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2008/03/11

日本の財政を考える

日本の財政を考える
平成19年9月、財務省刊行リーフレット。無料。

さて、自分の人生の持ち時間も少なくなった。できれば、あと少し会社勤めをした後は、静かに自由に生きたいと思っている。そのときの原資になるのが、年金だ。だがそのシステムに刮目して見れば、崩壊しつつあるのは間違いない。

リーフレット「日本の財政を考える」を読みながら、なんだか気分は一層重くなった。「国の財政は、私たち国民一人ひとりの暮らしと深く関わっています。財政を考えることは、私たちの未来を考えることです」というが、なに言ってるんだかだ。

この国の一般歳出は83兆円である。一番多いのが社会保障費で21兆円(26%)。次いで国債費が21兆円弱(25%)、さらに地方交付税交付金15兆円(18%)で、この3つで70%を占める。残ったわずかな金で公共事業やら学校教育やら防衛などの諸事業が行われている。ちなみに、歳入も83兆円だが、その30%が公債金収入となっている。

これを家計にたとえると、月収は40万円だが、いなかへの仕送りに10万円、ローン元利払いに15万円を使っている。しかし、病院代や学校などには33万円が必要なので、新たに18万円の借金をしている。まさしく借金漬け。ローン残高は4600万円にのぼる。普通の家庭では暮らしていけない。それが日本の現実だ。その借金まみれの状態は隣近所やどこと比べても最悪である。しかもお年寄りが多いのに、働き手は少なく、しかも「働けど働けど我が暮らし楽にならざり」という諦念は若い人にほど過酷である。なぜなら、彼らは自分が働きに見合ったサービスを受けられるという保証がないのだ。

私見では、もう単純な施策での活路はない。新自由主義的な格差による経済活性化論では、このひずみを解消することはできない。あえて言えば、新自由主義に対する反対派は社会民主主義しかない。この国の国民負担率は潜在的なものを含め43%である。北欧的な70%がいいかどうかは別にして、まず老後に不安のない制度を作らねばならない。それを確約したうえで、国民負担率を上げる。自由に使える金は減るが、生活に惑うことはないようにする。新自由主義に変えて、社会民主主義革命しかないのである。富の公平な配分を通じて、社会を組み替えるのだ。一方で、特別会計175兆円という不透明な無駄遣いを徹底的に再配分する。官僚に好きに使わせてはいけないのだ。

特別会計と言えば、このリーフレットには「道路財源の見直し」が明記されている。曰く「国の道路特定財源全体については、税収の全額を、毎年度の予算で道路整備に充てることを義務付けている現状の仕組みは改め、20年度の通常国会において所要の法改正(をする)」とされていたのに、暫定税率をめぐる道路族の公然たる跳梁を見ると、開いた口がしまらない。平成18年12月8日の閣議決定とはなんだったのか。官製リーフレットはこの国の政治の貧困も浮かび上がらせている。

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