶりを鋭く批判する。
吉本さんのやさしさは変わらない。

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2008/01/16

郷土誌あさひかわ502 号

郷土誌あさひかわ502<br />
 号
あさひかわ社、特価300円。平成20年1月号。
安倍公房(故人)のいとこの渡辺三子さんが旭川で出し続けているタウン誌だ。以前、頼まれて短い小説もどきを書いていたことがある。ゆったりとした気分になれる雑誌だ。
新年号は例年、トシ男のミニインタビュー。三浦光世さん(故・三浦綾子さんの夫で、記念文学館館長)は健康法について「朝食ぬきの2食で、40~50年になります。徹底的に噛むことはよいです」と答えている。4月で84歳になる。
表紙は優佳良織織元の故・木内綾さんの遺作の「冬の摩周湖」。白い透明感のある世界が広がっている。

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2008/01/15

函館文学散歩

函館文学散歩
はこだてルネサンスの会。頒価500円。
ルネサンスの会は《函館の文化に光を》と願う人たちが2006年に結成したそうだ。本書は輝いていた函館の中心街・西部地区の文学に光を当てた。
おもしろく、わかりやすい。そして、函館への愛情にあふれたブックレットである。
やはり、一番すごいのは長谷川ファミリーである。トロツキーの著作をも読んでいたゴッドファーザー長谷川淑夫。長男・海太郎、筆名・谷譲次、林不忘、牧逸馬。二男・燐二郎、筆名・地味井平造。三男・濬(しゅん)。四男・四郎。いずれも、コスモポリタンとでも言うべき奇才たちである。そして、その周辺には水谷準や久生十蘭らもいるわけだ。
文学や文化は1人の天才の力だけではなく、風土から生み出されるものだと思わされた。

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2008/01/13

警官の血

警官の血
佐々木譲著。新潮社。上下巻、本体価格各1600円。
体調が思わしくないので、仕方がないんで厚い本を一気読みして過ごす。最悪。

世評の高い作品であり、直木賞の呼び声も高いようだ。私はミステリーの分野は詳しくないのであるが、なんでもファンの評価で第1位だそうだ。帯に「警官小説の最高峰」とある。

親子3代の警官の数奇な運命。初代は戦後の混乱期に「男娼殺害事件」「国鉄職員殺人事件」の謎に迫るうちに転落死する。2代目は北大潜入スパイとして赤軍派壊滅に力を発揮するが神経症となり交番警察官となって殉死する。3代目は警務部の秘密警官として捜査4課の花形係長の内偵の使命を与えられる。そして、祖父の死の秘密を暴き出し、雄々しく生きていく。

さて、感想だ。
ミステリーにしてはだいたいの謎はすでに中盤で明らかになっている。戦後の復員兵の運命として。次に警官の世界にしてもどうなのか。赤軍派スパイはリアリティもあるが、それは大衆運動には本質的なことではない。スパイも右翼もノンポリも闘士にして奔流の中で鍛えるのが革命運動なのだから。組合活動家になった兄弟の視点がもっと早くでるべきだったろうし。そして、最後の「和也」の章はおもしろいが、あの道警「稲葉事件」で書いてきたことの繰り返しというべきで、新鮮味がない。首なし銃にしろ、覚醒剤と愛人たちとの贅沢三昧も、「うたう警官」など自分の筆で語り尽くされてきたことのように思われるのだが。

私は読書音痴なので、的はずれかもしれないが、大河小説・風俗史としての趣もあり力作であることは文句なしだが、ちょっと辛かった。

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久生十蘭「従軍日記」

久生十蘭「従軍日記」
講談社、本体価格1800円。翻刻・小林真二。解説・橋本治。
東京に遊びに行った時、美人の鈴木さんにもらった。「うちの実家の近所にいた阿部さんという人らしいの」
その実家があったのは、函館。阿部さんのペンネームが久生十蘭。
どんな作家かというと、<「知っている」と答えるのは10人に1人いるかいないか。それも70歳以上の年配者か、団塊の世代で何故か学生運動をした人たち>と、著作権継承者の三ッ谷洋子さん。
美人の鈴木さんも、ちょっと当たっている。
一見、戦争なんかと縁のなさそうな作家が1943年から一年間ジャワ戦線に従軍するのだ。軍国主義はすごいことだ。「Condom代として一円とられる。名はKawiiという美しき体格なり」というあたりは正直というべきかどうか。素顔を明かした覆面作家の世界。

