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円城塔さん講演会、サイン会に行く

札幌出身の芥川賞作家、円城塔さんの文芸講演会が2月25日に札幌市中央区の札幌パークホテルで開かれたので、聞きに行く。

札幌大学の山崎真紀子教授と北海道新聞の文化記者が聞き役になって、第146回受賞作「道化師の蝶」の創作の秘密について、円城さんに語ってもらうスタイルだった。

仕掛けについて、今ひとつ、謎っぽさが消えなかったが、会場からの質疑応答で、SF作家の大御所の荒巻義雄さんが「道化師の蝶」は時間と空間を超えるタイムマシン小説ではないか、と爆弾発言をして円城さんに迫ったのが面白かった。

会場は文学ファン300人近くが集まり大盛況。「本を買って読んでみたが、やっぱりわからなかった」的な女性の声や「私はこう読んだ」といった男性の発言もあり、「道化師の蝶」の難解ぶりがますます深まった。

もっとも、同時受賞の田中慎弥さんの「共喰い」が作家の不機嫌パフォーマンスで人気が過熱しているが、円城さんは「田中さんのおかげで、私の本も売れてくれています」とユーモアたっぷりに語っていた。

終了後にはサイン会が行われたが、ざっと見100人を超える人が並び、ものすごい注目度だった。

Sign

さて、私である。今回の講演会に備えて、まず、「群像」2011年7月号掲載の「道化師の蝶」(芥川賞受賞作)、それから「文学界」2007年6月号掲載6の「オブ・ザ・ベースボール」(文学界新人賞受賞作)をコピーで読む。

先行の「オブ・ザ・ベースボール」はユーモア小説であり、一種のナンセンス小説である。「道化師の蝶」もその意味ではナンセンス小説と読むとわかりやすい。登場人物が入れ子状態でぐるぐる変わって、円環する。飛んでいるのはナボコフの架空の蝶だ。もっともそいつは、着想を摑まえる網によって変異するのだ。

Ofthe

「ライティングマシーン」円城塔の生みの親である東大の金子邦彦さんの「カオスの紡ぐ夢の中で」(ハヤカワ文庫、本体価格60円)は複雑系のエッセーであるが、複雑系というよりも難解系である点で円城さんと共通だ。「小説 進物史観」には円城塔李久、紫園京水、大堂林恭甫などの人工作家が登場しているのが面白い。

Kaosu

初期の「Self-Reference ENGINE」(ハヤカワ文庫、本体価格680円)、」「Boy's Surface」(ハヤカワ文庫、本体価格620円)の2冊。デビュー作のほうでは7番目の「Bobby-Socks」がなんというか楽しい。「文学が、円城塔に追いついた」とのオビがついた「青年の表面」では表題作に登場するレフラー球が面白く、ものすごく詩的だ。円城さんは物理学者であるが、詩人でもある。

Self


Boys

円城さんが芥川賞受賞会見で放ったのが亡くなった伊藤計劃の「屍者の帝国」を書き継ぐということ。その話も聞きたかったので伊藤計劃の「屍者の帝国」プロローグと円城さんのSF「Beaver Weaver」の収載されている大森望編集の「NOVA1」(河出文庫、本体価格950円)、並びに喫茶店が執筆の場という円城さんの日常をメタフィクション化した喫茶店小説「犀が通る」が収載されている「NOVA3」(河出文庫、本体価格950円)を読む。

Nova1


Nova3

円城さんは「屍者の帝国」を書き上げているようで、なんだか楽しみである。

つまらない話を長々と書いてきたので、特ダネを1つ入れておこう。

実は円城さんは第146回の芥川賞受賞者であるが、第145回には「これはペンです」が候補作になっている。その回は結局受賞作がなかったのだが、一緒に候補になっていたのが「甘露」という作品で、作者は水原涼さんという北大在学中の若い学生作家だ。円城さんも水原さんもともに文学界新人賞を受賞しているが、同じ回ではともに芥川賞に落選している。その2人のツーショットが講演会の後に実現した。もしかしたら、日本文学のON砲(古いかな)になるかもしれない2人のたぶん初めてのツーショットを撮らしてもらった。

