2014/06/15

千早茜著「男ともだち」(文藝春秋)を読む

千早茜さんの最新刊「男ともだち」(文藝春秋、本体価格1550円)を読む。本作も千早茜らしい緊張感のある凜とした文体で、若い男女をめぐる「愛」のかたち、生きていることの切なさを伝えてくれる。

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整理します。主人公は京都の左京区で暮らす29歳のイラストレーター神名葵。大学を卒業してさまざまなアルバイトをして自由業のような暮らしをしていますが、ようやく自分の本が出せるようになっています。恋人の彰人と同棲していますが、堅気の勤めをする料理人でもある彼は食事の支度をしてくれるほかはゲームを一人でしたり干渉はしません。神名にはお互いに不倫関係の愛人がいます。医者の真司です。大学病院でアルバイトしているときに知り合いました。真司は女に慣れた性格の悪いイケメンです。神名の大学時代の友人が何人かいます。1歳上の堀之内先輩。同学年の辻田美穂というきれいだけど、やはり性格に難のある女性もいます。学生の頃、美穂には「あんちゃん」という親密な男性がいたが、今は別の男性と結婚し、浮気もしています。2歳上に秀才肌の岩佐、その相棒のハセオ(長谷雄)がいます。ハセオとは学生時代から一緒に暮らす「兄弟」のような仲良しですが、性的関係はありません。ハセオは福岡の出身ですが今は富山の薬売りをしています。そのほか、昔大阪のSMクラブの女王様をやっていた露月さんがやっている三日月のバーがあり、そこにはアキラというゲイの店員がいます。

以上。
この物語のポイントは「対幻想」です。ひとりの人にとってひとりの人(もうひとりの自分)とは何かということです。そのことが「男ともだち(あるいは女ともだち」という鏡のような関係の主人公とハセオを通じて多様に浮かんできます。美穂とあんちゃんも同じはずです。

もう一つ、神名は小学一年生のときに、年上の男の子にいたずらをされた原体験を持っている。そこにセックスに対する(セックスをする、セックスをしない)考え方の歪みがある。ちなみにハセオの愛読書は世阿弥の「秘花」。おそらく瀬戸内寂聴の文庫本だろうか。渡辺淳一なら「秘すれば花」だろうから。神名はその本に興味を持つが、「秘花」とはセックスでもあろう。

さて、いろいろあって神名とハセオはどうなるか。私はどうかなってほしかったとだけ言っておこう。

ちなみに、千早茜さんの作品については以下のように書いている。
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2014/01/post-91d3.html

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2014/02/07

西村健さんの「ヤマの疾風(かぜ)」を読む

筑豊を舞台にした男たちの躍動を描き続けている作家、西村健さんの「ヤマの疾風(かぜ)」(徳間書店、本体価格1600円)を読んだ。

同作の第16回大藪春彦賞受賞の記事を読み(梓崎優さんの「リバーサイド・チルドレン」(東京創元社)が同時受賞)、遅まきながら読ませてもらったのである。

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昭和44年、次第に炭鉱の衰退が進む北部九州。ひょんなことから賭場荒らしをやってのけた飛車松こと菱谷松次、それにマッコリ(金永浩=金田永浩)、ゼゲン(俊藤忠虎)、キョーコ(江原京子)の痛快4人組を軸に、嵐を呼ぶ「任侠(おとこ)」たちの命を張った活劇が展開される。主人公・飛車松の父親で「猛牛」といわれたヤマ男の五郎、快男児・広岩繁郎(三代目神岳会会長)、中場杜夫(二代目海衆会会長)、桂次太郎親分(悪役)、叔父貴の「風治食堂」矢中睦二といった一途な筑豊男たち。一方、ドテラ婆ぁ、猟銃爺ぃなど脇役陣もにぎやかである。

