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東直己著「バーにかかってきた電話」を読む

東直己著「バーにかかってきた電話」(ハヤカワ文庫、798円)を読む。

ススキノのいつものバーで呑んでいた〈俺〉は、見知らぬ女から、電話で奇妙な依頼を受けた。疑問を感じながらも依頼を果たしたのだが、その帰り道、何者かによって殺されそうになる。しかも、電話の女と同じ名前の人間が、すでに死んでいるという。〈俺〉を悩ませる女の正体とは? 新感覚ハードボイルド第二弾。(ハヤカワ・オンラインHPより)

Bar


近く大泉洋主演の映画が公開されるということで、身辺には業務系で試写会を見たとかいう話もあって、ちょいと遅れきみなので、東さんの第2作の文庫本を読む。

登場人物はススキノで便利屋をしている「俺」。依頼の電話をかけてきた謎の美女(?)コンドウキョウコ。そして、相棒の北大大学院生「高田」。北海道日報の記者「松尾」。クラブのママをしている「沙織」。そして、怪しい組関係者たちやススキノの住人たち。

私はミステリーに詳しくないので、ストーリーは自然に感じたし、哀愁を帯びるラストと、その前のどんでん返しも、想定の範囲内のものであった。ただ、文章が素晴らしい。純文学というとなんですが、その尾っぽがしっかりでした。

登場人物がとっても面白かった。「煮込み のんべえ」の詩人のママ。こういう人にはずいぶんお会いした。その意味不明の魅力。いかにもリアルである。それから右翼の孤高の理論家、見城慎悟老人。理想と現実とロマン主義の混在した生き様が人ごとではなかったことである。

映画はシリーズ第1作の「探偵はBARにいる」のタイトルで9月全国ロードショーとのことである。作りさえ良ければ、映画もシリーズ化されるのが楽しみだ。

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「失敗の本質」を読む

「失敗の本質 -日本軍の組織論的研究」(中公文庫、本体価格762円)を読む。著者は戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎の6氏。

大東亜戦争における諸作戦の失敗を、組織としての日本軍の失敗ととらえ直し、これを現代の組織一般にとっての教訓あるいは反面教師として活用することをねらいとした本書は、学際的な協同作業による、戦史の初の社会科学的分析である。(文庫オビより)

Sippai

失敗の事例として「ノモンハン事件-失敗の序曲」「ミッドウェー作戦 -海戦のターニング・ポイント」「ガタルカナル作戦 -陸戦のターニング・ポイント」「インパール作戦 -賭の失敗」「レイテ海戦 -自己認識の失敗」「沖縄戦 -終局段階での失敗」として6つのケースが研究されている。

米軍と比較してどこか弱かったのか。p338にまとめられている点を紹介する。まず戦略について5点。「目的が不明確」。ついで「短期決戦の戦略志向」、「帰納的な戦略策定」「総合戦略の欠如した狭い戦略オプション」「一点豪華主義の技術体系」。続いて組織論として4点。「集団主義=人的ネットワーク・プロセスの構造」「属人的=人間関係での統合」「(セカンド・オプションのない)シングル・ループの学習」「(結果よりも)動機・プロセスを重視する評価」。

つまり日本軍は、十分な情報活動に基づいた分析をせず、明確な獲得目標を組織的に共有化できないまま、人間関係や人情に基づいた指揮・指導体系によって、間違いを正すことができないまま敗退を重ねた-ということになろうか。学者的な書き方なので、あまり個人の悪口は書いていないが、俗な言い方をすると、ベンチがアホやから試合になりません、ということだろうか。

この問題は、顧みて現在はどうか。戦争組織の問題は経済組織の問題として、読み直されているのも特徴か。

非常に参考になる研究である。ただし、こうした研究は結局は軍事論であり、平和論と一体化した認識論とはなっていかないのはやむを得ないことであろうか。

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「森山大道 路上スナップのススメ」を読む

カメラ小僧へスタートを切ったので、とりあえず北海道の街並み風景写真を多数撮っていてよく知られている森山大道さんの「森山大道 路上スナップのススメ」(森山大道、仲本剛著、光文社、本体価格950円)を読む。