Mizuhara

札幌の匂いが2人の文学の根底にあることを言祝ぎたい。

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酒井平内さんを偲ぶ会

昨年末に亡くなった「みや通信」社長の酒井平内さんを偲ぶ有志の集いが札幌であり、末席ながら参加する。

酒井さんとは約17年の付き合いだ。会社のあった銀座界隈や来札した折りなどに、ずいぶん仕事の話をしたものだ。エネルギッシュな人であったが、ややナイーブなところがあり、12月初旬くらいから体調を壊してしまった。

P2200865

それでも亡くなる直前まで、「いいマンガ家を見つけました。すごいセンスです。育ててください」と熱く語っていたことが忘れられない。

折りしも、ご遺族から49日法要の供養の品が届いた。
見ると、戒名は「平導院釋伝内」とある。

Heinai

名前の「平内」を上下に織り込んでおり、その中に「導く」「伝える」との文字もあり、文化系通信社のトップとして活躍した酒井さんらしい名前である。

平内さん、お疲れ様でした。

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「別子飴」をいただく

日本三大銅山のひとつ、別子銅山(愛媛県)の名前を冠した「別子飴」をいただく。

Bessiame

別子銅山は昭和48年3月に閉山したが、300年の歴史と伝統を未来永久に語り伝える産物の一つとして「別子」の称号を乳菓飴製品に冠したそう(「しおり」より)。

昔ながらの銅釜で水飴を炊きあげる製法。みかん、抹茶、いちご、ココア、ピーナッツ-の5つの味があるそうです。

北海道のミルク飴になじんだ舌には、ちょっと大人しい味に思えた。


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マンガ「旧約聖書」を読む

R・クラム著、笹野洋子訳「旧約聖書 創世記編」(静山社、本体価格1500円)を読む。

Kyuyaku


マンガによる旧約聖書の解読である。クラムは60年代アメリカのアングラ・コミックスのリーダーの1人だそうだ。とにかく、とんでもないエネルギーで旧約の世界を描写している。血族関係の複雑なことよ。

神様は結構、気まぐれであることよ。簡単に殺されちゃうのだから、大変だ。

ちなみに、昔の人は長生きだ。ノアの箱船のノアは600歳の時に大洪水にあい、601歳で箱船から出た。そして、それから350年生き、950歳で死んだそうだ。リアルなマンガであるが、老いたノアの姿は私の想像力では70,80歳くらいの普通の老人にしか見えないのはなぜだろう。600歳の人間の姿を思い浮かべることができないからだろうか。


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「北海道謎解き散歩」を読む

好川之範・赤間均編著「北海道謎解き散歩」(新人物往来社、本体価格667円)を読む。

北の大地の「不思議ワールド」を楽しもう! というコンセプトのもと、「蝦夷地の地名の由来は」「北海道になぜ屯田兵が置かれたの」「土方歳三の写真を撮ったのは誰」「遠山の金さんが札幌入りしたってホント」「芥川龍之介が札幌の植物園にマヨネーズをかけたってホント」「ラーメンの生みの親は」「札幌バンドって何?」「あれからニシンはどこへ行ったやら」といった話題が盛りだくさん取り上げられている。

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執筆陣も豪華だ。好川、赤間両氏のほか、合田一道、高橋昭夫、菊地寛といった新聞記者の大先輩から、関秀志、川上淳、川島康男、永倉新八曾孫の杉村悦郎、榎本武揚曾孫の榎本隆充の各氏までが筆を執っている。結果的に「幕末・新撰組-開拓期」の北海道のおもしろ話が充実している。ひとつのテーマが2頁くらいにまとめられているので、どこからでも読みやすい。すごい失礼な言い方であるが、気楽に読めるのがとてもいい。