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2008/01/11

姫の告白

姫の告白
姫の告白
姫井由美子著。双葉社。本体価格1200円。
ワイドショーで話題の、ぶってぶってのやんちゃ姫の自伝。セクシーショット満載を期待したが、せいぜい中途半端なヨガポーズ。でも、おばさん好きにはいいかも。
わかったこと。姫は夢中になりたい女だということ。子どものころは勉強。大人になってからは仕事、政治。もちろん、男にも積極的だったのだろう、きっと。父親を中学生の時に亡くし、ファザコンでもある。一生懸命で男好きされるような女の子。いるね。
夢がかなう姫の17カ条というのがでている。
5.嵐は必ずおさまる
15.自分を信じる。どんなことがあっても自分をあきらめない
思想的には全くだめだが、いつも前向きなのがいい。バッシングなんかに負けるな。いや、負けそうにないか。
チープインパクトな本なので、喫茶店で読み飛ばすのがファンキーだ。

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2008/01/09

新編・軟弱者の言い分

新編・軟弱者の言い分
小谷野敦著。ちくま文庫。本体価格780円。
好きか嫌いかでいうと、まったく好きでない。隠れマッチョというかへりくだっているように見えて、ずいぶん尊大だ。でも、いいところもある。文章の一本が長くないので、わかりやすい。全部を読みとおすような義理だてすることなく、任意に好きなところを読めるのもいい。
で、「軟弱者の言い分」の中の気に入った一節。
「調べて書くという仕事を大量にやっている人は、往々にして食事嫌いだということになるかもしれない。要するに、時間がもったいないのである」
柳田国男や司馬遼太郎を引き合いにしながら、一億総グルメ時代をちくりと刺す。嫌みだけれど、なんとも鋭い男である。

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2007/12/31

仮面

仮面
金太中著。思潮社刊。本体価格2800円。
「わがふるさとは湖南の地」で第39回北海道文学賞受賞。この実業家として成功した在日の詩人は老境に入り、生きることの悲しみを内省的に吐露してやまない。

仮面の人が
歩いている
照れ隠しに
手を挙げ
うすら笑いを浮べて
歩いている

とどのつまり
世のなかは
独り旅よと
すたすたと
(仮面の人)

人はたれでも、ひとりで遠くにいくしかないのだろう。

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2007/12/26

ホームレス中学生

ホームレス中学生
田村裕著。ワニブックス。本体価格1300円。
関西から売り出した漫才コンビ・麒麟の田村裕の自叙伝である。破産した父親は唐突に家族を解散し姿をくらます。少年は公園のウンコ型遊具で寝泊まりし、草むらでウンコをし、ハトからエサのパンくずを奪い、ダンボールをかじって飢えをしのぐ。現代日本の稀有な貧乏物語である。
日本でベストセラー本とは宗教本、難病・感動本、そしてタレント本が定番である。これはタレント本ではあるが、知名度スター性はかなり低い。だが、100万部を大きく超えるベストセラーだそうだ。だとすれば、名前ではなく内容で売れたのだろう。
つたない文章である。だが、母を始めとした人間への感謝、現状に甘んじないというまさしくハングリー精神にあふれている。奇跡は起こるものだ。

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2007/12/16

氷平線

氷平線
桜木紫乃著。文芸春秋社、本体価格1333円。
「雪虫」でオール讀物新人賞を得た著者の初めての作品集。
表題作と受賞作のほか「霧繭」「夏の稜線」「海に帰る」「水の棺」が収載されている。
そういう言い方で売るのかどうかはわからないが、官能小説であり、辺境・農村小説である。
賞を取った「雪虫」はあらためて読み直してみると、切なさと優しさにあふれたとても素晴らしい作品だ。「海に帰る」もあいまいな男と女の間に、鋭いカミソリを一枚置くことで、引き締まった物語となった。よかった。
これからも風土にこだわる必要があるとは思わないが、都会であれ農村であれ、物語を紡ぎ出す舞台をとても鮮やかに描写できる人だと思った。

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2007/12/14

I LOVE 過激派

I LOVE 過激派
早見慶子著。彩流社、本体価格1800円。
著者は第二次ブントの流れをくむ共産同戦旗・荒派の元活動家だ。バブルな日本だった1980年代にお嬢様の道を選ばず、あえて地下活動をも含めた過激派の道を選んだ。
たぶん宗教とか共同体とかが大好きな人なのだな、早見さんは。過激派というよりも、大義の下で汗を流す達成感が好きなのだなと思った。今は活動を抜けたそうだが、いつまでもラジカルな道を選びそうだ。
ひょんなことから、著者を間近く見る機会があったが、本当にかわいらしい小柄な女性であった。過激派でも人気があったのだと驚きました。

