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2008/12/23

吉本隆明の時代

吉本隆明の時代
すが(糸ヘんに圭)秀実著。作品社刊、本体価格2800円。

力作である。吉本隆明がいかにして、「普遍的」知識人となったかを戦後の「論争」を通じて明らかにしていく。

文学批評の正系として小林秀雄を継ぐ者となり、「文学者の戦争責任」論の展開、60年安保全学連との随伴、そして疎外論をめぐる異端の知識人として黒田寛一を超える教祖となり、市民社会に安住する学者・丸山真男を根底からうちのめし、そして、昼寝の季節を超えてなお、岩田危機論や広松物象化論、津村差別論を超えて、なお影響力を行使していることを明らかにする。

もちろん、スガは吉本を強く支持しているのではない。結果的にそうなった、その理由を示しているだけだ。

スガはむしろ花田清輝(「砂のペルソナ」論はスガの初期評論であった)や武井昭夫の系譜から、吉本を眺めている。吉本は自分を根底的な、あるいは呪われた場所に、あるいは疎外された場所に追い込み、対抗者を超えていくとされる。花田と吉本の政治と文学論争など、実質は花田が勝っているにもかかわらず、吉本の勝利のように流布され、定着したというわけだ。

本書の立場については、とりあえず批評しない。スガは本書を彼の友人であった在日の李兄弟へのレクイエムとして書いているからだ。若き日のスガは学習院大学にあって醜悪な党派が跋扈する中で、全共闘派として戦い抜いた。その同志が李青年であった。党派との争いのために前歯を折られたという伝説もあるスガの同志・李は激烈な吉本派であり、その思想を支持する運動体にいた。つまり、スガもまた吉本隆明の若き支持者だったはずだ。そして、悲運の同志の死をその故郷まで赴いて、鄭重に見送った律儀さを私は伝え聞いて知っている。そのスガの優しさを本稿では最大限に尊重する。

吉本隆明にまつわる近年の大衆性(エンゲルス化)を私は憂えているが、しかし、吉本のラディカリズムは多くの誤りがあっても変わらない、という立場を私はとり続けている。「国家はまぼろしだ」という吉本の情況への発言により、組織論の桎梏から私どもはどれだけ励まされたことだろうか。そのことを否定してはならない。

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