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2011/08/05

「本は読めないものだから心配するな」を読む

管啓次郎著「本は読めないものだから心配するな」(左右社、本体価格1800円)を読む。

オビに「管啓次郎は、秘宝を紀行にしてしまう思想の一匹狼、もしくは詩的なコヨーテだ」と堀江敏幸が書いており、「管啓次郎『本は読めないもんのだから心配するな』は小さな名著と呼ぶにふさわしい。それは、他の誰にも真似できない」と若島正が書いている。

Honha

で、実際、読んでみると、明らかに書評集なのであるが、内容は全く持って紀行文のようなのだ。しかも、目次もあとがきもない。あらかじめ、どこから読もうと構わないというか、どこから読んでもいいのだ、というスタイルが貫かれている。

もっとも、標題作は巻頭にあり、「本は読めないものだから心配するな。あらゆる読書論の真実は、これにつきるんじゃないだろうか」と書かれている。大江健三郎の師匠である渡辺一夫の「本を読みながら」のエピソードからヴァルター・ベンヤミン、レヴィ=ストロースなどがないまぜになり、知的興奮へと誘い出す。

「本に『冊』という単位はない。とりあえず、これを読書の原則の第一条とする。本は本質的に完結したふりをしているが、だまされるな」「読むことと書くことと生きることはひとつ。それが読書の実用論だ」

語り口が評論というよりも、流れる詩のようなのだ。管啓次郎について「(すが けいじろう、1958年 - )は、日本の比較文学者、詩人。明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系教授(コンテンツ批評、映像文化論)。他に東京大学、成城大学、立教大学、学習院大学、早稲田大学、名古屋市立大学で、カリブ海文学、チカーノ文学、フランス語圏アフリカ文学、アメリカインディアン文学、異文化コミュニケーション論、翻訳文化論、トラヴェル・ライティングといった分野の非常勤講師を務めた。/『オムニフォン・エグジログラフィ』という概念を提唱し、多言語性と亡命・移住の経験を背景にした世界文学を早くから論じている。」とwikipediaにある。なんだかちょっと難しい。とはいえ、翻訳家であり詩人である。

そして、本書の2つめのエピソードとして「『猿子眠』の日々」とあり、そこで、民俗学者の宮本常一の歩くことを通じた世界のとらえかえしが語られていて、すこぶる印象深い。詩人はまさしく旅人なのである。

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