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2009/07/29

なぜ、北海道は-謎が謎呼ぶ不思議なミステリー

鷲田小彌太、井上美香著「なぜ、北海道はミステリー作家の宝庫なのか?」(亜璃西社、1680円)。

なぜ、北海道は

北海道にはミステリー作家が多い、と感じているとしたら、その実態はいかに。てなわけで、北海道ゆかりの作家・評論家たちが一堂に集められる。そして、作家の特徴と代表作の分析がコンパクトに行われ、それぞれ参考文献が示される。まことにハンディな本である。わかりやすい。

一応、北海道文学に関心は払ってきたものの、正直に言うと、エンタメ系は詳しくない。膨大なリストに圧倒された。古い作家の文章がずいぶん巧みなのにも驚かされた。既知であるが、函館の作家群像にもあらてめて感心した。

もちろん、これがミステリー作家なのか?という人もいないではないが、そんなことは小さいことだ。謎のない小説なんてないことだし。五木寛之や黒木瞳やお茶でおなじみの「八女」に「やつめ」とルビがあっても目くじらはたてるまい。

荒れた青春を送っているので、大学にはほとんど行ってないも同然なので、想像するだけなのだが、大学院のゼミあたりで指導教官と院生の間で本を作るとこんな感じになるのかな、と思った。「君、誰それの本を最低10冊読んで、10枚以内のリポートを書くように」「がんばります」みたいな演習を続けている感じだ。

松本清張を論じて曰く、<清張の人間「発掘」や「探索」熱は、彼が抱くステレオタイプの人間観や社会観を常に裏切り、乗り越えていった。いってみれば清張の作品からは、人間の本性に内在する犯罪や悪に対する、どんな力によっても押し留めることのできない、暗い情熱や快楽がおのずと伝わってくるのだ>(同書90頁)という言葉が本書をも撃っている。

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2009/07/26

セントアンナの奇跡

スパイク・リー監督。ジェームズ・マクブライド原作・脚本。デレク・ルーク。マイケル・イーリー。ラズ・アロンソ。オマー・ベンソン・ミラー。マッテオ・シャボルディ。 

セントアンナの奇跡

第2次大戦下のイタリアで起きた実話を基にした感動ドラマ。見ず知らずの戦場で出会った黒人部隊の兵士たちとイタリア人少年との心の交流が生み出す奇跡を描き出す。

ストーリー・1983年のNYで郵便局員が客をいきなり射殺するという不可解な事件が起きる。しかも、彼の部屋からは歴史的に貴重なイタリアの彫像が。その謎を解くカギは、彼が兵士として派遣された約40年前のイタリアの戦場にあった。
2008米.伊。163分・R-15。(シネマトゥデイより)

セントアンナの奇跡

戦争はばらばらに存在する人々を統一された国民へと形成する。デモクラティックであろうと、ファシズムであろうと、ナチズムであろうと、軍国主義であろうと、スターリズムであろうと、それは同じだ。

動員された人々はしかし、気づく。そうした一枚岩の国民は矛盾と差別を引きずっていることを。戦争は決して美しくないことを。

本編はアメリカの中の少数民族の視点で映画は作られている。

戦うことの大義を求めながら、小さな矛盾の解決なくしては大義なんてないのだ。スパイク・リーはいろんなエピソードをつなぎながら、人間への信頼を紡いでいる。

敵は敵ばかりじゃないし、味方を装っていてもそうじゃない味方もいるのだ。

奇跡とは何か。人間への信頼である。小さな善意が失われていない限り、間違った世の中でも捨てたもんじゃない、ということだ。きっと、スパイク・リーの善き心がしみ出したような作品である。

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村上春樹著「1Q84 BOOK1 <4月-6月>」

村上春樹著「1Q84 BOOK1<br />
 」

村上春樹著「1Q84 BOOK1<4月-6月>」。新潮社刊、1890円。

世評によれば、バカ売れしている作家の本をようやく借りることができて、手にした上巻を速攻で読んだ。

なんじゃこりゃ、なんだかわかりやすい。中国文革派の学者から世界最終革命を標榜する農業コミューン団体に長征(移行)した新島淳良らしき人物、オウム真理教らしきカルト宗教、エホバの証人らしきキリスト教宗派などが続々登場する。それから、必殺仕事人らしき女殺し屋、フカキョンや深津絵里ならぬ美少女ふかえり…。