本書は「北海道の不思議事典」(2006年)を改題して、2011年に「新人物文庫」として発行された。

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さっぽろ雪まつりの札幌点描

札幌市内各所も雪まつりモードだ。

狸小路と二条市場を結ぶ創成川公園にも雪だるまさん。

Sosegawa

札幌駅前通り、南4条以南の歓楽街、すすきの地区。ここでは氷彫刻を並べた祭典が開かれている。

Susukino

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第146回芥川賞「共喰い」の世界の苦悶する暴力性

月刊「文藝春秋」2012年3月特別号(文藝春秋、890円)を読む。今号は「第146回芥川賞発表」号であり、受賞2作円城塔「道化師の蝶」、田中慎弥「共喰い」の全文を掲載している。また8人の選考委員の選評も載っているのだ。

Bunsyun201203

注目は田中慎弥さんの「共喰い」である。実は今回、ようやく読んだのだが、その私小説空間の濃厚さにあらためて驚いた。

下関と思われる古びた町の古びた地区「川辺」が舞台。昭和63年7月、17歳の誕生日を迎えた主人公の青年、篠垣遠馬、1歳上の恋人会田千種、生みの親で戦争で片手を失っている魚屋の仁子さん、海に近い飲み屋街の店に勤めている義理の母の琴子さん、そして動物的な欲求をみなぎらせて暴力的な父親の円というところが主な登場人物。そのほか、アパートの前で客引きをする女性、さらに狂言回しのような子どもたちが出てくるくらい。まあ、極めて、狭い世界の物語である。

父親はセックスの時に暴力をふるう性癖を持つ。息子の遠馬も、思春期になり、その「血」が流れている自分の禍々しさに次第に嫌悪を抱き始めている。物語は父親のセックスの方銃により、事件が起き、終わる。女性の性器を思わせる川では、「鰻釣り」のエピソードが語られ、まさしく、性的な共喰いの世界が暗示される。

父親殺し-というものが男の青春物語の源基とすれば、本作はまさしく無明の世界を這いずりながら、生きていこうとする青春の出発の物語の典型であることがわかる。

リアルな描写で狭い世界が描かれているが、「川辺」の街は路地裏のような神話的空間へと広がっていく。ああ、なるほどなあ、これは中上健次の世界をおもわせるのだなあ、と感じた。以前、芥川賞の候補作となった「第三紀層の魚」を読んでいるが、あのときの緩さが今回は性の突出を含め、ものすごくパワーアップしているのだ。

選考委員評では、「宿敵」の石原慎太郎が「次から次安手でえげつない出し物が続く作品で、読み物としては一番読みやすかった」と、相変わらず、「共喰い」ならぬ「人喰い」の評を書いているのが面白かった。一方、高樹のぶ子さんが「中上健次の時代に戻ったかと思わせたが、都会の青春小説が輝きも確執も懊悩も失い、浮遊するプアヤングしか描かれなくなると、このように一地方に囲い込まれた土着熱が、新鮮かつ未来的に見え、説得力を持ってくる」と極めて的確な評を記しているのが鮮やかであった。


今回の受賞作は円城塔さんの「道化師の蝶」が難解であることや、田中さんjの作品がいささか濃厚すぎるテイストでもあり、そこそこ売れても、浮力のついた大衆的人気とはなりにくいように思われた。

ちなみに「美女と野獣」コンビの受賞で大評判となった1年前の第144回については
<芥川賞人気の「文藝春秋」3月特大号を読む>を参照を。
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2011/02/post-51d5.html

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「みんなでつくろう学校図書館」を読む

成田康子著「みんなでつくろう学校図書館」(岩波ジュニア新書、本体価格820円)を読む。

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著者の成田康子さんは現在、北海道立札幌南高校の司書教諭である。南高の前には大麻高校(江別)、札幌月寒高校で、長く学校図書館づくりに活躍されてこられた。

