2009/07/11

ディア・ドクター

ディア・ドクター

西川美和監督・脚本・原作。笑福亭鶴瓶。瑛太。余貴美子。井川遥。香川照之。八千草薫。

山間の小さな村のただ一人の医師、伊野が失踪した。村人たちに全幅の信頼を寄せられていた伊野だったが、彼の背景を知るものは誰一人としていなかった。やがて刑事が二人やってきて彼の身辺を洗い始める――。失踪の2か月前、東京の医大を出たばかりの研修医・相馬が村にやってくる。看護師の朱美と3人での診察の日々。そんなある日、一人暮らしの未亡人、かづ子が倒れたとの一報が入る……。

『蛇イチゴ』『ゆれる』の西川美和監督が、笑福亭鶴瓶を主演に迎え、僻地医療や高齢化など現代の世相に切り込んだ人間ドラマの秀作だ。本作で映画初主演を務めた「日本で一番顔を知られた男」笑福亭鶴瓶が演じるのは、無医村に赴任した医師。村人から全幅の信頼を集めながらも、謎に満ちた彼の素性――。その医師の失踪をきっかけに浮かび上がる彼の行動と人物像を軸にした心理劇が展開される。『アヒルと鴨のコインロッカー』の瑛太をはじめ、八千草薫、余貴美子など、若手やベテランともに実力のあるキャストが集結した。前2作同様、“善”と“悪”の両極では決して語れない人間の複雑な内面を描くことに定評のある西川監督の脚本が秀逸だ。(goo映画より)

ディア・ドクター

このブログは極めて限定的な世界なので、一応備忘として書いておけば、本作は「日本にせ医者物語」である。一人の「にせ医者」を通じて、日本社会の持つ怪しげなグレーなあり方を浮かび上がらせる。そこには、断定的な見方はなく、矛盾を矛盾として引き受ける覚悟のようなものを感じさせる秀作である。

西川監督の前作「ゆれる」は兄弟の心の「揺れ」を描いたが、本作は人間関係というよりも、社会の「揺れ」を見つめているといえようか。

それにしてもキャストが豪華である。おなじみの香川照之は薬品メーカーのプロパーを卒倒するほど見事に演じている。井川遥は「トウキョウソナタ」でもなかなかのピアノ教師を演じていたが、今回は母親と疎遠な女医をしっかりと演じている。そして、母親役の八千草薫さまは年を重ねられてますます凛とした色気を感じさせてくださいます。あと主役の鶴瓶、瑛太、余貴美子のトリオは漫才顔負けの息のあった掛け合いを続けてくれる。最初から「にせ医者」はバレバレなのであるが、そこに観念=制度と現実の歪みを、しっかりとしたエピソードで照らし出すところが西川監督の力量というものであろうか。


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聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝展

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展
聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展
11日から、北海道立近代美術館で、チベット美術の展覧会が始まる。

早起きして、午前9時からのオープニングセレモニーをのぞく。会場にはチベットらしい色布が飾られている。

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展

チベット仏教文化はインドの仏教と民俗的なヒンズー文化を混淆した密教文化である。それゆえに禁欲的なそれではなく、官能的な豊饒さをエネルギッシュに表現している。仏像も最後は怒るのであろうが、とりあえずは優美に腰をくねらせたり、激しく交接している。観音様、弥勒様、文珠様、そしてお釈迦様までエロチックである。

実物を見るのは初めてであるが、ケタ違いの感動を覚える。すごいぞ、チベット。必見か。観覧料は1200円で、8月23日まで開催だ。

聖地チベットポタラ宮と天空の至宝展


売店でチベットグッズを買ってから、事業局の喜多さんと喫茶店で雑談。グランベリーとユズのソーダというハイカラなドリンクをごちそうになる。

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2009/07/07

浅草など訪問

浅草など訪問
7月から職場が変わった。業務連絡などあり、久しぶりに東京に出張する。初日は友好関係にある三社の担当部長に挨拶まわりやら打ち合わせやら。夜は将棋関係者らのパーティーに出席する。盛況。


私を含め同じ事務局に出向していた局長、部長がそれぞれ4人ずつ集まった。だいたい20年間くらいの長さで、なんだか大同窓会である。


翌日は上野の山に美術展でも見に行くつもりだったが、乗り過ごし浅草に着いてしまった。引き返す気力があまりの暑さに失せ、飛行機の時間まで浅草寺界隈を散策する。
浅草など訪問
浅草など訪問

おみくじを引いたら、見事に「凶」だった。やはり、運気は下降しているようだ。厄除けの御守りなど購入する。


20年ほど前、2年ほど隅田川を挟んで向かいの墨田区吾妻橋に住んでいて、会社までは浅草始発駅の地下鉄を使い、週末は家族で浅草で遊んだものだ。なんだか遠い昔のことのようだ。いろいろな変化がある。一番変わったのは、雷門の前にあった北海道拓殖銀行の支店が消えたことか。食べ物屋は立ち食いそば屋を含め、結構しぶとく頑張っている。