「空気さなぎ」や「ビッグ・ブラザー」ならぬ「リトル・ピープル」といった悪意のメタファーはまだ顔を出したばかりだが、満州国の奥深くから羊に取り憑いて現れる亡霊魂を思い出す。印象としては、新左翼からオウム真理教へ至る世界に対する怨念のようなものとの対決のモチーフが感じられる。

「世の中の大半の人間は、小説の値打ちなんてほとんどわからん。しかし世の中の流れから取り残されたくないと思っている。だから賞を取って話題になった本があれば、買って読む」といった自虐風の言葉もなるほど。

ハッピーにはならないにしても、男の都合の良いように女性たちを配置して、時折、「いじる」感じはちょっと気になるのだが。

いずれにしても、ストーリーは天吾と青豆ともに快調に進み、早く下巻が回ってきてほしいし、読みたくなる。

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2009/07/25

それでも恋するバルセロナ

ウディ・アレン監督・脚本。スカーレット・ヨハンソン。ペネロペ・クルス。ハビエル・バルデム。 レベッカ・ホール。パトリシア・クラークソン。

1人の男をめぐる3人の女たちの恋愛バトルを描くウディ・アレン監督によるラブ・ストーリー。画家の元妻を演じたペネロペ・クルスが第81回アカデミー賞で助演女優賞を獲得。ストーリーバカンスでバルセロナを訪れた親友同士のヴィッキーとクリスティーナ。彼女らはセクシーな画家フアン・アントニオと知り合い、恋に落ちるが、彼の元妻マリア・エレーナの出現で、彼をめぐる恋のバトルが始まる。(MOVIE WALKERより)

それでも恋するバルセロナ

なんという心地よい映画でしょうか。

もちろん、ハッピーエンドじゃないし、みんな幸せになのかどうかわからないけれど、でも、それでもいいじゃん。そんな気になります。

もちろん、だれでもしがらみの多い土地を離れたら、違う自由がほしくなります。札幌のススキノには地方からまじめな「先生」や「宗教家」などが来て、羽目を外すという噂を聞いたことがありますもの。

本作も生き馬の目を抜くニューヨークを離れて来たところは地中海の観光地バルセロナ。明るい光とガウディ、ミロなどの芸術が待ち受けている。当然、恋もお待ちかね、という具合。

色男の芸術家というのはおきまりなので、問題はまじめなビッキーと、奔放なクリスティーナのアプローチの違いが面白いし、なによりも元妻のマリアの登場ですべてが大荒れになるところです。

嵐のような元妻役のペネロペが賞を取ったのは当然でしょうか。「ノーカントリー」の殺し屋はラテンの香りいっぱいですし、スカーレットは半開きの唇がエッチです。

それでも恋するバルセロナ

おじさん的にはだんだん燃えてくるビッキーより、クリスティーナのほうがいいですね。ビッキーが本気になりかけたところで、元妻がバーンと一発っていうラスト、どんぴしゃりだな。さすがウディ・アレンという感じでした。

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2009/07/20

広瀬隆著『資本主義崩壊の首謀者たち』(集英社新書、本体720円)

誰が何を仕組んできたのか!?
ソ連共産主義崩壊から20年、今度はアメリカ資本主義が瓦解!
欲望を全開にし、一握りの人間達が世界中の富を貪る!そんなシステムを容認してきた結果、世界経済は破綻した… (本の帯より)

 一九八九年にベルリンの壁が崩壊して、ソ連の共産主義は崩れ去った。そして二十年が経ち、今度はアメリカの資本主義が大崩壊を始めた。AIG、シティグループなどの実質的な国有化からもそのことは明らかであり、国家による一連の救済策は資本主義のルールではなく、社会主義、共産主義のルールに則っている。
 本書は、この重大な歴史認識を持つことから説き起こして、グローバリズム~金融腐敗という未曾有の大混乱を誰が招いたのか、ことの真相を明らかにし、さらに国民の資産を守るために、日本がとるべき新しい進路を指し示す。(本のカバーより)

資本主義崩壊の首謀者たち

著書紹介によると、広瀬隆(ひろせ・たかし)とは「一九四三年東京生まれ。作家。早稲田大学卒業。近年、アメリカ合衆国の権力構造を政財界の人脈調査から精力的に分析・研究。『アメリカの経済支配者たち』『アメリカの巨大軍需産業』『アメリカの保守本流』(以上集英社新書)、『赤い楯』(集英社文庫)、『世界金融戦争』『世界石油戦争』(以上NHK出版)、『パンドラの箱の悪魔』(文春文庫)、『一本の鎖』(ダイヤモンド社)など著書多数。」とある。
 
