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2010/04/25

斎藤環さんの村上春樹「1Q84 BOOK3」論について

精神科医の斎藤環さんが2010年4月25日の朝日新聞朝刊読書面に村上春樹「1Q84 BOOK3 <10月-12月>」(新潮社)について書いている。

詳しくは紙面を読んでいただくとして、微妙に両義的な書き方をしているところもあるのが、気になった。たとえば、「行列ができる小説」は「1Q84」だけだ、と述べたすぐ後に、「批評家には賛否を呼んだが、この作品世界が人々を魅了している」というふうに書いている。この「人々」の中に筆者は入っているのかいないのか、「批評家」とは別の場所にいるのか、わかりにくい。素直に読めば、「売れる作品=魅了する作品」としか言っていないように聞こえる。

3点で驚いた(「驚愕」)と述べている。1つは青豆が生きていたこと。2つは牛河が浮上してきたこと。3つは村上春樹の比喩力が復活してきたこと。このサプライズをもたらしたのは仮想化・複数化するシステムに抵抗する両義的な身体の必要性だという必然性だったということだという。

この辺も微妙である。僕を含めて多くの人が、青豆は生きているはず、だと「BOOK2」読了後に書いている。だから驚くには値しない。牛河については見過ごしてたが、彼を含めた「探偵」的な存在は物語の整理においては必要であった。そして、両義的な存在論だ。これは現代の小説において単純な善悪的存在などありはしない。意外かもしれないが、「さきがけ」の教祖にしても両義的であるし、牛河と好一対の悪をたたく殺し屋「タマル」もそうだ。彼は「さきがけ」の殺し屋とと同じだし、在日という関係性を与えられ、バイセクシャルのように思える。教祖を殺すことを依頼する「柳屋敷」の老婦人こそ正義のために手段を選ばないテロリストの親玉のはずだ。

段落を変える。
主人公の青豆はどうか。かわいそうな生い立ちであるが、彼女はすでに多くの人間を殺めてきた必殺仕事人である。たとえていえば、暴力的である夫(男)は殺していいという世界こそ「1Q84」である。男の数は相当減っているかもしれない。そんな殺し屋が自分はプロとして立派な仕事(人殺し)をしたから、愛する男・天吾と処女懐胎の子どもと3人で幸せに生きていくことが許されるのか。内面は関係の絶対性の中に溶融したのか。いや、彼女の世界の中に善悪が両義的に存在しているからこそかろうじて小説はリアリティが保たれている。ドストエーフスキイの小説にしても1人の人間を手にかけることの重さから近代文学は生まれてきた。あるいは夏目漱石のそれにしたも乃木将軍の死や友人の死をいかに考えるかから名作は生まれてきた。

人の命の意味を平然と見過ごすのは少なくとも純文学という人間の生き方を考える小説の範疇からはずれている。村上春樹の小説が僕たちに評価されない理由の一つである。作者の感傷(ロマンチシズム)とセックスと度はずれな暴力礼賛こそ、彼が最も批判的な学生運動(革命的暴力派)の最悪の部分が彼の中に染みこんでいる証左であろう。僕は間違っているだろうか。

言わずもがなのことを書きすぎた。斎藤環さんは「BOOK3」から多世界的決定論とも言うべき倫理観を読み取る。これは、たとえば東浩紀さんが「クォンタム・ファミリーズ」(新潮社)で村上春樹よりも実験的に表現してみせているところだ。

とにもかくにも同感できたのは、その世界観の意味が明かされるのは、青豆の体に宿った「小さなもの」の物語を待って-と書いているところで、清水良典さんが厳しくBOOK4がないと言っている中で、「次作あり」と見ているところであった。そう、まだ終わっちゃいない。

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村上春樹「1Q84」と関連する執筆リストを参考に挙げておきたい。

■村上春樹著「1Q84 BOOK1<4月-6月>」について
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2009/07/1q84-book1-0f48.html

■村上春樹著「1Q84 BOOK2<7月-9月>」について
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2009/08/1q84.html

■村上春樹著「1Q84 BOOK3 <10月-12月>」について
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/1984.html

■村上春樹著「1Q84 BOOK3 <10月-12月>」補遺
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/1984-1.html

■村上春樹「1Q84 BOOK3<10月-12月>」(新潮社、1995円)リターン
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/post-5185.html

■村上春樹「1Q84 BOOK3<10月-12月>」再再々論
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/post-b73b.html

■清水良典の「1Q84 BOOK3」論について
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/1q84-book3-01f3.html

■村上春樹「1Q84 BOOK3<10月-12月>」雑論-しょうもないことばかり書いているが
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/post-26d5.html

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■吉本隆明「真贋」(2008/01/19)
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2008/01/post_36cf.html


■内田樹「村上春樹にご用心」(2008/01/19)
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2008/01/post_958a.html


■清水良典「村上春樹はくせになる」(2008/01/24)
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2008/01/post_8f32.html


■とよだもとゆき「村上春樹と小阪修平の1968年」(2010/02/23)
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/02/post-73d6.html


■村上春樹「沈黙」について(2010/03/17)
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/03/post-5c03.html

■東浩紀「クォンタム・ファミリーズ」(2010/03/21)
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/03/post-ecb9.html

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