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2010/10/11

今年NO.1の映画という「悪人」を見る

李相日監督・脚本。吉田修一原作・脚本。種田陽平・美術監督。久石譲・音楽。妻夫木聡。深津絵里。岡田将生。満島ひかり。樹木希林。柄本明。

長崎在住の清水祐一は、博多で働く石橋佳乃と待ち合わせをしていた。しかし、待ち合わせ場所で佳乃は他の男の車に乗って行ってしまった。佳乃を追いかけた祐一は、福岡県の三瀬峠で彼女を殺してしまう。その後、長崎でいつも通りの日常を送っていた祐一は、以前出会い系サイトでメールをやりとりしていた馬込光代という女性と会うことに。ホテルでお互いを求めあった後で、祐一は光代に佳乃を殺したことを告白するのだが…。

吉田修一のベストセラー小説を『フラガール』の李相日監督が映画化。原作者の吉田修一は李相日と共同で脚本も手掛けるほどの意欲作。この作品で描かれるのは、他人と理解しあうことなく、孤独な日々を生きている人間たち。彼らは他者との触れ合いを拒絶しながらも渇望しており、ちょっとしたきっかけで犯罪に巻き込まれていく。彼らは善人でも悪人でもなく、善人でも悪人でもあるのだ。そんな二つの顔を持つ主人公・清水祐一を演じるのは、妻夫木聡。髪を金髪にし、これまでの爽やかなイメージとは違った一面を見せる。馬込光代役の深津絵里も、清純派のイメージをかなぐり捨て、性欲やエゴイズムを持った生身の女性の姿をリアルに演じている。(goo映画より)

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会った人は皆さん「いい映画ですよ」と誉めるし、「やはり、見なきゃ」と思っていたのに、ずっと見ないで申し訳なく思っていました。ようやく見て、本当にいい映画だと思いました。監督の小さな気遣いというのが行き渡っていて、印象的なシーンが満載でした。深津絵里さんがモントリオールで最優秀女優賞を受賞しましたが、素晴らしかった。もちろん、主役の妻夫木聡君もこんなに凄い役者だったのかと驚きました。

「キャタピラー」なんかに比べると、「悪人」のほうが圧倒的に素晴らしいでしょう。

若い妻夫木聡-深津絵里に対して、柄本明-樹木希林の親、祖母世代の演技がとても光っていました。娘を失った父親の怒り、孝行な孫を失った祖母(育ての母)を襲う理不尽、それらが名優の静かな演技から伝わってきました。

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さて、原作を読んでいないので、そこはパスして映画について述べます。まず、タイトルがいけません。「悪人」という紋切り型はどうでしょう。「善人」との2分法が通用するはずがありません。だれもが、善性と悪性を有しているのが当たり前でしょう。何万人を死地に赴かせた極悪の戦争犯罪者だって、家庭では良き父であり夫であったのは古今東西めずらしいことではありません。ドストエフスキーなら「悪霊」というところでしょう。

「わが心のよくて殺さぬには非ず」と言います。同じように「わが心の悪しくて殺せりには非ず」というのが本当のところではないでしょうか。行為の関係性を問わねばなりません。映画を見た限り、哲学的な深さは全くなかった。むしろ、人間関係の希薄さが犯罪の誘発因となっているように思いました。つまり、原因は時代の弱さです。

妻夫木聡君の犯罪案件はどんなものでしょうか。殺人罪、死体遺棄罪は免れませんね。逃避行には誘拐も拉致も当てはまらないと思います。ラストで自分が逃亡劇の主犯であるかのように演じましたが、一度は自首しようと思って警察の前に行っていますし、深津絵里が本当のことを言うと思います。計画性がないことも第一ですし、情状酌量が相当程度あると思います。不幸な生い立ち、家族孝行の姿、周囲の人たちへの優しさは文句ありません、それから遊び人の学生の無責任な行動が結果的に悲劇を生んだこと、被害者の奔放な行動、人格を傷つけるような犯行直前の暴言などを勘案すると、相当程度に悪質性は緩和されるはずです。精神鑑定をすれば被告の弱さが補強されるでしょう。被害者感情は激しいものがありますが、市井に真剣に生きる父親の姿勢を見れば、大切なものを守ろうとする深津絵里らの真情を認めるはずです。愛する女性が身近に現れたことで、更正の可能性は大きいでしょう。そんな点を考慮すれば、比較的軽い刑期で済むはずです。

とすれば、本作が見るに堪えうる映画となったのは、葛藤する妻夫木君ではなく、狭い国道沿いの地域で息を潜めるように生きてきた薄倖の店員役の深津絵里の渇仰のような人間的欲望があったからだと思います。本来、主演というよりは共演者である深津絵里が最優秀女優賞を取ったのも宜なるかなと思います。

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だから、「悪人」と言いますが、本当の悪人はこの映画には出てきません。チャラい学生にしても、被害者のOLにしても普通の歪んだ性格でしょう。マスコミのメディアスクラム的な横暴取材は許されることではありませんが。真の「悪」があればもっと解放感があるのでしょうが、何か寸止めで、すべてが終わっています。もっと怒ればいいのでしょうが、怒れない時代だからこそ、暴力や悪は間歇的に噴出し、あるいは透明な悪として潜性したまま終わるのでしょうか。

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