Moriyama

森山さんの「東京・砂町商店街」「佃島」「銀座」「羽田」「国道」という5つの現場のミニ写真集と仲本さんというインタビューアーによる文章がセットになっている。この文章はどうもごつごつとして好きになれないのだが、逆の意味では森山さんのスタイルがよく伝わってくる結果になっている。

内容は「森山式スナップの心得」としてオビに書いてある。「大事なのは”撮りたい”という『欲望』「とにかく表へ出て、歩け!」「理屈は後からでもつけられる。とにかく撮れ!」「何でもよく見て、気になったものを全て写せ!」「商店街のスナップでは、必ず往復。」「デジカメは、撮ったものを逐一見返すな!」

「欲望」という言葉に、写真家のエロスみたいなものが浮かび上がってくるか。

そんなわけで、表へ、街に出よう。

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おじさんも「写真甲子園」!

新聞を見ていると、旭川-東川で高校生たちが全国から集っての「写真甲子園2011」が元気いっぱい若さ満開で開かれている。

いいですね。このたびは、東日本大震災で被災した地域からも参加しており、石巻市の石巻女子高の生徒さんたちは旭川の隣町の東神楽の田園地帯で農家の子どもたちと話したりしてシャッターを切っているそうだ。

20110728102716

そんなパワーに刺激されたわけではないが、カメラを買ってしまった。いつもの使い慣れた1万円前後のコンパクトカメラじゃなくて、少し上のカメラである。「新世代 マイクロ一眼」というキャッチフレーズの「OLYMPUS PEN Lite E-PL2」というカメラである。(上の写真は携帯で撮影したもの)
http://olympus-imaging.jp/product/dslr/epl2/

もっと高機能の新製品が出たので、値段が下がったのが第1の理由であるが、私のように重いのが苦手な人間には小さいので手ごろなサイズだったからだ。

P7270001

機能はまったく使いこなせないが、とりあえず1枚、2枚とパシャリ。パシャリ。そのうち写真甲子園の高校生たちに負けない写真を撮りたいと思っていることだ。(風景とぬいぐるみはペンライト2で撮影)。

P7280005


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紫陽花が咲いている

いつも歩いている道の片隅に、紫陽花が咲いていた。その姿が妙に濃厚でメランコリックに見入ってしまった。

紫陽花が咲いている



紫陽花の あゝ青深き 異動せり


一群の 紫陽花咲きぬ 目地の果て
紫陽花が咲いている


あれしよう これしよう 紫陽花か


悲しみと あじさい一輪 揺れて路地


紫陽花の 凛と麗し 犬に人

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屋外ビヤガーデン

札幌では野外のビヤガーデンがあちこちで開かれている。

狸小路と創成川がぶつかる場所にできた公園広場にもビヤガーデンができたので寄ってみた。

屋外ビヤガーデン

結構な賑わいでびっくりした。なかなか悪くないロケーションで爽やかな川風に当たりながら、テレビ塔や狸小路、二条市場なぞを眺めながらビールを飲むのも悪くない。

ビールは地ビールのようで好みがわかれるだろうが、種類もあってビールファンには楽しめることだろう。

屋外ビヤガーデン

ただ、立ち寄ったのが週末の賑わう時間であったことや、若いアルバイトさんが多いせいか事前の教育が足りないこともあるのだろうが、ビールと食べ物のタイミングが悪い。ビールを飲み終わっても来なかったり、来たらすっかり焼き物が冷めていたり、督促に行ったら伝票と一緒に冷え冷えと放置されていたりで、隣のアベックさんは最初に頼んだのがまだ来ないと怒っているし、味や値段を考えるともう少しシステマティックな動きが必要だろう。

屋外ビヤガーデン

公園は市役所あたりが管理しているのだろうが、一社だけにせず、複数社にすると、競争原理が働いてサービスが向上するのになあ、と思ったことである。

それでも週末のステージでは軽音楽の演奏もあり、ゆったりした気分になる。

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大キャップの「卒業」の祝い

勤め先の先輩、「浜キャップ」の送別会が20日開かれるというので参加する。

浜キャップはかつて敏腕社会部記者として活躍し、先の昭和天皇の崩御の報道に際しては地方メディアでありながら、何かと制約の多いと言われる宮内庁における取材キャップとして中央メディアに互して縦横無尽の采配ぶりで圧倒的な存在感を示す体制を築いた。

