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2008/11/30

僕らのミライへ逆回転

僕らのミライへ逆回転
ミシェル・ゴンドリー監督・脚本。ジャック・ブラック。モス・デフ。ダニー・グローヴァー。ミア・ファロー。シガーニー・ウィーヴァー。

いまだにビデオテープしか置いてない街角のレンタルショップ。そこは30年代に活躍した伝説のピアニストの生家だというが、いまや再開発のため取り壊しの運命に。そんな中、店員のマイクは店長から店の留守を預かる。やる気満々のマイクだが、近くのトレーラーハウスに住む友人ジェリーが起こした「事件」のせいで、店の全ビデオの中身が消去されてしまう。困った二人は自分たちで映画をリメイクし、それを客に貸し出すのだが…。

「貸す中身がないなら、自分たちで作ってしまえ!」という発想で次々に名作・旧作映画をリメイクしていくのは、『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックとラッパーのモス・デフ。リメイクされるのは『ゴーストバスターズ』『ロボコップ』『ライオンキング』など一貫性はない。だが、手作り感がうけ、評判を呼んでいく。監督は『エターナル・サンシャイン』のミシェル・ゴンドリー。本作ではとくに奇をてらった映像は出てこない。むしろ「映像派」と言われることに反発するかのように、メジャー作品を登場人物たちがチープにリメイクしていくのだ。それが人気を呼ぶというところに、メジャーに対するアンチテーゼが含まれているのだろう。(以上、goo映画より)

ミシェル・ゴンドリーは「エターナル・サンシャイン」「ヒューマンネイチュア」などの監督で、昨年公開作品では「恋愛睡眠のすすめ」が記憶に残っている。発明オタクで不器用なイラストレーターの青年が夢の中で恋愛ゲームを始めるという不思議な映画だった。ミュージックビデオでもエンドレスの不思議な画像を撮ったりして、一種の天才だ。

本作にあふれ出る映画愛。これはすごい。リメーク版をジャック・ブラックらが作るという設定だが、実際はゴンドリーの夢の実現行為だろう。映画への愛が本当はどこから生まれるのかを、一つの街の物語として、見事に立ち上がらせている。

面白いのはエイリアン退治のシガニーが海賊版狩りにやってくる場面だ。自分たちはリメーク映画ばかりをつくっているのに、すぐさま権利を言い出すハリウッドへの皮肉であることは明らかだろう。その意味で映画愛と同時に、きわめて批評性の高い作品でもある。アメリカについて私は実際のところは知らないが、いかにも時代遅れのビデオなんかがありそうに思えてしまった。

どこかで本作をジュゼッペ・トルナトーレの「ニュー・シネマ・パラダイス」と比較して述べている紹介文を読んだ。トトとアルフレードの素朴な物語性はいわば家族(対幻想)の世界であるのに対して、こちらはかなり社会の物語(共同幻想)になっているところが異なる。批評的でありながら、メルヘン的でもある。イタリアとフランスの感性の違いか。

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センター・オブ・ジ・アース

センター・オブ・ジ・アース
エリック・ブレヴィグ監督。ブレンダン・フレイザー。ジョシュ・ハッチャーソン。アニタ・ブリエム。声:沢村一樹。入江甚儀。矢口真里。

今は亡き兄の遺志を継ぎ地質学研究に打ち込む冴えない男トレバーは、3年ぶりに甥っ子ショーンを預かった。ちょうどその日、過去に取り付けたアイスランドの地震調査装置が異常な計測地を示していることが発覚する。トレバーは、ぶっきらぼうで何事にも無関心なショーンに困りながら、ともにアイスランドへ。現地山岳ガイドのハンナを加えて現場のスネフェル山脈にたどり着いた彼らを、激しい落雷が襲う。避難のために入った洞窟を進むことになる3人に、突如地底世界への入口があらわれた。果てしない縦穴を経てたどり着いたのは、誰も見たことのない前人未到の地底世界だった…。

ディズニーシーのアトラクションでお馴染み、冒険SF小説の金字塔ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」の世界を完全映画化。主演のトレバーに「ハムナプトラ」シリーズのブレンダン・フレイザー、甥のショーンに『テラビシアに架ける橋』のジョシュ・ハッチャーソン。監督は、米映画界でビジュアル・エフェクトの第一人者として活躍するエリック・ブレヴィグ。本作は、最新の立体デジタル撮影装置フュージョン・カメラ・システムを使用した初の長編大作。(作品資料より)(goo映画より)

本作にはほとんど感想はありません。単純に面白かった。本来3Dで見て楽しいはずの映画を2Dで見たこと、英語版のはずが日本語吹き替え版だったことが不覚か。それから、友達や恋人同士で見ると騒げただろうが、一人寂しく見たことが残念だったことか。