ご存じ広瀬隆さんの現代世界論です。「ユダヤ陰謀論」とは一線を画すと言いつつ、やっぱり、そこが問題なのかな、と提起してくれます。
 
今回の著書よりも大作「赤い楯」を読むほうが、ずーっと面白かったように思います。本質論じゃなく、現状分析ですので、若干、くどくどしい語りになっているからでしょうか。
 
それにしても、資本主義国家の現在が資本主義のルールを守っておらず、資本主義という制度の崩壊を体現しているという指摘はまったくそのとおりのように思います。そこには腐敗があることもそのとおりのように思います。それをわかっていながらそうした経済行為を否定できない政治とはしょせん幻想だと思いますね。ついでに言えば、結局、資本主義は自己矛盾を抱えており、最終的には社会主義的にならざるを得ないということかもしれません。
 
今回の著書で印象に残ったのは、広瀬さんが紹介してくれたアメリカの新聞の批評マンガのレベルの高さです。資本家の掣肘はあるはずなのに、堂々と政治屋、経済屋の愚行を鋭く批判しているのには感心した。

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サンシャイン・クリーニング

クリスティン・ジェフズ監督。エイミー・アダムス。エミリー・ブラント。アラン・アーキン。ジェイソン・スペヴァック。スティーヴ・ザーン。メアリー・リン・ライスカブ。クリフトン・コリンズJ.R.。

サンシャイン・クリーニング

ローズは30代半ばのシングルマザー。ハウスクリーニングの仕事をしながら8歳の息子オスカーを育てている。妹ノラにオスカーを預けて不動産業の資格取得講座に出かけることもしばしばだが、実際に向かうのは元恋人で不倫相手の刑事マックと落ち合うモーテルだ。ある日、事件現場を清掃する仕事で大金が稼げると教えられたローズは、嫌がるノラを無理矢理誘って犯罪や自殺の現場の清掃業を見様見まねで開始する。

「高校時代はスターでも今はカスよ」と罵倒されるヒロイン。昔はアイドル的存在のチアリーダーだったのが、今や生活に追われ、恋愛にも行き詰まり、歯を食いしばって惨めさに耐える日々。そんな彼女が肉片やら血しぶきやら惨劇の痕跡をクリーンアップするビジネスで人生の一発逆転を狙うストーリーは、切実でしかもユーモアたっぷりだ。米国公開時わずか4館でのスタートが口コミで拡大し異例の大ヒットを記録した本作、仕掛けたのが『リトル・ミス・サンシャイン』の製作チームとくれば納得か。『魔法にかけられて』『ダウト』のエイミー・アダムスと『プラダを着た悪魔』のエミリー・ブラント演じる姉妹がリアルで上手い。(goo映画より)

サンシャイン・クリーニング

いいな。この感じ。

いや、別にはっきりハッピーエンドでもなんでもないのだが、全体的に楽天的、前進的な能天気さがあふれているのだ。
「私生児」であることを、そりゃあ、いけてるぜ、モテるぜ、といたいけな子どもに言って、入れ墨プリントを作るセンス。昔はブイブイ言わせていた人気者のチアリーダーが落ち目でも、私はパワフル、世の中のために役立つ仕事をしているという自己合理化。

父も、その子どもの姉妹も、その姉の子もみんな不幸(負け犬)なんだけれど、その不幸にへこたれないんだな。これって、一種の鈍感力みたいなものか。

こういうふうに人生、ポジティブにいかなきゃ、と負け犬に近いところにしょっちゅういる自分は思うのである。

主演の姉妹2人もそうだ。よく映画に出ているのだが、ほとんど印象が薄かったのも、この作品にぴったりと言うと失礼だろうか。でも、エイミー・アダムス、やっと、覚えました。

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丸井今井旭川店が閉店

丸井今井旭川店が閉店
民事再生手続き中の丸井今井(札幌)の旭川店が、2009年7月20日をもって閉店する。

旭川店は明治30年(1897年)に当時の上川郡旭川町8丁目に呉服店として開業、以来112年にわたり旭川を中心とした道北一円の一番店として親しまれてきた。しかし、流通業界をめぐる競争環境の変化に適応できなかったことなどにより失速、三越伊勢丹の配下で出直しを迫られている。旭川店の閉鎖はその一環の措置である。