物語は北部九州を支配下に置こうとする全国組織との抗争の様相を帯びつつ、飛車松の壮絶な最期を回想する形で終わる。つまりは疾風怒濤の青春記なのだ。「ヤマの疾風(かぜ)」と聞き、思わず「ハリスの旋風(かぜ)」の石田国松を思い出してしまったのは、漫画世代の宿命か。任侠映画は時代遅れかもしれないが、ぜひ映画化していただきたい。

なお、傑作「地の底のヤマ」についての拙文は以下に。ご参照を。

http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2012/04/post-66fa.html

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2014/01/21

異界への誘い-。不定型な心模様をつなぐ千早茜さんの世界  千早茜作品9作ガイド

1月16日に開かれた第150回直木賞選考会で、江別出身の千早茜さん(34歳)の「あとかた」は残念ながら受賞には至らなかった。しかし、これを機にほぼ全作を読み直してみたが、いずれも文句なしにすばらしい作品ばかりだった。現実のあわいを擦り抜けて、物語は小さな「異界」に続いていく。文章は不思議な透明感にあふれている。選考委員の浅田次郎さんは「文章が上手で読みやすく、とても才能があるが、読み終わった後に印象が残らない」と批判的に紹介したというが、それは受賞に至らなかったが故にそう言わざるを得なかったのだろう。千早茜はストーリーテラーでもある。小学生時代の大半をアフリカのザンビアで過ごしたということもあって、同じ現実を見ても複眼的に見られるのかもしれない。そうした重層的な作品世界も魅力である。北海道人であるから、少し北海道的なバイアスをかけて読んでしまうが、とにかく構想力もすごいし、驚かされる。千早茜を推す。