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ゾンビ・ストリッパーズ-ライバル倒すにやゾンビになるか

ゾンビ・ストリッパーズ
ジェイ・リー監督・脚本。ジェナ・ジェイムソン。ロバート・イングランド。ティド・オーティズ。

そう遠くない未来。第4期目のブッシュ政権は世界各地で戦闘活動を継続していたが、慢性的な兵力不足に悩まされていた。この問題を解決するため、軍とW産業は死人を蘇らせるウィルスを共同開発する。しかし研究所でウィルスが蔓延。感染力の強さからそれは次々と感染者を増やし、掃討作戦でやってきた兵士にも感染してしまう。感染により自らの抹殺を恐れた兵士は場末のストリップクラブへと逃げ込み……。(goo映画より)

そのタイトルの通り、ゾンビ+ストリッパーの夢の(?)競演が実現したホラー・コメディ。研究所から漏れたウィルスに感染しゾンビ化したストリッパーたちが、セクシーかつインパクトの強いポールダンスを繰り広げる。人気ストリッパーのキャットを演じるのは、かつてポルノ界の女王と呼ばれたジェナ・ジェイムスン。そのセクシーさには男女問わず目をひきつけられるはず。またポールダンスだけでなく、見事なタップダンスも披露している。『エルム街の悪夢』でフレディ役を演じたロバート・イングランドも出演。ストリップクラブの主として存在感を放っている。(goo映画より)

ゾンビとストリッパー。すごいな。この発想。エロスとタナトスか。深いというか、薄っぺらいというか。

なにしろ、設定がすごい。ブッシュが大統領やっているものだから、アメリカは世界中で戦争やっている近未来。(いやあ、辞めることになってよかった)。それで、兵士が足りないから、ゾンビ兵士を開発しているというのだからね。そして、ストリッパーたちの思想もすごい。敬虔な純潔主義のクリスチャンもいれば、ニーチェ主義・虚無主義者、トロツキストまでいる。

今回のゾンビはゾンビなのに、まだ完全に頭の中がゾンビになるまでは職業意識がきわめて高いというのが特徴だ。つまり立派なストリッパーのままなのだ。そして、本来は動きが鈍くなるはずなのに、ストリッパーである限りは、激しいセクシーダンスを全身で繰り広げるのである。そして、その職業意識の高さから、自らゾンビになる人が後を絶たないというのも面白い。死の衝動はエロスであり、生の飛躍なんだ。

ライバル同士がゾンビになって繰り広げるダンス合戦。回転するわ、開脚するわ。最後には、普通の映画ではやっていけないはずの秘技というか、下半身の力でスーパーボールが飛ぶし。一番のワルの博士が見事に復讐されて、ジエンドだし。参ったね。

ストリッパーズというタイトルのせいか、ゾンビ映画ファン以外と思われる客も結構入っていましたね。でも、満足度はどうかな。あまりエロとかを期待しないで、何か前衛劇団の芝居小屋に紛れ込んじゃったと思うと、ワラジも入っている山賊の大鍋を味わうようなスリルがありますね。

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2008/11/29

GSワンダーランド-日本がお祭りだった時代の点描

GSワンダーランド
本田隆一監督。栗山千明。水嶋ヒロ。浅利陽介。温水洋一。三倉茉奈。三倉佳奈。ケンドーコバヤシ。大杉漣。高岡蒼甫。武田真治。杉本哲太。岸部一徳。

1968年、GS(グループサウンズ)ブームの頃。新人バンドを捜していたレコード会社、ファインレコーズは、弱小プロダクションを営む浅井をスカウトに走らせた。そんな時、見出されたのがマサオたち「ザ・ダイアモンズ」の3人。だが、レコード会社が用意していたのはオルガンがメインの楽曲だった。そのため、梶井は以前事務所に押し掛けてきた歌手志望のミクを男装させ、新メンバーにしてしまう。こうして即席バンド「ザ・タイツメン」のデビューが決まったが…。(goo映画より)

1968年か。おらは17歳だな。つまりは高校生だった。映画の中で、「サイケに、アングラ、学園紛争、日本中が祭りでしょ」と主人公たちが言うシーンがある。祭り。そうだ、そんな時代だった。でも、田舎なので、しかも少し年少なので、本当の同時代じゃないけど。ニアリーだな。

当時は、グループサウンズが音楽の主役だったわけではない。大人の音楽の世界から見ればそれは異端の、若者のはしかのようなものにすぎなかった。もうひとつ、GSのバカ騒ぎに対して、やれ団結だ、手をつなごう、みたいなフォークソング(プロテストソング)もじわじわと流行っていた。それは、うたごえ運動の変種のようでもあった。