この6月には晴れてすべての勤めを退任されたということで、東京での往時の後輩どもが集まって、恩と労に報いようとささやかな催しが開かれたということである。

当時は小僧同然だった後輩も今はいずれも60歳前後ということで、あれから四半世紀近い時間が過ぎたことに感慨深いものがある。先の見えない夜回りであるとか、とかく不条理なことの多い日々であったが、今から思うと人生を画するかけがえのない時間であったと思われるのは歴史の重みであろうか。

Hamasan

これからは、「家の中にある膨大な写真フィルムをスキャンしてデジタルデータ化するのが楽しみ。自分史を書いてみようかしら」と、なんだかわけのわからないことを言っているのを聞きながら、そう遠くない先の自分もそのようなわけのわからない人間になっていくのだろうと、しみじみ思ったことであった。


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道立旭川美術館で「巨匠たちの饗宴−日本近代絵画」を見る

岸田劉生の麗子像が見られるというので、道立旭川美術館に「巨匠たちの饗宴−日本近代絵画」展を見に行く。

ウッドワンという広島の木材屋さんが美術館に持っているコレクションから、日本画33作家42点、洋画41作家48点を展示するものだ。

これが凄い。岸田劉生の「毛糸肩掛せる麗子肖像」は毛糸肩掛けがなんともリアルで感心したが、上村松園「舞支度」、黒田清輝「木かげ」、梅原龍三郎「富士山図」、佐伯祐三「パリの裏街」など、教科書の名画が目の前に広がっているので、素晴らしい。藤田嗣治、片岡球子、岩橋永遠、横山大観などは楽しくなる。

道立旭川美術館で「巨匠たちの饗宴−日本近代絵画」を見る


一筆箋は奥村土牛の「仔犬」を買った。土牛は不思議な愛嬌がある。

見ていて満足度は極めて高い展覧会だ。中学校や高校の生徒はぜひ授業として見るべきだろう。とても勉強になる。名画は見られる時に見る−見せることが大切だ。

あまり誉めすぎてもまずいので注文を言えば、ある作家やある流派やある時代の作品を集めたものではないので、一つの作品を見て抱く印象や思考というものが、深まったり広がったりしないのである。コレクション展なので仕方ないことであるが。

道立旭川美術館で「巨匠たちの饗宴−日本近代絵画」を見る


観覧料は一般1000円、高校大学生600円、小学中学生300円。道立旭川美術館での会期は9月9日まで。その後、9月16日から11月7日まで道立帯広美術館で開催されるとのこと。


道立旭川美術館で「巨匠たちの饗宴−日本近代絵画」を見る


旭川に行ったついでに、買物公園に面し、丸井今井旭川店の跡にオープンした「フィール旭川(FeeealAsahikawa)」をのぞいてみる。本屋のジュンク堂がフロアの半分を占め、一階から五階まで出店しており、その広さに頭がクラクラした。

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予想どおり? の結果だった芥川賞

遅まきながら、第145回芥川賞・直木賞 の選考経過についての、現地特報班から会見メモが入ったのでアップしておく。今回は実質的に不参加であったが、とても参考になる報告である。

芸術(芥川)には震災の影響なし、生活(直木)には大いにあり、ということか?
2011年7月14日(木)第145回芥川・直木賞選考 メモ
◆発表:新喜楽

第145回芥川賞:なし/山田詠美委員
どれも過半数に及ばなかった。低かったのは水原涼さん。誰の○もなく最初に落ちた。
次に本谷さんも低かった。石田千さんも低かった。
戌井さん、円城さん、山崎ナオコーラさんが残った。興味深い意見もたくさん出た。
そして山崎さんも落ち、3回目の投票で戌井さん、円城さんで票がわかれ、低かった。
過半数に達しなかったものは受賞にならない。

質問:円城さんのダメなところを教えてください。
答え:圧倒的に彼を評価する人としない人とわかれた。認めるという人と認めないという人と。
芥川という範疇ではなくSFで読めば良いところもある、という人もいたし、そこをとりはずしたところで素晴らしいという人もいた。
が、「全然わからない」という人もいた。「難解な言葉が(自分とは)合わない」、という人もいた。
円城と戌井さんは全く同点でした。

水原さんに関しては「どうしてこういうことになったのかわからない」(というくらい評価が低い)

