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2008/11/30

僕らのミライへ逆回転

僕らのミライへ逆回転
ミシェル・ゴンドリー監督・脚本。ジャック・ブラック。モス・デフ。ダニー・グローヴァー。ミア・ファロー。シガーニー・ウィーヴァー。

いまだにビデオテープしか置いてない街角のレンタルショップ。そこは30年代に活躍した伝説のピアニストの生家だというが、いまや再開発のため取り壊しの運命に。そんな中、店員のマイクは店長から店の留守を預かる。やる気満々のマイクだが、近くのトレーラーハウスに住む友人ジェリーが起こした「事件」のせいで、店の全ビデオの中身が消去されてしまう。困った二人は自分たちで映画をリメイクし、それを客に貸し出すのだが…。

「貸す中身がないなら、自分たちで作ってしまえ!」という発想で次々に名作・旧作映画をリメイクしていくのは、『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックとラッパーのモス・デフ。リメイクされるのは『ゴーストバスターズ』『ロボコップ』『ライオンキング』など一貫性はない。だが、手作り感がうけ、評判を呼んでいく。監督は『エターナル・サンシャイン』のミシェル・ゴンドリー。本作ではとくに奇をてらった映像は出てこない。むしろ「映像派」と言われることに反発するかのように、メジャー作品を登場人物たちがチープにリメイクしていくのだ。それが人気を呼ぶというところに、メジャーに対するアンチテーゼが含まれているのだろう。(以上、goo映画より)

ミシェル・ゴンドリーは「エターナル・サンシャイン」「ヒューマンネイチュア」などの監督で、昨年公開作品では「恋愛睡眠のすすめ」が記憶に残っている。発明オタクで不器用なイラストレーターの青年が夢の中で恋愛ゲームを始めるという不思議な映画だった。ミュージックビデオでもエンドレスの不思議な画像を撮ったりして、一種の天才だ。

本作にあふれ出る映画愛。これはすごい。リメーク版をジャック・ブラックらが作るという設定だが、実際はゴンドリーの夢の実現行為だろう。映画への愛が本当はどこから生まれるのかを、一つの街の物語として、見事に立ち上がらせている。

面白いのはエイリアン退治のシガニーが海賊版狩りにやってくる場面だ。自分たちはリメーク映画ばかりをつくっているのに、すぐさま権利を言い出すハリウッドへの皮肉であることは明らかだろう。その意味で映画愛と同時に、きわめて批評性の高い作品でもある。アメリカについて私は実際のところは知らないが、いかにも時代遅れのビデオなんかがありそうに思えてしまった。

どこかで本作をジュゼッペ・トルナトーレの「ニュー・シネマ・パラダイス」と比較して述べている紹介文を読んだ。トトとアルフレードの素朴な物語性はいわば家族(対幻想)の世界であるのに対して、こちらはかなり社会の物語(共同幻想)になっているところが異なる。批評的でありながら、メルヘン的でもある。イタリアとフランスの感性の違いか。

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コメント

お誕生日おめでとうございます。私もこの映画を観ましたが、いろいろ「分からん!」と苦悩してしまい、自分の日記にだらだら書いてしまいました。できの悪いたくらんけで申し訳ない。

投稿: わたじゅん | 2008/12/02 01:26

わざわざ、ありがとうございます。確かに、発電所じゃ、へんでしょ(変電所)ですね。なぞの電磁波がないと、リアリズムのままですから、あそこの感電でアナザーワールドに入るわけですよね。あとはメルヘンというか妄想モード(電波系)でいいんじゃないですか。テーマも明解だし。

投稿: 席亭うど | 2008/12/02 12:32

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