フォークソングかグループサウンズか。
心情的にはGS派だった、と思う。どうも、説教臭い音楽など、快楽的じゃありゃしないからだ。昼休みなどに、先輩と称する大学生がやってきて、「はい、手をつないで」「僕らは進む」なんたらかんたらと、偉そうに歌唱指導するものだから、啓蒙しやがって、とフォーク兄ちゃんに敵意を抱いたものだ。

おらは確か苫小牧の王子スポーツセンターにザ・タイガースがやってきたので、実演を見ている。加橋かつみの高音がきれいな「花の首飾り」やジュリーの歌声が甘い「銀河のロマンス」にしびれたものだ。クラスのあんちゃんたちも早速、GSバンドをつくっていた。その隣ではベンチャーズやってるのもいるし、そのまた隣ではショッキングブルーのヴィーナスのチャカチャカチャンなんてイントロやっているのもいる。そりゃあ、エレキ-GS-ロック・ポップスのほうにあこがれたものさ。

さて、本編だ。
結論はこうだ。「コラージュでは時代と寝ることはできないぜ」。
つまり、熱狂を伝えたかどうか。マジカル・GS・ワンダーランド・ツアーとしてはもっと魅力的な物語ができただろうということか。

でも、栗山千明、いいね。タイツがよく似合っていた。そして、温水四人組。クールファイブぽっくて、良かったな。全般は今ひとつだけ、少なくともエピソード的ないくつかは楽しめた。そこは十分評価できる。

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2008/11/26

チロの仇を討って、どうする

新聞各紙の報道によると、元厚生次官ら連続殺傷事件の容疑者の小泉毅容疑者が、出頭前に山口県柳井市の父親に送った手紙の中で、「1974年4月5日(金)に、飼い犬の『チロ』が保健所に殺された。その仇をとった」と書かれていたという。

なんだかよくわからない事件だが、ますますわからないうえに、少し困惑している。別に珍しい話ではないだろうが、私もその昔、「チロ」という北海道犬の雑種を飼っていたことがあるからだ。

Photo_3


うちのチロは生まれてまもなく、友達の家からもらってきた。私が小学4年生の時だった。小さいのでネコが親代わりになって育てた。外に出してからは、私が毎日散歩に連れて行った。夕日の大好きな犬で、一緒に胆振の山々に落ちていく太陽を何百回となく眺めたものだ。

ずっと長生きしたが、私が社会人になってまもなく、失踪して、そのまま帰って来なかった。少し前から、おそらくガンを患い、ずいぶん痩せてきていた。きっと、鎖で拘束されて生活している自分に耐えられなくなって、自由を求めて旅に出たのだろうと思った。オンボロの犬小屋は数年間はそのまま残してあったが、いつしか壊れてしまった。

チロは死んだのだろうと思いつつ、でも、いつか、やっぱり家がいいな、と戻ってくる気がしていた。それは空しい願望だった。

忘れていたチロが、ひょんなことから蘇った。小泉容疑者はおかしいところが多すぎるが、でも、チロという犬を本当に好きだったのかもしれないと思う。だからと言って、人間を殺傷して、本当に仇を討ったことになるのか。父と子の関係の奈落を含め、飛躍しすぎている。成長の止まった心の氷点が痛ましい。

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21歳の新鋭作家、そして官能小説家が…

25日の夜、北海道新聞の文学賞の授賞式があり、門外漢であるが、少しのぞかせてもらった。

なにしろ、今回の文学賞の受賞者は釧路に住む21歳の青年、窪田貴さんである。「焚き火端会議」という作品は読んでいないが、なかなかの力作との評である。窪田さんに「不退転で作品を書いているというのはすごいね」と声をかけると、「自分の人生から小説のない世界は考えられません」という。ちょっと、強烈だ。好きな作家は三島由紀夫だそうだ。そこで、「今日は三島の命日だよ」と言うと、「あっそうですか」と反応は今ひとつだったのが残念である。

毎日夜中に数時間、小説を書いているそうだ。「1日に5、6枚ですね」と言う。「それなら、新聞の連載小説が書けるよ」と、どうもオヤジは気の利かないフォローをしてしまうからいかん、イカン。

そこに、美女が3人現れた。2人までは今や売れっ子の朝倉かすみさん、それから昨年の受賞者、まさきとしかさんだ。窪田青年に、おネエさんたちがエールを送っている。青年はこれから美女たちの間を進むのだから、大変である。東京に移り住んだと言っていたまさきさんは北海道に戻ったという。そりゃ、北海道的にはうれしいことだ。

