« 「スコット・ピルグリムvs邪悪な元カレ軍団」を見る | トップページ | 桜がきれいだ »

2011/05/05

荒岱介さん死去

インターネットを見ていたら、荒岱介さんの訃報が流れていた。

地方紙サイトの共同配信とみられる記事によると、「荒岱介氏(あら・たいすけ=戦旗・共産同元議長)3日午後8時15分、前立腺がんのためさいたま市の自宅で死去、65歳。千葉県出身。」「60年安保闘争の中核だった共産主義者同盟(ブント)から分派した戦旗・共産同のリーダーとして、成田空港の建設反対運動を展開した。」とある。

後半部の60年安保からいきなり戦旗・共産同に行くのは飛躍のある書き方であろう。荒さんは確か60年代後半、いわゆる再建された社学同の委員長を経て、東大-安保闘争に揺れた70年初頭の共産同分裂で主流を自称した戦旗派のリーダーとなり、さらなる内部分裂で「戦旗・共産同」となり、その後はパラチェンして環境論を全面に出した市民運動を続ける一方、多くの団塊運動世代の回顧録を書いていたと思う。

闘病中とのうわさは聞いていたが、60代半ばとは、ずいぶん早い死である。このところ、既成左翼に対する独立左翼として、賛否や異論は多々あろうが、大学闘争真っ盛りだった私たちの世代には一廉の雲上人であった動労千葉の中野洋さん、安保全学連の北小路敏さん、動労-JR総連の松崎明さん、ベ平連・思想の科学のいいだももさん-など思想・社会・労働運動分野のリーダーが相次いで亡くなっており、時の流れを感じざるを得ない。

荒さんの著作はずいぶん出ており、違和を残しつつ勉強のつもりで読んだ。衒学的というか理論癖が強く、それでいて、どこかにそれでは済まない余剰が感じられたのはアクティビティストゆえであろうか。人生長く生きてしまったので、はっきりしないが3度ほど遭遇もしている気がしている。たとえば1994年7月17日の東京・お茶の水での廣松渉さん追悼の催しあたり。廣松渉さんは私たちのような田中吉六初期マルクスの疎外論感動派に対して後期マルクス物象化論であるが、超絶漢字趣味の一種のマッハ主義的傾向やその後は近代の超克(アジア)派的な言辞に傾きもしたが、なんと言っても難解ドイデを再構築した日本でも一番のマルクス主義哲学者であり、どうしたわけか晩年は荒さんグループの理論的後見人のような人だった。2000年11月11日には東京・青山で精神科医の島成郎さんの葬儀、懇親会が開かれている。島さんは日本の地域医療、精神医療における献身的第一人者であったが、なによりも国論を二分した60年安保闘争をブント書記長として指導した傑出した日本には二度とでない戦後№1リーダーであった。当然、荒さんは来ていたはずだが、自立思想家の吉本隆明さんが車いすで移動していたことや荒さんグループの人たちと意見交換をしたことを覚えているが、記憶がないのだ。

それでも1996年4月、東京・新宿での居酒屋飲み会では荒さんはやはりグループの方をたくさん連れて姿を見せていた。間近に座って話したのだが、理論家というよりは、老成した社長のような印象であった。まわりの団塊オヤジが禿げたりデブったりしている中で、未だ賞味期限が切れておらず、いい男だなあ、やはりリーダーは男前じゃなきゃ、などと性もないことを考えていたものだ。

近年は後継世代との対立で、往時の勢いは失われていたとのことだが、倶に天を抱かずとばかりに激突したかつてのラディカルな論敵たちとも、時が経ちどこかでわかり合っていたようにも思えるし、著作から見れば表現者として為すべきことは為しているようにも見えた。ご冥福をお祈りしたい。

|
|

« 「スコット・ピルグリムvs邪悪な元カレ軍団」を見る | トップページ | 桜がきれいだ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87302/51583663

この記事へのトラックバック一覧です: 荒岱介さん死去:

« 「スコット・ピルグリムvs邪悪な元カレ軍団」を見る | トップページ | 桜がきれいだ »