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2008/10/26

義母の遺骨を埋葬

義母の遺骨を埋葬
義母の遺骨を埋葬
4月に87歳で亡くなった義母の遺骨をずっと自宅に置いていた。さすがに、どうかなというので、納骨することにした。

自宅からファミリーのぬいぐるみ(人間の代わりに、ずっと仏壇の前で勤行してくれていた)に送られて札幌の郊外の真駒内滝野霊園に小さなお墓が置けるというので、持って行った。モアイ像だの意味不明のバブルさが気に入らないが、広々としていて藤野や石狩よりは個人的には便利かな、というところだ。

久しぶりにレンタカーを借りて運転手だ。40キロとか50キロの区間でも、みんな60キロか70キロ以上出して、プップー、このノロスケピーみたいな視線を浴びせられて抜かれる。地獄に堕ちろ、アホたれが。自動車事故は起きて当然だろうのルール無視が横行している。

前線が通り過ぎて雨の予想だったが、幸いパラパラで済んだ。例によって、坊主のお経を聞いたが、今ひとつありがたくもないが、儀式であると承服する。景色がいい場所なので、年内にもう少し来ることになるだろう。

優しい義母だった。「慈愛」という言葉と大好きだったフクロウを刻んでもらった。まあ、先祖代々も子孫末裔だろうが、我が家は自分たちの世代で途絶えるので、家の発想とは無関係だ。人は静かに土に還るだけだ。

義母のように87歳まで、こちらは生きられないので、できれば先に妻(義母の娘)を送り、ついで、自分も墓に入ることにしたい。

まあ、ひと区切りである。

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