さて、美女の3人目である。これが聞いてびっくり。官能小説家だそうだ。その名は、蛭田亜紗子さん、という。ヒルタアサコ。タが濁れば、昼だ朝子か。すごいな。で、蛭田さんは新潮社の「第7回女による女のためのR-18文学賞」で「自縛自縄の二乗」という作品で大賞を受賞しているそうだ。

略歴を見ると、「1979年11月28日生まれ。札幌市出身・札幌市在住。広告会社勤務。好きな作家はトルーマン・カポーティ、安部公房、谷崎潤一郎ほか。好きな香りはローズマリー、フランキンスセンス、春の匂い、飼い猫の匂い。」とある。29歳だね。

作品のさわりを。

<紐を指定の長さに切断したあと、パソコンの前で服をすべて脱いだ。裸の肌は警戒してすくんでいるようだった。「菱縄縛りのつくり方」と題されたページを見ながら紐を首にとおし、鎖骨のしたで結び目をつくる。紐が肌を滑ると、かすかに鳥肌のさざなみが起こった。さらに結び目を増やし、足のつけ根にくぐらせる。秘められた部分がそっとくすぐられ、とたんに罪悪感で胸がつまる。やめようか、と逡巡したが、窓のカーテンがぴたりと閉まっていることを確認してから、再び手を動かした。うなじにとおし、胸もとに持っていき結び目と結び目のあわいに入れて背へ。乳房がくびり出される。なんだか胸だけ外気にさらされているようで心もとない。… >

あわわわわわわああ。

「どんな抱擁より、愛よりも私の躰と心を抱きとめるのは、縄。緊縛の快楽があれば、独りで生きていける」。

どうしましょう。緊縛です。団せんせい。

ちなみにR-18には2作応募したそうで、「半年間で短い小説を3作書いて、そのうちの2作です。もう1作は文學界新人賞に応募しました。」という。ということは、純文学作家でもあるのだ。

詳しくは新潮社のページ。
http://www.shinchosha.co.jp/r18/jyushosaku/no7_hiruta.html

スポンサーのページ。
http://www.aruze.com/company/support/r18/7th/index.html

写真をみると、昨日は気づきませんでしたが、なかなか魅力的な美女ですね。(そう言えば、同じ美女・官能つながりの釧路発の、しのさまにはなかなか会えませんね)

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2008/11/25

三島由紀夫の命日に思う

忘れていたが、きょうは三島由紀夫の命日、右翼的に言えば「憂国忌」である。

1970年11月25日、三島由紀夫は楯の会の同志諸君と、東京・市ヶ谷の自衛隊に押し入り、隊員を前にバルコニーから、国軍たる自衛隊の武装決起を呼びかけた。しかし、自衛隊員からは嘲笑を浴びるだけで、その志は通じず、配下の隊員に介錯を頼み、切腹、自死した。

そうか。あれから38年か。と、遠い目になる。

ちょうど、1日前の70年11月24日。自分は大好きだった「Yさん」と北大生協2階の喫茶店でデートしていた。それは初めてのことだった。僕はYさんに世の中のことをどう思うか、聞いていた。政治はどうなのか、社会はどうなるのか、など。そりゃあ、デートには不向きな話だわな。

結局、振られるわけだが、その時、自分は三島由紀夫のことを少し話した。自分はニーチェや三島由紀夫に影響されてきた。だが、三島的な生き方や思想は早晩だめになる。限界だろうというようなことを述べた。そして、自分の中には吉本隆明の自立思想というものに強い関心が生まれている。三島やニーチェの強者の論理ではなく、社会を必死で生きている大衆の可能性を思想的に追求していくのだ、などと話していた。大人のYさんは、つまりは自分などを相手にしておらず、「あなたはあなたの道を行けばいいわ」と言ったように思う。

そして、そんなことを話した翌日、三島は自衛隊クーデターを目論見、自害するのである。自分の暗い予感は1日をおかず、実現していた。ショックだった。あえて後日談を語れば、Yさんとはその後、音信不通となる。他大学に移ったとも、某過激派集団の中に姿を見たという噂も聞くが、真相は不明である。一方の自分はその後、いくつかの彷徨が続くが、吉本主義者として今日まで基本的には変わっていない。

もし、三島やニーチェ的な強者の論理へ没入していれば、自分は違った道を歩んでいただろうと思う。三島の「文化防衛論」などをもう読むことはないが、文学と政治の不思議な魅惑がなかったと言ったら嘘になる。

人は「寸前」のところで、違う道を歩む。尊大な言い方かも知れないが、それは偶然ではなく必然である。自分が三島や右翼のほうに行かなかったのは、自分の中の大衆的なものが少なくとも戦後的な価値の中にあったからだと思っている。その意味で、自分は戦後社会に批判的であるが、それでも戦後的価値を最高の部分で承継したいと考えている。そのことは、いささかも揺らいではいない、と対岸にある憂国忌の日に確認しておきたい。