閉店前日の19日夕方、旭川店に行ってみると、押すな押すなの大盛況であった。

閉店セールにだけ人が集まるというのは皮肉なことだ。五割引きは当たり前というが意外に高い。丸井今井旭川店での最後の記念にネクタイを一本買う。値段は1050円だった。

丸井今井旭川店が閉店

閉店後は従業員の雇用問題、テナントやパート労働者への支援、中核店舗を失う旭川駅前・平和通買物公園の再生などの課題が山積している。

2009年7月20日は旭川をはじめとした北海道に大きな転換の日となった。

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2009/07/18

JT将棋日本シリーズ

JT将棋日本シリーズ

二日酔いであるが、豊平公園にある北海道立総合体育センター「きたえーる」に行く。

18日はJT将棋日本シリーズ北海道大会が開かれているからだ。

朝からまず、こども大会が始まっている。会場のメインアリーナには、たくさんの将棋好きの良い子たちが、盤上の熱戦を繰り広げている。

JT将棋日本シリーズ

お腹が空いたので、レストランいち押しの五目あんかけ焼きそば890円をいただく。焼きそばといいながら、いささか汁が多い。札幌はスープカレーなるものの発祥地だけに、スープ焼きそばというところか。味については論評しない。

JT将棋日本シリーズ


午後2時25分からはプロ公式戦、深浦康市王位と佐藤康光九段の好対局も組まれている。なかなか豪華なイベントである。

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2009/07/16

語り、継ぐ。アイヌ口承文芸の世界

語り、継ぐ。


時間がとれず行きそびれていた北海道立文学館での企画「語り、継ぐ。アイヌ口承文芸の世界」展を駆け足でのぞく。「駆け足」というのは、肝心の口承部分の音声記録を聞かずに、もっぱら展示物のみを見てきたからだ。

アイヌ民族の言語文化の研究の第一人者と言われる金田一京助をはじめ、久保寺逸彦らの研究ノートをはじめ、アイヌ民族を代表する学者である知里真志保らの資料が飾られている。

知里真志保は1909年生まれ、1961年没ということである。その誕生年を見て、あーあ、そうだ、と思った。1909年と言えば、太宰治の生まれた年だよな。知里真志保は太宰治と同時代人であったのか、とあらためて感じ入った次第である。

会場入り口には知里幸恵の「アイヌ神謡集」が置かれ、さらに多くの「語り部」たちの姿を見ることもできた。私の故郷の詩人である森竹竹市の写真もあり、ひどく懐かしかった。私は森竹さんを詳しくは知らなかったが、「詩を書くおじいさん」という姿を幾度か見ている。

全体的には、もっと資料もほしい気がしたが、なかなかに貴重である。7月20日まで。


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2009/07/15

聖地チベット展

聖地チベット展
聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝展。北海道立近代美術館で8月23日まで。

二回目の鑑賞である。チベットの持つ魅力にひたる。仏教文化としては少し外れているのだろうが、それゆえにこそ、不思議なエネルギーがあふれている。

千手観音やら父母立像などを、ご婦人たちと一緒に覗きこむのは意外と緊張することだ。

聖地チベット展
聖地チベット展


守り神のくじを引いたら、愛と慈悲の女神「白傘蓋仏母=びゃくさんがいぶつも」が出た。慈愛をもって災いから守ってくれる女神で、いざという時に頼れる守り神だそうだ。本当なら、嬉しいことだ。

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2009/07/14

万城目学著「プリンセス・トヨトミ」

プリンセス

万城目学著「プリンセス・トヨトミ」(文藝春秋、本体1571円)

第141回直木賞候補作シリーズも気がつけば、第3弾になっている。とりあえず、読書モードである。

作者は万城目学(まきめ・まなぶ)と読む。

資料によれば、「1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。化学繊維メーカーに勤務ののち、『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。〈作品〉『鴨川ホルモー』2006年産業編集センター刊。『鹿男あをによし』07年幻冬舎刊=第137回直木賞候補。『ホルモー六景』07年角川書店刊。『ザ・万歩計』08年産業編集センター刊。「悟浄出立」09年2月yomyom10号。「バベル九朔」09年4月野性時代66号。」だそうだ。

