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2010/04/01

前田塁「紙の本が亡びるとき?」

前田塁著「紙の本が亡びるとき?」(青土社、1995円)を読む。


前田塁「紙の本が滅びるとき?」

電網社会である現代を鋭く捉えた評論集である。紙のアナログ書籍よりも、デジタルなデータベースのほうが優位になりつつあるとき、本が滅びることはないにしろ、本をめくらない人が増えることは想像される。

著者はグーグルの進める書籍のデジタル・データベース化の動きを詳細に論じていく。そうした世界化・普遍化の先に、たとえば英語の世紀に日本語で書く意味があるかを論じた水村美苗の問題も浮上する。

私は誤読しているかもしれないが、著者が強調しているのは優れた文学の可能性はいささかも日本語として失われることはないということだ。それは大江健三郎の文戦として評価されている。対極にあるのはケータイ小説や村上春樹などだろうか。つまり最初から流動的な表現領域は溶融していくとイメージされているように思えた。

著者はこの本のスタイルを通じて電網社会を批評しているので、線形な表現ではなく非線形な表現として分節化されている。それ故に本書はどこからでも読み(アクセスし)やすく/読み(アクセスし)にくい。タイトルもまた多義的なのだ。

私が手にしたのは初版ではなく第2刷であるが、最終章は明らかに初版から書き換えられた文章であった。電網社会の絶えざる差分とバージョンアップによる上書き文化を演じてみせるのだ。その知的ダイナミズムもまた現代的である。

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