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2011/04/26

心して言っておかねばならないことども

東日本大震災と福島の原発事故が起きてから、この国の主要な言語空間と公益の映像宣伝は、非常時には与野党を超えて一致団結し日本の底力を今こそ発揮しようなどと国民を誘導しようとしているように思える。多くの考え方の人間のいたこの国はついに一枚岩の団結を寿ぐようになった。

さらには、政治の空白は多大な損害を与えるとして、この菅直人首相の愚政を批判するのを控えよ、悪政内閣の打倒を叫ぶなどもってのほか、とも言っている。

なるほど先の戦争で、大政翼賛会の旗振りをしていた連中がどんな精神状況だったか、分かろうというものだ。

一方で権力と組織からパージしておきながら小沢一郎はなにをしているのかと無いものねだりをする。いわばなにをしてもしなくても悪役は悪役、非国民にされるのだ。

だが、どんな場合でも思想と良心と表現の自由は第一に守られるべきものであると、戦後世代の全体重をかけて私は考える。批判の自由がなく、誤った権力の方向性を正せないなら、戦後憲法の精神は何処へ消えたのだろうか。

戦争や災害にはやされる「非常時」に踊らされ、民衆は屈従を強いられ、権力が横暴を繰り返したのが、世界史の真実ではないのか。被災地における私権の一時的制限を無原則に拡大すべきではない。

政治に空白ができるのを恐れている社会に革命など想像もできないことだろう。だが、今日の高度な社会組織の成熟と高い生産諸力は遅れた政治を一定程度カバーできるからこそ、まったく間違いだらけの政治方針でも、なんとかやってこれているのを現実に私たちは見ているのではないのか。

そんな激しいことを言う気はない。ただ、きちんとした批判を封殺するようでは裏声のはびこる人間不信の戦時中と同じ歪な社会の暗黒に堕ちていくだけではないだろうか。と憂えるのだ。

私は国民の政治にかける思いを予め奪う、翼賛言語によるその閉塞状況を真面目に困ったことだと思っている。

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