浅草など訪問

東京は12日まで都議選の真っ最中というが、思ったより静かだった。新橋駅のSL広場の車両に横断幕がかけられていたが、なんだか似合わない。

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2009/07/05

また白老の実家に

また白老の実家に

母親の具合があまり良くないというので、また白老の実家へと行く。

特急すずらんは、相変わらず乗客が少ない。私の車両には最大時3名、降車時2人という乗車状況であった。白老に止まる特急は極めて限られているのだが、この調子では室蘭行きが減らされると、いささか困ったことになる。

母はだんだん起きられなくなってきたという。もしかしたら入院することになりそう、ということだったが、会ってみると思ったより元気であった。とりあえずほっとする。

昨日から幾つかの頼まれ仕事の一つをこなしているのだが、頭痛が襲ってきて、体があまり動かない。頭痛薬がないので鎮痛剤やら救心やら葛根湯やらを飲みまくっている。なんだか、マイケル・ジャクソン状態だ。それでも治らない。

母には明日からは上京する用事もあるので、申し訳ないが、早めに引き上げる。

帰りの列車は30%程度の乗車率で、ずいぶん乗っているなあ、と驚く。

家に戻ってから、また頼まれ仕事の続きをする。2日間で約14時間の拘束である。「ギャラが出ますから」と言われたけれど、結構しんどい。

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2009/06/28

蟹工船

蟹工船
山村聡監督・脚本・主演。小林多喜二原作。 日高澄子。森雅之。森川信。中原早苗。平田未喜三。

昭和初年のある春。折からの大不況にあぶれた鉱夫、農夫、労働者上りの雑夫たちを乗せた蟹工船博光丸は、ベーリング海の漁場めざして函館港を後にした。連日吹きすさぶ嵐に船酔いし、不潔な生活から続出する病人たちに、蟹工船の浅こと監督の浅川を中心とする幹部らはむりやり作業を強制する。浅川の冷酷さはSOSを打ちつづける僚船をも漁場に急ぐため無視し、カムサッカの漁場では突風警報をおかして川崎船を操業させ、多数の遭難者を出した。連日の酷使についに倒れた「学生上り」は偽病人としてボイラーに縛りあげられ、反抗した雑夫平太は撲殺された。低下の一途を辿る生産高にあせったた浅川は、拳銃で漁夫らの反抗をおさえ、ソ連領海への侵入を企てる。その上、過労で病死した青年の体を、すげなくつめたい海に沈めた無情さに、漸く怒り心頭に発した漁夫たちは、ついに就業を拒んだ。代表たちは監督に要求書をつきつけ、拳銃で威脅しようとする彼を、叩きのめした。が、翌朝、浅川らの連絡で駈けつけた駆逐艦「初風」から、武装した一隊の水兵が工船に乗り
うつり、暴動代表者の拘引をはじめる。彼らを奪還しようと騒ぐ漁夫たちは、包囲した水兵らの銃弾に次々、のけぞり倒れた。(goo映画より)

1953年の作品をDVD上映の劇場で見た。昨今話題の「蟹工船」をそんなブームと無縁なところでリアルに描いている。音楽が伊福部昭というのも懐かしいし、撮影が宮島義勇、仲沢半次郎だそうだ。中沢半次郎はあまり存知あげないが、その方面ではすごい仕事をしている。宮島義勇は60年代末の学生反乱を描いた「怒りをうたえ」で私のような者にもよく知られている。

「蟹工船」は多様な主体による群衆劇だ。いやあ、プロレタリア文学、すごいな、とあらためて感じました。

でも、なんか足らんよなあ。うまく言えないけれど。組織と人間かなあ。

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破/つづき

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

今回の「エヴァ・破」で印象に残ったことの補足である。

まず、アスカの名前が変わったこと。これまでは「惣流・アスカ・ラングレー」であったのが、「式波・アスカ・ラングレー」と変わった。新登場のマキは「真希波・マリ・イラストリアス」だそうだ。

つまり、碇シンジを取り巻く女の子たちは「綾波レイ」を含め、みな「波」つながりになったわけだ。エヴァにおける一種の「ことだま」(言葉遊び)的なものがあるのかもしれない。

クライマックスの音楽が妙に古いということだ。フォーク歌手、森山良子の歌でヒットした「今日の日はさようなら」、それに、フォークグループ赤い鳥の歌った「翼をください」が流れる。

一方の「いつまでも絶えることなく友達でいよう」「空を飛ぶ鳥のように自由に生きる」、他方の「願い事がかなうならば翼がほしい」「悲しみのない自由な空へ」という歌詞。空を飛ぶ鳥に重ね合わせて、現実のむごさと友情と、自由への渇望を表している。