■「魚神」(集英社、2009年1月、本体1400円、文庫版=2012年1月、本体476円)
本作は2008年の第21回小説すばる新人賞と2009年の第37回泉鏡花文学賞(金沢市主催)の受賞作。文庫本では宇野亜喜良さんが解説を書いている。幻のような遊郭島での美貌のきょうだい白亜とスケキヨの物語。いつのことなのか、どこのことなのか判然としない。つまりはそういう世界なのだ。だけども、禁断の愛が不思議な感覚(官能)の中に起ち上がってくる。
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■「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」(集英社、2010年8月、本体1400円、文庫版=2013年8月、本体480円)
西洋のおとぎ話「みにくいアヒルの子」や「白雪姫」「シンデレラ」など7編をモチーフに作者の縦横な想像力がここでも発揮される。冒頭の「迷子の決まり」は「ヘンゼルとグレーテル」を原話としたものだが、母親の子ども(きょうだい)へのネグレクト、児童買春、子どものシンプルで残酷な犯罪などが少し遠回しに(おとぎ話風に)描かれる。作者のセンスが光る短編集だ。
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■「からまる」(角川書店、2011年2月、本体1500円)
直木賞候補作の「あとかた」は人間の孤独と絆を描いた作品集である。そう言ってしまってから「しまった!」と思った。「からまる」を読んでいなかったからだ。そう、千早茜さんは人間の絆というよりも「からまり」を描く作家だったのだ。本作は帯によれば「もがき迷いながら”いま”を生きる7人の男女たちが一筋の光を求めて歩き出す」という7編の連作短編集。筒井武生を中心に、ちょっとずれた登場人物(たとえば、蝸牛を飼っている野良猫のような女=実は女医など)たちはそれぞれにせつない。武生の姉で蒼真の母の恵の物語(「あししげく」)でわかったのだが、恵は「私の母は北海道生まれで、小さい頃むかでを見たことがなかったらしい」と話をする。
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■「あやかし草子 みやこのおはなし」(徳間書店、2011年8月、本体1400円)
「いにしえの都に伝わるあやかしたちを泉鏡花文学賞作家が紡ぐ」と帯にある。どれもすごみのある奇想の物語である。「鬼の笛」は鬼から絶世の美女をもらった笛を吹く男の話。美女は人間の屍から作られており、百日前に触れると元の死骸に戻ってしまうという。だが、アンビバレンツな心の中で、男はついに禁を破ってしまう…。奇跡を起こす笛の音の秘話か。「ムジナ和尚」では人間の、というか古ムジナの孤独と絆が描かれる。
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■「森の家」(講談社、2012年7月、本体1500円)
「水の音」「パレード」「あお」の3編で構成される「森の家」に住んでいた佐藤さんと、恋人の美里、佐藤さんの息子のまりも君の3人の擬家族の物語。寂しさの果てる場所はあるのだろうか。さて、千早茜さんはあまり具体的な地名を書かない作家であるが、本作で「からまる」に続き北海道が顔を出す。佐藤さんは昔、修学旅行で北海道に行った時に「まりものキーホルダー」を買ってきた。佐藤さんはそれを幼いときから親しかっ果穂子にあげた。だから、子どもの名前は「まりも」君になったのだ。
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■「桜の首飾り」(実業之日本社、2013年2月、本体1300円)
桜をめぐる7編の短編集。冒頭は「春の狐憑き」という作品。尾崎さんは「この管にはね。狐が入っているのですよ」と公園のベンチで言う。「狐はね、人の正気を喰います」とも言う。美術館に務める孤独な若林さんはついに桜見の約束をする…。ちなみに「あとがき」で千早茜さんはアフリカで見た紫の花の「ジャカランダ(紫雲木)」が初めて見た桜だった。「遅い北海道の春は花よりも鮮やかな新緑が目をひく。桜も最初から葉桜になってしまう」と書いている。少し残念な感想である。北海道にもきれいな桜はあるのだけれど。まあ、一緒に桜見には行ってくれないだろうし。もう一つ。本書の著者紹介が良い。「幻想と現実のああわいに、人への温かい視線も感じられる作風で、多くの読者を得ている」。そのとおりだね。担当編集者の温かさも伝わるよ。装丁も含めて、本当にすばらしい本です。
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■「あとかた」(新潮社、2013年6月、本体1400円)
第20回島清恋愛文学賞(日本恋愛文学振興会主催)受賞作。第150回直木三十五賞候補作。6編の連作短編集。本当に人間の絆って、きれいごとじゃなく、もがきながら結ばれているのだろうと思わされる。千早茜さんは「水」の人だな。流れているし、よどんでいることもあるし、透明なこともある。本作ではフィドル奏者の千影さんを見つめる水草君がいい。「この世は不安定で、何もかもが簡単に壊れてしまう。変わらないものなんかないし、何か遺せたとしても一瞬で消えてしまうかもしれない。それでも誰かを好きになって生きていくのはすごいことなんだって、おれは思うよ」。ストレートだけど、作者のメッセージは優しさを求める中に、きらりと光っている。
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■「眠りの庭」(角川書店、2013年11月、本体1500円)
「アカイツタ」「イヌガン」の二つからなるミステリータッチの愛の物語。ここでも「小波(さなみ)」と「澪」という水に関わる名前が登場してくる。特に、「アカイツタ」の「小波」には人間の心をとらえる不思議な力がある。「イヌガン」で謎はわかるのだが、緊張感の持続、人間関係のゴチック性などは「アカイツイタ」が圧倒的だ。
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■「明日町こんぺいとう商店街」所収「チンドン屋」(ポプラ文庫、2013年12月、本体600円)
人気作家が紡ぐほっこりおいしい物語。スカイツリーを見上げる下町のかたすみに、ひっそりと息づく商店街、さあ、今日も店が開きます…というわけ。千早茜作は「チンドン屋」。「今宵をもって金毘羅屋清治郎、チンドン屋を辞めさせていただきます」。でも、春ちゃんが…。江戸言葉で語る人情の一幕。ほかに中島京子、吉川トリコ、松村栄子、彩瀬まる、大山淳子、大島真寿美。
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直木賞はもちろんだが、もっともっと飛躍してほしい。