本の奥付によれば「いまもっとも活躍が期待される気鋭の新人である」とのことだ。見そびれたけれど、「鴨川ホルモー」はおもしろそうな映画だった。

さて、本作。なんちゅうか大阪の物語である。大阪と言えば商人のマチ。豊臣秀吉の栄光が徳川家によって潰されましたが、その地下水脈が大阪の心のふるさとに生きているとしたら。という、ファンタジー小説です。あるいは「父が子に語る大阪国」と言うべきか。奇想天外な物語は、グンと盛り上がっていきます。

松平、鳥居、旭・ゲーンズブールという会計検査院のでこぼこトリオ。なかなかキャラも立つので、十分シリーズとしてやっていけそうです。

で、直木賞。うーん、あると思います。

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2009/07/13

貫井徳郎著「乱反射」(朝日新聞出版、本体価格1800円)

乱反射
これも第141回直木賞候補作と言うことで、読んでみる。

2歳の子どもの死をめぐる藪の中というか、バンティージ・ポイントの物語といところか。子どもの事故死の真相を探れば、すべての人が自分は関係ないと言い、だが、しかし、歯車のどこかで「加担」しているという恐ろしさを描き出す。

人間のエゴというものはいかに醜いものであろうか。

さて、エンタメ小説というが、視点というか目線が変わるので、いきつもどりつの物語はなかなかリズムに乗りきれず、その転調がなんだか面白くない。

そんなわけで、期待値は高かったが、今ひとつであった。

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2009/07/12

西川美和著「きのうの神さま」

西川美和著「きのうの神さま」。ぽぷら社刊、本体価格1400円。

15日に第141回芥川賞と直木賞の選考会があるので、少し候補作を読む。昼間は会社に出て、芥川賞の候補作の掲載された文芸誌を読む。

とりあえず候補作は以下のとおりである。
磯崎憲一郎「終の住処」(新潮6月号)
戌井昭人「まずいスープ」(新潮3月号)
シリン・ネザマフィ「白い紙」(文學界6月号)
藤野可織「いけにえ」(すばる3月号)
松波太郎「よもぎ学園高等学校蹴球部」(文學界5月号)
本谷有希子「あの子の考えることは変」(群像6月号)

第6感で「腑抜けども!」でおなじみの本谷有希子の「あの子の考えることは変」を熟読する。腐れ縁のように一緒に暮らす若い女の子の日常が描かれているのだが、「あの子」だけではなく主人公までが変なのがしみじみとおかしい。まだ人生に対して踏み出していない2人の煙突女がいつか幸せになってほしいな、と親心のように思ったことであった。

シリン・ネザマフィさんの「白い紙」も悪くなかった。もちろん、この程度の日本語作品は多くの人が書いているような気がするが、それでもどこかで悲しみを超えて生きてよ、みたいな気持ちになったことである。

ちなみに直木賞は次のとおりだ。
北村 薫「鷺と雪(さぎとゆき)」(文藝春秋)
西川美和「きのうの神さま」(ポプラ社)
貫井徳郎「乱反射」(朝日新聞出版)
葉室 麟「秋月記(あきづきき)」(角川書店)
万城目学「プリンセス・トヨトミ」(文藝春秋)
道尾秀介「鬼の跫音(おにのあしおと)」(角川書店)

きのうの神さま

帰りにジュンク堂に寄って、西川美和「きのうの神さま」を購入する。先日見たばかりの映画「ディア・ドクター」の原案であるが、映画とは直接地続きではない短編集である。

日本であるが、どうも日本らしくない場所が舞台である。そこで、繰り広げられる小さな人間ドラマがひしひしと染みこんでくる。

私的には本谷有希子、西川美和の華やかな女性2人のワンツーフィニッシュを期待してみたのだが、どうも難しいようにも思えた。

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ノウイング

アレックス・プロヤス監督。ニコラス・ケイジ。ローズ・バーン。チャンドラー・カンタベリー。

ノウイング

大学で宇宙物理学を教えているジョンは、ある日、小学生の息子ケレイブが持ち帰った紙に書かれた数字に目を留める。そこには過去に起きた大惨事の日付と犠牲者の数が書かれていたのだ。しかもそれは、50年前に小学校に埋められたタイムカプセルから出てきたものだった。やがて数字に予告された日付に大事故が起きる。さらに数字の最後には、人類がかつて遭遇したことがない大惨事が待っていた…。