戌井さん「ぴんぞろ」真摯(しんし)に人を書いている。私だけが彼に○をつけた。
が、「どこかで読んだ小説」「こういう先行作家はいる」「既視感がある」という委員も。

本谷「自意識過剰の女の子が出てきて。比喩(ひゆ)がダメ。やりすぎ。小説とは根本的に違う」

質問:震災後というのが影響しましたか?
答え:芥川賞は即座に何が変わるということではない、ということ。
以前に落とした作品を考えるととても今回は出せませんでした。
今回候補になった人たちは、もっと素晴らしい作品を書ける人たちだと思います。

第145回直木賞:池井戸潤「下町ロケット」/伊集院静選考委員
最初の議論が時間がかかった。葉室さんも残ったが、池井戸、島本の2作で決選投票になりました。
「下町ロケット」が決まった。池井戸さんは「空飛ぶタイヤ」から一貫して姿勢を変えてない。
読後感が爽快。救済されるべき人がされる小説。
「人間が書けていない」とずっと言われてきたが、そういう意見に迎合して作風を変えずに、一貫しているのがいい。

高野和明さん「ジェノサイド」と辻村さん「オーダーメード殺人クラブ」は最初に落ちた。
高野さんは初めて挙がったということで…初めてでも良ければ賞を差し上げようという考えですが…
才能、腕力、それに時間をかけて制作していただいたことについては評価が高かった。
作品自体は良い。だが映画の原作みたいな、ハリウッドみたいな視覚的な感じがした。
子供の命がかかってるだとか時間的にリミットがある、とかいうところが。私はすごくいいと思ったが。

葉室さん「恋しぐれ」
俳句の使われ方の安易さ。借り物のように小説内で取り上げられてるのはちょっと…
今回は評価が△の人が多かった。○がいない。

島本理生(「アンダスタンド・メイビー」)は、「わからない」という人がいたんじゃないですかね(怒)
僕はいいと思いましたけどね(怒)
これをどうやって推そうかとずっと僕は考えてきたんですけど(怒)
文学は、苦悩や克服があればいい。

質問:選考にあたって震災の影響はありましたか?
答え:「下町ロケット」は震災があったこういうときだからこそ、取り上げるべきじゃないか、
落ち込んでいる中小企業の人たちを盛り上げるべきじゃないかという意見がありました。
一つの工場で全て作れるという設定の小説だけど、今は無理だから、これは昭和の小説だね、という意見も。

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特報班さん、ご苦労さまでした。

なお、第144回芥川賞・直木賞については下記のリポートを参照いただきたい。
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2011/01/post-dd08.html

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月寒で「地球最古の恐竜展」を見る

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今回の恐竜展の舞台は、約2億3000万年前の「三畳紀」―最古の恐竜たちが誕生した世界を紹介します。白亜紀末に絶滅するまで、約1億6500万年間にわたり、地球上の生きものの王者として君臨していた恐竜。その恐竜がいつ誕生し、進化し、繁栄していったのか、その謎に迫る恐竜展です。
恐竜は、はじめから王者だったわけではありません。恐竜が誕生した三畳紀、すでに地球上に誕生していたワニ類やほ乳類の祖先たちとの、激しい生存競争を勝ち抜かなければなりませんでした。しかし、この生き残りをかけた長い時間にわたる闘いこそが、恐竜を進化させ、とてつもない繁栄を遂げることになったのです。
本展では、アルゼンチンのサンファン州にあるサンファン国立大学自然科学博物館の協力により、恐竜の起源を解明する最新の研究成果(化石、骨格・復元モデル等約23種80件)を日本で初めて紹介します。
最古の恐竜たちや、恐竜のライバルだったワニ類やほ乳類の祖先など、いままでみたことのない生きものたちの繰り広げる進化のサバイバルをお楽しみください。(公式HPより)

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8月28日までの日程で北翔クロテック月寒ドーム(札幌市豊平区月寒東3条11丁目1-1)で開かれている「地球最古の恐竜展」を見る。

Kyoryu


地球の歴史46億年。恐竜の地球支配時代は約2億3000万年前から6550万年前までの2億年弱!だそうだ。人類の祖先の類はその恐竜絶滅時期にウロウロと地上を歩いていたらしいが、二足歩行の優位性を持った人類ホモ・エレクトゥスはせいぜい200万年前。そして、農耕とともに始まる古代文明が1万年前。そのなれの果ての現在の高度資源消費文明は末期を迎えつつあるので、あとどれだけ持つことか。なんとも人類は地球生物史を俯瞰すれば、短命な種であろうか。そのくせ、地球環境の破壊度においては文句なく第一位であろう。

