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2010/06/14

再録シリーズ「魔の刻 虚の場」3・人さらい

掌編第3話「人さらい」

 相田双太さんは「北海道ワッショイの旅」などの著書があるお祭り研究の大家である。それが、駆け出し記者の私に、単独インタビューをしないかとの指名がかかった。部長は「コネでもあるのか」といぶかったが、不思議なのは私のほうで、全く心当たりがなかった。

 所定の時間に道北のA市にある大豪邸にうかがった。丸顔の相田さんはにこやかに私を迎え入れると、「祭りはマレビトと常民の出会いの場なり」などと持論をひとしきり語った。私は圧倒される思いで聞き入った。

 インタビューが終わると、相田さんは「君にはお祭りでどんな思い出がありますか」と尋ねてきた。

 私は小学生の時の郷里での八幡神社祭を思い出した。それは思い出したくない出来事の一つだった。

 秋になると、子供みこしが町内を練り歩き、八幡神社の境内には露店が所狭しと並び、奉納勝ち抜き大相撲大会なども行われた。一番の呼び物はヒグレ・サーカスだ。兄と二人でオートバイショーに熱中した。日が暮れかかっていた。帰ろうとすると、誰かが私の手をつかんだ。鬼のような顔をした大人だった。

 「離して」と私が言うと、鬼男は「いやだね」と笑った。そして、「可愛い子だな。一緒に来るんだ。逃げても必ず捕まえるぞ」と、気味の悪い声で言った。

 「いやだ」と叫び、兄に手を引かれ走り出した。鬼男はどこまでも追いかけてきた。兄が持っていた癇癪玉を投げつけた。すると、鬼男は立ち止まり事なきを得た。家に戻ると、私の腕には鬼男の手形が残っていた。

 それから二十年になる。兄は原因不明の事故で亡くなったが、私の腕の鬼の手形はまだ消えていない。

 「珍しい話だね」と、相田さんは感心した様子だった。 「その傷を見せてくれませんか」と言うので、私は話を喜んでくれたのがうれしくて、シャツをめくった。

 「どれどれ、どんなかな」

 相田さんは、私の腕を取った。その瞬間、瞳の奥で邪悪なものが光ったのに私は気づかなかった。

 「全く変わっていないな」

 相田さんは、腕の手形を見ながら呟くと、自分の手を伸ばした。すると、傷が相田さんの手に重なった。

 「あっ」と私は小さな声を挙げたが、遅かった。

 「逃げても必ず捕まえると言っただろう。お兄さんには気の毒なことをしたよ」

 相田さんの丸顔は、みるみる鬼男に変わっていった。

 「人さらい!」

 そう叫んだ瞬間、あたりは八幡神社祭の真っ最中。私は兄とサーカス見物の小学生に戻っていた。
    (第3話・了)

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