“アカデミー賞受賞俳優”という功績を忘れ去ったかのように、このところひたすらB級作品やSF映画に出演し続けるニコラス・ケイジ。きっと彼自身、心底、そのジャンル映画が好きなのだろう。そのニコラス・ケイジがカルトSF『ダーク・シティ』のアレックス・プロヤス監督とタッグを組んだ新作は、“歴史上の大事件はすでに予言されていた”という有名なトンデモ話を、派手なCGを駆使して描いたもの。小さな息子と二人暮らしの大学教授が、やがて地球規模の大惨事が来ることを知った時、彼はどう行動するか。「エゼキエル書(旧約聖書の中の預言書)」をはじめ、聖書の引用が散りばめられているのもトンデモ話的で、ミステリーだと思ってみていると、後々の展開に驚くだろう。(goo映画より)

ノウイング

アレックス・プロヤスというと「ダーク・シティ」を思い出します。あの時間のゆがんだ世界を作り出して、なおかつ解放のイメージを表現した監督には注目しておりました。

されども、本作ですが、災害シーンのすさまじさには目を奪われるのですが、話のほうはスケールが大きい尻すぼみのような展開で、「おいおい、それでいいのかよ」みたいな不思議な結末に唖然といたします。キリスト教の世界観には審判の日と再生みたいなものが必ずあるようで、神様も方舟(はこぶね)も今回はしっかりと宇宙人であることを教えてくれます。

宇宙には400万個くらい地球と同じ環境の星があるそうですから、地球が環境汚染やなんやかやで駄目になったら、選ばれた人間をどこかの違う宇宙の疑似地球につれていけば、再生は図れるというわけです。その発想って、良いときは獲物をがっつりいただいて、駄目になればさっさと逃亡するグローバリゼーションのハゲタカ外資のように思えるのは私だけでしょうか。

ノウイング

ニコラス・ケイジの独演ショーのような映画、その他のキャストはあまり関係ありません。一応、参加することに意義あり、みたいな登場ぶりです。その宇宙論を研究している大学教授のニコラス・ケイジですが、夜のお楽しみはウィスキーを飲むことで、毎日深酒しては、翌日、苦労するようです。なんだか気の毒です。「宇宙戦争」でもそうですが、最後は「家族愛」にたどりつくのは、いつもどおりです。でも、監督は感傷にひたる余裕もなくすべてを破壊し焼き尽くします。昔の永井豪の漫画のような破滅衝動があるのでしょうか。

見応えあったよ、と感想を述べることはできますが、それはまさしく映像に対する賛辞に留まります。

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2009/07/11

ディア・ドクター

ディア・ドクター

西川美和監督・脚本・原作。笑福亭鶴瓶。瑛太。余貴美子。井川遥。香川照之。八千草薫。

山間の小さな村のただ一人の医師、伊野が失踪した。村人たちに全幅の信頼を寄せられていた伊野だったが、彼の背景を知るものは誰一人としていなかった。やがて刑事が二人やってきて彼の身辺を洗い始める――。失踪の2か月前、東京の医大を出たばかりの研修医・相馬が村にやってくる。看護師の朱美と3人での診察の日々。そんなある日、一人暮らしの未亡人、かづ子が倒れたとの一報が入る……。

『蛇イチゴ』『ゆれる』の西川美和監督が、笑福亭鶴瓶を主演に迎え、僻地医療や高齢化など現代の世相に切り込んだ人間ドラマの秀作だ。本作で映画初主演を務めた「日本で一番顔を知られた男」笑福亭鶴瓶が演じるのは、無医村に赴任した医師。村人から全幅の信頼を集めながらも、謎に満ちた彼の素性――。その医師の失踪をきっかけに浮かび上がる彼の行動と人物像を軸にした心理劇が展開される。『アヒルと鴨のコインロッカー』の瑛太をはじめ、八千草薫、余貴美子など、若手やベテランともに実力のあるキャストが集結した。前2作同様、“善”と“悪”の両極では決して語れない人間の複雑な内面を描くことに定評のある西川監督の脚本が秀逸だ。(goo映画より)

ディア・ドクター

このブログは極めて限定的な世界なので、一応備忘として書いておけば、本作は「日本にせ医者物語」である。一人の「にせ医者」を通じて、日本社会の持つ怪しげなグレーなあり方を浮かび上がらせる。そこには、断定的な見方はなく、矛盾を矛盾として引き受ける覚悟のようなものを感じさせる秀作である。