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2013/07/11

桜木紫乃著「起終点駅 ターミナル」「ホテルローヤル」を読む

桜木紫乃さんの「起終点駅 ターミナル」(小学館 1500円)、「ホテルローヤル」(集英社 1400円)を読む。

桜木さんは第146回直木賞に「ラブレス」が候補作になっているが、「ホテルローヤル」は今年上半期の第149回直木賞の候補になっており、今、もっとも注目される作家の1人となっている。

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今回読んだ両著とも連作短編集である。「起終点駅」が人間のめぐり合う終わりと出発の多重な物語であるのに対し、「ホテルローヤル」は今は寂れてしまったラブホテルを舞台にした人間の哀歓を描き出している。いずれも、壊れそうでいてしかし根を張って生きている人間への作者の愛の物語と言ってもいいかもしれない。

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「起終点駅」の冒頭に「かたちのないもの」という短編が置かれているが、形はなくても残っているもの、確かに存在するものがあるのだ、ということがどの作品からも伝わってくる。

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2013/07/02

工藤正廣版「ドクトル・ジヴァゴ」ついに完訳 祝う会

ボリース・パステルナーク著、工藤正廣訳「ドクトル・ジヴァゴ」(未知谷、本体価格8000円)の刊行を記念したつどいが6月29日に、札幌市内のホテルで開かれた。

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工藤版、ドクトル・ジヴァゴはロシア文学・研究の第一人者である北大名誉教授の工藤正廣さんが40年の歳月をかけて、日本で初めて完訳を成し遂げたものである。その物語のスケールの大きさ、詩人・小説家のパステルナークの滋味あふれる文章(といっても工藤さんの豊かな日本語訳で知ったわけであるが)、登場人物と交錯する歴史の緊迫感など、語り尽くせぬ魅力にあふれた翻訳である。

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もちろん、頭のいい人なら小説を読んだだけでわかることだろうが、私どものような凡人にあっては誠に邪道であるが、デビッド・リーン監督、オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ、ジェラルデン・チャップリン出演でアカデミー賞5部門を獲得した映画版「DOCTOR ZHiVAGO」を見ておくとよい。同一人物の長く複雑な名前と入り組んだ関係を覚えられなくても、映画を見ておくと、流れがよくわかるからだ。

400字詰め原稿用紙換算で1800枚、750ページに及ぶ大冊は、読む者にもそれなりの覚悟がいることだ。

さて、同書が幾多の困難を乗り越えて出版されたことを喜ぶつどいは、同書の購入者を中心に有志で開かれた。会場には高名なロシア語研究者や文学者をはじめ多くの人たちが集まり、盛況であった。

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物語のヒロインである「ラーラ」は行方知れずとなるが、つどいではラーラもし生きてありせばかくならん、と託された女性から工藤さんへの花束贈呈もあり、少し場がなごんだことであった。

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古くからの読者なら覚えているだろうが、1960年代に翻訳され、圧倒的な驚きで読まれたロープシンの「蒼ざめた馬」「漆黒の馬」から、生まれ故郷津軽を遡行する作品群、そしてパステルナークに全体重をかけての挑戦を見るとき、工藤正廣という文学者の東北人らしい律儀で底知れぬエネルギーに感服させられることだ。

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2013/03/10

八木啓代著「禁じられた歌」を読む

八木啓代著「禁じられた歌 ービクトル・ハラはなぜ死んだか」を読む。アップルストアからiPod用のkindleをダウンロードし、その後、キンドル用にカスタマイズされた「禁じられた歌」を有料ダウンロード(キンドル版880円)した。

もともとは1991年に晶文社から出版されていた本だが、絶版だったこともあり電子書籍版としたのだそうだ。やぎ・のぶよさんは京都外国語大学イスパニア語学科卒業。歌手、エッセイスト。

1970年代初頭のチリの社会主義・アジェンデ政権といっても若い人には実感がないかもしれない。それまでの社会主義政権は武力革命か第二次大戦後のソビエトロシアの衛星国化でもたらされたが、チリにおいては選挙において初めて社会主義勢力の連合が勝利した。スターリン批判以後、武力革命路線から転換しつつあった国際的な社会主義勢力が熱狂的に注目しているのを、傍目ながら見ていたものだ。