ちなみに、11月25日は吉本隆明の84回目の誕生日である。

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市民ケーン

オーソン・ウェルズ監督。オーソン・ウェルズ&ハーマン・J・マンキーウィッツ脚本。グレッグ・トーランド撮影。バーナード・ハーマン音楽。
オーソン・ウェルズ。ジョゼフ・コットン。ルース・ウォリック。ドロシー・カミンゴア。アグネス・ムーアヘッド。

原題「Citizen Kane」。1941年米国。荒廃した壮大な邸宅の内で、片手に雪景色の一軒家のあるガラス玉を握り、“バラのつぼみ"という最後の言葉を残し新聞王ケーン(オーソン・ウェルズ)は死んだ。死後のケーンに与えられた賛否の声は数多かったが、ニュース記者トムスンは“バラのつぼみ"の中にケーンの真の人間性を解く鍵があると信じ彼の生涯に関係のある人々に会うことになった。(goo映画より)

「市民ケーン」。名前だけは聞いていた。だが、未見であった。「市民ケーン」であるから、腐敗した政治経済権力と戦う正義のペン、みたいなものをイメージしていた。冗談じゃなく、本当です。知らないというのは恥ずかしいことです。

雑誌の付録に付いてきていたものの、忙しさにかまけて放置してあったのだが、そのDVDをようやく見ることになった。感想。すごいな。いわゆる「破天荒 巨人伝説」を探るドキュメンタリーであった。

1人の青年がいかにして新聞王になったか。何をしたか。人としてどう愛したか。何を失ったか。重層的、多面的、時間遡及的に物語は展開します。そしてカメラ・アングルがすごい。ずっと舐めたり俯瞰したり鏡像的だったり。さらに明るかったり暗かったり影があったり。そして廃墟と黄金郷が同時背反的だったり。役者は抜群の演技力でセリフを言う。特に、主演のオーソン・ウェルズはスキャンダルで敗れる知事戦での迫力満点の演説なんかは、すごいです。新聞社が乗っ取られるとどうなるかも寓意的です。

それでいて、孤独が抜けません。「バラのつぼみ」が謎のキーワードです。わたしゃ、「薔薇の名前」なら昔、見たことがあるような気がしますが、こちらは、いささか性的な比喩のように思えますが、最後に、ああ、ケーン少年の原風景なのね、と燃えさかる火の中で明らかになります。フィルム・ノワール的です。あるいは、ちょっとロッキー・ホラー・ショー的な異界感もあります。とにかく、いろんなインスピレーションが触発されてきます。そんな凄い作品でした。

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2008/11/23

帰省

帰省
帰省
連休なので実家に帰省である。あまり雪の降らない所であるが、先日の寒波の影響か、少し白いものが見えた。

頼まれて、歩いて近くのCO-OPまで昼ご飯を買いに行く。以前のスーパーは閑古鳥が鳴いていたレジに人の列ができている。

こんなに人がいるかと驚いた。なにしろ道を歩いても人とすれ違うことはめったにないのだ。もっとも、たいていは自動車を使っているせいもある。逆にいえば、田舎は車社会なのだ。

午後に自転車で本と花を買いに行ったら、賑わいは収まっていた。どうやら、セールがあったようだ。

以前の店はプラザなんとか、と言った。甥に「おじさん、プラダじゃないよ」と莫迦にされたので、勝手にプラダと呼んでいた。好きな店だったが、品揃えでライバル店に負けてしまった。やはり、生協のネットワークはすごいものだ。

夕方になると、もう歩いている人はほとんどいない。駅前も実家の前も変わらない。

ストーブの前で、母親が嘆いている。まもなく、長い冬が来る。

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2008/11/22

ラブファイト

ラブファイト
成島出監督。北乃きい。林遣都。大沢たかお。桜井幸子。

いじめられっ子の稔は、ケンカがめっぽう強い幼なじみ・亜紀に幼い頃から助けられてきた。高校生になり、容姿端麗・成績優秀な亜紀が学校のアイドルとなった今も、その関係は変わらない。亜紀にバカにされ続けてきた稔は、彼女より強くなって劣等感を克服しようと決心し、ボクシングジムの門を叩く。ジムを経営する元日本チャンピオンの大木は、稔を熱心に指導する。だが稔のボクシング修行は、ほどなく亜紀の知るところとなり…!?(goo映画より)

