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2008/01/19

村上春樹にご用心

村上春樹にご用心

内田樹著。アルテスパブリッシング、本体価格1600円。

帯に「ウチダ先生、村上春樹はなぜ世界中で読まれるんですか? それはね、雪かき仕事の大切さを知っているからだよ」とある。そんな内容である。

ただ、気になったことがあった。村上春樹が安原顕のことを書いた文章をウチダ先生も「村上春樹恐怖症」として触れている。一つは、安原顕が中央公論を口汚くののしりながら、サラリーマンをなかなか辞めなかったことについて「それなりの含羞がというものがあってしかるべきではないか?」と村上春樹が書いたことを紹介している。そして安原が小説家になりたかったにもかかわらず、「しかし、何故かはわからないのだが、実際には『これくらいのもの』が書けなかったのだ」と村上春樹が書いているともいう。こうした書き方の中に、安原顕が村上春樹に抱く敵意が逆光の中に浮かんでいる気がする。それにたいして、ウチダは村上春樹がある種の批評家からこれほど深い憎しみを向けられるのかと問いながら、「この日記に何度も記したトピックだが、私にはいまだにその理由がわからない」と答えるのである。

吉本隆明さんは先の「真贋」で同じことに触れている。
吉本さんは安原顕の小説が下手なのは「編集者の毒」だと言う。そして、「編集者が用済みとはいえ原稿を許可もなく第三者に渡すというのは、いいことではありませんが、村上春樹ほどの人がわざわざ雑誌上で告発すること自体もおかしなことです」と指摘する。生きるためには泥棒をするのが人間ではないか。窮地の安原顕が生きるためにやることへのおもいやりが伝わる。さらに、村上春樹が吉本さんらしき批評家が安原顕の小説を褒めたと書いていることに対して、別に褒めてはいないが、「そのくらいの誇張や嘘は人間らしくて、別に構わないのではないかと思います」と述べている。

村上春樹や内田樹という人たちの態度は、吉本さんのやさしさにも安原顕の絶望的な切なさにも、すなわち文学の発生する熱源に届いていないと思わざるを得ない。

追伸:吉本さんは意識的に大家(おおやではない)に近づこうとしている作家がいるとすれば、村上春樹だとおもうという。日本にノーベル文学賞がまわってくることがあったら、村上春樹がもらうのではないでしょうか、と言っている。さすがである。ちなみに村上龍について「彼は天才的なところがあり、そのために調和性を破って、ときどきとんでもないことを書いて驚かせることがあります。ノーベル賞というのは、そういう作品はあまり好きでありません」と書いている。さすがさすがである。

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コメント

ずっとずっと前のこと。
村上春樹の「ノルウェイの森」を読んで、
一人称をやめた記憶が……。
「ワシには出来ねぇ」、と思ったんですね。
抑制出来る腕がないだけなんだけども。
読ませてしまう腕がないと、
一人称に手をつけてはいけないんだ、と。
そんなことを思った記憶があります。
一人称をちゃんと書けるって、ものすごい技術だと思う。

投稿: 紫乃姐 | 2008/01/20 09:57

村上春樹の超絶テクニック。主人公は「僕」ですね。うまく言えないが、そこに違和を覚えることも事実です。僕って何?って。たぶんルサンチマンか、世代的な。だから客観的な評価にならないのね。

投稿: 席亭うど | 2008/01/20 23:11

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