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2010/06/08

再録シリーズ「魔の刻 虚の場」1・パパとあたし

掌編・第1話 「パパとあたし」 

 きょうパパが死んだ。深紅の鮮血を流して―。

 あたしも遠からず、後を追わされるのだろうか。あたしは「パパのばか!」と叫びたかったけれど、言葉にならず、悔しくてただ唸っているだけだった。

 あたしはもらわれっ子だ。血筋もよくない。

 前の家で持て余されたが、やさしいパパが「可愛い女の子じゃないか」と引き取ってくれた。うれしかった。ああ、あたしは一人で死んでいく運命なんだ。そう覚悟していただけに、パパを誰よりも大好きになった。

 パパには奥さんがいる。でも、「もう、僕らはおしまいなんだ」とパパはいつも言っていた。ママは何かあると「浮気癖が治らないこの世で最低のダメ男」と罵る。だから、夜もパパが抱いて寝るのは、あたしだ。ママとは寝室も別なの。あたしは申し訳ない気がしたけれど、パパと一緒だと心が安まった。

 パパは散歩が好きだ。いつも夕方になると、あたしを連れて、近くの石狩川堤防に行く。そこには女性が良く来ている。パパはママには見せない笑顔になり、あたしを一人にして、女性と親しげに話している。

 「早く別れてよ」「大丈夫だから」

 そんな話を小耳に挟むと、あたしは少し不安になる。いつか恐ろしいことが起こらなければいいのだけれど。でも非力なあたしには何もできはしない。

 女性はいつも可愛い男の子を連れている。彼はあたしに気があるようで、あたしの体を触ろうとする。

 「ねえあんた、それってセクハラだよ」

 注意すると、少し済まなそうな顔をするが、また近寄ってくる。そりゃあ、好意を持たれることは悪い気はしないが、限度がある。男の子は野球が好きだ。唸ったり歓声を挙げボールとじゃれる。ボールに夢中になると、あたしのことなど忘れてしまう無神経さがいやだ。

 道北のA市に雪虫が飛び始めたある日。パパはあたしを連れて、あわてて家を出た。石狩川堤防には案の定、いつもの女性が待っていた。

 「二人で逃げよう」とパパの声。

 だが女性は「うん」と言わず、ためらっている。パパが振り向くとママがいた。手に光るものがあった。「あぶない!」。気づいた時には、鋭い刃物がパパの心臓を貫いていた。血しぶきを上げて崩れ落ちるパパ。

 ママは女性と顔を見合わせ、「不倫が原因の事件なら情状酌量だわ。保険金は山分けよ」と言い放った。

 二人はつるんでパパを陥れ殺したのだ。あたしは怒りで気が狂いそうだった。精一杯唸ったけれど、二人の女たちは、あたしを小馬鹿にして足蹴にした。

 「うるさい雑種の子犬だこと。早く捨てようよ」

                 (第1話・了)

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