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2008/06/01

沖縄南部戦跡めぐりと玉泉洞

沖縄南部戦跡めぐりと玉泉洞
沖縄南部戦跡めぐりと玉泉洞
沖縄南部戦跡めぐりと玉泉洞
5月30日。那覇滞在2日目。今日は沖縄の平和を考える旅です。仕事が終わった午後1時からバスで6時間の沖縄戦南部戦跡めぐりに参加しました。雨でした。

ルートは那覇市内を出発し、豊見城市にある旧海軍司令部壕、糸満市のひめゆりの塔、平和祈念公園、南城市のおきなわワールド文化王国・玉泉洞を見学して、那覇に戻るというものです。

道中はひどい雨で、屋外の見学はつらいものがありました。

最初の海軍司令部ではずいぶん大変な洞窟をつくったものだと驚きました。ただ、沖縄県民の感情としては、トップの大田実少将が人柄的に大変優れた人物だったとのことで、意外にも高い評価を得ているのに驚きました。
 「沖縄県民斯く戦へり 県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを」という電報に打たれたということでしょうか。 私としては地下道で足を取られて転んでしまいましたので、痛かった。

ひめゆりの塔と慰霊碑では本当に大雨でした。大変不謹慎ですが、修学旅行の中学生がうろちょろしており、なんだかひでえなあ、という気落ちがしました。その昔、当時の皇太子(現在の天皇)の来沖に対して、沖縄の青年がひめゆりの塔のそばの洞窟(ガマ?)に身を潜め、火炎瓶を投げたことを思い出しました。じとじととした暑さの中での死を重ね合わせての忍耐。あの青年の気持ちはどこかで今もわかる気がしています。

平和祈念公園も大雨で、祈念堂は見ましたが、肝心の摩文仁の丘の方には歩けず、平和の礎などは見られませんでした。堂内には西村計雄が描いた壁画20点がありました。あまり感動しなかったのは大きすぎるせいか。大きいと言えば、仏像ではないという祈念像です。でも、蓮の上に座っての姿はどうみてもお釈迦様です。うーむ。隣接の施設でワークブックを購入、ちょっとだけ沖縄問題を勉強しました。

最後の玉泉洞は完全な観光地でした。だいたい私は閉所恐怖症ですから、地下の鍾乳洞を何百メートル(890メートル)も歩くのは苦痛でした。しかも、帰り道は観光物産展示場を延々と歩かなければならず、疲れました。

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コメント

 たかうど様、初めまして。
 私も今から15年ほど前、確か大河ドラマで首里城が復元された後くらいに沖縄へ行きましたが、南部戦跡では恥ずかしながら涙が止まらなかった記憶があります。ひめゆりの塔付近では、各都道府県毎に分祀されている墓でもボロ泣きしてしまいました。ところが、那覇中心街では全くと言っていいほど、先の大戦で激戦地となった所とは思えないくらい、発展していたのにはビックリcoldsweats01。まして今ではモノレール?が開通してるんですよね。
 たかうど様の紀行文を拝読しているうちに、三度沖縄に行きたくなってきました。あの時のガイドさん、どうしてるかなあ・・・。

投稿: 傷心の少年 | 2008/06/01 19:25

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