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2009/02/01

初めての歌志内

初めての歌志内

1月31日続き。午後2時1分のバスは休日のせいか、思ったほど混んでいなかった。

砂川市内で数人が降り、ところどころで、少し人が乗ってきた。しばらく行くと、上砂川町である。役場の前を通ってからまた戻ってくる。住民の足らしい走り方だ。

そこから右に折れて、歌志内に向かう。一本道だ。アップダウンはあるが、右にも左にも住宅や商店、廃屋が続く。家並みはとぎれることなく、市街地は十分、町ではなく市である。だが、日本一のミニ市として知られる。

歌志内市のホームページによると、「明治30年代、歌志内市の人口は7千人余りでしたが、明治40年代に1万人、大正時代には2万人を突破し、空知管内でも有数の一大炭鉱都市を形成しました。昭和になってからも人口増加はめざましく、戦後の昭和23年に本市最多の4万6千人を記録しました。
 その後、昭和36年ころまで4万人前後の人口を保っていましたが、昭和40年代に入ると、石炭産業の不振から閉山が相次ぎ、まちは過疎化の一途をたどり、昭和56年にはついに1万人を割りました。さらに、平成7年3月の空知炭鉱閉山が人口減少に拍車をかけ、平成19年には5千人を下回り、現在も減少傾向が続いています。 」とのことだ。
 
いくつかの中心街を経て、「歌志内市街」という停留所で降りる。炭鉱の街だけに、炭鉱のヤマがあるところ、会社のあるところに、それぞれ中心地ができたのだろう。砂川から約40分である。大きな郵便局やスーパーが目立つ。その隣にあるこぎれいな建物が目指す場所だ。

歌志内市郷土館ゆめつむぎ。再び市のHPから。

「炭都として栄えた歌志内の歴史や文化を、立体映像やパソコン検索などの最新技術を駆使して紹介する郷土資料館です。 立体ハイビジョンによるシアターや大型採炭機械の実物展示があり、娯楽感覚で炭鉱のマチを体感することができます。 また、収蔵展示室には古い時代の家財や電化製品などを数多く展示しており、昭和の時代にタイムスリップしたかのような懐かしい光景を再現しています。」

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