スターとは星である。暗い夜空に輝く存在だ。本作は若い2人が主演であるが、文句なしに、北乃きいがいい。なにがって、きいちゃんが出てくると、画面はたちまちキラキラしてくるのだ。すごいね。オーラ出てるよ。

北乃きいちゃん。高校の制服がよく似合う。そこから、男子に強烈なパンチとパンチラの回し蹴りを繰り出すのだから、そりゃあ、みんなノックアウトだわさ。もっとも、ラスト前のパンツはごわごわして、若い女の子仕様じゃないので×。

ボクシングもいい。けんかに強いだけに、ファイタースタイルが様になっている。体がしなやかに動くのは若さの特権だ。縄跳びの特訓シーンは迫力満点だ。びしばしと打ち込むパンチは快感〜だ。ミシェル・ロドリゲスやヒラリー・スワンクに負けていないな。

ストーリーは甘いけど、青春映画、スター映画と割り切りたい。北乃きいちゃん。これからがすごく楽しみだ。(きいちゃんの父親はまだ三十代というのがちょっとショックだけど)

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イーアス札幌

イーアス札幌
イーアス札幌
イーアス札幌
札幌・白石区東札幌の複合型ショッピングセンター、イーアス札幌に出掛けた。

昔は国鉄の貨物車両のヤードがあった場所だ。そういえば、学生時代に世論調査の仕事で、このあたりの国鉄官舎を回って映画の研究をされていたお宅で親切にされたことを思い出す。

21日がオープン、今日は開店二日目の土曜日ということで、初物見たさの市民で大混雑だった。家族連れが目立った。

どこもイオンの時代だなあーと思う。マックスバリュをメーンに各種専門店、スポーツクラブ、FMラジオのスタジオまでが揃っている。

たぶん、見ていて飽きない構成にはなっている。パッケージされた消費喚起装置。よくできている。でも、既視感に襲われる。

いろいろサービス品を買った。だが、二条市場と狸小路で暮らしていると、敢えて行くほどの理由が見当たらない感じがしたことであった。

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2008/11/21

歯痛い気持ちはままあならぬ(小樽のひとよ、かよ)

20日は午後9時前には爆睡し、21日は午前6時に起きた。よく寝た。シャワーを浴びてから、朝飯を食い、家を出る。

行き先は近くの歯医者である。先日、神経を抜いたところがようやく収まったので、そこを埋める。まあ、それで長かった治療もジ・エンドである。

早速、口の中で道路工事が始まり、ぎゅるぎゅるぎゅる。くうぇくうぇ。そんな感じで突貫作業が進み、「それでは、これでオシマイ」となった。次に来るのは3カ月後でいい、とのことである。

歯科医院を出たら、まだ歯が痛い気がした。終わったつもりでいることに限って終わっていないことは、よくある話だ。

「これでオシマイ」というのは結構、怪しい。

交差点でタクシーが走っているのを見て、そういえば、あそこまでなら970円とか思って1000円札を用意している時に限って、なぜか止まる瞬間にメーターが1050円に上がることがあることを思い出した。なんか似ている。

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雪の天元戦

雪の天元戦
囲碁の第34期天元戦五番勝負第2局が札幌で開かれるため、19日、20日とネット中継の仕事を担当した。このブログではあまり触れていないが、まあ、本職に近い仕事である。

とにかく、2日間寝る間を惜しんで働いた。囲碁の仕事なんて、飲んで喰って遊んでいるんだろうと思う向きもあるらしいが、それは一部の有閑階級のみ。(今でもいるけど)。私たち現場主義者は働くことが第一である。それでなきゃ、武装蜂起はできません、と昔の過激派なら言いますね。きっと。
 
写真を撮り、原稿を書き、人の話を聞き、原稿を書き、図面をつくり、原稿を書き、すぐネットにアップする。そして、気づけば、夜となる。いいね、昔懐かしい。
 
20日は午前2時に起きて、準備をした。外を見ると、雪である。いいぞ。戦い舞台は雪景色が似合うと忠臣蔵の昔から決まっている。
 
充実感。それはある。でも、囲碁を本当に普及するための視点があるのか。と、疑わしく思う時もある。現場は頑張っているのだが。碁石と碁盤が自宅にある人はどのくらいいるのか。

仕事が終わった時には猛烈な睡魔に襲われた。そうだ、寝るのを忘れていた。

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2008/11/18

イルミネーション大通

イルミネーション大通
イルミネーション大通
大通公園を歩いていたら、テレビ塔や街路樹がやたらキラキラしている。

ホワイト・イルミネーションだ。

商売っ気がちらついている。だから、近くに寄ると今ひとつであるが、ちょっと見には、なかなかきれいである。

なんだか、冬囲いに似ている。

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クリスタルガイザー。うっ異臭!って、ダイゴか

クリスタルガイザー
クリスタルガイザー
クリスタルガイザー
大塚ベバレジがミネラルウォーターのクリスタルガイザーに異臭があるとして、製品の自主回収を明らかにした。

