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2011/01/20

第144回芥川賞を読む

候補作5点(◎は受賞作、2文字目の●△×▼は筆者予想)
◎●朝吹真理子「きことわ」(新潮、10年9月号)
 △小谷野敦「母子寮前」(文学界、10年9月号)
 ×田中慎弥「第三紀層の魚」(すばる、10年12月号)
◎▼西村賢太「苦役列車」(新潮、10年12月号)
 ×穂田川洋山「あぶらびれ」(文学界、10年11月号)

第144回芥川賞は1月17日に東京・築地の「新喜楽」で選考会が行われ、受賞作は朝吹真理子さん(26)の「きことわ」と西村賢太さん(43)の「苦役列車」に決まった。選考経過について説明した島田雅彦さんによると、朝吹作品は、初回の投票で過半数の票を集めての断トツの受賞だった。西村作品は、独特のエンターテインメントとして完成度が高い上、揺るぎない芸風を持っている、と評価されたとのことである。

第144回芥川賞を読む


ちなみに、筆者の予想は「朝吹真理子さん受賞」だけは決定していた。葉山にあった別荘で少女時代、夏休みを共に過ごした貴子(きこ)と永遠子(とわこ)の物語。25年ぶりに再会した2人が織りなすかけがえのない時間の反芻を綴っている。たぶん、ぜんぜん違うと思うが、その昔の吉本ばななの「TUGUMI」的な南方(といっても伊豆・湘南であるが)の空気感が漂っていて、それが甘美なメモリーになっているように思われた。

この優雅な才媛の当選は動かないものであったが、2番手を挙げるには苦労した。

小谷野敦さんの「母子寮前」はたぶんご本人の体験を反映した私小説であろうと読んだ。せつないなあ、と思ったことであるし、あの優秀な研究者にして評論家の内面の鬱屈を小説で読み、評論ではなく小説を書きたくなるという文学の魔力というか熱いものを感じさせられてしまったのであった。田中慎弥さんの「第三紀層の魚」は直木賞の道尾秀介さんの「月と蟹」に通じるようなリリシズムを感じたが、少年の気持ちを綴りながら、いささか大人びているように思い、その第三紀の地層から浮き上がってくる情念にシンクロできなかった。穂田川洋山さんの「あぶらびれ」は釣り人幻想交響曲のような作品で、いつのまにか不協和音になったり狂想曲になったりする破壊的エネルギーがあふれていたが、結局、この小説はなんなのか分からない憾みがあった。

そして西村賢太さんの「苦役列車」である。東京の荷役会社で、その日暮らしの仕事をしている19歳の青年「北町貫多」の暗い青春の一断面を描いた作品である。友人も恋人もいない貫多が、同じ日雇い仲間の専門学校生との間で友情をはぐくむのであるが、女性関係などをきっかけに学生とは結局対立し、孤独で自堕落な貫多の生活は苦境がどこまでも続くというものだ。

西村賢太さんについては以前、「瘡瘢旅行」という単行本についてブログで論じたことがあるのであるが、
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/post-4b87.html
その負のエネルギーを畏怖していた。こうした自分の醜態をさらす私小説的作品はかつての葛西善蔵や近松秋江、嘉村礒多などを極北に、資本主義の高度化と大衆社会化状況では困難になったと思っていたのであるが、再び露出してきたことには驚いた。新たな貧困を生んでいる現代社会の最深部からのマグマの突出ということであるが、こうした作家が芥川賞には向かないと思って、×よりも深いマイナスの▼を付けたのであるが、それが大化けで同着受賞となったので、びっくりである。

朝吹真理子さんは慶応大大学院在籍(近世歌舞伎専攻)。父は詩人の朝吹亮二さん、祖父は仏文学者の朝吹三吉さん、大叔母はサガン「悲しみよこんにちは」などで知られる翻訳家の朝吹登水子さんという筋金入りのインテリ良家のお嬢様。一方の西村賢太さんは中学卒業後、職を転々のフリーター。逮捕歴あり、大正時代に活躍した(?)私小説作家藤澤清造に私淑している無頼派である。この振幅の大きな2人の受賞には感慨が深い。幸せの独占はもちろん許されないことであるし、人生は波瀾万丈であるべきだろうと、ルンプロ派としては思わずにはいられないのであるのだが。

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