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2010/04/19

村上春樹「1Q84 BOOK3<10月-12月>」(新潮社、1995円)リターン

北野武の映画「キッズ・リターン」のラストシーン。校庭を自転車で走り回るマサルとシンジ。すべてが振り出しに戻ったところで、シンジは言い、マサルが答える。

「まーちゃん、オレたち終わっちゃったのかなあ」
「ばかやろう、まだ始まっちゃあいねえよ」

村上春樹の「1Q84 BOOK3 <10月-12月>」(新潮社)を読んでいて僕が思い浮かべたのは、そんな北野映画の一場面だった。

村上春樹

■村上春樹著「1Q84 BOOK3 <10月-12月>」について
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/1984.html

■村上春樹著「1Q84 BOOK3 <10月-12月>」補遺
http://takaoudo.cocolog-nifty.com/takaoudoism/2010/04/1984-1.html

「1Q84」「猫の町」に紛れ込んだ青豆と天吾。2人はお互いを近くに感じ、最後に入ってきた異世界への通路を逆戻りして、1984年に戻っていく。

2人は狂ってしまった時間を振り出しに戻したのだ。だから、終わってしまったのか。もちろん終わってなんかいまい。青豆と天吾と紛れ込んだ「1Q84」から持ち帰った「小さな命」がある。今度はそこが軸となって新たな物語を紡がずにはおかないだろう。

「1Q84」は4月から始まり12月まで来た。それ故に、「1Q84」は終わり、新たな物語は「1Q85 <1月-3月>」となるのだろうか。だが、それでは結論が性急すぎるだろう。小さな命はまだ始まってもいない。

村上春樹のこれまでの小説からすると、彼のエポックは学生運動体験の1968年を除くと、1995年の阪神大震災とオウム真理教事件である。少なくともオウム真理教団をアナロジカルに描いている「1Q84」は、この先「1995」に突入していかざるを得ないように想われるのだ。

青豆と天吾は「神の子」を連れて、10年後の世界とどう対峙するのか。

「BOOK4」が「1Q95 <1月-3月>」となるのかどうかはわからない。だが、思い出さざるを得まい。現実の1995年1月17日には阪神大震災があり、1995年3月20日にはオウム真理教集団による地下鉄サリン事件が繰り広げられている。まさに「1Q95 <1月-3月>」だ。

作家の想像力は、あらためてこの2つの災禍をいかに描くのか。人間の愛と紐帯はいかにリトル・ピープルの悪意を超えていくのか。すでに退路は断たれていることだろう。僕はぜひとも書ききってもらいたいと思っている。

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