だが、わずか3年、政策が行き詰まりつつあるのに乗じて、軍部がクーデターを起こし、アジェンデ大統領は死亡した。混乱の中で、多くの民衆への軍事弾圧が繰り広げられた。その渦中で虐殺されたのが民衆芸術家・歌手のビクトル・ハラである。本書はビクトル・ハラの死の真相に迫った力作ルポである。

八木さんの若さもあったのだろうが、事実に即するための取材姿勢は本当に感嘆するものがある。この真面目さはとっても貴重である。そして中南米の音楽の凄さの一端を知った。個人的にはスペイン語を学んで、キューバ、メキシコなどに行きたくなってしまった。

ちなみに、福島原発事故以降の反原発運動で広く歌われている「平和に生きる権利」という歌はビクトル・ハラの原曲に基づいているという。ユーチューブにアップされている一部。
http://www.youtube.com/watch?v=3EBgraIjpZM

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2013/02/27

又井健太著「阿佐ヶ谷ラプソディ」(ハルキ文庫)を読む

札幌生まれの新進作家、又井健太さんの「阿佐ヶ谷ラプソディ」(ハルキ文庫、本体価格686円)を読む。

又井さんはブログやツイッターなどによると、1979年札幌生まれ。「実家で細々と文章書いてます」というが、その経歴たるや驚愕ものである。高校も大学もちょっとうなる学校を出ているのだが、行ったことのある国47カ国、経験したことのある仕事-書ききれないというか書きにくいというか行動力というかバイタリティーがすごい。「新小岩パラダイス」で第3回角川春樹小説賞受賞、そして今回上梓したのが「阿佐ヶ谷ラプソディ」である。ほかに「ホスト裏物語」「ザ・ドロップアウト」「アムステルダム裏の歩き方」「アジア沈没旅行」などがあるようだが、未見。

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本作は2月24日の道新ほん欄で阿部嘉昭北大大学院准教授が「ごちゃ混ぜの小説だ。…いきなりの書き下ろしで、ハルキ文庫への大盤振る舞いとなった」との書き出しで、「メッセージもストレートでじつに気持ちよかった」と締めており、ベタ誉めであったので、つい紀伊国屋に走って購入、一気読みした次第である。

内容は東京西部・阿佐ヶ谷を舞台に、そのマチに流れ着いたバーテン(店の名が「バー・ラプソディ」。たぶんに主人公は作者の分身かそれ以上)、それにネガティブ思考の高学歴ニート、さらに美女たちがマチを守るために知恵をあわせ、怪しげな疑似マルチ集団や再開発を画策する不動産会社と戦う物語だ。

ある意味で永遠の青春ドラマが展開されるのだが、最後には時空を超えた仕掛けも飛び出してくる。おもしろいというか、飛んでいるというか。確かに、問題意識と現代性をたっぷりと盛り込んでいる。力が入っている。たぶん、書きたいことがいっぱいあるから、混沌としているところが残っているが、どんどんおもしろい作品が増えていくような期待が募る。ついでながら、主人公の(といっても亡くなった親友の受け売りであるが)「命に別状ないから、問題あらへん」というキーワードは、なんだか普通なようで、深い。

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乾ルカ著「たったひとり」(文藝春秋社、1575円)を読む

札幌在住の作家、乾ルカさんの最新作「たったひとり」(文藝春秋社、1575円)を読む。

本作は版元によれば、「筆者畢生の新感覚ホラー」である。物語は27年前に土砂崩れで半壊したラブホテルを大学の廃墟探検サークルが訪れたところから始まる。メンバーは男3人女2人の5人。一行が足を踏み入れたところで、27年前と同じ崩落事故が起きる。5人は前回と同じ状況に投げ出されていたのだ。そして1人の犠牲者が出ていることから、だれがその「たったひとり」の人物なのかを特定するための脱出劇が始まるが……。極限化でむき出しになるエゴと思惑。運命が5人を連れて走り出す。