メッセージ・ソングがこんなにストレートに使われていいのだろうか。

もっとも「序」から使われている宇多田ヒカルの「BEAUTIFUL WORLD」というのも結構なメッセージであるけれど。

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2009/06/27

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
庵野秀明原作・脚本・総監督。摩砂雪 、鶴巻和哉監督。声:緒方恵美。林原めぐみ。宮村優子。坂本真綾。三石琴乃。山口由里子。山寺宏一。

汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオンに乗ることで、自ら戦うことを選んだ碇シンジ。大きな運命を託された14歳の少年の物語は、未知の領域へ突入する…。綾波レイと人気を二分するヒロイン、アスカがエヴァンゲリオン2号機に乗って参戦。加えて魅惑の新ヒロインが登場する。謎の生命体“使徒”とEVAシリーズの戦いは新エヴァンゲリオンの参加で、さらに激しくエスカレートしていく。スクリーンに続々と展開する、誰も見たことのないバトルシーン。驚異のスペクタクルの興奮は、未知の物語へとつながっていく。

あえてTVシリーズと同じ出発点からスタートしてみせた新EVA伝説。第2ステージからは、大きくポイントが切りかわっていく。そこから見えてくる全4部作の真の姿とは、はたして何なのだろうか?新キャラ・新エヴァなどの斬新な要素だけではなく、未知の展開に対応したデジタル時代のエヴァ映像も「破」の大きなみどころである。物語・映像の両面から、「序」で再構築されたはずのあらゆる事象は土台を失っていったん倒壊し、新劇場版は混沌の中から《未来》に向けて刷新されていく。それはまさにエヴァだけが可能とする行先不明の《ライブ感覚》。いま、大転換のための幕があがる。押し寄せる戦慄の感覚。それはまさに「破」なのである!(作品資料より)=goo映画より

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破


待望のエヴァ第二部の公開である。朝一番は起きられず、スガイで10時55分からの二番上映を見る。さすがに、会場は前列を除き、まずまず埋まっている。若い人が多いが年代層が広いのは、この作品の人気の息の長さか。

期待にたがわぬ内容である。特に、「序」はこれまでのテレビアニメをリフレインしていたのだが、「破」は新しい物語へと展開している。アスカの役割が変わり、新たなチルドレンの女子が加わり、そしてシンジとレイの関係はより濃密になってきている。

画像も格段に美しく、ダイナミックになった。サードインパクトとカオル君はもう間近まで来ている。そして、「序」「破」と来たら、次は「急」と思いきや、「Q」となって見事に肩透かしを食らわす予告編もなかなかである。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破


人類補完計画、サードインパクトと大きく広げられた風呂敷は、果たして最後にまたしても自意識の物語に終わってしまうのかどうか。とても気になる。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破


上映後にはお決まりのグッズコーナーにものすごい人だかりである。当然ながら、パンフ、メモ帳、携帯グッズなどを購入してしまった。

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2009/06/26

第20回伊藤整文学賞贈呈式

第20回伊藤整文学賞贈呈式
第20回伊藤整文学賞贈呈式
夕方、札幌から小樽に向かう。6月26日は伊藤整文学賞の贈呈式がグランドパーク小樽で開かれるからだ。これまで、何度か伊藤整文学賞には関わってきたが、贈呈式に出席するのは初めてである。

小説部門はリービ英雄さんの「仮の水」、評論部門は安藤礼二さんの「光の曼荼羅」が受賞した。

記念スピーチでリービ英雄さんは「これまで受賞挨拶は2分以内にと言われたてきたので30分というのはちょっと」などと笑わせてから話し始めた。

あらすじは「1人の旅行者がシルクロードの端の名所に行く。そこのレストランでミネラルウォーターを飲むが、腹をこわす。それだけの話です。頭でっかちな小説を書いてきたが、今度は身体的感覚を書いた」と紹介。「中国語でジャーシューと聞き仮水という言葉が浮かび、次に仮の水となった。そして、かりそめという別の意味が生まれた。仮の票、仮のワイン、仮の日本人、仮のベストセラー。中国の奥で最先端の資本主義に出会っている。仮の小説で本物の文学賞をいただいてありがとうございました」と締めくくった。