西川監督の前作「ゆれる」は兄弟の心の「揺れ」を描いたが、本作は人間関係というよりも、社会の「揺れ」を見つめているといえようか。

それにしてもキャストが豪華である。おなじみの香川照之は薬品メーカーのプロパーを卒倒するほど見事に演じている。井川遥は「トウキョウソナタ」でもなかなかのピアノ教師を演じていたが、今回は母親と疎遠な女医をしっかりと演じている。そして、母親役の八千草薫さまは年を重ねられてますます凛とした色気を感じさせてくださいます。あと主役の鶴瓶、瑛太、余貴美子のトリオは漫才顔負けの息のあった掛け合いを続けてくれる。最初から「にせ医者」はバレバレなのであるが、そこに観念=制度と現実の歪みを、しっかりとしたエピソードで照らし出すところが西川監督の力量というものであろうか。


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聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝展

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展
聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展
11日から、北海道立近代美術館で、チベット美術の展覧会が始まる。

早起きして、午前9時からのオープニングセレモニーをのぞく。会場にはチベットらしい色布が飾られている。

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展

チベット仏教文化はインドの仏教と民俗的なヒンズー文化を混淆した密教文化である。それゆえに禁欲的なそれではなく、官能的な豊饒さをエネルギッシュに表現している。仏像も最後は怒るのであろうが、とりあえずは優美に腰をくねらせたり、激しく交接している。観音様、弥勒様、文珠様、そしてお釈迦様までエロチックである。

実物を見るのは初めてであるが、ケタ違いの感動を覚える。すごいぞ、チベット。必見か。観覧料は1200円で、8月23日まで開催だ。

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展


売店でチベットグッズを買ってから、事業局の喜多さんと喫茶店で雑談。グランベリーとユズのソーダというハイカラなドリンクをごちそうになる。

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2009/07/07

浅草など訪問

浅草など訪問
7月から職場が変わった。業務連絡などあり、久しぶりに東京に出張する。初日は友好関係にある三社の担当部長に挨拶まわりやら打ち合わせやら。夜は将棋関係者らのパーティーに出席する。盛況。


私を含め同じ事務局に出向していた局長、部長がそれぞれ4人ずつ集まった。だいたい20年間くらいの長さで、なんだか大同窓会である。


翌日は上野の山に美術展でも見に行くつもりだったが、乗り過ごし浅草に着いてしまった。引き返す気力があまりの暑さに失せ、飛行機の時間まで浅草寺界隈を散策する。
浅草など訪問
浅草など訪問

おみくじを引いたら、見事に「凶」だった。やはり、運気は下降しているようだ。厄除けの御守りなど購入する。


20年ほど前、2年ほど隅田川を挟んで向かいの墨田区吾妻橋に住んでいて、会社までは浅草始発駅の地下鉄を使い、週末は家族で浅草で遊んだものだ。なんだか遠い昔のことのようだ。いろいろな変化がある。一番変わったのは、雷門の前にあった北海道拓殖銀行の支店が消えたことか。食べ物屋は立ち食いそば屋を含め、結構しぶとく頑張っている。

浅草など訪問

東京は12日まで都議選の真っ最中というが、思ったより静かだった。新橋駅のSL広場の車両に横断幕がかけられていたが、なんだか似合わない。

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2009/07/05

また白老の実家に

また白老の実家に

母親の具合があまり良くないというので、また白老の実家へと行く。

特急すずらんは、相変わらず乗客が少ない。私の車両には最大時3名、降車時2人という乗車状況であった。白老に止まる特急は極めて限られているのだが、この調子では室蘭行きが減らされると、いささか困ったことになる。

母はだんだん起きられなくなってきたという。もしかしたら入院することになりそう、ということだったが、会ってみると思ったより元気であった。とりあえずほっとする。

昨日から幾つかの頼まれ仕事の一つをこなしているのだが、頭痛が襲ってきて、体があまり動かない。頭痛薬がないので鎮痛剤やら救心やら葛根湯やらを飲みまくっている。なんだか、マイケル・ジャクソン状態だ。それでも治らない。

母には明日からは上京する用事もあるので、申し訳ないが、早めに引き上げる。

帰りの列車は30%程度の乗車率で、ずいぶん乗っているなあ、と驚く。

家に戻ってから、また頼まれ仕事の続きをする。2日間で約14時間の拘束である。「ギャラが出ますから」と言われたけれど、結構しんどい。

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