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2007/12/13

極私的全共闘史中大1965 ー68

極私的全共闘史中大1965<br />
 ー68
神津陽著。彩流社。本体価格1800円。
中大の学生運動は60年代後半の全共闘運動に先んじて学館闘争に勝利するという民主主義の金字塔を打ち立てた。その全中闘の書記長として活躍した神津陽氏が40年ぶりに書き下ろした闘争の最前線の年代記だ。
学生運動の最後は赤軍派の誇大妄想的な軍事主義と仲間殺しの内ゲバに足元をすくわれるが、ここには大衆への信頼と自立した戦いへの苦闘が丁寧に記録されている。
組織論とは国家論なりと喝破した神津氏の、何事もなし崩しにされる時代への痛烈な批判意志を読みとることができる。

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2007/12/12

知床の少女

知床の少女
喜多由布子著。講談社、本体価格1600円。
高校受験に失敗して東京から北海道に来た少女・亜樹。祖父の計らいで、知床の付け根のマチ、羅臼で暮らすことになった。サケ、マスなどの水産加工場のゴッドマザー、さくらばあ、それにさまざまな人と出会った亜樹は豊かな感受性と強い精神力を持った少女へと成長するのだった。
これは一種の下放小説、援業小説だな、と読みました。東京から地の果てへ下ることで、都会のひ弱な女の子が生活感を身につけていくのですから。随所に北海道言葉や北海道の風物が散りばめられています。地元の人間的には少しうるさいのですが、小説の世界へ入るためのポイントみたいなものでしょう。
この作品で残るのは「シャケバイ」という言葉でしょうか。テレビドラマにでもなれば、流行るかもしれません。

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2007/11/14

望みは何と訊かれたら

望みは何と訊かれたら
小池真理子著。新潮社、本体価格1900円。
1970年代初頭は残酷な時代だった。すべての夢見る者を翻弄した。目覚めの早かった者はかろうじて市民社会に着地できたが、夢見続けた者は奈落を覗くことになった。そして、その両者を分かつものは偶然以外ではない。敢えて言えば、悲劇的な殺人すらも、善悪の彼岸にあった。
小池真理子が描いた風景はそうした時代の一端であることは間違いない。だが、それは成功したとは言い難い。なぜか。
極左グループの絶望的な愚行を描くには、ぎりぎりと湧き上がってくる切迫感が弱い。要するに、私たちが知っている狂気を常識的になぞっているだけのように思えるのだ。かろうじて仙台の女子高生時代の描写にはリアリティがあるが。
恋愛物語として読むには仕掛けがミスマッチなのだ。出世作「恋」に遠く及ばない。

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2007/11/11

生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ
福岡伸一著。講談社現代新書。本体価格740円。
1959年生まれ。京都大学から米国で研究を続けてきた分子生物学者。
生物とはなにか、物語のように解き明かす。生命とは動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)にある流れである。これをさまざまなエピソードで明らかにする。
名著である。なにしろリリカルでいて、極めて学業の奥が深いのだ。また、随所に盛り込まれたポスドク稼業の喜怒哀楽がなんとも楽しいのだ。それでいて、批評的な考察が見事なのだ。
それにしても、生命とは見事なシステムだとあらためて教えられた。

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2007/10/24

読みにくい名前はなぜ増えたか

読みにくい名前はなぜ増えたか
佐藤稔著。吉川弘文館。本体価格1700円。
難しい名前が増えたのはなぜか。使える漢字であればなんでも使ってよく、しかし、読みは音であろうと訓であろうと、好きに読んでいいためだと言う。そこに、他者に理解されるより自己顕示を優先する現代人の意識が加わってトンデモ読みが跋扈したのだという。
なんだか、すごい時代になりつつある。

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2007/10/20

私家版・ユダヤ文化論

私家版・ユダヤ文化論
内田樹・著。文春新書。本体価格750円。
第6回小林秀雄賞。「これは単なるユダヤ論ではない。自己と世界、両者の理解を深める本である」と養老孟司さんが書いている。
ユダヤ人とは何か。実体なのか概念なのか。その両方をいきつもどりつするしかあるまい。反ユダヤ論の亡霊を追っていく。面白いけれど、いささか衒学的に思えた。

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日本の有名一族

日本の有名一族
小谷野敦・著。幻冬舎。本体価格740円。
サブタイトルに「近代エスタブリッシュメントの系図集」とある。帯には、これが本当のセレブ、衝撃の67連発、とある。
面白いが飽きた。さまざまな有名人の相関図を見せられて感心はするが、それがどうしたの?という気になる。確かに家系図がすべてという分野もあれば、そんなことはどうでもいいこともあるのは著者が感じているはずだ。
著者のシニカルなコメントは笑える。たとえば、朝吹登水子の一族に触れ、「あたかも一族で慶応のフランス文学を牛耳っているようである」と述べるあたりに。

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