続いて講演した安藤礼二さんは「折口信夫の多彩な仕事はそっくりそのまま伊藤整に当てはまる。今回の受賞は文学の系譜をつなげてくれた」とリスペクト。

さらに「一つの作品しか残せなかった作家たちを取り上げたが、そこには個人的な言葉、違った響きが発せられている。稲垣足穂をはじめ、その存在は貴重だ」と語った。

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2009/06/14

レスラー ありがとうミッキー・ローク&三沢光晴

レスラー
ダーレン・アロノフスキー監督。ミッキー・ローク。マリサ・トメイ。エヴァン・レイチェル・ウッド。

“ザ・ラム”のニックネームで知られ、かつては人気を極めたものの今では落ち目でドサ廻りの興業に出場しているレスラー、ランディは、ある日、ステロイドの副作用のために心臓発作を起こし、医者から引退を勧告されてしまう。馴染みのストリッパー・キャシディに打ち明けると、家族に連絡するように勧められる。長らく会ってない娘・ステファニーに会いにいくが、案の定、冷たくあしらわれてしまって…。(goo映画より)

「プロレス三沢選手が死亡 広島、試合中に頭部強打」
http://www.47news.jp/news/2009/06/post_20090614075958.html

プロレスラーの三沢光晴が亡くなったという報道を読んだ朝、ミッキー・ロークの「レスラー」を見た。いい映画だった。泣けた。不器用だけど、体を張って生きてこそ男だねって。思った。

そりゃ、人は死に場所を選べるわけじゃない。戦争で手柄を立てて英雄になろうとしたって、味方の流れ弾で死ぬこともあるだろうさ。自分の戦場がどこにあるかなんてわからないものさ。死が生の切断である以上、パーフェクトなんてないぜ。

だから、すべては結果論だ。三沢光晴の死は悔しいけれど、でも、リングに生きた男、三沢光晴らしい気もする。このミッキー・ロークの「レスラー」を見ていて、そんな思いがずしんと腹の底に落ちていく。

おじさん、まだやっているのか、って言われてしまう。もう、後ろに下がって見ていればいいさ。あんた、落ち目だぜ。そんな外野席の冷笑なんか、犬に食われろだ。おれはおれの道を行く。あんたはだめだぜ、って言えるのは神様なんかじゃなくファンだけだ。

生き急いだのだから、そのツケは自分の体で払うしかない。そんな当たり前のことがわかるまで、かたぎに戻ろうとしたこともあるさ。大切な家族を大事にしなかった。好きな人に、気持ちをうまく伝えられなかった。でも、おれはおれ。老いと死がそこまで来ているにしても、逃げやしない。コーナーポストの最上段からおれは飛ぶ。ジャンピング・ヘッド・ドロップ!

ありがとう、三沢光晴。君のリングの上での美しすぎるほど動きは本当に輝いていた。君のファイトは弱い心に負けるな、って伝わっていたぜ。君の魂はいつまでも僕らを鼓舞させてくれる。悔しいのはそれを思い出しながらしか語れないことだ。

レスラー

ミッキー・ローク。君のランディはなんと多くのことを考えさせてくれることか。文句なく、君のスピリットに感謝だ。

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ターミネーター4

ターミネーター4
マックG監督。ジョン・ブランカトー&マイケル・フェリス脚本・原案。クリスチャン・ベイル。サム・ワーシントン。アントン・イェルチン。ムーン・ブラッドグッド。

時は2018年。核戦争で荒廃した世界は、人工知能搭載のスーパーコンピューター“スカイネット”に支配されていた。生き残った人々は抵抗軍を組織し、機械との最後の戦いに備えていた。部隊のリーダーであるジョン・コナーは、“スカイネット”がやがて自分の父親となるカイル・リースの命を狙っていると知り、彼を探し始める。一方、ターミネーターがさまよう荒野をたくましく生き抜く少年カイルは、核戦争のことも、今が何年かさえもわからない屈強な男・マーカスと出会う。(goo映画より)

ターミネーター4

やはり、ターミネーターはジェームズ・キャメロンが監督した第2作までで、十分だったのではないか、と感じる。

人間の作り出した機械が意志を持ち、人間に敵対すること。機械と戦うことで、人間は人間の感情や優しさを再発見すること。弁証法が対立物が相互浸透を教えるように、機械にもまた人間と同じような優しさが生まれること。そうした人間と機械の変化があるならば、未来は変えられること。

ターミネーターという映画が示してくれるのはそうした世界観だろう。それは第2作までで完璧に描き尽くしている。だから、新たに生まれるウ゛ァリアントやスピンアウト・ムービーはなんだか商業的な余剰のように思えてしまうのだ。

本作におけるターミネーターは超越的な強さを持つ個性的な敵役ではない。主役はターミネーターとは明らかに異質の改造人間なのだ。だから、チップを頭に埋められていようと、人間そのものなのだ。スカイネットの基地で、カイルやジョンを襲うターミネーターがシュワルツェネッガーの画像合成というのはなんだかなあ、である。

もちろん、十分面白いことは間違いない。でも、初めて見た人間とターミネーター、そしてターミネーター対ターミネーターの息詰まる戦いの緊張感は過去のものである。

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