Honyuurui

弱肉強食の恐竜の世界。それにしても、骨格標本はもちろん復元模型も鋭い牙をぎらつかせて大きく口を開けているので、恐竜=食い意地が張っている、と勝手に思ってしまう。
アルゼンチンのイスチグアラスト州で発見された最古の恐竜化石時代にはワニ類やほ乳類も見つかっているそうだ。そして、ワニが意外に強いというのも面白い。

Wanirui

会場は写真を撮ってもいいというので、皆さん、カメラをぱちりぱちり。これは楽しい。

Dekai

それにしても、恐竜はなんという存在感であろうか。恐竜の優れたDNAはたぶん爬虫類というよりは、鳥類の中に生きているのであろう。鳥を見ると、ほ乳類の末裔である私は結構、ドキリとすることである。

会場出口付近には北海道のサンファンならぬアンモナイト出土で知られる三笠市立博物館の紹介コーナーもあった。

Mikasa

入場料は当日券が一般1300円、高校・大学生900円、中学生以下500円。

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佐野眞一著「津波と原発」(講談社、1575円)を読む

日本の近代化とは、高度成長とは何だったか? 三陸大津波と福島原発事故が炙り出す、日本人の精神/東日本大震災にノンフィクション界の巨人が挑む/三陸に住んでいたゴールデン街の名物オカマの消息。日本共産党元幹部の「津波博士」はどこへ? 正力松太郎・天皇・原発のトライアングル。江戸時代、飢饉で荒廃した地は、陸軍の飛行場を経て、堤康次郎が土地を買収し、福島原発となった――/『東電OL殺人事件』で東京電力の実相を暴き、『巨怪伝』では原発を日本に導入した正力松太郎を活写した佐野眞一が、3・11の真実を描く!(講談社BOOK倶楽部より)

Sanosin

佐野眞一さんによる東日本大震災リポートである。いくつかの文章は週刊誌などで読んでいるが、あらためてまとめて読むと迫力満点である。

第1部「日本人と大津波」に登場する元新宿ゴールデン街の「おかまバーの名物ママ・キン子」と<創共協定><津波てんでんこ>の当事者である「日本共産党元文化部長・山下文男」、さらに日本の漁業530万トンのうち「1万トンはオレが獲っていたいたんだ」という「定置網の帝王・山根正治」の嗚咽などを読むだけで、地震と津波災害の恐ろしさとその現場を生きている人間の思いというものがぐっさりと伝わってくるのである。

第2部「原発街道を往く」もすごい。うなることも多い。福島第一原発のある場所は昔は長者原と言われ、陸軍の飛行場があった。その後、塩田になったが、それをやっていたのは堤康次郎。その堤は情報を得ていて、3万円で手に入れた土地を3億円で売った。そして、日本を原発だらけにする基本をつくった読売新聞の正力松太郎は長嶋の「天覧試合」の前に、「天覧原子炉」を実現していた。何よりも、なぜ福島が原発の建設場所に選ばれたのか。人間模様、土地柄、国策などの糸が巧みに折り重なって、もはや後戻りできない場所に追い込まれたのだとわかる。

佐野さんの文章はリアリズムであるが、どこかで文学青年の匂いが立ち上る。

「それが発電所だとわかるのは、そこから空高く張られた送電線が、南に向かって何本も伸びているからである。風光明媚な海岸線に高々とした送電塔が建つ。/そのアンバランスな風景を目の当たりにして、『浜通り』が“原発銀座”と呼ばれる理由が、初めてわかった。そこから東京に、そして不夜城の銀座に向かって日夜電力が送られていたことを思えば、“原発銀座”というネーミングは、まことに皮肉である」