だいたい食品偽装や異物混入やらのトラブルは他人事と思ってきたが、今度ばかりは珍しく大当たりである。

なにしろミネラルウォーター好きだ。クリスタルガイザーはいつも大量に箱買いしていた。格別うまいわけではないが、値段が安いことと、ペットボトルの素材が薄くて潰しやすいことが、その理由である。

問題の製品は2010年の6月から8月が賞味期限のものだ。ボトルや箱を見ると、ズバリだ。

まだ、40本近く残っている。ちなみに、すでに飲んじゃったのはその数倍だろう。

とりあえず、臭いだけだそうだが、汚物が入っていたら大変だった。

自主回収というが、こちらから送りかえさねばならないようだ。面倒なことだ。

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2008/11/17

墓参り

墓参り
15日の土曜日にはレンタカーで墓参りに行ってきた。

冬を前に納骨をする家族の姿もあって、墓参はそれなりに賑やかだった。

名物のモアイ像は面白いが、どうも場違いである。

雪が積もれば、実質的には閉鎖となるそうだ。今年はあと一回くらい来れればいいところか。ようやく、死者とのお付き合いもひと段落する。

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2008/11/16

ジョージアの日記 ゆーうつでキラキラな毎日

ジョージアの日記 ゆーうつで

グリンダ・チャーダ監督。ジョージア・グルーム。アラン・デイビス。カレン・テイラー。アーロン・ジョンソン。

イギリス南部の小さな町イーストボーンに暮らすジョージアの最大の関心事は理想のボーイフレンドを手に入れて、間近に迫った15歳の誕生日にクールなクラブでパーティを開くこと。そんな彼女の目の前にうってつけのイケメン転校生ロビーが現れる。ところが、男子に抜群の人気を誇る巨乳のリンジーが強力なライバルとして立ちはだかり、仲良しのジャス、エレン、ロージーと練り上げた恋の大作戦はことごとく裏目に出る。(goo映画より)

予告編を見て、なんとも楽しそうな青春コメディぶりに惹かれました。で、予想以上によかった。主人公のジョージアもブスカワじゃなく、結構ホンカワで、いいじゃん。

子供たちはみな14、15歳だというのに、しっかりキスはするわ、街なかでラブラブだ。うらやましいというか、世界が違うぞ。ワシなんか、映画のお姉さんと居酒屋デートしたけど、手も握らせてもらえなかったぞ。しっかり、お支払いは任せられたけど。女将には顔を出すように説教されるし。

まあ、いいや。

こういうラブコメは元気をくれるね。しかも、いろいろあるけど、ハッピーエンド。それが決まりだ。若いってことはやっぱり、いいじゃん。

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2008/11/09

トウキョウソナタ

トウキョウソナタ
黒沢清監督。香川照之。小泉今日子。役所広司。小柳友。井川遥。津田寛治。井之脇海。

健康機器メーカー、総務課長として働く佐々木竜平は、人事部に呼び出され、リストラを宣告される。突然の出来事に、呆然としたまま帰宅するが妻、恵にリストラされたことを言い出せなかった。夕食時、小学校6年生で次男の健二はピアノを習いたいと言い出すが、竜平は反対。翌日から、会社に行くフリをして、毎日ハローワークへ通っていた。ある日、大学生の長男・貴が、世界平和のためにアメリカの軍隊に入りたいと言い出す…。(goo映画より)

黒沢清監督の作品ということで、見に行った。たぶん、「叫」以来である。黒沢作品は基本的に「怪談」である。いつものように、幽霊が出てくるのかと思ったら、今回はぜんぜんノーマルである。現代の家庭崩壊をコメディタッチで描いて、最後に救ってみせる。なんだか、いい作品である。壊れるものは一回壊す以外にないのだ。

周縁が中心を活性化する。で、役所広司である。黒沢組の主役は今回は、とんまな盗賊として登場し、たちまち、キョンキョンと逃避行である。それは本来死に神であるべきなのだが、本作では死ぬ神として、フェイドアウトしてしまうのだ。もちろん、この道化廻しによって、キョンキョンは死の淵から再生してくるのだが。

リストラされた怒りを内向させる夫を演ずる香川照之、そして、アメリカ軍人になるという兄、ピアノに自分を見つける弟、みんなそれぞれにうまい。さて、小泉今日子だ。これをいいという人はいるかもしれないが、どうも気に入らない。変な言い方だが、人妻らしくないのだ。ちょっと、妻にはしたくないタイプになっている。その点では離婚したてのピアノ教師役の井川遙のほうが切実感がある。そんな気がした。