とにかく、図書館にかける情熱はすさまじく、あまり理解のない私などはいろんな場面で活を入れられたり、怒られたりしている。高文連の図書専門部での大会や読書感想文コンクールなどでも幅広く活躍されている。また、清田さんのやっている「出版ニュース」にもよく執筆されている。

そうした成田さんの熱意の結晶が本書である。「学校図書館を居心地よい場所に」「図書館を自分たちの居場所にする」「図書館を舞台に何かが起きる」「学校図書館をみんなでつくろう」という4章に各高校図書館での実践を報告し、そして素晴らしい図書館づくりへのヒントが描かれている。高校生たちの図書委員活動もなかなかにすてきである。

成田さんというか康子さんのようなすてきな司書さんが高校生のころにいたなら、私も少しは本好きになっていただろうになあ、と還暦の今になって思うことである。

私は図書館にはあまり行かないし、青春プレイバックもままならないので、全部が参考になったわけではないが、読書はさまざまな可能性に開かれた出発点であるな、と感じたことだ。

そういえば、大学の図書館でのささやかな想い出がないわけではないが、それは本稿とは別の話である。

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夜の「さっぽろ雪まつり」

昼間も楽しいのだろうが、ライトアップされた夜の雪まつりも人気だ。

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見たり、食べたり。

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快楽亭ブラック著「立川談志の正体 愛憎相克的落語家師弟論」

快楽亭ブラック著「立川談志の正体 愛憎相克的落語家師弟論」(彩流社、2012年2月11日刊、本体価格1600円)を読む。

談志師匠が死んだので、世の中、偉人追悼の流れになっている。「若い時は結構、やんちゃだったけど、本当に凄い落語家だったんだ」という丸めて98点。みたいな甘やかな讃辞は談志師匠には似合わない。もっと、毒気たっぷりに「全人間像」に迫らなきゃ、笑われるぜ。というわけかどうか、わからんが、「異端の弟子」ともいうべきブラック師による談志物語。

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僕らのように、「現代落語論」(三一新書)で、落語新世代の星になり、政治家になって、なんだかなあ、という失望を味わわされ、だんだん時代とずれていったように見ていた者にとって、ブラック師による「カブキ」続ける談志像は改めて新鮮である。まさしく全身落語家の面目が躍如している。

「金の亡者」ってのもトンデモ話だが、ブラック師がリアルに書けば書くほど、憎めなくなるのだ。すごい文章力だなあ。

最初のほうに、立川文都というお弟子さんの話題が出てきて、いきなり懐かしくなった。彼は二ツ目で立川談坊を名乗った。上納金を払っていないので「120万円もとどこおりやがって、すぐ払え、嬶ァトルコに売ってでも払え!」と談志に言われたそうだが、その奥様は私のよく知っている道産子ジャズシンガーである。大変だったなあ、と思った。

ブラック師の話の真贋はわからないが、とっても良い追悼本だと思う。談志は富士山かあ。

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「雪ミク」切手ゲット

6日から第63回さっぽろ雪まつりが始まっている。(12日まで)

暖かかったり、吹雪いたり、変な天気で、会場につくられた雪像が倒壊して怪我人が出たり、少し大変である。

別に雪像に罪があるわけじゃないし、今年も雪まつり盛り上げに一役買っている初音ミク。そのウィンター・バージョンの「雪ミク」切手が発売されたので、早速、購入した。

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1シート1200円。これに10枚の雪ミク80円切手がプリントされている。高い、っつちゃあ高いが、ファンにはそれくらい当然なのかな。ブルーカラーに統一されたデザインで、雪の結晶が印象的か。

ゲットしたのは大通西2丁目の郵便局前のテント売り場であったが、雪が舞っているし、まだ早いので、人気具合は微妙なところであった。


詳しくは

「雪ミク」が切手に 北海道で限定販売
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1201/26/news035.html