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プチ引っ越し祝い

7月から身のまわりの環境が幾つか変わった。

ちょっとした引っ越しモードでもあり、一段落したところで打ち上げをした。

私は一切、肉食をしないのであるが、行きがかり上、韓国焼肉店に入ってしまった。

肉食は人間を興奮させるのか、団体テーブルでは賑やかに嬌声やら叫声が上がり、ホルモンならぬフェロモンが濃厚な空間になっていた。

プチ引っ越し


肉が焼かれる前で、こちらは海鮮盛り合わせやらじゃがバターなどを静かに食べた。誠に場違いなことである。昔風に言えば、煙が目にしみる、というところだが、今は換気が良いのか、全く無煙でクリーンであった。

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佐野眞一著「東電OL殺人事件」(新潮文庫、740円)を読む

エリートOLは、なぜ娼婦として殺されたのか――。
彼女は私に会釈して、「セックスしませんか。一回五千円です」といってきました――。古ぼけたアパートの一室で絞殺された娼婦、その昼の顔はエリートOLだった。なぜ彼女は夜の街に立ったのか、逮捕されたネパール人は果たして真犯人なのか、そして事件が炙り出した人間存在の底無き闇とは……。衝撃の事件発生から劇的な無罪判決までを追った、事件ノンフィクションの金字塔。

佐野眞一(サノ・シンイチ) 1947(昭和22)年東京生れ。出版社勤務を経てノンフィクション作家に。主著に、民俗学者・宮本常一と渋沢敬三の交流を描いた『旅する巨人』(大宅賞)、エリートOLの夜の顔と外国人労働者の生活、裁判制度を追究した『東電OL殺人事件』、大杉栄虐殺事件の真相に迫り、通説を大きく覆した『甘粕正彦 乱心の曠野』、『阿片王 満州の夜と霧』『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』『ドキュメント 昭和が終わった日』『鳩山一族 その金脈と血脈』など多数。(新潮社HPより)


佐野眞一著「東電OL殺人事件」(新潮文庫、740円)を読む


1997年3月19日に、東京電力社員(39歳)のエリート女性が東京でも屈指のラブホテル街である渋谷区円山町のアパートの空室で殺害されているのが発見された。この謎の多く、センセーショナルな事件が人々を「発情」させる根因に迫っていくノンフィクションである。

女性の中に「自己処罰」の厳しさを発見しつつ、彼女に逆照射された人々−犯人とされているネパール人青年、交友のあった客、目撃者、そして家族、企業、社会、世界−の病理を抉りだしている。坂口安吾の戦後まもなくに発せられた「堕落論」を噛みしめながら、闇の奥に迫っていくリポートは迫力満点である。

佐野さんは近年は今次の東日本大震災に伴う福島原発事故の現地にも入り精力的なルポを続けているが、その中で東電の企業体質についても考察を深めている。あらためて読み返すと、奥飛騨をダム建設のために追われた人たちがつくった円山町ラブホテル街と電力(東京電力)とOLを結ぶ奇妙な「電力は国家なり」という巨大な魔力が、今再び、福島の地で浮上しているのだということがわかる。まさしく黙示録であり、名著である。

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あなたは温厚なのに −ドラゴンフライ−

たまに、過激になるわね、と諭されることがある。

人の心の中を流れる川も氾濫することはある。

釈尊とてニルヴァーナへ至る道は厳しいものであった。況んや凡人をや。

サンサーラ。世界にも川が流れている。人間は流されている一個の石ですらない。

ライク・ア・ローリングストーン。天国のドアを叩いてみるのだ。セットミー・フリー!

過酷だからって被害者だからって運命に甘えるなよ。


さて。以上が思考のシミュラークルである。

かくのごとく、怒れる(愛されるべき同世代の)松本ドラゴン大臣の内面をたどってみたのだが…。当たっているか。

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粗にして野だが卑ではない

城山三郎さんの石田礼助を描いた小説のタイトルである。

松本ドラゴン大臣の辞任会見は奇妙な山賊鍋発言集であった。全く評価しないが、同世代ということもあり人間的には分かるところはあった。

もちろん城山三郎さんが生きていれば、あの静かな口調できっと怒っただろう。言論の自由を制約する個人情報保護法と徹底的に戦い、人間を大切にしない戦争を批判しつづけた反骨の文学者だ。あのドラゴンの弱者の足元を見るえげつない発言を必ず卑なり、というだろう。

カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」への唐突な言及もひどい。人間を突き放しておきながら、私を離すなと、何を甘えているのか。被災地の人には迷惑な話だ。

