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2012/12/19

常に新風 後進にも優しく- 中村勘三郎さん(歌舞伎俳優 57歳。12月5日死去)=追悼

闘病を続けていた歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが急性呼吸窮迫症候群のため、惜しまれて、本当に惜しまれて、亡くなった。

三代目中村歌六、六代目尾上菊五郎の2人を祖父に、父は先代の中村勘三郎、伯父に「鬼平」の二代目中村吉右衛門、従兄に萬屋錦之介など、実力派の役者がそろっている名門に生まれた。

斬新な演出の「コクーン歌舞伎」、江戸風の芝居小屋を再現した「平成中村座」、米ニューヨークでの公演など常に新風を吹き込み続けたが、その情熱の根っこには大衆と歩んできた歌舞伎への計り知れない愛と情熱があった。

2005年に十八代目勘三郎を襲名したが、それまで半世紀近くにわたって名乗った五代目中村勘九郎のほうが親しみ深い。

藤山直美、柄本明とのトリオによる「浅草パラダイス」や「地獄めぐり」などの舞台では歌舞伎では収まらない異才ぶりがあふれていた。

加えて男前なのでよくモテたのはご存じの通り。一方で、名伯楽として映画「ピンポン」でブレークする前の中村獅童を連れている姿も見かけた。

10年前のこと。東京・歌舞伎座や新橋演舞場での公演がはねた後に流れてくる夜の銀座のバー。たまたま居合わせた将棋の青野照市九段と芸能論、勝負論を戦わせている姿を目撃したことがある。

Photo
写真は左から中村勘九郎さん(当時)、青野照市さん、中村獅童さん=2002年6月28日、午前2時44分

将棋とは何か、歌舞伎とは何かから始まって、段位や「名人」などのタイトルや大名跡などをめぐっての「異種格闘技戦」。

どちらも譲らず、議論は未明まで及んで、ひとまず(たぶん)大団円。私はバーのカウンターの中で立ち飲みしながら、理論派棋士と歌舞伎俳優の熱闘舞台を最後まで堪能した。飽くことなき探求心、その真面目さが新しい試みを続けるエネルギーだと思ったことであった。合掌。

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コメント

勘九郎ぼうやのころも、大化けした勘三郎丈も大いに楽しませてもらいました。歌舞伎のライブはみたことがなく、札幌駅のシネマフロンティアでほぼ貸切状態でみた松竹シネマ歌舞伎(映像の監督は山田洋二)の「文七元結」ya
「法界坊」は笑いと涙で見ました。映画館で拍手をしてしまいました。このひとはほんとうにエンターテイナーだなあと思いました。
 ところで、まことに失礼ながらこの程度の内容の追悼文なら名文家のうど先生、翌日でもかける。惜しいひとを失った喪失感がもっと伝わったはず。なぜ2週間もたってから。本業多忙だから、ならよいが、体調ご不例なら心配です。よいお正月をおむかえください

投稿: 喜多義憲 | 2012/12/19 12:56

モンゴルにあっても、さすがのご慧眼ですね。勘三郎さんのことは亡くなられた直後に書いたものを、今頃になってアップしたものです。遅れたのは最近はブログに興味が無くなっていたし、身辺も病人ばかりで人ごとじゃなかったということですね。昨日、米長さんのことを書いたので、「そうだ、勘三郎さんも」と思い出したわけです。元気ではありませんが、とりあえず普通に生きております。

投稿: 席亭うど | 2012/12/19 15:45

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