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2010/09/15

小嵐九八郎によるインタビュー「日本赤軍!世界を疾走した群像」を読む

塩見孝也/重信房子/和光晴生/足立正生/若松孝二/著。小嵐九八郎/聞き手「シリーズ六〇年代・七〇年代を検証する2 日本赤軍!世界を疾走した群像」(図書新聞、税込み2625円)を読む。

内容は次の通り。

第1章 赤軍派議長、獄中二〇年(塩見孝也)(戦後民主主義を「希望」として教育された;大学に入学し五月には社学同に加盟;第二次ブント結成と全学連再建大会;六九年に赤軍派を結成、前段階武装蜂起へ;よど号ハイジャックは大菩薩の敗北の総括;「赤軍派罪」で獄中二〇年);第2章 全共闘の魂はアラブを駆け巡った(重信房子)(小学校の先生になって、小説を書きたかった;負けた方に肩入れするたちで、ブントに加わった;神田で初の「カルチェ・ラタン闘争」を展開;党内闘争から赤軍派結成へ、齢を重ねて思うこと;パレスチナ解放闘争は国際根拠地そのものだった;「連合赤軍事件」の誤りはどこにあったか;パレスチナの戦いの側に溶解しても、と闘った;憲法第九条に徹底したパラダイムチェンジを;七二年リッダ闘争は日本赤軍を誕生させた;思想闘争の役割と限界;現実的な社会変革への地道なかかわりを);第3章 全共闘運動からレバノンの戦場へ(和光晴生)(六七年一〇・八羽田闘争に衝撃を受けた;バリケードの中で送った学生生活;「連合赤軍」事件によって喪失感にとらわれた;文字通り決死のリッダ空港銃撃戦の闘い;二五歳の決断、そして二つの作戦を敢行;「日本赤軍」からの脱退をめぐって;レバノン南部戦線でコマンドとして活動;「日本赤軍」の限界はどこにあったのか;堀の中を「持ち場」と心得て、しつこく長生きしてやる);第4章 アラブの生活文化は異質なものにも温かい(足立正生)(戦後民主主義思想にそって成長;日大芸術学部に入学し六〇年安保闘争を闘う;『椀』で学生映画大賞を受賞;鈴木清順問題共闘会議を結成;『略称・連続射殺魔』から『赤軍―PELP・世界戦争宣言』へ;パレスチナ共同体と武装闘争;レバノンの刑務所で

■著者紹介 
小嵐 九八郎 (コアラシ クハチロウ)       
1944年、秋田県生れ。作家・歌人。早稲田大学の学生時代に学生運動に身を投ずる。1994年、『刑務所ものがたり』で吉川英治文学新人賞受賞(以上、e-honのHPより)。

Sekigun


図書新聞で小嵐さんが続けている連続インタビューのうち、赤軍派幹部関係の人物部分をまとめたものである。なかなか懐かしいところが多く、一気に読んでしまった。上げ潮の時代の赤軍派、さらに海外に雄飛した赤軍グループの活躍についてはいわば光の部分か。それに対して、連合赤軍の事件に関しては、この赤軍派幹部の皆さんはなんだかわれ関せず(他人事)というか、路線が違うからという脳天気さが残っていて違和感を覚えた。

塩見氏らは自派の利益のためにブント内に内ゲバを持ち込み、仏(さらぎ)徳二議長を負傷させたうえ警察に渡すという恥ずべき行動を行っていながら、それに対する報復行動にはひどいことをされたという被害者(結果的に転落死者を出している)の顔をするのは呆れてしまう。そのことを持って、重信氏などは「ルビコンを渡った」などと赤軍派の内ゲバ行動を追認し、全く空疎な自己弁護をするのだから空論主義に呆れる。

対立関係にあった三上治の「長年、機動隊の厚い壁に阻まれていた政治行動。それを突き破った解放感の向こうには羽田の青い空があった。望月上史は僕ら(当時のブント統一派、後の情況派と叛旗派)と赤軍派になる面々との党派闘争の中の死者であった。彼はブントの会議を襲い、その後、僕らに捕まり中大のバリケードの中に監禁されていた。ブントの会議には僕も出ることになっていたが、出ていれば僕も彼らに襲われていたかもしれない。そんな時代の中の死であっても苦い思いが残る」という誠実な発言に比べると、どちらが内ゲバの問題を真摯に捕らえていたかがわかる。

果たして連合赤軍の仲間殺しを合流した毛沢東派のせいにして良いものか。日赤を含め幹部連中の職革・官僚体質、地に足を付けない革命願望というものは連合赤軍と変わらないなあ、と思わずにはいられない。内ゲバはそんなきれいごとでも甘いものじゃないだろう。その点は一兵卒に近い和光晴生が重信の官僚性を批判する感覚のほうが極めてまっとうである。小さなものへのこだわりの欠如。その鈍感さが自己正当化につながっていくことが痛々しい。

足立正生、若松孝二両氏の映画監督コンビは過激なことが好きなアーチストという感じである。もっとも若松のように「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」のような勇ましい映画を作っている人が、「キャタピラー」で「戦争批判、原爆の怖さ」というような言い方をするのを聞くと、なんだか気が抜けてしまう。そんなシンプルだったのか不思議だ。

もちろんどこかですっきりとする男らしさというのか武勇伝もあり、本書は面白い。それは懐かしがるのでもなく、褒め称えるのでもなく、しっかりと総括する以外にないと思う。

小嵐さんは、こうした面倒なインタビューを骨太に続けている。時代を生きた責任感のような背負っているのだろう。さらなる深化が実り多いことを祈りたい。

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