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第63回さっぽろ雪まつり開幕

第63回さっぽろ雪まつりが札幌市中央区の大通公園などで6日から始まった。

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大通公園の2丁目の「道新氷の広場」にはたくさんの氷彫刻が並べられている。東北の子供たちの作品もあって、北海道と東北の交流の深さをあらためて感じさせる。

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まつりの期間は12日まで。

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恵方巻を食べる

北海道には縁のない風習であったが、いつのまにか「節分には恵方巻を食べる」という人も増えた。業界のPR効果であろうか。

恵方とは年神の来る縁起のいい方角ということで、2012年は干支で言えば「壬辰(みずのえたつ、じんしん)」となる。壬辰の恵方は方位角で言えば345度。つまり、「北北西やや右」となる。

だから、今年は北北西に向かって「がぶり」といくのがいいそうだ。丸かじりすれば、運がいいこと間違いなし。という迷信である。もとはと言えば、大阪のあきんどさんのお大尽遊びで、きれいなお姉さんにがっつり食べさせていたのが一般化したらしい。いわれてみると、結構、なにというか良家の子女向きであるはずがない。

そこはそれ、ミーハー庶民であるから、「それではいただきます」と、思ったが、1本のはずの巻き寿司はきれいに包丁が入れられている。これでは肝心の福を呼び込むことができないではないか。

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ちょっと、仏作って魂入れず、の恵方巻である。もっとも、恵方は神道の発想である、というか、もともとは陰陽五行の中国古代思想がルーツであるが。

私は1951年の生まれであるから、昨年2011年に還暦となった。干支でいうと、1951年は「辛卯(かのとう、しんぼう)」だとか。五行でいえば、陰の金、陰の木という「金剋木」だそうで、かみ砕いて言うとジャックナイフのような運命を背負っているらしい。ほんと。

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2月3日は節分だ。鬼は外、福は内!

立春を前にした2月3日は節分である。

豆をまくことにしよう。

Mame

「鬼べえ福豆 こんぺいとう入り」(稲葉ピーナッツ)によると、

節分は本来、立春、立夏、立秋 、立冬の前日のことでしたが、今では冬から春へと移る春の節分を指すようになりました。
昔から病気や厄災は鬼(魔)に例えられ、「魔滅(まめ)に通じる豆」をまくようになったと言われています。

なのだそうだ。

豆の隣に、招き猫やら、ご縁狸などにも友情出演していただいた。

お天気が良いせいか、心なしか、春めいている。

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札幌時計台の周辺を見ると、学生さんが多く歩いているせいか、やわらかな感じである。

春よ、来い!!!!

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義理チョコ第1号である

聖バレンタインデーが近い。還暦の人間にはまったく縁がないのであるが、
先日、ちょっとした打ち合わせがあり、その流れで
「少し早いのですが、どうぞ」とチョコレートをいただいた。

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一緒にいたむくつけき男にも同じ笑顔で「どうぞ」で渡していたので、
(なんで、そんな男に渡すのよ、見る目ないじゃん!だめ、渡すな! と心の中でつぶやき)
いささかの落胆の中で、
これは世間で言うところの「義理チョコ」そのものであると確信した。

私が芥川賞受賞作家の田中慎弥さんなら
「アカデミー賞ではないが、もらって当然」とか
「小心な美女が驚いて気絶しては困るので、美女とそのた多くの女性のために、もらっといてやる」とか

まあ、夢の中では夜郎自大な上から目線の啖呵を切ってみたいところである。

が、実際には

「ありがとうございます」「ほんとうに?」「いいんですか、私なんかに」「本当にやさしいですね」と
これ以上もないくらいに感謝感激、平身低頭モード突入であったのである。

なにしろ、義理チョコ第1号が実は最初で最後なんて可能性がなきにしもあらずなのだから。

この1個が1カ月後に途轍もなく高いプレゼントに変わる懸念がないわけではないが、
とりあえず、喜んでいるのである。

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