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2008/11/07

歯、痛たたたー

5日、6日と葬式が続いた。最近はもう、そっちばっかり。

2日とも真宗系の坊さんがお経を読み、法話をした。お経はともかく、トークのほうはレベルが低い。私は親鸞の思想が極めてラディカルな人間論だと思っているが、法話はとてもその本質には迫っていない。親鸞は弟子ひとり持たず候、とは有名な言葉だが、葬式を見ると泣けてくる。

そんなことより、歯が痛い。痛くて昨日は寝れなくて、明け方ロキソニンを飲んだら、少し楽になった。朝一番に歯医者に行ったら、じゃあ神経抜きましょう。チクッと麻酔を打たれ、すぐさまモーター音も勇ましく道路工事。泣きました。

通夜の後、酒場に寄ったら口開けで、次に来た客も歯が痛いと言っていた。歯痛な叫びが飛び交うとは珍しい店だ。

まあ、問題は店ではなく、歯、痛たたたーと言いながら、固いお通しはダメよ、冷たすぎると知覚過敏で沁みるんだわ、などと注文つけて酒を飲んでるほうだ。

歯が痛い時は我慢しろよ、おっさん! って、自分のことか。

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2008/11/03

ブーリン家の姉妹

ブーリン家の姉妹
ジャスティン・チャドウィック監督。ナタリー・ポートマン。スカーレット・ヨハンソン。エリック・バナ。ジム・スタージェス。エディ・レッドメイン。アナ・トレント。

16世紀のイングランド。新興貴族のトーマス・ブーリン卿は一族繁栄のために才気あふれる美しい娘アンを国王ヘンリー8世の愛人に差し出すことを目論む。ところが、王の心を捉えたのはアンの妹で凡庸だが気立ての良いメアリーだった。一家は宮中に移り住み、メアリーは王の子を身籠る。一方、妹に栄誉を奪われたアンは一時フランスへ追放されるが、やがて呼び戻され、大胆にも王妃の座を狙って策略を巡らすのだった。(goo映画より)

フィリッパ・グレゴリー原作。

エリザベス女王の映画をケイト・ブランシェットで、ずいぶん見せてもらった気がするが、本作はその生みの親の物語だ。賢い姉とピュアな妹。対照的な2人の娘が新しいイギリス王室の土台を作ったというのが面白い。

ナタリー・ポートマン演ずる姉のアン。一見エゴイスティックだが、カトリックのくびきを脱し、イングランド国王の独立性を高めるのに貢献したように思える。歴史と人間というテーマは面白い。

妹メアリー役のスカーレット・ヨハンソン。演技しているのだろうが、無意識と思わせるようなエロさが滲み出ているのが面白い。

傑作とか言うのとは違うが、なんかよくできた映画であった。

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レッドクリフ PartI

レッドクリフ PartI
ジョン・ウー監督・製作・製作総指揮・脚本・
トニー・レオン。金城武。チャン・フォンイー。チャン・チェン。ヴィッキー・チャオ。フー・ジュン。中村獅童。リン・チーリン。

西暦208年。曹操軍に追われる劉備軍は孫権軍と同盟を結ぶため、軍師の孔明を孫権のもとに遣わした。しかし孫権軍では曹操に驚異を感じているものの非戦を唱える臣下が多く、同盟は容易に成立しそうもない。そんな中、孔明は赤壁で孫権軍の司令官・周瑜と出会い、そのカリスマ性に魅了される。一方の周瑜も孔明の人柄と戦術眼に驚嘆し、その存在を意識するようになる。そして二人は信頼を深め、共に戦う事を決意するのだった。(goo映画より)

なんだか久しぶりに映画を見た。ジョン・ウーである。ハリウッドで活躍中だが、中国の大看板の活劇のためにメガホンをとった。スケールの大きさは文句なし。エピソードもよく人口に膾炙しているが、それを一つひとつ見事に見せてくれる。おまけに合戦シーンだ。黒沢映画を学んだそうで、物量だけではない質の高さも満載だ。

で、何か不足があるの?と聞かれたら、「なんでパート1なんだよ!」というところだろう。レッドクリフだ。当然、三国志の赤壁の戦いの水上戦、そう、今じゃ、パイレーツ・オブ・カリビアンの世界が人気だが、スケール的にはこちらのほうがはるかにでかい。でもね。今回は地上戦までで、おしまい。80万とか2000隻とかいう、宣伝文句の大半は、トゥービーコンティニュードなのだ。続編早く見せてよだ。

こういう映画は困るな、ちょっと文句のつけようがない。

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