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2014/01/21

異界への誘い-。不定型な心模様をつなぐ千早茜さんの世界  千早茜作品9作ガイド

1月16日に開かれた第150回直木賞選考会で、江別出身の千早茜さん(34歳)の「あとかた」は残念ながら受賞には至らなかった。しかし、これを機にほぼ全作を読み直してみたが、いずれも文句なしにすばらしい作品ばかりだった。現実のあわいを擦り抜けて、物語は小さな「異界」に続いていく。文章は不思議な透明感にあふれている。選考委員の浅田次郎さんは「文章が上手で読みやすく、とても才能があるが、読み終わった後に印象が残らない」と批判的に紹介したというが、それは受賞に至らなかったが故にそう言わざるを得なかったのだろう。千早茜はストーリーテラーでもある。小学生時代の大半をアフリカのザンビアで過ごしたということもあって、同じ現実を見ても複眼的に見られるのかもしれない。そうした重層的な作品世界も魅力である。北海道人であるから、少し北海道的なバイアスをかけて読んでしまうが、とにかく構想力もすごいし、驚かされる。千早茜を推す。

■「魚神」(集英社、2009年1月、本体1400円、文庫版=2012年1月、本体476円)
本作は2008年の第21回小説すばる新人賞と2009年の第37回泉鏡花文学賞(金沢市主催)の受賞作。文庫本では宇野亜喜良さんが解説を書いている。幻のような遊郭島での美貌のきょうだい白亜とスケキヨの物語。いつのことなのか、どこのことなのか判然としない。つまりはそういう世界なのだ。だけども、禁断の愛が不思議な感覚(官能)の中に起ち上がってくる。
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■「おとぎのかけら 新釈西洋童話集」(集英社、2010年8月、本体1400円、文庫版=2013年8月、本体480円)
西洋のおとぎ話「みにくいアヒルの子」や「白雪姫」「シンデレラ」など7編をモチーフに作者の縦横な想像力がここでも発揮される。冒頭の「迷子の決まり」は「ヘンゼルとグレーテル」を原話としたものだが、母親の子ども(きょうだい)へのネグレクト、児童買春、子どものシンプルで残酷な犯罪などが少し遠回しに(おとぎ話風に)描かれる。作者のセンスが光る短編集だ。
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■「からまる」(角川書店、2011年2月、本体1500円)
直木賞候補作の「あとかた」は人間の孤独と絆を描いた作品集である。そう言ってしまってから「しまった!」と思った。「からまる」を読んでいなかったからだ。そう、千早茜さんは人間の絆というよりも「からまり」を描く作家だったのだ。本作は帯によれば「もがき迷いながら”いま”を生きる7人の男女たちが一筋の光を求めて歩き出す」という7編の連作短編集。筒井武生を中心に、ちょっとずれた登場人物(たとえば、蝸牛を飼っている野良猫のような女=実は女医など)たちはそれぞれにせつない。武生の姉で蒼真の母の恵の物語(「あししげく」)でわかったのだが、恵は「私の母は北海道生まれで、小さい頃むかでを見たことがなかったらしい」と話をする。
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■「あやかし草子 みやこのおはなし」(徳間書店、2011年8月、本体1400円)
「いにしえの都に伝わるあやかしたちを泉鏡花文学賞作家が紡ぐ」と帯にある。どれもすごみのある奇想の物語である。「鬼の笛」は鬼から絶世の美女をもらった笛を吹く男の話。美女は人間の屍から作られており、百日前に触れると元の死骸に戻ってしまうという。だが、アンビバレンツな心の中で、男はついに禁を破ってしまう…。奇跡を起こす笛の音の秘話か。「ムジナ和尚」では人間の、というか古ムジナの孤独と絆が描かれる。
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■「森の家」(講談社、2012年7月、本体1500円)
「水の音」「パレード」「あお」の3編で構成される「森の家」に住んでいた佐藤さんと、恋人の美里、佐藤さんの息子のまりも君の3人の擬家族の物語。寂しさの果てる場所はあるのだろうか。さて、千早茜さんはあまり具体的な地名を書かない作家であるが、本作で「からまる」に続き北海道が顔を出す。佐藤さんは昔、修学旅行で北海道に行った時に「まりものキーホルダー」を買ってきた。佐藤さんはそれを幼いときから親しかっ果穂子にあげた。だから、子どもの名前は「まりも」君になったのだ。
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■「桜の首飾り」(実業之日本社、2013年2月、本体1300円)
桜をめぐる7編の短編集。冒頭は「春の狐憑き」という作品。尾崎さんは「この管にはね。狐が入っているのですよ」と公園のベンチで言う。「狐はね、人の正気を喰います」とも言う。美術館に務める孤独な若林さんはついに桜見の約束をする…。ちなみに「あとがき」で千早茜さんはアフリカで見た紫の花の「ジャカランダ(紫雲木)」が初めて見た桜だった。「遅い北海道の春は花よりも鮮やかな新緑が目をひく。桜も最初から葉桜になってしまう」と書いている。少し残念な感想である。北海道にもきれいな桜はあるのだけれど。まあ、一緒に桜見には行ってくれないだろうし。もう一つ。本書の著者紹介が良い。「幻想と現実のああわいに、人への温かい視線も感じられる作風で、多くの読者を得ている」。そのとおりだね。担当編集者の温かさも伝わるよ。装丁も含めて、本当にすばらしい本です。
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■「あとかた」(新潮社、2013年6月、本体1400円)
第20回島清恋愛文学賞(日本恋愛文学振興会主催)受賞作。第150回直木三十五賞候補作。6編の連作短編集。本当に人間の絆って、きれいごとじゃなく、もがきながら結ばれているのだろうと思わされる。千早茜さんは「水」の人だな。流れているし、よどんでいることもあるし、透明なこともある。本作ではフィドル奏者の千影さんを見つめる水草君がいい。「この世は不安定で、何もかもが簡単に壊れてしまう。変わらないものなんかないし、何か遺せたとしても一瞬で消えてしまうかもしれない。それでも誰かを好きになって生きていくのはすごいことなんだって、おれは思うよ」。ストレートだけど、作者のメッセージは優しさを求める中に、きらりと光っている。
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■「眠りの庭」(角川書店、2013年11月、本体1500円)
「アカイツタ」「イヌガン」の二つからなるミステリータッチの愛の物語。ここでも「小波(さなみ)」と「澪」という水に関わる名前が登場してくる。特に、「アカイツタ」の「小波」には人間の心をとらえる不思議な力がある。「イヌガン」で謎はわかるのだが、緊張感の持続、人間関係のゴチック性などは「アカイツイタ」が圧倒的だ。
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■「明日町こんぺいとう商店街」所収「チンドン屋」(ポプラ文庫、2013年12月、本体600円)
人気作家が紡ぐほっこりおいしい物語。スカイツリーを見上げる下町のかたすみに、ひっそりと息づく商店街、さあ、今日も店が開きます…というわけ。千早茜作は「チンドン屋」。「今宵をもって金毘羅屋清治郎、チンドン屋を辞めさせていただきます」。でも、春ちゃんが…。江戸言葉で語る人情の一幕。ほかに中島京子、吉川トリコ、松村栄子、彩瀬まる、大山淳子、大島真寿美。
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直木賞はもちろんだが、もっともっと飛躍してほしい。

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