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2012/03/19

吉本隆明さんの「戦争論」について、再掲

吉本隆明さんが亡くなった。新聞の1面を飾る偉大な思想家といった賛美の嵐にいささか辟易している自分がいる。吉本隆明さんの孤独や葛藤がつまらない言葉の垂れ流しで無毒化されてしまっているのだ。そんなに多数派であったことなどないのだから。
それでも吉本隆明さんの営為について触れずにはおれない。小林よしのりらの戦争論があふれていた時期に出た吉本隆明さんの本について書いた10年くらい前の古い文章であるが、自分の位相を幾分か語ってくれているので、再掲してみたい。

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 戦争を論じた文章の中で明らかに凡百のレベルを超えたものとして吉本隆明「私の『戦争論』」(ぶんか社、1999年8月、1600円)を挙げておきたい。
 私は初期吉本主義者であり、戦後まもなくの関係的葛藤の中で切り開いてきた吉本隆明の思想に多く学んできた者である。「戦後思想の巨人」として流通することをよしとした後期吉本体系主義には極めて批判的に接してきた。しかし、オウム真理教の麻原をベタ誉めしてしまったようにダメなときはダメだが、それでも天才・吉本が何かを語るとき、それは私たちのレベルを遙かに超えて魅力的である。
 今回の吉本「戦争論」は真性民主主義者としての吉本隆明の真骨頂が示されたものとして見事である。旧来の戦争論に飽き足らない全ての人は本書を熟読すべきだが、忙しい者はダイジェストされた部分を立ち読みするだけでもよい。以下、抜き出しするので、何度でも読み直して欲しい。

1 「日本の兵隊というのは、普通の民衆ですよ。その民衆が100万人単位で死んでいる。それを、『無駄死にだった』とか『侵略戦争の犠牲者にすぎない』とかいって、共産党をはじめとする戦後左翼はあっさり片づけたわけです。『これは絶対に許せないぞ』というのが当時の僕の思いでしたし、それは今も同じです」

2 「個人よりも国家や公のほうが大きいというのは、小林よしのりの間違いです。個人と国家や公を対比させていうなら、個人のほうが国家や公よりも大きいんです」

3 「僕は、エゴイズムというものは基本的には肯定されるべきものだと思います。そこまで徹底的にいわないと、主張が腰砕けになって、どこかでグラッとしちゃうところがあるかもしれないな、と」

4 「戦争というものは、勝っても負けても、民衆にとっては得なことは何もない、何もあとに残らないよ、というのが僕の実感なんです。『戦争自体がダメなんだ』ということ--日本国の憲法第9条は、その理想に近づきうる憲法だということです」

5 「国民国家解体の兆しは、すでに先進国で出ているじゃないですか。日本を含む先進資本主義国の今の課題は、いかにして、自国の民衆や他国の民衆に対して国家を開いていくか、ということにあるんです」

6 「僕が知っている限り、一番いい戦争観を述べたのはユダヤ系フランス人の思想家シモーヌ・ヴェーユです。ヴェーユは、戦争とは何かといったら、それは結局、『政権を握っている支配者が、他国の労働者を使って自国の労働者を殺させることと同じだ』といったんです。『支配者が自国の労働者を自分の手で殺すわけにはいかないから、他国の労働者を使って殺させるんだ』というわけです。戦争で傷つくのは労働者、民衆だけであって、支配者は全然傷つかない。また、弱い国であるか、強い国であるかなんてことは労働者にとっては全然関係ないことだし、『戦争は革命を起こす絶好の好機である』なんていってるうちはダメだ。左翼のこれまでの戦争観は、全部ダメだっていったんです。『戦争なんか全部ダメだ』というのがヴェーユの戦争観で、これは理念としてギリギリのことをいっちゃったわけです。もうここまで言い切ってしまえば、終わりなんです。僕自身の考えも、本音の本音でいっちゃうと、やっぱり、『戦争自体がダメだ』ということになりますね」

7 「国家なんてなくても民衆はちゃんと生きていけるんですよ。国家が滅んだら、その国の民衆も滅んじゃうか、死んじゃうかといえば、そんなことはありません」

 吉本隆明は右翼国家主義者の戦争論は勿論のこと、わが左翼の革命戦争論をも批判し、「戦争なんか全部ダメだ」と言い切っている。国家を語るなら、従軍慰安婦に対し中国民衆に対してきっちりと謝るべきであると、言う。それでもなお中国が納得しないとするならばケツをまくればいいのだ、おまえたちだって侵略者だったことを忘れるな、と言うべきだ、と言う。他国の領土での戦争は侵略であり、南京大虐殺の事実において犠牲者数は本質的な問題ではない、とも言う。そして、国家の暴力を否定しつつも個人の自立的戦いは肯定する。だが、国家はいずれにしろ開かれねばならないと力説する。まさに共同幻想論の究極点は変わっていない。

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