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さて、一種の心理劇なので、関係のリアリズムが基本線であるが、とてもよく書けていると思った。しかも、青春小説であるから、若い人の恋と夢に前のめりの部分が大きなカギであるが、そちらもしっかりと捉えられていた。

作者のインタビューによれば、自分の中の悪意が露出しているとのことだが、5人の登場人物にどうも共感できないまだるっこさはそんなところにあるのかもしれない。ダークサイド(暗黒面)に落ちることで、光は見えるものだ。

タイムワープという設定はゲームやらSFやらでは、よくある仕掛けかもしれない。なんどもリセットされることで物語は次第に終幕へと運ばれるのだが、解放感が訪れないのは作者の狙いとはいえ、カタルシス好きの私にしてはもったいない気がした。

どうでもいいことだけど、27年前という設定には極悪ぬいぐるみ映画「テッド」のテッドがジョン少年のところに現れたころであり、みんな変わっちゃうなあ、と月日の長さを感じたことであった。それから、私はなぜかクローネンバーグ監督のRPG映画「イグジステンズ」って、どんな映画だったっけと考えていた。あれはわけがわからない内容だったけれど。私の深層無意識でパラレル感がつながったのかどうか。不思議な小説を読むと不思議な気分になる。

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2012/10/26

孫崎享著「戦後史の正体」を読む

孫崎享著「戦後史の正体」(創元社、本体価格1500円)を読む。元外務省国際情報局長にして、防衛大学校教授を務めた国際問題のプロによる大変な戦後日本論である。

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基本的な視点はアメリカとの距離感を物差しに「自主」か「対米追随」か、の2点である。

歴代首相を分類すれば、自主派は重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、宮沢喜一、細川護煕、鳩山由紀夫。対米追随派は吉田茂、池田勇人、三木武夫、中曽根康弘、小泉純一郎、海部俊樹、小渕敬三、森喜朗、安倍晋三、麻生太郎、菅直人、野田佳彦。一部抵抗派は鈴木善幸、竹下登、橋本龍太郎、福田康夫。そのようになるのだそうだ。このうち、自主派と称される人たちの中にも全体的には相当の対米追随派がいるのは本文を読めばわかる。要するに、日本の首相は基本的には対米追随(それを映す鏡として、中国との距離の取り方がある)なのだ。一方、首相ではないが、自主派の政治家としては小沢一郎もいるわけだ。

そんなわけで、この本は有名新聞が書評を訂正する騒ぎになるなど、波瀾万丈の内容である。日本周辺の領土問題がなぜこじれるのか、その理由も明快に書いてある。

ここでは、もろもろの事情もあり、賛否には言及しない。強いていえば、提示された基本的な視点では見誤ることもあるだろうということだ。だが、とにかく、おもしろいので、読んでみることをオススメする。

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2012/10/10

小谷野敦「日本の有名一族」を読む

作家で文学研究者の小谷野敦さんの「日本の有名一族 近代エスタブリッシュメントの系図集」(幻冬舎新書、本体価格740円)を読む。

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緻密(ちみつ)な研究者である小谷野さんはそれだけに無類の系図好きということだ。近代日本の有名人をその一族とともに明らかにする。かつて、 「日本のパワーエリート」とか外国一族なら「赤い楯」とかがあったと思うが、本作は政財界の実力者にとどまらず文学界から、学界、芸能界などを幅 広く渉猟しているところがユニークである。

卑近なところでは立松和平が小山内薫や藤田嗣治と同じ1枚の系図に入るのか、というあたりが驚きである。あるいは、坪内祐三は坪内逍遥ではなくて 柳田国男の一族なのか、などである。あるいは野上弥生子と長谷川三千子といった、ある意味両極の人が同じく収まったりしているのも驚きである。

いろいろ、その事実に論評したいことはあるが、まず、読んでみるのが一番であろう。


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