もっと酷いのがニュースショー。注目して見たが、松本大臣の辞任について、さらりと報じたが、大絶賛した自分の発言責任については全く触れず。復興が進まぬことを憂えてみせた。新聞社のコメント担当者もなぜか姿がない。政治の責任を言うが、無内容に感情的になりミスリードを続け、復興遅れの一因に自分が関わっているという自覚の欠如。つける薬のない、なんとかである。

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酷すぎる報道ステーション

報道ステーションのキャスターは松本龍が復興大臣になった時、本物の政治家をみたと常識はずれの大絶賛をした。松本龍が言ったことは、ヤクザ口調で民主も自民も公明も大っ嫌いだ、という全く非常識な発言だったのに。あまりにひどいと思った。議会制民主主義の基本である政党政治を解体してファッショにしたいのか。このキャスターは価値観が狂っているな、一緒にいる新聞社のコメンテーターもなにをしていたのだろう。この異例のヨイショには何かの上から裏事情があるのか、とも思った。

案の定、松本ドラゴンは東日本大震災の民衆を愚弄し、東北を差別する暴言を巻き散らかした。予想通りである。岩手県知事にサッカーボールを拾わせ、宮城県知事をいたぶり、報道機関を恫喝する。民主主義が何もわかっていないグラサン大臣である。色眼鏡の上から目線で権力と金力をちらつかせる。最低である。

もっとも、そういう人間はどこにでもいる。弱い人間をいたぶって何が楽しいのだ。だが、菅総理大臣は知らん顔だ。何か弱みでも握られているのか。だから、人をよく見なきゃダメだろう。ということだ。

報道ステーションのキャスターが自分の不明をどう反省するか注目したが、まったく反省のしせいはなかった。コメンテーターもキャスターの心得を諭すことはなかった。最低である。ああ、筑紫哲也さんが生きていれば、ジャーナリストとして屹立することでもう少し淘汰されただろうが、自分の誤りを認識できない人間が偉そうに妄言を繰り返す。末世である。早く自分の不適格性に気づきやめればいのに。菅総理大臣と同じ病気なのか。

そういえば、大震災直後から福島原発はお上の情報管理どおり大丈夫、とミスリードし続けたのもこのキャスターである。報道の二文字は早急に返上したほうがいい。

バカの壁がある。それがとてつもなく痛い。なんだか悲しくなる。やさしさがこの国にはないのだろうか。

追伸。
5日朝、ドラゴンは辞任へ。キャスターはどうするのか。

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札幌国際ハーフマラソンを見る

大通方面に用事があってでかけたら第54回札幌国際ハーフマラソンの選手たちが走っていた。窓から大路の写真を撮って見たが、やや散漫でどうもうまく撮れなかった。

札幌国際ハーフマラソンを見たが

参加者が少ないのかスピードが速いのか、ランナーの列はあっという間に通り過ぎて行き、なんだか薄味で観戦は盛り上がりにかける。暑いせいもあるだろうが、沿道に応援に行った家族もすぐ帰ってきた。

トップグループを見ると、外国人選手が列をなしている。しかもアフリカ系の人ばかりで、遅れて集団で続く日本人選手の影が薄い。快走する外国人選手のバネのような引き締まった体が光の中で汗で輝いていて、一層たくましく見えた。

札幌国際ハーフマラソンを見たが

優勝は男子がケニア出身のサイラス・ジュイ(日立電線)が1時間1分47秒で2連覇とのこと。テレビのインタビューに日本語で答え、質問者の意図を超え、茨城での大地震被災を乗り越えて、札幌の市民の応援で活躍できたのを感謝していたのが、いかにも彼らの志の高さを印象づけ、国際的であった。

日本人選手は世界選手権マラソン代表組もさっぱりだったようだ。黒人選手たちのパワーを見ていると、レベルの違いがあまりにも大きすぎるように見えた。ハングリースピリッツは今こそ日本人のものだろう。素人目にはもっと暑い過酷な条件で肉体はもちろんだが、強靭で美しい精神を鍛えるしかないように思えた。

札幌国際ハーフマラソンを見たが

女子も走っていたようだが、あまり目立たなかった。やはりケニアのキプラガト選手が圧勝したようだ。インタビューでは、わかりやすい英語で初の札幌での優勝という幸せを語っていた。Vサインでおだつことなく、さわやかで、立派である。

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